音楽が鳴りだした
父とまったく同じ時間、同じ診療室で働くことになった。
とは言っても患者は父の看板で来院されているのでわたしの担当は当分、新患としばらくぶりの再初診からである。つまりそう暇なのだ。
暇なのは分かっていたので診療よりやらなくてはいけないことがある。新人に一番大事で求められるのは掃除だ。もうね、中も外もものすごく掃除したよ。自分が使わないスタッフ用のトイレもスタッフルームもさ。多分みんなが見たらヒクぜw
掃除ついでに父の日常風景を観察する。観察すればするほど分かってくる。
「非効率だな」
声は大きい。動作も豪快。そしてスタッフに任せる範囲もかなり広い。
一緒に診療してみると、やり方が全然違う。
福岡で働いてきたわたしとは、診療のテンポも考え方も違う。
「お前、これ頼めるか?やったことあるか」
“頼まれごとは試されごと”とはよく言ったもんだ。
本気でこいつ殴ってやろうかの連続である。
ただ、厄介なのが親子継承。
父が作って何十年も続けてきた医院だ。
父の指示は社長の指示である忠実に従う以外に選択は許されない。
患者やスタッフの前では面子も立てる。
父の文句は言わない。
一緒に働けば当然腹が立つこともある。いや腹立つことしかないのだ。
最初に必要だったのは歯科の技術ではない。
「真の強さとは、嵐が過ぎ去るのを待つことではない。激しい雨の中でも、ダンスを踊る方法を学ぶことだ。」この精神である。
踊り始めたばかりのわたしには、音楽が福音か角笛かの区別がついていなかったのである。
