見出し画像

空襲のリアルを伝える「傷票」を入手ー負傷者続出が現実味を帯びてきたころの備え

 こんなものがあるとは知りませんでした。いつもお世話になっている古書店さんから「傷票」をおまけでいただきました。どうやら、空襲に備えて個人ごとに準備したもののようです。

 縦14センチ、横9センチの厚紙に、印刷した薄い紙をくるっと裏表を巻くように張り付けてあります。表は「傷票」という表題に、住所、氏名、世帯主・続柄の記入欄があります。

 裏側は部位・傷名、処置者、注意、担送、車送、となっていて、こちらは未記入です。

 誰が作ってどのように配布されたか。表の印刷を見ますと、住所の「京都市東山区有済学区  町  第 隣組員」は印刷されていて、「中之町」「弐」はスタンプになっています。スタンプは、世帯主の「松田 稔」もそうなっています。そして、墨で手書きで名前と生年が書き込まれて性別にチェックが入れてあります。

 これからわかることは、傷票の制作は「東山区有済学区」が区として行ったということです。そして「町」ー町内会に人数分配られて、「中之町町内会」で各世帯ごとの人数分の傷票に隣組の番号と世帯主のスタンプを押し、各戸に隣組長を通じて配付したのでしょう。スタンプは、配給関連などで町内会で用意していたとみられます。そして、最後の記名は各世帯の作業。松田さんも、自分の名前を墨で丁寧に入れ、明治33(1900)年の生年を書き込んだわけです。

 どうやって使うものだったか。上の穴は、いざという段階でひもを通して準備するというものだったのでしょう。ただ、極度に物資が不足していましたから、ひもを用意するのも大変だったかもしれません。もし空襲となれば、これを持って行動し、負傷した場合には現場で応急処置をした人が傷の状況や部位、処置した人の名を付け、救護所へ担架で運ぶ場合は「担送」、車で運ぶ場合は「車送」とチェックを入れて次の人に指示したのでしょう。けが人は状態によってはしゃべれるかどうかわかりませんし、救護所へ連れていくまでは近所の顔見知りが本人を判別できても、離れてしまえば本人確認の貴重な材料となったわけです。

 ところで、この傷票、いつごろ配られたものか。傷票という名称は、軍隊の衛生材料の中で普通に見ることができます。軍用としてまずは導入されていたもので、しょうけい館にも、実際に軍人に使われた傷票の実物が展示されています。

 ただ、1943(昭和18)年改訂の「時局防空必携」でも、まだ準備するものや負傷者が出た場合の運用の説明で、傷票は出てきません。

1943年12月25日印刷納本の冊子「防空」

 負傷者が出た場合のことを絵入りで丁寧に解説しています。

 負傷時の覚悟からまず説かれます。

 空襲における負傷状況に応じた、緊急の措置が説明されています。

 救護所への運搬方法も解説。しかし、ここまで丁寧な解説でも、傷票のことは出てきません。この時期の「時局防空必携」などの冊子でも同様でした。

 そして事前の準備や服装でも、傷票はおろか、よくある血液型などを記した名札の着用についても記載されていませんでした。

 一方、中の人が所有している1945(昭和20)年当時の須坂高等女学校の生徒が持ち歩いた防空頭巾には名札がありました。

須坂高等女学校の生徒が持ち歩いた防空頭巾

 内側に縫い付けられた名札には、本籍地、現住所、戸主、本人の学校と名前、生年月日、血液型を書き込んでいました。当時、服にもこうした名札を縫っていて、空襲の現実化が進んでいたことを示します。

 こうした指示がいつ出されたかの裏付け資料を見つけられませんでしたので、正確には分かりませんが、学童疎開が始められた後、1944年後半ごろから進められたとみて良いのではないでしょうか。全国的に通達が出されたのでしょうが、公文書を確認できておらず、また分かれば追記したいと思っています。

 ねむろTさまのご指摘で国会図書館で複数の当時の出版物を調べたところ、1943年7月20日発行「防空救護 家庭防空に就て」では止血の項目で「軍隊ならば(略)何時にやったという事を書き込んだ傷票をつけ」と例示。1944年3月20日発行「図解救護」には止血した時間を「傷票(荷札で結構)に必ず記入」とし、迷子札にもなる荷札を救急用品として紹介しています。11月30日発行「隣組救急読本」では、傷票の見本を掲載してつくっておくようにとしました。やはり、本格的なものは、1944年中盤以降とみてよいのではないかと思います。

 いずれにしても、傷票の配布といい、名札といい、防空法による「逃げるな、火を消せ」という避難より消火へ全力という方向を突き詰め、負傷者にもできるだけ周囲の手間をかさせけない方法として導入されていったと言えます。これが、戦争の現実でした。

いいなと思ったら応援しよう!

信州戦争資料センター(まだ施設は無い…) ここまで記事を読んでいただき、感謝します。責任を持って、正しい情報の提供を続けていきます。あなた様からサポートをしていただけますと、さらにこの発信を充実し、出版なども継続できます。よろしくお願いいたします。

この記事が参加している募集