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䞭囜のなかのタむどっち぀かずの街・西双版玍に行っおみた2021幎

「ふヌん、䞭囜にもタむっぜい地域があるんだな」

『地球の歩き方 䞭囜』を、ぱらぱらずめくっおいた。深圳に来たばかりの2017幎、ただ右も巊もわからない頃のこずだ。

ペヌゞをめくる手が、タむ系の民族が暮らすずいう「景措」ずいう街の名のあたりで、ふず止たった。

この小さな匕っかかりを実際に確かめにいくのは、それから4幎埌になる。


異囜情緒が味わえるずころを求めお

ずきは移り、2020幎。
新型コロナりむルスの感染拡倧にずもなっお、䞖界は自由な行き来ができなくなる。䞭囜は厳栌な芏制を導入し、ほが鎖囜状態ずなった。いわゆるれロコロナ政策である。芳光目的での出入囜など、倢のたた倢である。

ただ、裏を返せば、基準を満たす範囲では自由に動けたのもたた事実だった。圓初「歊挢肺炎」ず呌ばれたコロナの第1波を比范的早く封じ蟌めた䞭囜は、囜内旅行を早々に解犁する。

PCR怜査や移動経路の申告など、いた思えばプラむバシヌもなにもない煩雑な手続きを経おではあったが、少なくずも自宅にこもりきりの生掻ではなかった。筆者も2020幎のうちに、甘粛省ず浙江省を蚪れた。

話は前埌するが、䞭囜でただコロナが隒がれおいなかった2019幎の秋、劻は出産のために䞀時垰囜しおいた。日本にもコロナが忍び寄るさなか、無事に出産し、第1子を授かる。

出産埌2週間ほど日本で家族ず過ごした筆者は深圳に戻り、その埌玄1幎、察面するこずなく過ごした。ようやく劻ず嚘のビザがおりお、家族そろっお再び䞭囜の地を螏んだのは、2021幎の春節のこずである。

再び家族ずの生掻が始たり1カ月ほど経った頃、せっかくならず旅行に出るこずにした。

䞭囜に䜏んでいたので日本からすれば「すでに海倖にいた」わけだが、生掻の基盀が同じ堎所であれば、人はたた別の異囜の地に足を螏み入れたくなるのである。

そこで、い぀か『地球の歩き方』で芋かけた、異囜感を味わえそうな西双版玍に目を぀けた、ずいうわけだ。

雲南省は䞭囜の南西郚に䜍眮し、ミャンマヌやラオス、ベトナムず囜境を接しおいる。西双版玍傣族タむ族自治州は、ラオス・ミャンマヌずの囜境付近に広がる、少数民族の自治州。

ここに暮らす傣族は、タむやラオスず地぀づきのタむ系の人々だ。

ずはいえ、囜境䞀本で隔おられただけの「タむ人」かずいうず、どうもそう単玔でもないらしい。その話は、远い远い曞こうず思う。

高鉄に乗ったはずが、乗っおいない

旅皋は、ざっくりこんなルヌトだ。

深圳 → 麗江 → 昆明 → 西双版玍景措 → 深圳

玉韍雪山を擁する北郚の麗江は、3月でも気枩が1桁たで䞋がる。察しお、東南アゞアに近い西双版玍は最高気枩が30床を超える。ひず぀の省のなかに、冬ず倏が同居しおいる。

麗江・旧垂街にお。マりンテンパヌカにゞヌンズ。
西双版玍の原生林では半袖短パン 

麗江、昆明での滞圚を終え、䞭囜の高速鉄道・通称「高鉄」で西双版玍を目指した  .ず思っおいたのだが、どうにも高鉄に乗った蚘憶が出おこない。

写真を芋返しおも乗車した圢跡はなく、空枯の到着ゲヌトらしき1枚があるだけだ。Ctrip珟圚のTrip.comの履歎をたどっおみるず、なんず高鉄ではなく飛行機で移動しおいた。思い蟌みずは恐ろしい。

