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【特集】日本陸軍の戦間期北欧諸国での諜報活動史(Vol.8)

1932年は日本にとって、その後の運命を決めた一年でした。

同年3月に、中国東北部一帯を占領した関東軍は「満州国」の建国を宣言。日本の傀儡国家である同国はソ連及びその衛星国であるモンゴルと国境を接しており、軍事的緊張が高まりました。しかし、この段階ではソ連はまだ軍事的には弱国であり、満州事変の際にソ連国境近くへ関東軍が中国軍残党を制圧しに現れても何ら対応をとることはありませんでした。

一方、ソ連の独裁者スターリンは欧州で反ソを貫くポーランドと日本が左右両面からソ連を挟み撃ちにすることを危惧しており、同年にソ連とポーランドの間では相互不可侵条約が締結されました。ソ連は日本にも相互不可侵条約を提案しましたが、当時の日本陸軍では対ソ早期開戦を主張する皇道派が中心となって反対運動を起こし、結局、1941年の日ソ中立条約までこの類の条約が締結されることはありませんでした。

1. イズヴェスチヤ紙による広田・笠原・原田秘密会談の暴露

1932年3月4日、ソ連政府の公式紙であるイズヴェスチヤ(「報道」の意)は在ソ連日本大使館内で行われた、広田弘毅駐ソ大使と笠原幸雄ソ連駐在武官、欧州出張中の原田敬一陸軍少将間の秘密会談を記事として暴露しました。

この会談は1931年7月1日に行われたもので、会談の内容は笠原によって報告書としてまとめられ、東京の参謀本部へ打電。原田には報告書の概要が手渡され、これは日本大使館内にいたソ連情報機関の協力者によって撮影されてしまい、クレムリンにも提出されました。

内容としては日本の対ソ戦争の必要性や当時、ソ連が展開中であった重工業化の「五ヵ年計画」によって工業力と経済力をソ連が身に着けて侵略に転じる前に先手を打って対ソ開戦に踏み切るべきであるというものでした。

満州事変の発生に衝撃を受けた、ソ連の独裁者スターリンは以後、日本とポーランドがソ連を欧亜双方向から挟み撃ちにすることを強く危惧するようになりました。

2. 「謀略計画に関する指示」と日本陸軍の対ソ謀略計画

1932年10月5日、日本陸軍の参謀次長である真崎甚三郎(参謀総長は皇族の閑院宮であり、参謀次長は当時の陸軍の事実上トップ)はソ連駐在武官の河辺虎四郎中佐に対し、フランス駐在武官の笠井平十郎少将を交えた、「第406号第1」と呼ばれる「謀略計画に関する指示」を発行しました。その内容は以下になります。

  1. 貴官(河辺)はフランス駐在武官を謀略担当に任命すべし。

  2. 謀略計画に関し、フランス駐在武官に与える指示は貴地において土橋中佐より閲覧されたし。

  3. 川俣少佐をして、ワルシャワにおいて右書類を閲覧させる為、土橋中佐と連絡し、同少佐がワルシャワに到着する日時を連絡すべし。

「謀略計画に関し、フランス駐在武官に与える指示」

  1. フランス駐在武官は本謀略に関し、在欧及び在トルコ機関を管轄する。

  2. フランス駐在武官は別冊「謀略計画要綱」に基づき、必要な謀略計画を策定し、1933年4月10日までに報告すべし。

  3. 計画上必要な経費を上記と共に報告すべし。

1940年頃、パリ16区、Beausejour Boulevard 1番地に置かれていた日本陸軍フランス駐在武官室

軍機「謀略計画要綱」

第1 対ソ戦争

  1. 平時よりソ連邦及び第三インター(コミンテルン)の極東における赤化事実を宣伝し、ソ連邦の赤化政策に対する帝国の立場を承知せしめ、以て(日本の)対ソ戦が正義・公道に立脚するところを了解させる。

  2. 対ソ開戦後、なるべく速やかにソ連邦の戦争力を破壊する為、下記の施策を実施する:

 ①ウクライナ、ジョージア、アゼルバイジャンの独立運動を助成し、当該
  地方を撹乱する。
 ②反ソの亡命ロシア人団体を使い、ソ連邦内の同志と連絡し各地に暴動を
  起こさせ、非戦を煽ると共に社会主義政権の崩壊を図る。
 ③フランス、ポーランド、小アンタント(所謂「小協商」。チェコスロバ
  キア、ユーゴスラビア、ルーマニア間の同盟)、バルト三国、トルコと
  親善を図り、これらの国々を上記の施策を実施させる、或いは日本陸軍
  の謀略実施に便宜を与えてもらう。

これらの機密書類は第二次世界大戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)にてソ連側から証拠として提出されたもので、1932年当時のソ連駐在武官であった河辺虎四郎が実物であると認めました。河辺自身の回想によれば、武官室の金庫に盗読対策(恐らく金庫の開閉時に証拠が残るようなもの)を施していたものの、ソ連情報機関に盗み読みされていました。

東京裁判が開催された旧陸軍省講堂。現在も防衛省の敷地内に保存されている。

また、上記の機密書類の他に欧州各地への謀略及び諜報機関の配置計画図が添付されており、北欧地域ではフィンランドのヘルシンキに1名(ドイツ事情に詳しい者)、エストニアのタリンに1名(ソ連事情)、リトアニアのカウナスに1名(ソ連事情)の計3名を配置予定でした。


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