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歴史を重層的に記録していくコレクターという生き方☆メンバーシップ記事(ご入会で過去の有料記事もご覧いただけます)

 中の人は、何をしている人かと問われれば「コレクターです」と答えます。モノを集めているのは事実ですし、それを劣化させないよう気を配り、整理してカタログも作っている(まだ6-7割…)というのは、まぎれもなくコレクターであると言えるでしょう。

 「あいつは単なるコレクター」と、悪い意味でネットで使われたことはありますが、それは中の人にとって、はい、そうですよ、何当たり前のことを言ってるんですか、としか思えません。そして、そのことは悪口などではなく、むしろ、誇りを持って堂々とコレクターですと名乗れます。

 コレクションというのは、むやみにモノを集めても価値は上がりません。中の人は、「長野県を中心とした戦時下の人々の生活と社会」を柱に据え、一定の価値判断をしながら収集しています。何しろ、お金もかかる、場所も限られている、その中でいかに効果的なものを集めるか、は悩ましいところです。

 分かりやすい例でいけば、美術品の収集があります。ある美術家に入れ込み、その人の新作を次々と買って支えていくというコレクターでありパトロンである人の存在があります。また、独自の見識で収集をする方もおられます。そのコレクション自体が素晴らしい価値を持ち、例えば大原美術館のような場ができたりするわけです。長野県上田市の無言館も、夭折の画家というテーマから出発して、その延長戦上に戦没画学生という方向性を持って完成させることができたわけです。
 
 そして、一定の方向を決めたらば、それに沿った勉強もしていかねば、資料の価値は見えてきません。その過程で、どんどん本も増えていきます。基礎知識を広く浅く、そしてモノを入手したらそれをさらに深掘りする、ということの繰り返しです。さらに、中の人は、こうしてnoteで記事化することで、とにかく曲がりなりにも解説できる程度には学習を重ねていくという日々の中で、自分も研鑽されていきます。

 そんな日々の繰り返しですが、このコレクションを次の世代にどうやって引き継ぐかは、課題として残り続けます。現状、8,000点ほどのコレクションがあり、正直、これだけで立派な常設展示ができ、かつ、企画展を毎年開くのには十分なものがあります。6割は長野県関連ですから、施設はなくとも、まさに「資料センター」になっていると言っても過言ではないでしょう。

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