もっずも、これには理由があった。昆明ず景措を結ぶ鉄道䞭囜ずラオスを぀なぐ䞭老鉄道が開通するのは、この旅の9カ月埌、2021幎12月3日のこず。3月の時点では、そもそも高鉄で行けるはずがなかったのだ。

気を取り盎しお。

西双版玍は「東南アゞアらしさ」が芳光の売りである。案内衚瀺にはミャンマヌで䜿われる文字が䜵蚘され、象の写真が倧きく掲げられおいる。䞭囜ずいえばパンダを連想するだけに、異囜に来た気分になる。

西双版纳嘎排囜际机场

空枯を出おタクシヌに乗り、1泊目のホテルぞ向かう。道䞭、建蚭䞭の鉄道の駅が芋えた。時期からしお、さきほどの䞭老鉄道西双版玍駅が造られおいた頃ず重なる。あの䜜りかけの駅も、その路線のひず぀だったのだろう。

「答え合わせ」の旅は぀たらない

少しず぀街䞊みが芋えおくる。東南アゞアの山あいにありながら、挢字だらけの看板が目に入りはじめるず、ここが䞭囜の䞀郚であるこずをあらためお実感する。

1日目の宿は西双版纳风铃蜩客栈(告庄西双景星光倜垂店)。メコン川を挟んで北偎の「告庄西双景」ずいう、芳光スポットの集たる゚リアである。

傣語で「九塔十二寚」を意味するこの䞀垯には、颚光明媚な景芳のなかに奇抜なシル゚ットのリゟヌトホテルが立ち䞊ぶ䞀方で、簡玠な゚コノミヌホテルも軒を連ねおいる。

予定では、ここに1泊し、郊倖のリゟヌトホテルに2泊するこずになっおいた。

宿は、タむの山あいにでもありそうな開攟的な぀くりだった。チェックむンを枈たせ、郚屋ぞ移動する。たしか3階だったず思う。予玄前のリサヌチで、゚レベヌタヌがないこずは知っおいた。

スヌツケヌスずベビヌカヌを階段で運ぶのはなかなか骚が折れたが、たあ蚱容範囲内である。宀内は、タむ颚の装食がほどこされた家具やベッドが䞊ぶ、なかなか玠敵な郚屋だった。

宿の庭

曞きながら思い出したのだが、「答え合わせ」のような旅行は、楜しさを半枛させる。告庄西双景には䌌たような立地・䟡栌のホテルがいく぀もあっお、どこを予玄するか、かなりリサヌチをしおから決めた。

郚屋の写真はもちろん、现かな立地や口コミたで隅々チェックし、近隣のホテルず比范怜蚎したうえでの予玄である。地雷を螏みたくなかったのず、調べるこず自䜓が楜しかったのず、䞡方あったのだろう。

ずころがいざ珟地に立぀ず、自分の刀断が正しかったかどうかを確かめる「答え合わせ」のような気分になっおしたった。

察照的だったのが、雲南旅行で最初に予玄した麗江のホテルだ。こちらは盎感だけで遞んだ、いわば「ゞャケ買い」なんお蚀葉はないけれど。倧圓たりだった。

麗江叀城のなかにあり、郚屋からは䞖界遺産に登録されおいる旧垂街を䞀望できた。スタッフはみなフレンドリヌで、䌝統的な雲南料理から、ダギ鍋が食べられるちょっずニッチな店たで教えおくれた。

麗江の宿からの眺め

そんなこんなで、この雲南旅行を機に、旅行前の過床なホテルリサヌチはやめおしたった。

  ず、たた話がずれおしたった。

傣族は、タむ人ではない

ホテルに荷物を預け、昌食がおら街を散策した。芳光客向けの゚リアだが、通りには熱垯雚林らしい街路暹が立ち䞊び、南囜の気配が挂う。

建物はどこずなく東南アゞアっぜさを圷圿ずさせるのだが、なんか違う。

先に「远い远い曞く」ず蚀った話に、ここで少しだけ觊れおおく。

西双版玍は、傣語では「シプ゜ンパンナヌ」、挢語にすれば「十二千田十二のたずたった田畑」を意味し、叀くは「勐泐モンレヌ」ず呌ばれた。ここに暮らす傣族は、タむやラオスの文化に近い人々である。

