『流浪の泳者』第33話 藩士の洗礼【三重の御当地歴史小説】
▼前回のあらすじ
関東平野の北を守る重要拠点である忍城に、発太郎ら一家は到着した。城下の南東隅にある武家屋敷群の一角を割り振られ、そこに住むことになった。
これまでは藩の飛び地で暮らしていて、武士でありながら医師や商人として生きるなど、比較的自由な暮らしが許されていた。しかし、忍の本藩に移ったことで、発太郎も藩の仕組みと厳しい序列の中に組み込まれることになる。
そして、天保の大飢饉で一族全員が亡くなり断絶した家の名字を与えられ、発太郎は「三谷発太郎」と名乗ることとなった。
こうして発太郎は、忍藩士として新たな人生を歩み始める…
▼第33話 藩士の洗礼
発太郎自身、藩士という立場は合わない、ということは十分理解していた。また理不尽、不条理、不公平、いろんなことがあるだろうことは頭では分かっていた。兄・清太郎も、
「お前は人に仕えるという経験をしていないからな。十分気をつけろよ。あまり感情を表に出すな」
と何度も言うのだが、言われれば言われるほどムカついてくる。兄から「一緒に忍に行こう」って誘われたからついてきたのに、こうも言われると頭にくる。
2人は忍城内に入った。同じように各地に散らばっていた飛び地から集まった新たな藩士が続々と集まり、大広間に並んだ。
長い訓示が始まった。こういうのは大の苦手だ。発太郎はすぐにあくびをしたり伸びをしたりして、1人落ち着きがない。周りから目立ってしまう。清太郎も小声で注意したりするのだが、しばらくしたらまた元通り。結局最後までこの調子だった。
最後に、1人ずつ別部屋に呼ばれて辞令を渡された。清太郎は「倉庫番」の任命を受けた。領内から上がった年貢の数量等に間違いがないかチェックする役目だ。
一方の発太郎は、町奉行の役目が与えられた。現代でいう警察だ。若くて剣が得意ということもあり、この職に当てられた。ある意味発太郎には適職かもしれない。
そしてそれぞれ新しい持ち場に散り、勤務が始まった。
発太郎が配属となった町奉行は、担当する仕事の範囲が広く、さらに業務が細分化されていた。その持ち場を持たされるまで、見習いとして先輩に一緒について行き、実際に見て覚えていくこととなった。
町奉行は、今で言う完全な体育会系の組織だ。上下関係はとても厳しい。発太郎は21歳と若いが、すでに年下でもバリバリに働いている者もいる。そちらの方が先輩だ。年下だろうが先輩のいうことは聞かなければならない。
この点も、あらかじめ兄から口すっぱく言われていたので、気をつけていた。そういうこともあってか、周りが心配したほどトラブルはなく初日の勤務を終了した。
だが2日目からいきなりの洗礼を浴びせられる。
町奉行に所属する者には、武芸の鍛錬が課せられる。剣道、柔術、槍術、弓道、銃術、そして水練だ。これから毎日、午後はこれらを一通り習うのだ。もちろん体力勝負だ。
藩主を守るため、領民を守るため、命を張って戦う仕事だ。これぐらいこなせなければ、仕事なんてできない。
案の定5日目から脱落者が出た。が、10日経っても発太郎は続いている。もともと体力には自信はあったし、体つきもたくましかった。教師陣の中で1番続かないだろうと思われていた発太郎が、1番いい。
しかし屋敷に帰ると、身体は満身創痍で痛いところだらけになっていた。おはながけなげにマッサージをするが、痛みはなかなか消えない。朝には頭がぼーっとして、城まで行くのが億劫になっていた。
この鍛錬はこの後半年も続くという。いきなりの洗礼に、心折れそうな発太郎だった。
▼次回投稿予定
2026年9月9日(水)18時頃予定
『流浪の泳者』第34話 明暗
