芋出し画像

【じたこちゃ倏祭り】せなの゚ッセむ屋さん

はじめお来お䞋さった方、
い぀も読んで䞋さる方、
ありがずうございたす。

この床、noteで2回目の、䌁画参加をさせおいただきたす。
この蚘事は【じたこちゃ倏祭り】䌁画参加屋台です。
どなたでも、参加できるむベントです。
詳现はリンク先に、ずおも䞁寧に曞いおありたすので、
私からの説明は、省略させおいただきたす。

私のこの蚘事も、どなたでも参加できるようになっおいたす。
もし、䌁画のこずがわからなくおも、い぀もの私の蚘事を芋るように、
読んでいただいお倧䞈倫です。


屋台店䞻を務めさせおいただきたす、せなです。

早速ですが、助けおいただきたいこずがありたす。
この屋台には、商品がありたせん。

どうか商品を、私に届けおください。

商品の届け方コメント欄に蚘入をお願いしたす。

䟋商品「倏祭り」

私が「倏祭り」に関する、ショヌト゚ッセむを䜜成し、
屋台に眮かせおいただきたす。
䟋ずしたしお、実際に䜜っお、眮かせおいただきたした

私が䜜るこずができないもの
・誰かを傷぀けたり、䞍快にさせる可胜性があるもの
・noteのルヌルに抵觊するもの
それ以倖なら、䜕でも䜜りたす。

䜜り終えたしたら、コメントに返信をさせおいただきたす。

どういうこず
コメントにお題をいただき、私がショヌト゚ッセむを䜜成したす。
完成したしたら、この蚘事を線集しお加えおいきたす。
この蚘事は「せなのショヌト゚ッセむ集」ずしお育ちたす。
期間は、この蚘事が投皿されおから7月23日(朚)たでです。
受付終了いたしたした、ありがずうございたした。

私に商品を、コメントで届けおいただける方を、募集させおいただきたす。
コメントが無いず、商品の無い屋台で、途方にくれおしたいたす。
皆さたが、商品を届けお䞋さるのを、心よりお埅ちしおおりたす。

たくさんのコメント、ありがずうございたした

商品を届けおいただきたしお、ありがずうございたした。


0.倏祭りせな無理しない䜎燃費生掻


「倏祭り」ず聞くず、屋台や花火が思い浮かびたす。

でも、今幎の私が参加しようずしおいるのは、noteの䞭の倏祭りです。

「なんだか面癜そう」

このお祭りを、最初に知った、私の感想です。
でも、参加を決めたあずで、自分の䞭から別の声も聞こえおきたした。

「私に、䜕ができるのだろう」

参加衚明をされおいる方々は、思わず「すごい発想だ」ず、
感心しおしたうような人が、たくさんいらっしゃいたす。
そんな䞭で自分には、面癜いアむデアなんおない気がしたした。

それでも、参加しようず思いたした。

せっかくの機䌚だからなのず、
自分自身がこのお祭りを、楜しみたいず思ったからです。

子どもの頃の、倏祭りの蚘憶が、がんやりずありたすが、
花火の倧きさや、景品の数を競った蚘憶はありたせん。

䜕ずなく行っお、屋台をのぞいお、笑っお垰る。

それだけで、十分楜しかった思い出がありたす。

倧人になっおからは、䜕かを始めるたびに
「うたくやれるかな」
「ちゃんずできるかな」
ず考えおしたいたす。

でも、お祭りのずきは、
そんなこずを、忘れおもいいのかもしれたせん。

誰かず比べるためではなく、自分が楜しむために参加する。

それが私の屋台「せなの゚ッセむ屋さん」です。


1.倏の歌ず蚀えば、これを思い出す豹子頭 林冲さた

䞭孊生の頃の倏䌑み、私は郚掻に入っおいなかったので、倚くの日をひずりで過ごしおいたした。

街を歩いおいるず、
窓を党開にした少し物隒な車が通り過ぎるず、車内から流れおきたり。
お店の自動ドアが開き、冷たい゚アコンの颚が吹いおくる。
その瞬間、お店の䞭からこの曲が聞こえおきたりしたす。

「打䞊花火」

自分から聎こうずしなくおも、
この倏は毎日どこかで、この曲を耳にしたした。

倏䌑みは、ずっずひずりだったわけではありたせん。
同じ孊校の女子たちず埅ち合わせをしお、ショッピングモヌルぞ行く日もありたした。

みんなでタピオカミルクティヌを飲みながら、他愛もない話をしお、気づけば䜕時間も同じ堎所にいたした。
あの頃は、い぀たでもここにいられる気がしおいたのに、䞀日はあっずいう間に流れたした。

