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戦場報道で知られる長野県諏訪市在住の写真家、石川文洋さんが亡くなられましたーご冥福をお祈りしつつ「私が見た戦争」を紹介させていただきます

 沖縄出身で、高校時代に訪れた霧ヶ峰や好きな温泉があったことが決め手で長野県諏訪市に居を構えて、近年までベトナム、沖縄や震災の被災地などを訪ねていた報道写真家、石川文洋さんが2026年8月23日、亡くなられました。ご冥福をお祈りします。

 石川さんは沖縄出身で、ベトナム戦争の取材で知られています。最初は南ベトナムからの取材でしたが、その空爆の下にいる人たちの姿を撮りに北へ行きます。そのころから、戦争で犠牲になる民間人に目をしっかり向けておられました。その姿勢は、凄惨な戦争に巻き込まれ、敗戦後も理不尽を押し付けられた故郷・沖縄への強い思いと重なっていたようです。

 そんな戦場を見つめる目で貫かれた写真をまとめたのがこちら、「私が見た戦争」(新日本出版社・2009年第1刷)です。

 目次をご覧いただきますと、第二次世界大戦終了後も、戦争が絶えない世界の姿が浮かび上がります。

 報道写真家の本を紹介させていただくのに、写真を載せないというわけにもいかないと思いますが、石川さんが生涯をかけて刻んできた大切なものです。ぜひ、本を手にとってご覧いただきたいと思うのですが、表紙写真にも採用されているベトナムの写真は紹介させていただいても良いでしょう。米軍の攻撃を受けた家族が避難しますが、まだ子どもが残されていて心配している場面です。この1枚からでも、戦争の理不尽さ、戦争は専門の兵士だけのものではないという現実が伝わります。普通に生活している人が、いきなりこんな中に放り込まれるのです。そして、戦争法規など無視した民間人へのとんでもない行為が、目撃談で書かれていました。

 そして、石川さんは何度もベトナムを訪れ、その影響や、たくましく生きる人の姿をとらえていきます。

 一方、各地で繰り返される戦争の現場に、何度も足を運ばれました。ラオスの戦場では、西側と東側それぞれに押された勢力の内戦を撮影。大国の武器を供与され、殺しあうのはそこに住む人たちなのです。武器輸出を成長産業になどと言う政治家は、こうした現実から何を学ぶのか。食糧がないのに武器だけ豊富という国を、また生むつもりかと問い詰めたくなります。

ラオスにて

 そして、いつも、どの戦争でも、民間人が犠牲になります。いやというほど体験したのに、忘れてしまったというかのように。この本に出てくる写真は、戦争・内戦の中で生きる人々の姿、その困難な生活、その中でも希望が見えることなど、人々に寄り添ったものがほとんどでした。

コソボにて

 戦争は戦場だけのものではなく、戦闘が終わっても影響が続くことを示しているのが沖縄です。ベトナム戦争では爆撃機の出撃基地となり、米軍のアジア方面の拠点として占領され続け、その中で現在進行形で犠牲を強いられるのも、やはり民間人です。

 石川さんの姿が写っている写真が、1枚だけ掲載されています。この風景に入って伝えたかったのか。日本縦断の旅は信濃毎日新聞に連載されていて、毎回、さまざまな視点を学ばせてもらったのを覚えています。いろんな問題はあっても、戦争がないことの大切さを、戦場を知っているからこそ、実感されています。戦争の準備に余念がない政治家は、戦争の何を知っているのでしょうか。

 信濃毎日新聞の2026年8月24日付紙面によりますと、石川さんの関心は「不条理に暮らしを奪われた人に向き続け、戦争や基地問題だけでなく、東日本大震災後の東京電力福島第1原発事故や能登半島地震の被災地にも」足を運んでいたということです。縦断の旅も、そんな取材の中で出会った人や場所のその後を振り返りつつ、現在に続くものをとらえていっていました。その地に住む人にとって、戦争も災害も、一過性のものではないと訴えるようです。

 本書のあとがきの最後を、こちらに。「戦争を防ぐためには、戦争の実態を知り、その悲劇を想像することが大切と思っています」。

 近年は、実際の戦場でもドローンを介してその実感をますますつかめなくなっていると言えるでしょう。そして、長引く戦争は、世界中の人たちを麻痺させていきます。戦争が異常事態ではなく、日常の情報と化していくのが最も怖いことです。

 石川さんの写真を、ぜひご覧ください。そして、戦争の姿に思いを寄せてください。中の人も、あらためて自分の進む道を確認できたように思います。

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