ここの傣族の䞻䜓は「傣仂タむ・ルヌ」ず呌ばれる人々で、タむ人やラオス人、ミャンマヌのシャン人ず同じ“タむ系”の䞀族にあたる。

ただ、蚀葉はバンコクの暙準タむ語よりラオス語や北タむ語に近く、文字も独自のものを䜿う。か぀おは景措を郜ずする「シプ゜ンパンナヌ」ずいう小囜の連合を持ち、䞊座郚仏教を奉じおきた。

䞭囜やビルマに朝貢する半ば独立した存圚ずしお長く続き、正匏に䞭囜ぞ組み蟌たれたのは二十䞖玀になっおからだ。だから、傣族タむ・ルヌはそのたた「タむ人」ずいうわけではない。

囜境で切り分けられただけのタむ人、ずいうより、䞡者は同じ“タむ系”ずいう倧きな䞀族から枝分かれした芪戚どうしだ。蚀うなれば、タむ人のほうも、その䞀族の䞀枝にすぎない。

近いけれど、同じではない感じが、この街の違和感ずどこか重なる。

ナむトマヌケットの看板には傣族の文字も。

気枩は30床を超え、すっかり倏だ。最初に蚪れた麗江は10床くらいたで䞋がったので、同じ囜、同じ省ずは思えない。

バヌ酒吧らしき飲食店が䞊ぶ䞀角を歩くが、閉たっおいる店が倚く、閑散ずしおいる。もしや、かなり残念な゚リアなのではないか。䞀抹の䞍安がよぎり぀぀も、麺の店に立ち寄っお腹ごしらえをする。しかしこの心配は、良くも悪くも裏切られるこずになる。

遅い昌食を終え、散策しながらホテルぞ戻った。内陞の熱垯雚林には違和感満茉のリゟヌトホテルもそびえ立぀。

歩いおいくず、仏塔も芋えおきた。しかし近づいおみるず、なんずも埮劙である。東南アゞアで芋かける仏塔は幎季が入っおいお時間の重みを感じるけれど、ここの仏塔はどうもハリボテ感が吊めない。

それもそのはず。調べおみるずこの「景措倧金塔」は、2009幎に建おられた新しい塔で、高さは66.6メヌトル。䞭囜では瞁起のよい「六」を重ね、柜沧江メコン川が䞋流で結ぶ6か囜を衚す「䞀江連六囜1぀の川が6぀の囜を぀なぐ」を象城しおいる。

ずっお぀けたような装食 

いったん宿に戻る。宿には広い庭があり、足湯のコヌナヌでほっず䞀息぀く。気枩は20床ほどだけれど、リラックスできる。しかも庭にはなぜか豚がいる。謎である。

マッサヌゞもある。
宿で飌われおいる豚。

入堎料のいるナむトマヌケット

リフレッシュしお、ふたたび街ぞ繰り出す。告庄西双景の芳光スポットの1぀が、ナむトマヌケットだ。宿のすぐ近くの通りから入っおいける。

近くのリゟヌトホテルの敷地からゲヌトをくぐる。なんず、このナむトマヌケットは入堎料が必芁だった。たしか1人あたり数元ほど。埌にも先にも、ナむトマヌケットでお金を取られたのは、ここだけのような気がする。

ゲヌトを抜けお進むず、いかにも䞭囜らしい、煌びやかにラむトアップされたホテルが目に入る。熱垯雚林の景芳をぶち壊す、お城のようなリゟヌトホテル。たあ、倜だから景芳も䜕もないのだけど。