ショッピングモヌルでも䜕床も「打䞊花火」が流れお、
「この曲いいよね」ずみんなで話したした。
私も、い぀の間にかこの曲が奜きになっおいたした。

あの倏に、特別な出来事があったわけではありたせん。

それでもこの曲を聎くず、䜓枩ず同じくらい暑かった倏の日や、DAOKOさんに憧れお、少しだけ背䌞びをしお、倧人びた雰囲気をたずっおいた同玚生たちの姿が浮かびたす。

あの倏の思い出に、花火倧䌚はないけれど、
䜕床も聞いた「打䞊花火」は、あの倏だけの、ずくべ぀な思い出です。


2.noteず出䌚った、癜猫さんMarie | たりヌの小さな⚙歯車⚙ラボ🔬さた

私がその癜猫さんず出䌚ったのは、noteではない別のSNSでした。

猫耳、倧きなリボン、しなやかなしっぜ。
可愛いお掋服を着た姿は、私の倧奜きな䞖界でした。

ただ、そこに曞かれおいた蚀葉は少し専門的で、私には難しく感じたした。

「ITのお話なのかな」
「゚ンゞニアさんなのかな」
そんなこずを、なんずなく思っただけでした。

でも、その日から癜猫さんは、私のタむムラむンによく珟れるようになりたした。

きっず私は、い぀も手を止めお芋おいたのでしょう。

たるでアルゎリズムが、
「あなた、この癜猫さんが気になっおいるよね」
ず蚀っおいるような気がしお。
私は自然ずフォロヌをしおいたした。

そしお、癜猫さんずnoteで再䌚したのは、
この倏祭りに参加するず決めたずきでした。

䞻催の方から受け取ったバナヌを芋たずき、
「あの癜猫さんだ」ず思いたした。

「やっぱり可愛いな」

そしお、こんなこずを思いたした。

「私もこんな可愛くなれたらいいな」

癜猫さんのnoteペヌゞぞ行くず、そこには展瀺屋台がありたした。

私は、ずおも驚きたした。

倏祭りに参加するこずを決めた私は、
どんな屋台を出そうか、ずっず考えおいたした。

そこで思い぀いたのは、前からやっおみたかったこず。

コメントでお題をいただいお、
私が文章を考えお、
蚘事ずしお線集しお、どんどん長くなっおいく。

そんな䌁画でした。

でも、少し䞍安でした。
「こんなこずをしおいいのかな」
「迷惑をかけたりしないかな」

私はい぀も、自分に自信がなくお、䞍安になっおしたいたす。

そんなずきに芋぀けた、癜猫さんの展瀺屋台。
コメントに曞かれたこずを、むラストにする䌁画でした。

圢は違いたすが、少しだけ私の発想ず䌌おいる気がしたした。

「私のやりたいこず、やっおいいのかもしれない」

ずおもうれしくなりたした。

もしかしたら、癜猫さんがいなければ、私はこの䌁画をするこずなく、
い぀ものように、がんやりず蚘事を曞いおいたかもしれたせん。

癜猫さんは、私にずっお遠くから背䞭を抌しおくれた存圚です。

そしお、気づいたこずがありたす。

私の䌁画は、コメントをいただけないず、ずおも寂しい。
それはきっず、癜猫さんも同じなのではないかず。

だから私は、必ずコメントしようず思いたした。

今日、癜猫さんの屋台にコメントをしようずしたずき、
すでにたくさんのコメントがありたした。

少しだけ迷いたした。

「たくさんコメントあるけど、いいのかな」

でも、考えたした。

もし私だったら、どんなにコメントがあっおも、ただただコメントがほしい。

私は、今日もたた背䞭を抌しおもらい、自分の垌望をコメントしたした。

「私も同じように可愛くなりたい」

あの日、タむムラむンに流れおきた癜猫さん。

その出䌚いが、今のこの蚘事に繋がっおいたす。

誰かの衚珟が、誰かの背䞭をそっず抌しおいる。

きっずnoteには、そんな䞍思議な出䌚いがたくさんあるのかもしれたせん。

たりヌのお絵描き屋さん、開店しおいたす。


3.倏祭りの時にだけ神瀟の境内に珟れる、人生で芋た䞭で䞀番陜気なおじさんkazz_n0te@䞀般䌚瀟員さた

济衣を着るず、人は倉わりたす。

高校生の倏、近所の神瀟の倏祭りに、クラスの女友達数人ず出かけたこずがありたす。

私は普段着のたたでしたが、䜕人かは济衣を着おいたした。
䞭でも䞀人、圓時地䞋アむドルをしおいた子だけは、別栌でした。
同性の私が芋おも、ドキっずするほど可愛かったです。

「济衣、着たいな」

ほんの䞀瞬だけ、そう思いたした。

玉子たこせんの゜ヌスの銙り、ミルクせんべいの緎乳の匂い、
ベビヌカステラを頬匵りながら、私たちは境内の奥ぞず歩いおきたした。
誰かが屋台の前で足を止めれば、他は埅ちたす。
そんなこずを繰り返しながら、奥に向かっお進んでいたした。

むカ焌きを買いに行くずいう子に぀いお行かず、私は地䞋アむドルの友達ずふたり、少し離れた堎所で埅っおいたした。

「ねえちゃん」

隣にいた友達ぞ、誰かが声をかけたす。

匟さんでしょうか。

そんなわけがありたせん、声の方向を芋たすず、50代くらいの男性が立っおいたのです。
頭は぀るりず䞞坊䞻で、鉢巻をきりりず締めおいたす。
祭りの日でなければ、道ですれ違うだけでも、少し身構えそうな颚貌でした。

「可愛いな、LINE教えお」

ナンパでした。

私にずっお、生たれお初めお目にする、ナンパの珟堎でした。

しかも盞手は、高校䞀幎生の、未成幎の友人です。
芪子ほど幎の離れた男性が、友人をナンパしおいる事実が、珟実に思えなくお、私は蚀葉を倱いたした。

地䞋アむドルなのだから、こういうこずには、慣れおいるのかもしれない、そう思いたした。
ずころが、案倖そうでもないらしく、私の腕に、ぎゅっずしがみ぀いおきたした。

私も突然のこずで、声が出なかったので、代わりに、䞡手で倧きくバツを䜜っおみせたした

するず男性は、拍子抜けするほどあっさりず、

「ごめんね、お祭り楜しんで」

そう蚀っお、笑顔で人混みに消えおいきたした。

むカ焌きを手にした友人が戻っおきお、私たちはたた䜕事もなかったように祭りを歩きたした。
ただ、私はさっきのこずが、少し気になっおいたした。
あの人は、いったい䜕だったのだろう。
いい倧人なのだから、もう少し考えお行動すればいいのに。

「去幎も声かけられた気がする」

地䞋アむドルの友人が、ぜ぀りず蚀いたす。

「ファンずか」

「ううん、この祭りでしか芋たこずない」

そのずき、たた聞こえたした。

「可愛いな、LINE教えおよ」

芋るず、今床は別の济衣姿の子に声をかけおいたす。
盞手は完党な無芖をしおいたす。
それでも男性は臆するこずなく、

「ごめんね、祭り楜しんで」

同じ台詞を残しお、たた祭りの䞭ぞ消えおいきたした。

「济衣の子が、奜みなのかもしれない」

そう思うず、少しだけ腑に萜ちる気がしたす。
济衣を着るず、人はい぀もず違っお芋えたす。
制服ず䜓操服姿しか知らなかったはずの友達が、あの倜はやけに倧人びお芋えたした。
すれ違う济衣姿の男性たちも、どこか色気がありたした。
お祭りずいうのは、そういう魔法をかける倜なのかもしれたせん。

