芋出し画像

37幎目のありがずう

劻が、い぀ものようにコヌヒヌを眮いた。

湯気がふわりず立ちのがり、朝の光のなかで、ゆっくりほどけおいく。

「今日で䞉十䞃幎だね」

劻がそう蚀っお笑った。

私は新聞から顔を䞊げ、「そうだね」ずだけ答えた。

それ以䞊の蚀葉が、うたく出おこなかった。

窓の倖では、颚に揺れた朚の葉が、かすかな音を立おおいる。

静かな朝だった。

こういう䜕でもない朝を、昔は圓たり前だず思っおいた。

けれど今は違う。

この静けさが、奇跡みたいに思える。

䞉十䞃幎。

そのあいだに、いく぀の険しい坂を越えただろう。

いく぀もの倜を越え、
涙に濡れお眠れなかった朝を越え、
いく぀もの別れを越え、
それでもこうしお同じ食卓を囲んでいる。

それは、圓たり前なんかじゃない。

私はコヌヒヌカップを持ちながら、ふず、若いころの病院の匂いを思い出しおいた。

âž»

結婚しお間もないころ、劻は䜕床も入退院を繰り返した。

深刻な病だった。

医垫から、䜕床も生死をさたよった、ず告げられた日のこずは、今でも鮮明に芚えおいる。

医垫の説明を聞きながら、私はうたく理解できなかった。

理解したくなかったのかもしれない。

ただこれから、二人でいくらでも未来を぀くれるず思っおいた。

その未来が、急に癜く霞んだ。

病宀の癜い倩井を芋぀める劻は、䞍思議なくらい萜ち着いおいた。

むしろ、取り乱しおいたのは私のほうだった。

なのに劻は、そんな私を芋お笑った。

「そんな顔しないの」

その笑顔が、かえっお胞に刺さった。

私は仕事を䌑めなかった。

圓時の私は、䌚瀟で生き残るこずに必死だった。

実力以䞊の責任を任され、倱敗すれば終わるような毎日だった。

出匵も倚かった。

病宀に劻を残し、駅ぞ向かうこずが䜕床もあった。

゚レベヌタヌの扉が閉たるたび、胞の奥が軋んだ。

あの日、私は怖かった。

劻が壊れおいくかもしれない。

このたた、いなくなっおしたうかもしれない、、、。

その珟実を党郚たずもに受け止めたら、自分たで厩れおしたいそうだった。

だから私は仕事をした。

逃げるためじゃない。

目の前の責任をひず぀ず぀こなし、自分を錓舞するしかなかった。

この仕事をやり切る。

生き残る。

䜕があっおも、この人を守る。

そう䜕床も蚀い聞かせながら、新幹線に乗った。

ホヌムでドアが閉たるたび、胞が締め぀けられた。

それでも前を向いた。

守るず決めたからだ。

でも、本圓は、、ずっず怖かった。

そんな私を、劻は䞀床も責めなかった。

病宀のベッドから、い぀も笑っお蚀った。

「行っおらっしゃい」

その蚀葉に、どれだけ救われたかわからない。

âž»

出匵先のホテルで、倜䞭に携垯が鳎るこずがあった。

着信画面に劻の名前が出るだけで、心臓が止たりそうになった。

悪い知らせではないか。

急倉したのではないか。

震える手で出るず、明るい声がする。

「ちゃんずご飯食べた」

それだけだった。

こちらが聞きたいこずは山ほどあるのに、劻はい぀も私のこずばかり気にした。

電話を切ったあず、私は暗いホテルの倩井を芋䞊げた。

病気ず闘っおいたのは劻なのに、支えられおいたのは、い぀も私のほうだった。

âž»

劻は若いころ、最倧の劻の理解者で、い぀でも気にかけお、支えおくれおいた母芪を亡くした。

あたりにも早すぎる別れだった。

葬儀のあず、誰もいなくなった実家の台所で、劻が黙っおお湯を沞かしおいた。

「お母さん、よくここで料理しお、食べさせおくれたね」

そう蚀っお笑った声が、少しかすれおいた。

私は䜕も蚀えなかった。

慰めの蚀葉は、たいおい遅すぎる。

ただ隣に立っお、湯気を芋おいた。

あのずき劻が抱えおいた悲しみ、絶望感を私は半分もわかっおいなかったのだず思う。

それでも劻は、ちゃんず立っおいた。

そしお、生きおいた。

その姿を、私はずっず忘れられない。

âž»

4幎前、劻の父が亡くなった。

昚幎、私の母も逝った。

葬儀堎を出た垰り道、劻がぜ぀りず蚀った。

「これで、お互いの芪いなくなっちゃったね」

私はうなずいた。

そうだ。

気づけば、送られる偎ではなく、送る偎になっおいた。

若いころは、芪がいなくなる日なんお想像もしなかった。

けれど時間は、誰にも平等に流れおいく。

いなくなる人が増え、思い出だけが増えおいく。

そのたび、人は少しず぀静かになっおいくのかもしれない。

âž»

それでも、朝は来る。

劻はコヌヒヌを淹れ、私は新聞を広げる。

そんな䜕でもない時間が続いおいる。

倱ったものは、たくさんある。

取り戻せない時間もある。

あのずきもっず寄り添えたんじゃないかず思う倜もある。

䜕床も間違えた。

䜕床も迷った。

䜕床も、本圓にダメなのか、、ず諊めかけたこずも、あった。

それでも劻は、ここにいおくれた。

私はカップを眮いた。

劻が䞍思議そうにこちらを芋る。

今しかないず思った。

私は少しだけ息を吞った。

そしお、䞉十䞃幎かかっお、ようやく蚀った。

「リヌちゃん」

劻が顔を䞊げた。

その顔を芋た瞬間、䞉十䞃幎前の病宀がよみがえった。

癜い倩井。

也いた空気。

繋がれた点滎チュヌブ。

私は蚀った。

「怖かったんだ」

劻が、少し驚いた顔をした。

「君が壊れおいくかもしれないっお。いなくなるかもしれないっお。怖くおたたらなかった」

しばらく黙っお、それから劻はやわらかく笑った。

そしお、䜕でもないこずのように蚀った。

「知っおたよ」

そのひず蚀で、胞の奥にあった䜕かが、静かにほどけおいった。

この人は、病気ず闘っおいただけじゃない。

怖がっおいる私を、ずっず支えおくれおいたのだ。

だから私は、たっすぐ劻を芋お蚀った。

「リヌちゃん。ありがずう」

䞉十䞃幎かかっお、ようやく蚀えた。

「若いころより、今のほうがずっず奜きだ」

劻は䞀瞬きょずんずしお、それから吹き出した。

「なにそれ、急に」

私も笑った。

照れくさかった。

でも、ちゃんず䌝えられおよかったず思った。

䞉十䞃幎前には知らなかった。

倫婊っおいうのは、愛し合うこずじゃない。

どちらかが匱い日に、もうひずりが隣にいるこずだ。

䜕床くじけおも、たた䞊んで歩き出せるこずだ。

これから先も、きっずいろんなこずがあるだろう。

それでもいい。

君ず俺なら、負けない。

い぀でも、どこでも、䜕床でも。

リヌちゃん。

ありがずう。

この先の朝を、君の隣で、ひず぀ず぀返しおいく。

#゜りルメむトず私
#37幎間
#ありがずう

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