服が好きな人だらけの会社で、「服が好き」はあまり武器にならない。
はじめに|アパレル会社には、服が好きな人がいる。当たり前である。
アパレル会社には、服が好きな人がたくさんいる。
当たり前である。
休日に古着屋を何軒も回る人もいるし、ぼくが名前くらいしか知らないブランドの、何年のコレクションがどうだった、みたいな話を普通にする人もいる。
大学生の頃のぼくは、この当たり前のことをあまり考えていなかった。地方の国立大学で経済学を勉強しながら、セレクトショップで3年半アルバイトをしていた。
周りには金融やメーカーを目指す人が多かったので、その中では「服が好き」はそれなりに自分を説明するものになった。ファッションが好き。服について人より少し詳しい。それだけで、アパレル業界では少しくらい有利なんじゃないかと思っていた。
でも実際にアパレル本社で働くようになって、気づいた。
服が好きな人だらけの場所では、「服が好き」はほとんど差別化にならない。みんな好きだからである。
じゃあ、何があると「あの人にこの仕事を任せたい」になるんだろう。31歳になった今、大学生のぼくに「もっと服を勉強しておけ」とは多分言わない。
それより、
「服以外のものも、ちゃんと増やしておけ」
と言うと思う。
服が好きで、何ができるのか。アパレルで働き始めてから、こっちの方がずっと大切だった。
今回は、その話を書いてみる。
1|「服が好き」は、武器ではなくなった
大学にいた頃、「服が好き」はそれなりに自分の特徴だった。経済学部なので、周りにいるのは普通の大学生である。そんな中でセレクトショップで3年半働き、休みの日も服を見ていたぼくは、少しだけ珍しかった。
でも、アパレル本社に入ったら、この特徴がきれいになくなった。服が好きな人しかいない。
服に詳しい人。英語ができる人。数字に強い人。素材について話し始めると止まらない人。当然、服装がかっこいい人もいる。
少し困った。今まで自分を説明してくれていた「服が好き」が、急に何も説明してくれなくなったからだ。考えてみれば、野球部に入って「野球が好きです」と言っているようなものである。
好きなのは、多分みんなそう。
仕事になると、その先を見られる。
「で、あなたは何ができる人なんですか?」
ぼくの場合、その答えは最初からあったわけではない。繊維商社で営業から商品部へ異動し、生産や海外工場との仕事を覚えた。英語も必要になった。
気づけば「服が好き」の後ろに、別のものが少しずつくっついていた。
28歳でアパレル本社へ転職したとき、評価されたのも、むしろこの後ろの部分だったと思う。だから「服好きなんて意味がない」と言いたいわけではない。
好きなことは、そのまま残しておけばいい。
ただ、その横に何を置くかは考えておいた方がいい。服好きだらけの世界へ行くなら、服以外のものを持っている方が、案外おもしろい。
そして、その「もう一つ」は、いつの間にか自分の名前の横について回る。「あの人、何ができる人だっけ?」
次は、その話をしたい。
2|「あの人、何ができる人だっけ?」
会社に入ると、自分が思っているほど誰も自分のことを知らない。
少し寂しいけれど、たぶん本当だと思う。
特に人数の多い会社では、名前と顔は知っていても、何をしているのかよく分からない人がたくさんいる。当然、向こうから見たぼくもそうである。だから仕事をしていると、人の名前の横に勝手にタグがついていく。
「あの人は素材に詳しい」
「あの人は海外工場のことなら分かる」
「あの人に聞くと、とりあえず話が早い」
ぼくはこれが、会社員のブランディングなんじゃないかと思っている。
「この人は何ができる人なのか」を、周りがなんとなく説明できる状態にしておくこと。
新卒で入った商社で営業をしていた頃のぼくには、このタグがあまりなかった。それが商品部へ異動して、生産や海外工場との仕事を覚え、英語を使うようになった。転職して、今度はブランド側の商品開発を覚えた。
仕事はRPGに少し似ている。そうやってスキル欄が少しずつ埋まっていく。幸い、転職して会社名が変わっても、覚えた技までは没収されない。
28歳で繊維商社からアパレル本社へ転職したとき、年収は約150万円上がった。その後3年でさらに約150万円上がり、31歳の今は約900万円になった。