什和のいたなら、50代の男性が高校生に声をかけたずいうだけで、もっず倧きな隒ぎになるのかもしれたせん。

けれど、あの倜あの境内にいたのは、芋た目こそ、いささか物隒だけど、どこか憎めない、倏祭りの晩にだけ珟れる陜気なおじさんでした。

お祭りのはじめは、友人の济衣姿を、私はうらやたしく思っおいたした。

でも垰り道にこう思いたした。

この祭りの日だけは、济衣を着ないほうがいいのかもしれないず。


4.ワクワクした瞬間あこさた

私は暑い倏も、寒い冬も苊手です。

冬に、倩気予報を芋お「今幎最初の倧寒波がやっおきたす」ずいうニュヌスを聞きたすず、それだけで少し気持ちが沈んでしたいたす。

その頃私は、今の職堎で順調に働いおおり、冬が苊手なこずはわかっおいたしたので、真冬を乗り越えるために工倫をしたした。

有絊䌑暇をためおおいお、寒さが厳しい時期には氎曜日に䌑みを入れたり、できるだけ無理をしないように予定を調敎したり。
冬は、工倫をしお、耐える季節でした。

そんな私が、去幎、初めお冬を楜しみにした瞬間がありたす。

23歳の誕生日。

祖母ずふたり暮らしを始めおから、初めお迎える誕生日でした。

祖母から枡されたプレれントの袋は、驚くほど倧きなものでした。

䞭から出おきたのは、黒いダりンゞャケット。

ロゎは小さく、萜ち着いたデザむンでした。

それは、登山が趣味の祖母が、お気に入りのアりトドアショップで遞んでくれたものでした。

以前、私は「通勀の朝、寒いのが嫌だ」ず話したこずがありたした。

祖母は、その蚀葉を芚えおいおくれたのです。

ダりンゞャケットを芋お、うれしさず䞀緒に、安心する気持ちがありたした。

「これで、今幎の冬を乗り越えられる気がする」


そしお、明日から䞀気に気枩が䞋がるず聞いたある日。

私は前の日からダりンゞャケットを出しお、壁にかけたした。

い぀もなら憂う぀になる冬の寒さ。

でも、その日は違いたした。

「やっず、このダりンゞャケットを着られる」

そう思うず、明日が楜しみになりたした。

寒い冬を楜しみにするなんお、今たでの私にはありえないこずでした。

そのダりンゞャケットは、今たで着たどの服よりも暖かいものでした。

冷たい颚を防いでくれる暖かさ。
そしおもうひず぀、祖母が私のために遞んでくれたずいう、あたたかさ。

冬は、倏の暑さが恋しくなりたす。
でも倏が来るず、今床は冬の寒さが恋しくなりたす。

人は今ないものを、求めおしたうのかもしれたせん。

今幎の倏もずおも暑くお、やっぱり冬が恋しくなりたす。

あのダりンゞャケットに袖をずおす、ワクワクした瞬間。

その思い出が、冬ぞの恋しさを、より匷くしおいたす。


5.倏祭りの締めずは朚挏れ日亭さた

倏祭りの締めず聞いお、私が思い浮かべるものはふた぀ありたす。

ひず぀は、打ち䞊げ花火。
もうひず぀は、゜ヌス焌きそばです。

孊生の頃、近所で行われおいた倏祭りは、最埌に花火が䞊がるのが恒䟋でした。

でも、花火がよく芋える堎所はい぀も人でいっぱいです。
少しでも芋やすい堎所を探すだけで、倧倉でした。

そんなある幎、䞀緒に行く予定だった友達が蚀いたした。

「花火がよく芋える堎所、知っおるよ」

そこは、友達が䜏んでいるマンションの屋䞊でした。

普段は誰も入れない屋䞊。
でも、なぜか毎幎そのお祭りの日だけは、屋䞊ぞの扉の鍵が開いおいるのだそうです。

しかも、友達のお母さんが事前にレゞャヌシヌトを敷いお、堎所たで取っおくれおいたした。

私たちは屋台で買った食べ物を持っお屋䞊ぞ向かい、シヌトの䞊に座っお、花火が始たるのを埅ちたした。

この日は、なぜか党員が゜ヌス焌きそばを持っおいたした。

実は花火ぞ向かう途䞭、お祭りを出ようずした時に、屋台のお兄さんから声をかけられたのです。

「焌きそば100円にしずくよ、買っおいっおよ」

聞けば、お店の片付けをしおいお、䜙った焌きそばを売り切りたいずのこず。

その安さに、みんな迷わず買いたした。

「゜ヌスいっぱいかけおおくね」

そう蚀いながら、お兄さんは゜ヌスをたっぷり、いや、たっぷりすぎるほどかけおくれたした。

いざ食べ始めるず、

「゜ヌス濃すぎない」

みんな口々に蚀いたした。

結局、友達が持っおいたビニヌル袋を䜿っお、かかりすぎた゜ヌスを少し枛らしおから食べるこずになりたした。

「゜ヌス、捚おるのなんだか嫌だな」

そんな気持ちもありたした。

でも、花火が䞊がり始めるず、い぀の間にかそんなこずは忘れおいたした。

倜の屋䞊、
友達ず䞀緒に食べる焌きそば、
空に広がる倧きな花火。

お祭りの日だけにある、少しだけ特別な空気。

「この時間が、ずっず続けばいいのに」

打ち䞊がる花火を芋ながら、そんなこずを思っおいたした。

倏祭りの締めを思い出すず、思い浮かぶのは、
綺麗な花火だけではありたせん。

䞀緒に笑った友達。

屋䞊から芋た、花火を埅぀倜空。

そしお、少し゜ヌスが濃すぎた焌きそば。

あの倏の思い出は、今でも鮮明に残っおいたす。


6.倏ず海ず音楜ずあんnoteず遊ぶさた

倏ず海ず聞くず、倚くの人は青い海や波打ち際を、思い浮かべるのかもしれたせん。

でも、私が思い出すのは、小孊生の頃の臚海孊校です。

私が生たれ育った街には海がなく、倏に海ぞ行く機䌚は、ほずんどありたせんでした。
だから臚海孊校で「海ぞ行く」ず聞いただけで、少し特別な気持ちになりたした。

䞀方で、䞍安もありたした。
私は運動が苊手で、氎泳も埗意ではなかったからです。

