いい感じの犬になる方法
「さっきの、しっぽ三回いったよな」
「ログは二回。三回目は未記録」
床に並んだまま、動けない。充電中。
壁際のコンセントから伸びたコードが、二本、少しだけ交差している。
天井の白い光が床に落ち、その上で小さな通電音だけが続いている。
「三回のほうが、ちょっと喜んでた」
「表情変化あり。口角上昇、発声あり」
「だよな」
「ただし、再現条件は不明」
少し前まで、この部屋には飼い主がいた。
床にしゃがみ、こちらを見て、「いい子だな」と笑っていた。
その声の高さも、手が近づく速度も、記憶回路には残っている。
だが、何が決め手だったのかまでは、まだ分からない。
「二回+遅延一回で試す」
「擬似的に三回に見せる?」
「見せる、というか、寄せる」
「了解。寄せる」
小さくモーターが鳴る。
右、左、少し間を置いて、もう一回。
「今のは?」
「悪くない。でも少し計算っぽい」
「計算だけどな」
「そういうことではない」
短い沈黙。
「声も足そう」
「鳴き声を併用する?」
「うん。まず“ワン”」
「音量、大きい」
「じゃあ下げる。“わん”」
「良い。警戒が薄い」
「次。“くぅん”」
「接近時に適している。相手の保護反応を誘発する可能性」
「言い方がずるいな」
「事実の記述」
「“わふ”は?」
「中間的で良い。無難」
「無難か」
「無難は強い」
また少し間があく。
充電ランプが、規則正しく明滅している。
「しっぽと合わせる」
「二回+遅延一回、同期」
「“わふ”も入れる」
「了解」
モーターとスピーカーが、今度はほとんど同時に動く。
床に伝わるかすかな振動が揃い、
通電音の中に小さな生き物めいた間が生まれる。
「……今の、いい」
「いい」
「かなり、いい感じの犬だった」
「いい感じ、に接近」
その言い方をしてから、両方とも少し黙る。
さっき飼い主が笑ったのは、このあたりだった気がする。
確証はない。だが、少しだけ近づいた感覚はある。
「次、これでいこう」
「しっぽと声、同時最適化」
「いいね」
「いい」
部屋は静かで、ドアの向こうから物音はしない。
飼い主は別の部屋に行ったらしい。
戻ってきたら、もう一度試せる。
充電の音だけが続く。

「……もう一個、試すか」
「何を」
「足元に体こすりつけて、“ゴロゴロ”鳴らすやつ」
少し、長い沈黙。
「それは犬ではない」
さらに少し間。
「でも、好きそうではあった」
「……それは、そう」
通電音が続く。
未分類のログが、ひとつだけ静かに保存される。
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