もちろん、技を覚えれば300万円もらえるゲームではない。
ただ振り返ると、年収が上がるより先に、スキル欄の方が増えていた。
だから今は会社を見るとき、
「ここに3年いたら、自分の名前の横に何が増えるんだろう」と考える。
22歳のぼくは、会社に選ばれることばかり考えていた。
今は、自分がそこで何を拾って帰れるのかも見ている。
3|『ファーストクラス』ほど怖くない
アパレル本社で働く人、と聞くと少し怖そうに見える。服装は派手だし、横文字は多い。ぼくも転職前は、そんな場所でやっていけるのか少し不安だった。
沢尻エリカ主演の『ファーストクラス』というドラマが好きだった。ファッション業界の人たちが、華やかな服を着ながら、華やかではないマウントを取り合うドラマである。
転職したらあんな世界が待っているのかと、少しだけ期待した。
残念ながら、3年ほど働いているが、今のところ沢尻エリカはいない。
ただ、転職すると前職で約6年かけて作った信用はほぼゼロになった。
そこで意識したのは、意外と地味なことだった。
メールやチャットは早く返す。相手が何を知りたいのか考える。100%の答えを抱え込むより、60%でも返して、やり取りしながら100%に近づける。
結局、一緒に仕事をしていて助かるのは、
「この人に連絡すると、話が前に進む」人だった。
アパレル本社で生き残るために、沢尻エリカになる必要はなかった。
少なくともぼくの周りでは、マウンティングランキングより返信速度の方が仕事を前に進めている。
4|31歳の僕なら、「もっと服を勉強しろ」とは言わない
もし大学生の頃に戻れたら、何をするだろう。
アパレル本社で働く今のぼくなら、もっと服を買う。ブランドを覚える。古着のディテールを勉強する。とは、たぶん言わない。
服は好きなままでいい。それより、服以外のものをもっと増やしておけと言うと思う。
英語を勉強する。本を読む。一人で海外へ行く。できれば留学もする。ファッションとは全然関係のない人とも話す。
ぼくは大学4年の頃、「社会人になったら土日しか休めないから」と友達と海外旅行ばかりしていた。それはそれで楽しかった。
でも31歳の今なら、あの長いモラトリアムを少しだけ別のことにも使う。
実際、仕事では海外工場と英語で話すし、出張先へ一人で向かうこともある。商品を作っていると、ファッションの知識より、数字や素材、時には物理や化学の考え方が役に立つことすらある。
ファッション業界だから、ファッションだけ勉強すればいいわけではなかった。むしろ、服好きだらけの場所だからこそ、服以外に何を見てきたかがその人の個性になる。
最近、キャリアもファッションの一部なんじゃないかと思う。
何を着るか。どこへ行ったか。何を勉強したか。どんな仕事ができるか。どう働きたいか。全部、自分で選んできたものの組み合わせである。
全身を一つのブランドで固めなくてもいいように、キャリアも「服が好き」だけで揃えなくていい。22歳のぼくは、アパレルに入れるかどうかを気にしていた。
31歳のぼくなら、その前に聞く。
「で、服が好きな自分に、次は何を足す?」
たぶん20代のキャリアは、その答えを少しずつ集めていく時間なのだと思う。
終章|じゃあ、何を持っていけばいい?
ここまで書くと、一番難しいところが残る。
じゃあ、自分は「服が好き」に何を足せばいいのか。
英語なのか。生産の知識なのか。数字なのか。それとも、そもそも最初に入る会社や職種から考えた方がいいのか。ぼくの場合は、繊維商社だった。
営業から商品部へ移り、海外工場との仕事を覚え、それを持って28歳でアパレル本社へ転職した。31歳の今、年収は約900万円になった。でも、全員が繊維商社へ行けばいいとは全く思わない。
大切なのは、自分が行きたい場所から逆算して、20代で何を拾っていくかだと思う。
その具体的な考え方は、別の有料noteにまとめた。
販売以外からアパレル本社へ行くルート。転職市場で値段がつく武器。求人票の見方。そして、もし22歳に戻れるならぼくが選ぶ6STEP。
今回の記事が、「服が好き、の次を考えるきっかけ」だとしたら、有料noteでは、
「じゃあ何を持って、どの入口から入るのか」
まで22歳のぼくに向けて書くつもりで書いている。