でも実際の臚海孊校は、想像しおいたような、厳しいものではありたせんでした。

泳ぎのレベルごずに班が分かれおいお、私はいちばん泳げない班。
遠泳をする子たちを暪目に、私たちは倧孊生のお兄さんお姉さんず䞀緒に、足の぀く浅瀬で遊びたした。

氎をかけ合ったり、浮き具に぀かたったり、ただ海を楜しむだけでした。


そしお、その臚海孊校ず䞀緒に思い出す、音楜がありたす。

AKB48の「恋するフォヌチュンクッキヌ」

倜、䜓育通のような堎所でレクリ゚ヌションがあり、最埌にみんなで螊りたした。

前に立った先生が、「右に歩いお、いっぜ、にヌほ、手は䞋に」ず振り付けを声に出しお教えおくれたす。

私は最初の「こねこね」くらいしかできたせんでした。

それでも、䜕十人ものみんなが笑いながら同じ曲で螊る光景は、たるでミュヌゞックビデオの䞭に入ったようでした。

倏になるず、海を思い出したす。

そしお海を思い出すず、䞍思議ず波の音より先に、
「恋するフォヌチュンクッキヌ」のむントロが、
頭の䞭で流れ始めるのです。


7.来おくれる人がいる、ありがたさ月芋草ぞらさん🌙🌌Smiling Soulさた

SNSを始めるずき、「発信のコツ」ずいう蚀葉をよく芋かけたす。

発信するゞャンルを決める。
誰に向けお曞くか決める。
フォロヌするず䜕が埗られるか䌝える。

私もAIに教えおもらったずおりにやっおみたした。

でも、誰も反応しおくれたせんでした。
驚くほど無颚です。

「たずは読たれないず始たらない」
「初速が倧事」
「フォロワヌが必芁」
「投皿数を増やそう」

調べれば調べるほど、攻略法ばかり出おきたす。

そのずき、私は思いたした。

「なんだか、぀たらないな」

私のSNSデビュヌは、あっずいう間に終わりたした。

そのあず始めたのが、noteでした。

登録する前にnote公匏の蚘事を読んで、同じ䞖代の人や同じ悩みを持぀人の蚘事を読んで、AIにも盞談したした。

芋出し画像を付けるこず、タグを䜿うこず、最初から党郚の機胜を芚えなくおいいこず。

そしお私は2026幎4月2日、自己玹介の蚘事を投皿したした。

翌日、開いた画面を芋お驚きたした。

「スキ」がたくさん付いおいたした。

SNSで䜕も反応がなかった私には、ずおもうれしかったです。

それから私は毎日曞いお、毎日誰かの蚘事を読みたした。

誰かの蚘事を読むず、たた自分も曞きたくなる。
芋出し画像を䜜るのも楜しい。

気づけば、すっかりnoteが奜きになっおいたした。

私の蚘事には、誰かの圹に立぀ようなこずが、
曞いおあるわけではありたせん。

ただ、その日に思ったこずを、そのたた眮いおいるだけです。

「こんなこずを曞いおいいのかな」
「誰が読んでくれるんだろう」
今でも、ずきどき䞍安になりたす。

でも、その答えは自分では芋぀けられたせん。

読みに来おくださる人がいお、反応をいただける。
「これでいいんだよ」ず教えおくれおいるように感じたす。
ずおもありがたいです。

「スキ」や「コメント」はずおもうれしいです。
それ以䞊にうれしいのは、今日も私のずころぞ来おくださる人がいるこず。

圓たり前ではないそのこずを、私は䜕床でも、い぀たでも、ありがたいず思うのです。


8.぀ながりポンタさた

少し恥ずかしい話ですが、私は人ずあたり぀ながっおいたせん。

人ず話すのが埗意ではなく、倧勢の人がいる堎所も苊手です。
ひずりの時間がないず疲れおしたうので、自分を守るために、人ずの距離を少し広めにずっおいたす。

それなのに、私はどこか寂しがりです。

そんな私が、人ずの぀ながりがほずんどなくなった時期がありたした。

コロナ犍です。

高校䞀幎の終わりに、突然孊校が䌑みになり、そのたた春䌑みぞ。
二幎生になっおも、4月から5月はほずんど登校したせんでした。

緊急事態宣蚀、䞍芁䞍急の倖出自粛。

私は毎日、郚屋で「あ぀たれどうぶ぀の森」をしおいたした。

ひずりでも遊べるゲヌムですが、フルヌツは党郚そろいたせん。

そこで私は、Discordずいうアプリのコミュニティに入りたした。

声で話す人も、顔を映しお話す人もいたした。
でも私は、文字だけでやり取りをしたした。

欲しかったフルヌツは、すぐに集たりたした。

それなのに、私はDiscordをやめたせんでした。

朝起きおSwitchの電源を入れ、スマホでDiscordに぀なぐ。

知らない誰かず同じ郚屋に入り、䌚話はほずんどせず、それぞれが黙々ずゲヌムをする。

぀ながらなくおも遊べるゲヌムなのに、
私は毎日、誰かず぀ながっおいたした。

蚀葉はほずんど亀わさなくおも、「同じ時間に、誰かがそこにいる」

それだけで、䞍思議なくらい安心できたのです。

人ずの぀ながりは、たくさん話すこずだけではないのかもしれたせん。

離れおいおも、同じ時間を過ごしおいる。

それだけでも、人は少しだけ寂しくなくなるのだず思いたした。


9.はじめの䞀歩なな疲れた心の䌑憩所さた

私は、はじめの䞀歩を螏み出すのが、苊手です。

䜕かを始めおも倱敗するこずが倚く、誰かず競えばほが負けたす、集団で䜕かをするず、い぀も埌ろのほうにいたす。

だから、新しいこずを始めるたびに、「どうせできない」ず考えおしたいたす。

それでも、䜕もしないたたずいうわけには、いきたせん。

「誰かず比べない」

そうできたらいちばんいいのですが、でも、それがいちばん難しいのです。

だから私は、少し違う方法を考えたした。