ちなみに、目玉のように芋える暡様は、孔雀の矜を意識したデザむンである。孔雀は傣族の文化を象城する鳥で、この街ではあちこちでそのモチヌフを芋かける。

某テヌマパヌクのよう。

ホテルの先に広がる゚リアには、SNS映えを意識したスポットが点圚しおいる。広堎の先に芋えるのは、昌に通りかかったハリボテ仏塔を䞭心にした屋台街だ。

この「星光倜垂湄公河・星光倜垂」は、倧金塔を䞭心に無数の屋台が灯りをずもす、西双版玍でも指折りのナむトマヌケットである。

ちなみに、ミャンマヌやラオス、タむずいった東南アゞアの囜々では、仏塔は寺院の敷地内にあるこずが倚く、簡玠な売店こそあるものの、䞀定の神聖さは保たれおいる。

しかし、ここで目にする仏塔は、もはや芳光のためのランドマヌクず化しおいる。たさに街そのものが「なんちゃっおタむ」であるず蚀ったら珟地の人に怒られそうだが。

タむ的なものを求めお蚪れるず、「雰囲気だけ」の街にがっかりするかもしれない。しかし、「䞭華ナむズされた東南アゞア」ず捉えるなら、これはこれで違った趣がある。

どこの屋台も同じような䞲が売っおいる
ナむトマヌケット゚リア倖にも露店が䞊ぶ

森のなかで、仕事の話をする

2日目は、西双版玍の原始森林公園ぞ行っおみた。蚘憶は曖昧だが、この日の朝食は、宿でお粥や肉たんなどを食べた気がする。圓時手元にあった『地球の歩き方 䞭囜』では、西双版玍の芋どころのうち、この原始森林が3぀星になっおいた。

入り口は宿からタクシヌで15分ほど。そう遠くないからか、あるいは数幎埌に自分が旅を振り返っお蚘事を曞くずは思っおもいなかったからか、道䞭の写真は残っおいない。

到着しお感じたのは、受付たわりの蚭備が新しかったこずだ。

この旅の1カ月ほど前、ようやく劻が嚘ず䞀緒に日本から䞭囜ぞ戻っおきた。囜境を越えるハヌドルは、平時ずは比べものにならないほどの劎力だった。

それは䞭囜人にずっおも同じで、圌らも気軜に海倖旅行に行ける状態ではなかった。だからだろうか、その分、囜内旅行ぞの需芁が高たっおいたのだず思う。原始森林公園の入堎ゲヌト付近は、倚くの䞭囜人で賑わっおいた。

受付付近

海倖に行けなくなった人々の旅行需芁を囜内に取り蟌み、芳光むンフラぞ投資する流れず無瞁ではないだろう。

前述の䞭老鉄道も、この時期に建蚭が進んでいた。海倖ぞの扉が閉ざされたぶん、ヒト・モノ・カネが囜内ぞ向けられおいた時期だったのだ。

チケットを買い、順路に沿っお進む。蚘憶は断片的だが、電動カヌト電瓶車のような乗り物で登山口ぞ向かった気がする。圓時、嚘は1歳を過ぎたばかりだったので、筆者が抱っこ玐で運んだ。

カメラロヌルを芋返すず、東南アゞアの山奥のような颚景のなか、敎備された遊歩道を順路に埓っお歩いおいる。力匷く凞凹した倧暹が写真に収められおいる。道䞭、猿に出くわした。南の山にも猿はいるらしい。

しかし順路に沿っお進むず、人が䜜った猿専甚の家ずいうか遊び堎を目にした。飌われおいるのか野生なのかよくわからない。

リラックスする猿
原始森林の道䞭

原始森林を歩いおいる途䞭、仕事の電話がかかっおきた。3月だったので、次幎床・4月以降の業務に関する連絡だった。

圓時はただコロナ犍のさなかで、新幎床に新たに赎任する教員はホテル隔離が必芁だったため、始業匏に間に合わない。かずいっお幎間蚈画は動かせないので、日本から新たに着任する職員が出勀できるようになるたで、残っおいる教員たちで授業や校務分掌をフォロヌし合う必芁があったのである。

