芋出し画像

お懐かしゅうございたす

その蚀葉を、私は五十幎、胞の奥にしたい蟌んでいた。

 六十五歳になった。
 日々は静かに流れ、䌌たようでいお二床ず同じではない䞀日が重なっおいく。

 そのなかで、䌝え損ねた蚀葉は、い぀しか「今さら」ずいう顔をしお、心の奥に沈んでいった。

 そんなある日、䞭孊の同窓䌚LINEに蟿り着いた。

 画面に䞊ぶ名前の䞭に、軟匏テニス郚の仲間を芋぀けたずき、止たっおいた䜕かが、わずかに動いた。

 ――テニス郚飲み䌚、やりたす。

 たったそれだけの䞀文だった。
 だが、その軜さずは裏腹に、五十幎分の時間が、胞の奥で確かに揺れた。

 嬉しかった。
 そしお、少しだけ怖かった。

 本圓に、分かるのだろうか。
 あの顔を。あの声を。
 そしお――あの頃の自分を。

 圓日、倕方。
 熊谷駅から秩父線に乗り、わたしが生たれ育った故郷、矜生ぞ向かう。

 発車の振動が足元から䌝わり、窓の倖の景色がゆっくりず埌ろぞ流れ出す。

 ガラスに映った自分の顔に、ふず目が止たった。

 深く刻たれた皺。少し萜ちた頬。無粟髭。芋慣れたはずのその顔に、どこか芋芚えのなさを感じる。

 その奥で、䞍意に、ラケットを握る手の感觊がよみがえった。

 癜いボヌルを远い、息を切らしおいた、あの頃の呌吞。

 次の瞬間、窓に映る顔が、ほんのわずかに若返った気がした。

 私は目を逞らさず、そのたた芋続けた。

 䜓は匱く、孊校を䌑みがちだった。
 勉匷にも遅れ、劣等感ず挫折感を持っおいた。自信などどこにもなかった。

 ただ、、、テニスだけは違った。

 癜いボヌルを远うずき、私はようやく「ここにいお、いいんだ」ず思えた。

 ――お前、ちゃんず振れおるじゃないか。

 ある日の攟課埌、サヌブがネットを越えた瞬間、背埌からそう蚀われた。
 振り返るず、先茩がラケットでコヌトを軜く叩いおいた。

 次の䞀球は、ネットにかかった。
 足元に転がる癜いボヌル。

 「䜕やっおんだ、もう䞀回だ」

 肩を叩かれた。
 痛みよりも、悔しさのほうが匷かった。

 氎道の蛇口に口を぀け、ぬるい氎を飲む。鉄の味がした。
 息を敎え、もう䞀床コヌトに戻る。

 ラケットを握る手が震えおいた。
 それでも振った。

 今床は、越えた。

 そのずき、誰かが蚀った。

 「ほらな、できるだろ」

 たったそれだけの蚀葉だった。
 だが、その䞀蚀が、私をこの䞖界に぀なぎ止めた。

 ――次は、終点、矜生。

 アナりンスが、珟圚ぞ匕き戻す。
 私は、テニス仲間に蚀えなかった蚀葉を思い出しおいた。

 ――ありがずう。

 あのずき、蚀えなかった。
 蚀う勇気も、蚀葉の圢も、ただ持っおいなかった。

 電車が止たり、扉が開く。
 私はホヌムに降り立った。

 矜生駅西口。

 䞀人、男が立っおいた。

 目が合う。
 だが、分からなかった。

 ほんの数秒。
 互いに探るように、顔を芋る。

 五十幎ずいう時間が、そこにあった。

 「  もしかしお」

 その声が、わずかに昔の響きを垯びた瞬間――

 分かった。

 「ああ  お前か」
   ã€Œä¹…しぶり だな」

 蚀葉にならない䜕かが、胞の奥でほどけた。
 䞀瞬で、私はあのコヌトに戻っおいた。

 颚の匂い。土の感觊。癜いボヌル。

 圌もたた、同じ時間を芋おいるようだった。

 やがお、仲間が集たり始める。
 䞀人、たた䞀人ず。

 誰もが幎を重ねおいた。
 だが、笑った顔だけは、あの頃のたただった。

 圓時のこず、あれこれず忘れたこず、いたたでのこず。
 䞍思議なこずに、蚀葉は途切れなかった。 忘れおいた断片が、぀ながった。
 空癜は、空癜のたたではなかった。

 「そういえばさ、お前、昔めちゃくちゃ怒っおたよな」

 テニスでペアを組んでいた耕䞀が笑った。

 「サヌブで、“カット぀けんなよ”っお蚀ったら、お前、“カッコ぀けんなよっおどういう意味だよ”っお」

 䞀拍の静寂のあず、堎がほどけた。

 思い出した。
 あのずきの自分の顔たで、はっきりず。

 「  悪かった」

 私が蚀うず、耕䞀はすぐに手を振った。

 「いいっお。今だから笑えるだろ」

 その通りだった。
 五十幎、宙に浮いおいた小さな棘が、音もなく抜けた。

 私は思った。
 この倜がなければ、この棘は最埌たで残っおいたかもしれない。

 その茪の䞭で、私は静かに気づいた。

 あの頃、私は確かに救われおいたのだず。
 そしお今、もう䞀床、救われおいるのだず。

 だからこそ――

 䞀拍、眮く。

 「  お懐かしゅうございたす」

 䞀瞬、静たり、すぐに笑いが起きた。

 「なんだそれ」

 その軜さの奥で、確かに届いたものがあった。

 「  あのずき、ありがずう」

 誰かが、ゆっくりずうなずいた。

 それで、十分だった。

 話は尜きず、次の玄束の話になった。

 「今床は、もっず女子郚員も呌がうぜ」

 「じゃあ、堎所は」

 「お前が次回の幹事な、熊谷で」

 気づけば、そう任呜されおいた。
 私は埅぀偎ではなく、぀なぐ偎に立っおいた。

 倜が曎け、店を出る。
 春の空気はやわらかく、どこか懐かしい匂いがした。

 「次は、五十幎も埅たせるなよ」

 誰かが蚀う。

 「おう。次は、すぐに䌚おうぜ」

 その玄束は、小さく、確かだった。

 これからの時間は、もう「残り」ではない。
 誰かに䌚いに行くための時間だ。

 蚀えなかった蚀葉を、蚀いに行くための時間だ。

 懐かしいあの堎所、あの堎面、あの仲間たち。
 あの時代をずもに生きた仲間ずの䌚話を思い出し、楜しむための時間だ。

 私は空を芋䞊げた。
 暗闇の䞭に、確かに光があった。

 ――間に合った。

 そう思えた。

 そしお、私は歩き出す。

 お懐かしゅうございたす。

 次は、そう蚀う前に、
 もう笑っおいる気がした。

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#劣等感 、挫折感
#青春
#テニス
#仲間
#ありがずう 😊

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