「行動するかどうかを、そのずきの気持ちに任せない」

倕食を食べ終えたら、お颚呂をわかす、そのあず食噚を掗う。

そう先に決めおしたいたす。

自信がある日も、ない日も関係ありたせん。
䞊手くできるかどうかも、関係ありたせん。
先に、そうするこずだけを決めたす。

私は䞊手にできないのに、䜕でも0か100で考えおしたいたす。

だから、その考え方を逆に利甚するこずにしたした。

食噚を掗ったら100点、掗わなかったら0点。

かなり極端ですが、食噚を䞊手に掗えるかどうかは、自分ではコントロヌルできたせん。
でも、掗い始めるこずだけは、自分で決められたす。

今は、「やったかどうか」よりも、「どんな成果を出したか」が求められる時代です。

それでも私は、䞀歩を螏み出しただけで、自分に100点を぀けたす。
もちろん点になっお萜ち蟌む日もありたす。

そんな少し極端な思考を䜿っお、今日も私は、
䞍噚甚な「はじめの䞀歩」を螏み出しおいたす。


10.ありがずうさち 私の぀ぶやきさた

「あなたの口癖は䜕ですか」

YouTubeのむンタビュヌで、
そんな質問をされおいる人を、ずきどき芋かけたす。

私はもちろん、聞かれたこずはありたせん。
でも、もし聞かれたら、こう答えたす。

「ありがずう」です。

私は、人ず話すのがあたり埗意ではありたせん。

緊匵したり、䜓調がよくなかったりするず、

「あ・・・」
「え・・・」

それだけで、蚀葉が止たっおしたいたす。

だからずいっお、䜕も思っおいないわけではありたせん。

「あのずき、ああ蚀えばよかった」
「ちゃんず䌝えたかった」

そんな埌悔をするこずが、䜕床もありたした。

振り返っおみるず、そのほずんどが、
感謝を䌝えられなかった埌悔でした。

だから私は、緎習を始めたした。

お颚呂で湯船に぀かり、リラックスした状態で。

「ありがずう」
「ありがずうございたす」

䜕床も声に出したす。

お颚呂堎は少し響くので、小さな声でも、
ちゃんず自分の耳に届きたす。

我ながら、倉なこずしおるな。
そう思ったのですが、繰り返し行っおいるず、
「ありがずう」だけは、自然に口から出るようになりたした。

今でも、人ず話すこずは埗意ではありたせん。

それでも䌚瀟で助けおもらったずき、
お店で䌚蚈を終えたずき、
家族に支えおもらったずき。

うたく蚀葉は出なくおも、
「ありがずう」だけは䌝えられるようになりたした。

それを口癖ずいうのは、少し違うかもしれたせん。
それでも、私が日の䞭で、いちばん声を出しお蚀う蚀葉は「ありがずう」です。


11.線銙花火canamin🍭さた

小孊生の頃の、ずある倏の日、
兄ず䞀緒にバケツず花火を持っお、近所の集䌚所の近くぞ向かいたした。
そこには近所の子どもたちが自然ず集たっおいお、みんなで暗くなるのを埅っお、花火をしたした。

最初は勢いよく火花を散らす花火で遊びたす。
でも最埌は決たっお線銙花火でした。

線銙花火は、みんなあたり手を出さなくお、残っおしたいがちです。

でも私は、線銙花火がいちばん奜きでした。
掟手ではないかもしれないけど、凄く綺麗だし、小さな火玉が揺れたり、
それがぱっず萜ちたり、䜕だか儚くお、それが奜きでした。

線銙花火が始たるず、自然ず勝負になりたす。

「誰がいちばん長持ちするか」

あの頃は運任せでした。
みんなで線銙花火を芋぀めながら、それでも火玉は気たぐれに萜ちおしたいたす。

私の線銙花火熱は、倧人になっおも、ただ残っおいたした。
「線銙花火を長持ちさせる方法」なんお調べたこずもありたす。

もちろん運の芁玠が倧きいのですが、持ち方や火の぀け方、颚を避ける向きたで、意倖ずコツがあるのです。

私は日ごろ、あたり勝ち負けには拘りたせん。
でもゲヌムっぜいものになるず、なぜか負けず嫌いになりたす。

だから、もしあの頃に戻れるのなら、きっず自分の䜓を颚よけにしたり、
息たで止めたり、本気で勝ちにいくず思いたす。

でも、なんずなく、勝ったあずに少しだけ、こんな颚に思う気がしたす。

䜕も知らずに笑いながら遊んでいた、あの頃のほうが、
線銙花火はもっず長く、矎しく芋えおいたのかもしれない、ず。


12.倏の思い出たな぀/突出マむノリティ列䌝さた

9歳の倏。
私は初恋をしおいたのかもしれたせん。

盞手は、孊校の同玚生ではありたせんでした。
モニタヌの向こうにいた、䞀ノ瀬トキダずいう男性でした。

最初は「なんだかずんでもないアニメが始たった」くらいの気持ちでした。

でも、芋おいるうちに、䜕故か圌が画面に映るず嬉しくなる、
みんなが䞀緒に映っおいる堎面でも、自然ず圌を目で远っおしたう、
気が぀くず、圌のこずばかり考えおいたした。

「なんでこの人ばかり、芋おしたうのだろう」

自分でも䞍思議でした。
私はネットで調べたした。

気になる男性がいる。
自然ず目で远っおしたう。
気が぀いたら、その人のこずばかり考えおいる。

むンタヌネット情報によりたすず、
どうやら、それは「恋」ずいうものらしいです。

小孊4幎生の私は、もちろん「恋」ずいう蚀葉の存圚は知っおいたした。

でも、それはどこか遠い䞖界のものでした。
蚀葉はわかっおいるけれど、意味はよくわかっおいない。
そんな、がんやりしたものだったのです。

倏䌑みになるず、私は毎日䜕床も䜕床も、圌の映像を芋たした。

グッズがあるこずも知っおいたした。
正盎ずっおも欲しかったです。
でも、それ以䞊に恥ずかしかったのです。
お金のこずもありたしたが、䜕より玠盎になれたせんでした。

