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noteをやり始めて、いいなって思うこと

そういえば、
昨年、大阪に来て、本当に一人ぼっちになったとき。

めちゃくちゃ孤独でした。

これはもう、
「ちょっと寂しいな」
とかじゃなくて、

普通につらい。

そう思っていました。

でも、今は全然違う。

一人で暮らしていること自体は変わっていないのに、

孤独だとも思わないし、
寂しいとも、あまり思わない。

この差って、何なんだろう。

そんなことを、ふと考えてみる。

考えてみると、

孤独って、一人でいることじゃないんだと思う。

たぶん、

「誰とも、何とも、つながっている感じがしない状態」

なのではないかと。

大阪に来たばかりの頃の私は、まさにそんな感じでした。

知り合いもほとんどいない。

SNSも別に好きじゃなかったし、
基本的には見るだけ。

誰かの記事にコメントすることもなければ、
自分から何かを発信することもない。

家に帰って、
ただYouTubeを見て、
また次の日になる。

人がいないというより、

自分から外の世界に伸びている糸が、一本もないような感覚。

たぶん、それがしんどかったんだと思います。

でも、よく考えれば、
私たちは本当は完全に一人で生きることなんてできません。

今日食べたものだって、
誰かが作って、運んで、売ってくれたもの。

今住んでいる家だって、
誰かが建ててくれたもの。

仕事もそう。

今、自分が使っている言葉や知識だって、
自分一人で生み出したものではない。

たくさんの人から受け取って、
今の自分ができている。

本当はずっと世界とつながっている。

それなのに孤独を感じるときって、

そのつながりが、
自分から見えなくなっているとき
なのかもしれません。

「自分は誰からも何も受け取っていない」

「自分なんて誰にも必要とされていない」

そんなふうに、
世界と自分の間に壁ができてしまう。

逆に、

「この人から、こんな言葉をもらった」

「自分が書いたものを、この人が読んでくれた」

「自分の言葉で、この人が何かを感じてくれた」

そんな小さなやり取りが一つあるだけでも、

ああ、自分もちゃんと受け取っているし、
自分からも何かを渡しているんだな、

と思える。

その実感が少しずつ増えていくと、
孤独って薄くなっていくのかもしれません。

そう考えると、

私にとって、noteの存在はかなり大きいです。

noteを始めるまでは、
自分の中にあるものを、
わざわざ誰かに話すことなんてそんなになかった。

でも、文章を書いてみる。

それを誰かが読んでくれる。

コメントをくれる。

自分も誰かの記事を読んで、
言葉を返す。

そういうことを繰り返していたら、

気づけば、
少しずつ人とのつながりを感じるようになっていました。

しかもnoteって、
ただ人とつながるだけじゃなくて、

自分と価値観の合う人と、自然につながれる。

これが、すごくいい。

無理に誰かに合わせる必要もないし、
大人数とつながる必要もない。

自分が思っていることを書いて、

「わかります」

って言ってくれる人が、
一人いる。

それだけでも結構うれしい。

まだ、ほんの数人です。

でも、その数人がいることが、
今の私にとってはすごく大きい。

一人でいることと、
孤独であることは違う。

今なら、そう思います。

むしろ一人の時間は、
今かなり好きです。

それでも孤独ではないのは、

自分が誰かから何かを受け取っていて、
自分も誰かに何かを渡している。

そのことを、
前より感じられるようになったからなのかもしれません。

noteをやり始めてよかったな。

最近、そんなことを思います。

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