過去の乗り越えかた
人は誰にも過去がある。
消えないと涙する必要はない。
私の場合、過去、現在、未来、その濃さと
同じぐらいの輪郭で、夢が存在します。
寝て見る夢。
夢の中ではまるで、別の未来と別の現在、別の過去があるように、私自身はこのままで存在する。
不思議と、何か夢の中に時が混ざったようになって、良い意味で、時間が溶けて混ざり合う。
過去だと割り切って過去を捨てようとしたことがある。
見たくないこと、経験したくなかったことが私を追い詰めるのが嫌だったから。
しかし、あてどもない現在なんかじゃない。
生きてきた、その道の上に、生きている。
今の私が存在できる、と思い至ったから、
もう、過去を捨てようとは思わない。
シンプルに考えて、肯定すれば良いのだと気づいた。たとえどんなことがあろうとも、
"その時の私"は、精一杯生きていたんだと。
あっというまに46歳。
生きることには限りがあると深く知る年になるにつれ、若かった頃より随分生きやすい。
生きることに感謝の念を覚えた方が良いのではないかと思うに至り、
環境や家族を、本当の意味で愛せていると思う。
自分には何もないと思う人もいるかもしれない。しかし、家、衣食住、命、目に見える雑貨、つづいていく毎日。
そんな何気ないものが、実はすさまじいパワーで今日を支えてくれています。
過去を乗り越える、という言い回しがあるほどに、過去に集約されるやるせなさは、人それぞれだが重い。
思い切って、子供の頃の自分が、今の自分に秒速で転生したことにしてみました。
目に映るものを見つめる。
新しく出会いなおす。
すると、不思議に、悲しいと思っていた自分の半生は、こんな暮らしなんだ、という単純な興味の上で、悲しいとまではならなくなりました。
子供の頃よりは力をつけた。
子供の頃よりはすきなものを選びすきに生きられる。
夢の中で、現実には見たことのない景色を見ることがある。
生きる幅が広がったように思える。
今に集中しよう。
イヌイットの言葉に
過去は灰、未来は薪で、現在だけ、火は燃えることができる。という言葉がある。
イメージは区切られてチェンジされる。
言葉、付き合う人、部屋、どこまでも自由な現在。
過去は自分が自分で生きる自由を知らなかったただの時間さ。
灰の上をずっと歩いてもつまらない。
現在の生きる炎を見つめながら、
未来の薪を増やそう。
今を生きる。