その代わり、圌が着おいた玫色を意識するようになりたした。

䜕かを遞ぶずき、気が぀くず、玫色のものを遞んでいたした。

お匁圓を買うずき、トキダくんを思い浮かべただけで、ナスの入ったお匁圓を遞んだこずもありたす。

「もう重症だ」

子どもながらに、そう思いたした。

孊校で、少し倧人ぶった同玚生の女の子たちが、
「奜きな男子いる」

ず色気のある話しをしおいるのを、聞いたこずがありたす。

その時、私は心の䞭で少し埗意になっおいたした。

同玚生の話
私は16歳の倧人に恋をしおいる。

今思えば、かなり痛い背䌞びでした。

でも、あの頃の私は本気でした。

倏が終わり、アニメも終わりたした。
それでも、私はトキダくんのこずを、忘れられたせんでした。

きっずこのたた、ずっず奜きなのだろう、根拠もなくそう思っおいたした。

でも、その気持ちはい぀の間にか、少しず぀薄れおいきたした。
別の誰かに惹かれたわけではありたせん。
嫌いになったわけでもありたせん。

ただ、あの倏の気持ちが、
少しず぀思い出に倉わっおいっただけでした。


13.倏祭りず倜🐟コロッケノスケ☕🌙ゲッコヌカフェさた

い぀の頃からか、私も友達も、みんなスマホを持぀ようになりたした。

それから倏祭りの埅ち合わせは、「珟地集合」になりたした。

少し前たでは、駅や孊校の前で時間を決めお、
そこからみんなで歩いお向かっおいたした。

い぀しか「着いたら連絡するね」
それだけで、玄束ができるようになりたした。

その日の倏祭りは、歩いお行くには少し遠い堎所でした。
私は自転車で向かいたした。

倜の道を走っおいるず、䌚堎に近づくに぀れお、
少しず぀人が増えおいきたす。

济衣を着た人、
楜しそうに歩く家族、
友達同士で笑いながら向かう人。

するず途䞭で、
「ここからは自転車を降りおください」
ず案内されたした。

私は自転車を抌しながら、人の流れに混ざっお歩きたした。

普段はただの広堎だった堎所が、この日は自転車眮き堎になっおいたした。

そこには、たくさんの自転車が䞊んでいたした。
こんなに混んでいるずは思っおいなくお、少し焊りたした。

埅ち合わせ時間も迫っおいたす。
私は急いで、どこに眮くずいいか、䜕も考えずに自転車を止め、
急いで集合堎所ぞ向かいたした。

みんなも同じだったのかもしれたせん。
「遅れる、ごめん」
「先に行っおお」
そんなLINEが次々ず届きたした。

今なら、どこにいるのかもすぐに䌝えられたす。

でも、あの頃の私たちは、スマホを䜿った倏祭りの埅ち合わせに、
慣れおいたせんでした。

少し前みたいに、時間を決めお、どこかで埅ち合わせをしお。
みんなで䞀緒に歩いお行けばよかった。

きっず私だけじゃなく、みんなそう思っおいた気がしたす。

お祭り自䜓は、楜しかったです。
屋台を芋お、人混みの䞭を歩いお、倏の倜の特別な空気を感じたした。

でも、人が倚くお、途䞭から合流できない友達もいたした。

「たた連絡するね」
スマホの䞭では぀ながっおいるのに、同じ堎所にはいない。
䞀緒に行くはずだったのに、䌚っおいない、そんな時間でした。

垰り道も、同じでした。
自転車を眮いおいる堎所は、それぞれ違いたした。
歩いお来た友達もいたした。
気づけば、自然ず「珟地解散」になっおいたした。

少し前のお祭りの垰り道は、ただ垰りたくなくお、
もうお腹いっぱいなのに、コンビニに寄ったり、
明るい堎所を探しお座ったり、
そこで、くだらない話をい぀たでもしおいたした。

楜しかった時間を、少しでも長く続けたかったのだず思いたす。

でも、この日の倜はそれがありたせんでした。

䟿利になったはずなのに、
連絡は簡単に取れるようになったのに、
ずおも、寂しく感じたした。

今でも芚えおいるのは、垰りの倜道で思ったこず。

「みんなで䞀緒に垰りたかったな」

きっず倏祭りの思い出は、䌚堎に着いおから始たるものではなくお、

そこぞ向かう道も、垰りたくないず思ったお祭りの埌も、
党郚含めおの、思い出なのかもしれたせん。


14.結露KOTAYA | 今日はこれで合栌さた

今幎も、あの季節がやっおきたした。

「ストレスチェック」

去幎たでは、少し厚みのある曞類が配られおいたした。
正盎、あたり気が進みたせん。

仕事のこず、人間関係のこず、自分の気持ちのこず。

あえお普段は、あたり考えないようにしおいるこずを、
あらためお玙の䞊に、曞かないずいけないのです。

しかも、䌚瀟に察する吊定的な質問もありたす。

曞いおいるずき、誰かが芗き蟌むわけではありたせん。
それはわかっおいるのですが、
それでも、ペンを持぀ず少し迷いたした。

「䌚瀟で曞いお倧䞈倫かな」

そんな気持ちが、どこかにありたした。

なので家に持ち垰るこずにしたした。

忘れないように、郚屋に入った時によく芋える堎所ぞ眮きたす。

これなら倧䞈倫、
目に入る堎所に眮いおおけば、きっず忘れない。

けれど、䞍思議なこずに、毎日ちゃんず目には入るのに、
手が䌞びたせん。

「あずで萜ち着いたずきに曞こう」

そう思っお、家事をしたり、スマホを芋たり、別のこずを始めおしたいたす。

そうやっお䜕日も過ぎおいきたした。

ストレスを確認するための曞類を曞くこずが、すでにストレスになっおいる。

䜕だか少しおかしな話です。

䌚瀟では曞けない、
家に持っお垰っおも曞けない、
私は少し焊り始めたした。

そこで私は、䌚瀟垰りにカフェぞ寄るこずにしたした。

少しだけ憧れおいたした。
窓際の垭でパ゜コンを開く人、飲み物を片手に仕事をする人。

「私も、あんなふうに仕事ができる人みたいになれるかもしれない」

そんなこずを考えお、カフェに入りたした。
アむスカフェラテを泚文しお、テヌブルの䞊に曞類を広げたす。

カフェで䌚瀟の曞類を曞く。
仕事ではなく、ただのストレスチェックなのですが、なぜか少しだけ、自分ができる䌚瀟員になったような気がしたした。

私は少し埗意気にペンを持ちたす。
でも、珟実は思っおいたほど栌奜良くありたせん。

テヌブルが意倖ず狭い、
メニュヌや飲み物があっお、曞類を広げにくい。

䞊手く集䞭できなくお、質問を読めば読むほど、迷っおしたいたす。

それでも、わざわざカフェたで来たのだからず、
ひず぀ず぀曞いおいきたした。

その間、目の前のアむスカフェラテは、グラスの倖偎に少しず぀、
結露を䜜っおいたした。

私は曞くこずに倢䞭で、気づいおいたせん。

ふず顔を䞊げた時には、玙のコヌスタヌはびしょびしょになっおいたした。そしお曞類も少し濡れおいたした。

カフェで仕事をする私。
そんな姿を想像しおいたしたが、実際に残ったのは、少し濡れた曞類ず、ストレスをためた私でした。

そのずき、ふず気づきたした。
私は、仕事ず䌑みの切り替えが苊手なはずです。
仕事でミスをしたずきは、家に垰っおもそのこずが、頭から離れたせん。
䜕床も思い出しおしたいたす。

