シロアリはアリじゃないらしい
夜中にスマホで調べものを始めると、なぜか止まらなくなる。
きっかけは、雨上がりの晩に窓のそばで見つけた、羽のついた虫だった。
ふらふらと飛んでいて、嫌な予感がした。
羽アリだ。
もしこれがシロアリだったらと思うと落ち着かなくて、布団に入ってからも検索を続けた。
「羽アリ シロアリ 見分け方」。
結論から言えば、うちにいたのは普通のアリの羽アリで、ひと安心だった。
そういえば、村上春樹の小説「夏帆」で以下の内容が出てきた。
「シロアリは、アリではなくゴキブリの仲間」
え、と小さく声が出た。名前に堂々と「アリ」と入っているのに。
見た目だって、白いアリにしか見えないのに。気になって調べると、シロアリはアリよりゴキブリにずっと近い生き物らしいと分かってくる。しかもアリのほうは、むしろハチの仲間なのだという。そっくりだと思っていた二匹は、家系図上では、はるか遠くの他人同士だった。
そこからが長かった。
深夜の検索は、芋づる式に続いていく。
たとえば、ヤマアラシとハリネズミ。どちらも針だらけで、正直なところ、大きさが違うだけの親戚だと思っていた。ところがヤマアラシはネズミの仲間で、ハリネズミはモグラの仲間らしい。まったく別の生き物が、別々の場所で生きていくうちに、それぞれ「針をまとう」という同じ答えにたどり着いたのだ。そう思うと、あのトゲトゲが急に健気なものに見えてくる。
スイカが果物ではなく野菜だと知ったときと似た感覚だ。畑で育つ草の実だから、分類の上では野菜なのだという。いちごやメロンも、実は野菜側の生まれらしい。子どもの頃から果物コーナーの主役だと信じて疑わなかったのに。
気づけば1時間近く経っていて、私はベッドの中で、妙にしみじみしていた。
見た目が似ていても、ルーツはまるで違うことがある。世界は思っていたよりずっと入り組んでいて、ラベルと中身は、いつも一致しているわけではないらしい。
そしてこれは、生き物だけの話でもない気がする。
最近、家電売り場に行くと、どの棚にも「AI搭載」と書いてある。炊飯器にも、エアコンにも、体重計にも。でも、そのAIが何を、どんなふうに考えてくれるのかは、箱の外からは分からない。同じラベルの中に、きっとまったく違う中身が入っている。
人も同じかもしれない。
同じ「会社員」でも、同じ「三十代」でも、同じ「趣味は映画です」でも、そこに至るまでの道のりは一人ひとり違う。逆に、まったく違う場所で生きてきた人が、ふとした瞬間に自分と同じ答えを持っていて、驚くこともある。ヤマアラシとハリネズミの針みたいに、別々の道の先で、同じ形にたどり着くことがあるのだ。
『星の王子さま』に、キツネが王子さまへ秘密を打ち明ける、有名な場面がある。
心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、目に見えないんだよ
見た目やラベルは、そのものの入口にすぎない。分かった気になっているものの中に、まだ知らない物語がいくつも眠っている。
だから最近は、「それ、実は違うらしいよ」という話に出会うと、少し嬉しくなる。世界の解像度が、ほんのひと目盛り上がった気がするから。それに、自分が誰かに雑なラベルを貼られた日も、「まあ、シロアリだってアリじゃなかったしな」と思えば、少しだけ気が楽になる。何と呼ばれようと、中身が変わるわけではないのだ。
今年の夏も、スイカを食べる。あれが野菜だと知ってしまったけれど、よく冷えたスイカが甘くておいしいことは、何ひとつ変わらない。
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