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大日本帝国海軍の潜水艦を紹介した講談社の絵本「センスヰカン」で、その活動や生活の様子をイメージ

 潜水艦が実際に敵艦を攻撃して戦果を挙げたのはアメリカの南北戦争当時にまでさかのぼりますが、本格的に潜水艦が戦争で使われたのは、第一次世界大戦の時です。敗戦前の日本海軍は日露戦争当時、川崎造船所でアメリカのホランド式を建造し完成は1905(明治38)年8月で、日本海海戦の後になります。実際に潜水艦を戦闘で大規模に使ったのは、大平洋戦争の間でした。新聞でも、真珠湾への特殊潜航艇「甲標的」の九軍神や、レキシントン撃沈(サラトガ中破の誤り)など、その活躍が伝えられていました。

 太平洋戦争緒戦で日本軍が勝利を続けていた時機、大日本雄弁会講談社は、1942(昭和17)年2月25日印刷、3月1日発行の講談社の絵本を「センスヰカン」と題して、その姿を紹介しています。せっかくですので、手許に在る実物をご覧ください。長野県の現在の白馬村で少年時代を過ごした方からご寄贈いただきました。

 潜水艦のつくりと、乗員の魂と腕が世界一、と大本営海軍報道部・平出大佐が紹介。

4人が手分けして作画しています

 最初は、海上を行く潜水艦隊。当時の潜水艦は何日もの長時間の潜航はできませんでしたので、普段は洋上を航行して敵を探していました。

 こちらは建造中の潜水艦。第一号の潜水艦を完成させた川崎造船所は今の川崎重工業で、現在も自衛隊の潜水艦の建造を行っています。作り方も世界一と持ち上げています。

 こちら、米軍の戦艦を発見した潜水艦が潜航する場面です。実際は、もっと遠くからみつけて、みつからないうちに潜航しますが、これはあくまで勇ましい絵画表現ということで。これが、長時間潜航が無理な時代の潜水艦の戦い方でした。

 潜航して準備されるのが魚雷です。発射管に入れて準備を整えます。一度準備をしても使わなかった場合、また戻すわけですが、その整備も狭い艦内で行っていました。

魚雷が敵航空母艦に命中の場面

 見つかった潜水艦は、敵の駆逐艦の攻撃に耐えなければなりませんでした。逃げようとしても速力が駆逐艦のほうが早いため、追い付かれます。駆逐艦からは、一定の深度に達すると爆発する爆雷が次々と落とされます。
 米軍のソナーなどの探知装置、爆雷やヘッジホッグといった対潜水艦用兵器により、日本の潜水艦は撃沈されていきました。

 活動範囲は広く、南方や北方に広く展開しましたが、艦艇攻撃や偵察、輸送などの軍事作戦に多用されてしまいます。ドイツ軍のような、守りの弱い商船を攻撃する通商破壊戦は一部での実施にとどまり、警戒の厳重な敵基地や敵艦隊への攻撃優先で、消耗していきます。

南方の潜水艦
北方の潜水艦

 こちら、油槽船の攻撃場面。用兵が誤れば、どんな優秀な兵器、乗員であったも、その力は発揮できず、犠牲が増えることになります。

 そして、潜水艦は空からの攻撃にも脆弱でした。この場面では、潜水艦に備え付けた高射砲で敵機を撃墜していますが、実際はなかなか、そうはいきません。潜水艦は潜航する特性上、装甲を厚くして防御するといったことはできませんでした。
 もちろん、米軍潜水艦にとっても上空からの攻撃に弱いのは同様でした。長野県松本市出身のゼロ戦パイロット、小高登貫氏は著書で、サンゴ礁の海の底にいる潜水艦が透明度の高い海を通して上空からくっきり見えたとし、爆撃、撃沈する様子を描き残されています。

 潜水艦は、長期間戦闘が可能ではありましたが、補給用の艦艇があれば、その活動範囲も広げられました。こちらは、そんな支援補給をする潜水母艦「大鯨」の絵です。しかし、大型の潜水母艦は戦争時には航空母艦への改造を見込んでいて、大平洋戦争開戦に合わせて空母となっていました。後方支援もおろそかにされることになるわけです。

 潜水艦が浮上、潜航する仕組みを輪切りの絵などで解説。

 そして訓練で幕。太平洋戦争には日本海軍の潜水艦が150隻余り投入され、127隻が戦没しています。潜水艦乗組員の戦死者は10,000人を超えています。

 続いて文章も載せてありました。こちら、潜水艦生活の苦労を書いています。潜水艦の居住環境の劣悪さは、兵員を疲労させますが、日本海軍の戦闘艦艇の多くは、居住性をおろそかにしていました。

 こちら、日本軍の潜水艦の初の沈没事故にあたり、状況伝達や乗員の遺族への対応を求めた遺書を残した佐久間艇長の話です。1910(明治43)年4月15日のことで、14人が殉職しています。潜水艦は訓練の事故が即、乗員の死亡につながる危険な艦艇でもありました。

 現代の潜水艦は性能が向上し、艦内の環境も改善されてはいます。しかし、密閉された空間で長期間にわたる勤務は大変なことです。そして、戦闘は全員戦死か生還かという、きわどい事態になるわけです。こうしたことや戦争の戦訓を踏まえれば、まず、何のために使うかという戦略が潜水艦の特性に合ってこそ、その力が発揮できるわけです。兵器ありきではないのです。兵器を運用する大局観と、それを動かす人の命を考えてこその、武装ではないでしょうか。

 

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