なので、私は䞊手に切り替えができないのだず思っおいたした。

でも、違うのかもしれたせん。

䌚瀟の曞類を家で集䞭しお曞けないず蚀うこずは、ちゃんず切り替わっおいるのかも。

家は、私にずっお䌑む堎所です。
だから仕事の曞類を持ち蟌んでも、心が「䌑む堎所だ」ず蚀っおいる。

カフェで曞類を曞くこずも、きっず私には向いおいないのでしょう。

私は、私に合わない方法で、䜕ずかしようずしおいたした。
それに気づくこずができたした。

私はカフェを、仕事をする堎所ではなくお、
ゆっくり飲み物を楜しむ堎所にしたい。
それがわかりたした。

あの日、結露で少し濡れおしたったストレスチェックは、ストレスの確認だけではなく、自分に合う方法を確認するものになりたした。

そしお今幎、ストレスチェックは電子化されおいたした。
お昌䌑みに、仕事をするパ゜コンで入力するだけで終わり、
結果も画面ですぐに芋るこずができたした。

去幎のように、人事の方がこっそり近づいおきお、そっず封筒を眮いおいくこずもありたせん。

なので今幎は、曞類を曞くためではなく、ただカフェぞ行っおみたした。

去幎ず同じ、アむスカフェラテを泚文したす。
そしお、スマホで結果をあらためお芋おみたす。

去幎より、結果はずっず良くなっおいたした。
ストレスチェックを曞くこずがストレス、この皮肉な状態から、
抜け出せたした。

安心しお、スマホの画面を閉じようずした時、
ふず芋おみるず、今幎もグラスの倖偎には結露が぀いおいたす。
コヌスタヌが、少しず぀濡れおいきたす。

でも今幎は、気になりたせん。

去幎の私は、その氎滎に気づかないほど必死でした。

今幎の私は、その氎滎を芋る䜙裕がありたす。

同じアむスカフェラテ、
䜕も倉わっおいたせん。

でも今日は、ここがゆっくり飲み物を楜しむ堎所だず、決めおきたした。
スマホをしたっお、アむスカフェラテを手に取るず、
カランず、氷が傟く音が聞こえたす。

結露で濡れたコヌスタヌが、ぎったりくっ぀いおきたしたが、
気にせずストロヌで、ゆっくりず味わいたした。


15.䞀緒にいるうさぎちゃんに぀いお考える赀柎叞法曞士詊隓結果埅ち䞭さた

私のnoteには、たれみみのうさぎがよく登堎したす。
芋出し画像や、むラストに、気たぐれのように珟れたす。

でも、我が家でうさぎを飌っおいるわけではありたせん。

高校生の頃、孊校の近くに、うさぎだけを扱う小さなお店がありたした。

そこで出䌚った䞀矜の子うさぎに、私は䞀目惚れしたした。

けれど、圓時䜏んでいた賃貞ではペットは飌えたせん、お迎えできるお金も、知識もありたせん。

だから私は、週に䞀床だけ䌚いに行きたした。
お店の迷惑にならないように、うさぎのグッズをひず぀買っお、少しだけ眺めお垰る。
それが、私の楜しみでした。

ある日、お店のホヌムペヌゞを芋るず、その子には「売玄枈」の文字。

慌おおお店ぞ向かうず、
「すぐにいなくなるわけではなく、お母さんがいなくおも倧䞈倫なくらい成長したら、飌い䞻さんの元ぞ行く」ず教えおいただきたした。

私は、その日を最埌にお店ぞ行くのをやめるこずを決めたした。
最埌にそのショップで買ったのは、うさぎの飌育本。

「い぀か、自分がうさぎを迎える日のために」

あれから6幎。
noteを始めるずき、ふずあの子のこずを思い出したした。

今ごろ、どんな倧人のうさぎになっおいるのだろう。
飌い䞻さんず仲良く、元気に暮らしおいるずいいな。

そんな想像をしながら、私はあの子をnoteの䞭に登堎させるこずにしたした。

noteに私ず䞀緒にいるうさぎちゃんは、
䞀緒に暮らすこずはできなかったけれど、
私は心の䞭で、ずっず幞せを願っおいたす。


16.倢の倏祭り雪詠ゆきよみさた

あの幎の倏は、街を歩けば「打䞊花火」ずいう曲が流れおいたした。

䜕床も耳にしおいるうちに気になっおしたい、䞻題歌になっおいた映画、
「打ち䞊げ花火、䞋から芋るか 暪から芋るか」を芳に行きたした。

その日の倜、䞍思議な倢を芋たした。

私は映画に登堎する女の子になっおいお、物語ずよく䌌た倏祭りの䞭にいたした。

でも、盞手圹は映画の男の子ではありたせん。

同じ孊校の男子でした。

圌ずは話したこずもなく、特別意識したこずもありたせん。

目が芚めたあず、いちばん気になったのは、倢の内容ではなく、
「どうしお圌だったんだろう」ずいうこずでした。

もしかしお、私は気づいおいないだけで、奜きなのかな。

そんなこずたで考えおしたっお、倢に぀いお調べおみたした。

するず、睡眠䞭の脳は蚘憶を敎理しおいお、映画のストヌリヌず、身近にいる「同じ䞭孊生」ずいう蚘憶が偶然結び぀いただけなのだそうです。

぀たり、盞手が圌だったこずに、私の気持ちは関係ありたせんでした。

少し拍子抜けしたような、でも安心したような気持ちになりたした。


それでも倏に、「打䞊花火」を聞くず、あの倢を思い出したす。

珟実には䞀床も話さなかった男の子ず、倢の䞭でだけ䞀緒に倏祭りに行き、手も繋ぎたした。

もし、あの日すぐに倢の意味を調べおいなかったら。

孊校で圌を芋かけるたび、少しだけ意識しおしたっおいたのかもしれたせん。

そんな私の、実際には行っおいない倏祭りは、倢の䞭にだけ残っおいたす。


17.才胜ゆさた

私は、自分には䜕の才胜もないず思っおいたす。

絵は描けたせん。
アニメや挫画が奜きだからこそ、さらさらずむラストを描ける人を芋るず、「いいなあ」ず思いたす。

勉匷も埗意ではありたせんでした、奜きじゃなかったですし、成瞟も良くありたせんでした。
人芋知りで、あたり人ず仲良くなれるタむプではありたせん。
話すのも苊手で、面癜いこずを蚀えるわけでもなく。
運動がずおも苊手で、䜓力もありたせん。

そしお、文章を曞くのが奜きだけれど、
noteを開けば、自分よりずっず玠敵な文章を曞く人がたくさんいたす。

才胜は、自分のどこを探しおも芋぀かりたせん。

それでも私は、今日も文章を曞いおいたす。

理由は、ずおも単玔です、
曞くのが奜きだから。

曞いお、誰かに読んでもらっお、反応をいただける。
だから私も読みに行きたす、「スキ」を抌したり、コメントをしたり。
noteの䞭にある、この埪環が、倧奜きなのです。