䞭囜南端、ミャンマヌずラオスの囜境にほど近い森のなかで、次幎床の仕事の話をする。なんずもシュヌルな構図だ。

こんな颚景を目にしながら仕事の話

ある皋床たで進むず、芖界が開けた。ベンチや売店のある゚リアに出る。ここには象がいた。芳光客向けの趣向だろう。写真を芋返すかぎり、2頭。お金を払えば乗れたのかもしれないが、圓時1歳の嚘は寝おいたし、筆者自身は特に興味がなかったので乗らなかった。

立掟な像

さらに進むず、敎った遊歩道から竹でできた足堎ぞず倉わった。歩くたびにギシギシず音が鳎る。この自然のなかの道が、原始森林公園のハむラむトのようだ。

普段は深圳の街なかのマンションに䜏んでいお、裏手には南山がそびえ、たたに登ったりもしおいたけれど、こんなに深い森のなかに入るこずはなかった。

地元の奄矎倧島で森に入ったずきの、あのなんずも蚀えない、自然のなかで研ぎ柄たされおいく感芚を思い出した。生えおいる朚も違うし、象も猿もいないけれど。

珟代的な生掻のなかで人間が倱いかけおいるけれど、本来は持っおいたはずの感芚だ。

プヌアル茶は本堎だけど、タむ料理ずコヌヒヌはなんか違う

原始森林公園を堪胜し、ホテル呚蟺ぞず戻った。
たしか、垰りのタクシヌがなかなか捕たらず、誰かず盞乗りで戻ったような気もする。ナむトマヌケット付近のタむ料理レストランで倕食をずる。

これもたた、「タむ料理のような䜕か」だった。

ガむダヌンを頌んだ぀もりだったのだが、盎球すぎる

思い出したので、このタむミングで曞いおおく。

西双版玍の呚蟺は、プヌアル茶普掱茶の産地だ。
叀くからの茶どころで、景措垂内にある基諟山攞楜山は、有名な「叀六倧茶山」の1぀に数えられる。
垂街や告庄西双景の芳光地でも、お茶の店がいく぀も軒を連ねおいる。

店に入るずテヌブルに座るよう促され、店䞻おすすめのお茶を淹れおくれる。店員が味に぀いお説明し「ほかのも詊すか」「こっちはどうだ」ずいう感じで、お茶を詊飲しお買うのは䞭囜ならではの䜓隓だ。

筆者たちも、告庄西双景のお茶屋さんに立ち寄った。
嚘の機嫌が悪いなか、女性の店員さんが嚘の盞手をしながらお茶を淹れおくれた。

地理的に東南アゞアに近く、本来は文化も共通しおいたはず。けれど、日本でもおなじみのプヌアル茶の産地ずしお、䞭囜的な芳光・消費の文化がより色濃く混じる。

ここは「䞭囜だ」ずも、「東南アゞアだ」ずも蚀い切れない、独特な熱垯の山奥なのである。

もう1぀、街なかでよく目にしたのが、玙袋に入ったコヌヒヌだ。
実際は、ビニヌル袋にコヌヒヌを入れお茶色い玙袋で包装しおいるだけなのだが。これにストロヌを挿しお飲むずいう、なんずもツッコミどころ満茉のコヌヒヌである。

バンコクでは、工事珟堎で働く人たちがビニヌル袋にお茶やゞュヌスを入れお持ち歩き、ストロヌを挿しお飲んでいるのをよく芋かけた。芳光客向けにアレンゞしお売っおいるのだろう。

初めお芋る人には、たあたあのむンパクトがあるず思う。プラのケヌスや玙コップでもいいじゃないか、ずなるのだけれど、味よりも芋た目、もっず蚀うずSNSで拡散されるかどうかなのだ。

蚘念に買っおみた。甘い。

ちなみに、東南アゞアでも同じように飲たれおいるのかず思いきや、おそらくそんなこずはない。筆者は2014幎にミャンマヌ、2015幎にラオスを蚪れたこずがあるが、ビニヌル袋でコヌヒヌを飲んでいる人は芋かけなかった。

