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時雨録002 | 『待つという仕事』

昔の人は、漆が乾くまで何をしていたのだろう。

漆はすぐには乾かない。
湿度や温度に左右され、一日待っても乾かないこともある。
塗っては待ち、磨いてはまた塗る。その繰り返しで、一つの作品が少しずつ形になっていく。

人の一生なんて一瞬と思える様な長い歴史が漆芸にはある。
でも漆を活用していたのは紛れもなく人であったのだ。

博物館などに保管されている歴史的にも芸術的にも価値のある漆芸品はどうやって作ったのか分からない作品もある。
玉虫厨子。
正倉院に伝わる螺鈿の工芸品。
尾形光琳の八橋蒔絵螺鈿硯箱。
「現代の職人では決して手が届かないんだよ。」
横を向きながらガラス越しに漆芸品を見つめる先生は、自身だって有名な漆芸作家なのに羨ましいような諦めたような讃えているような複雑な顔で言っていた。
当時はふーん。で終わっていたが、今なら少しだけその意味が分かるかもしれない。

店主は何百年も前の漆芸品を目の前にすると、作っている途中の職人の姿を想像してしまう。

漆が乾くまで、彼らは何をしていたのだろう。

次の木地を削っていたのだろうか。
道具を研いでいたのだろうか。
それとも静かに庭を眺めながら、次に描く蒔絵のことを考えていたのだろうか。

もちろん答えは分からない。

店主が漆芸を学び始めた頃は、漆が乾くのを待ちきれなかった。
「もう乾いただろうか。」
そう思って何度もフロ(漆の乾燥箱)を開けてしまう。現代は人の都合に合わせて効率化してきた。
すぐ、すぐ、すぐ。

けれど漆は、人の都合では乾いてくれない。そして、すぐ乾けば良いというものでもなかった。

そこには現代とは全く違う時間の概念がある気がする。

急いで乾いた漆は色が濃くなり、最悪の場合、縮んでシワシワになってしまう。
ゆっくり時間をかけて乾いた漆は、透明感が増し、濡れたような艶が生まれる。

漆は、待った時間まで作品に映してしまう素材だった。

昔の職人たちは、何を待っていたんだろう。

あれほどの作品を残した人たちは、漆が乾く時間すら技術を積み重ねる時間に変えていたような気がしてならない。
当人には苦行だったかもしれないが、その結果この世のものとは思えない物を創造し、何百年も先の人間すら惹きつけたのであれば羨ましいと思える。

そんなことを考えるたび、店主は少しだけ自分を振り返る。

幼い頃から器用貧乏だった。
興味を持ったことには何でも挑戦した。
けれど、基礎が分かる頃には次のことへ興味が移ってしまう。
だからこそ、一つのことを何十年も続けられる人にどうしようもなく憧れてしまう。

生活を削ってでも技術を磨き続ける人。
それ以外の生き方が考えられないほど、一つのものを愛した人はこれが無くなったら死んでしまうと言っている様でどこか危うく、それでいて美しい。
もしその積み重ねが何百年先の人間の心まで動かすのだとしたら、それほど幸せな人生はないのかもしれない。

漆は今日も、ゆっくり乾いている。

昔の職人たちに思いを馳せながら
店主はまだ、答えを待っている。

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