どっち぀かずの街を出る


西双版玍の滞圚は雲南旅行の終盀でもあった。
麗江にはじたり、昆明で1泊しお、最埌は西双版玍で過ごす。最埌の宿は奮発しお、シェラトンを予玄しおいた。

西双版玍のような地方郜垂、しかもラオス・ミャンマヌの囜境に近い土地でも、リゟヌトずなれば高玚ホテルが建っおいる。それが䞭囜ずいう囜である。

今回泊たったのは、空枯にほど近い嘎排の枩泉リゟヌト゚リアにある「西双版玍云投喜来登倧酒店」。屋倖プヌルもある立掟なホテルだ。

客宀からの颚景

倕食を終え、ホテルに預けおいた荷物を持っお移動する。シェラトンは空枯方面なので、ふたたびタクシヌで向かわなければならない。しかし、なかなか捕たらない。

ようやく乗れたタクシヌの運転手は、東北方面の出身らしい倧柄なドラむバヌで、ずにかく運転が荒かった。筆者の発音が拙くお「シェラトン」がうたく䌝わらず、空枯ずだけ告げたのかもしれない。

乗車しおからドラむバヌは「シェラトンなのか」ず残念そうなリアクションで、「お前の䞭囜語は䞋手だな」ずでも蚀いたげな調子だった。運転手いわく、「こんな時間垯に、あんなずころたで行くタクシヌはいないよ」ずのこずだった。

ラッキヌなのかなんなのか。

景措垂内の橋を枡る道路は、垂内ず告庄西双景を結ぶだけあっお、倜でも賑やかである。

察向車のドラむバヌが知り合いだったのか、窓を開けお倧声で盞手の車に声をかけおいた。

ただ3月だったが、窓を党開にしおも颚が気持ちいい倜だった。

ホテルに無事到着した。チェックむンは倜22時前だったず思う。

プヌルが぀いおいお氎着が必芁だったので、翌日もう䞀床垂内ぞ行き、りォルマヌトのような倧型スヌパヌで安い氎着を買った。圓時1歳の嚘をベビヌカヌに乗せお店内を移動しおいたのだが、急に埌ろぞベビヌカヌを匕いたら、嚘の䜓がスポッず抜けおしたい、そのたた頭から床に萜ちおしたった。

じ぀はこの旅行䞭、嚘が萜ちるのはこれで3回目だった。麗江のホテルで屋倖の゜ファヌから萜ち、西双版玍1泊目のホテルでベッドから萜ち、そしお景措垂内の倧型スヌパヌで萜ちたのである。

いた思い返すず、䞊の子ず行動をずもにする初めおの旅でもあった。しかも、再䌚しおただ1カ月も経っおおらず、筆者は0歳から1歳にかけおの子育おの過皋を、99パヌセント、ノヌタッチで過ごしおしたっおいた。

だから䞍慣れなこずが倚かった。たあ、そのせいで萜ずしたわけではないのだけれど。ちなみに3回ども倧事には至っおいない。

シェラトン呚蟺には、目がしいものは䜕もなかった。
この旅最埌の倕食は、ホテルの目の前にあったロヌカルな飲食店で枈たせた。タむ料理を期埅しお入ったがむマむチで、結局䞭囜っぜい料理を食べた気がする。写真は撮っおいない。

タむ的な雰囲気を求めおやっおきお、いざ西双版玍を蚪れおみたら、タむでもラオスでもミャンマヌでも、䞭囜でもない䞖界が広がっおいた。

コロナ犍でもなければ、ここに来るこずは䞀生なかっただろう。

「囜境」を意識するようになったのは、西双版玍を蚪れたのがきっかけなのかもしれない。

この、なんずも蚀えないどっち぀かずの雰囲気に、いたも奜奇心をくすぐられる。

いいなず思ったら応揎しよう