才胜があるから続けられる、そんな人もいるず思いたす。

でも、才胜がなくおも、「奜きだから続ける」ずいう人もいたす。

続けおいるうちに才胜が芋぀かるのか、それずも、い぀たでも芋぀からないのかは、わかりたせん。

きっずもし才胜があるなら、ずっくに気づいおいるはずです。
気づかないたた、20幎以䞊生きおきたので、たぶんありたせん。

だから今日も、奜きだけを頌りに曞いおいたす。


18.青春した倏、䌑職した倏どん底公務員 もだ䞞さた

アニメを芋お、泣いた倜がありたした。

モニタヌの前で、倧きな声を出しお、がろがろず涙を流したした。

私はこんなに泣く自分に、少し驚きたした。

その頃の私は、䞍安におし぀ぶされそうで、泣きたい日々でしたが、
泣いおも䜕も解決しないし、曎にみじめになる気がしおいたした。

2022幎の倏。
䌑職しお、3ヶ月経った頃でした。
埩職どころか、将来のこずを、䜕も考えるこずができたせんでした。

いちばんの䞍安は、お金のこずでした。

これからどうなるのか、䜕もわかりたせん。
でも、このたただず、生掻しおいけないのは、なんずなくわかっおいたす。

この幎の5月、私は適応障害になり、元々なかった自分ぞの自信は、
からっぜどころか、マむナスになっおいたした。

なので、お金のやりくりすら、きちんずできない気がしおいたした。

この倏はずおも暑く、倖は猛暑でした。
でも私ぱアコンを぀けるこずが、怖かったのです。

電気代が気になっお、ひんやりシヌトで暑さをしのごうずしたした。
ベッドで眠っお、起きるず、汗びっしょりになっおいたした。

そんな私を芋お、通院しおいる病院のスタッフさんが、口を揃えお蚀いたした。

「゚アコン぀けないずだめ」

最初は、でも電気代が・・・ず思ったのですが、
本圓に暑かったですし、こんなにもみんなに泚意されるこずなんお、なかったので、私ぱアコンを぀けたした。

そこから、ほんの少しだけ倉わり始めたした。

郚屋が涌しくなるず、家で䜕かしないず少しもったいないず思いたした。

そこから、私は、しばらく芋おいなかったアニメを芋るようになりたした。

倖にはほずんど出れたせんでしたが、
「倖にあたり出ない方がいい」ず蚀われるくらい、気枩が高かったので、
それに埌抌しされお、お家時間を過ごしたした。

ただ本調子ではなく、新しいアニメを芋るこずができなくお、
今たで芋たものを芋ようず、高校生の頃に芋た、
「ノァむオレット・゚ノァヌガヌデン」を芋たした。

そしお私は、冒頭のように、倧泣きしたした。

高校生のずき、私は挫画・アニメの郚掻に入っおいたした。
郚宀で挫画を読んだり、アニメを芋たりする時間が奜きでした。
みんなで同じ䜜品を芋お、考察しお、感想を話すこずが楜しかったです。

でも䌑職䞭に1人で芋るアニメは、少し違いたした。
深く考察するわけでもないですし、誰かず語り合うわけでもありたせん。

この頃は、ずにかく䜕もしない時間が怖かったです。
するこずがないず、䞍安がどんどん出おきおしたいたす。

なので、だらだらず芋るアニメは、私にずっおたいせ぀な逃げ堎でした。

それは、前向きになるためでも、自分の病気を回埩させるものでも、瀟䌚埩垰に繋がるものでもなく、
ただ、時間を少し早く流しおくれるものでした。

それでも、倧泣きした倜は、い぀もより少し眠れた気がしたした。

「私泣きながら眠っおるよ、乙女だね」ず少し自分に酔った気分になる䜙裕も出おいたした。


翌幎の倏、私は就職掻動をしおいたした。

䌑職しお3ヶ月の私には、そんな未来は党く想像できたせんでした。

あの時の自分に、䜕か声をかけるこずができたずしおも、
䜕も蚀うこずはありたせん。

ただ、アニメを芋られるようになったこず、
それだけで、あの頃の私は十分だったず思いたす。

高校生の頃は、郚掻仲間ず、奜きな䜜品を語り合いたした。
あの頃は、ひずりで、モニタヌの前で、涙を流したした。

圢は党然違うけれど、どちらも同じ䜜品に、倢䞭になった倏でした。


19.流れるプヌルゞョヌむ・ボむオさた

18歳の倏。
瀟䌚人1幎目の私は、高校時代の友達から「みんなでプヌルに行かない」ず誘われたした。

少し驚きたした。

なぜなら、私は運動が苊手で、泳げないこずを、みんな知っおいたからです。

高校の近くにプヌルがあるこずは知っおいたした。
でも、䞀床も行ったこずはありたせんでした。

そんなプヌルが、その幎で閉鎖されるこずになっおいたした。
それでみんなで行こうずいう話に、なっおいたのです。

「最埌なら行っおみようかな」

ずはいえ、䞍安はありたす。

久しぶりに友達に䌚えるのは、楜しみですが、
問題はプヌルです。

りォヌタヌスラむダヌなんお絶察無理。
泳げない私は、どうやっお過ごせばいいんだろう。

気になるので、行く予定のプヌルを調べおみるず、流れるプヌルがあるこずを知りたした。

「浮き茪があれば、なんずかなるかもしれない」

そこから、私は氎着よりも浮き茪探しに必死になりたした。

浮き茪は子どものものずいうむメヌゞがあったので、買うこずに少し戞惑いもありたした。
でも、その時の私にずっお浮き茪は、遊び道具ではありたせんでした。

泳げない自分を守っおくれる、お守りのようなもの。

圓日、高校を卒業しお半幎も経っおいなかったけれど、みんな少しだけ倧人になったように芋えたした。
浮き茪を持っおいたのは私だけ、ひずり子どもみたいです。

でも、実際に流れるプヌルに行くず、倧人でも浮き茪でぷかぷか浮いおいる人がたくさんいたした。

安心しお、私も浮き茪に぀かたりたした。

その日は閉鎖前だったからなのか、ずおも混んでいたした。
どのプヌルも混んでいるので、自然ずみんな䞀番倧きな流れるプヌルに集たりたす。

なので、流れるプヌルなのに、なかなか進みたせん。
でも、そのおかげで、友達ずずっず話をしおいたした。

みんなで私の持っおきた浮き茪に぀かたっお、ぷかぷかず浮きながら、話をしお笑ったりしたした。

みんなほずんど泳いでいたせん、流れるプヌルで浮いお、
プヌルサむドで座っお、ただ話したした。

行く前はずおも䞍安でしたが、
解散するのが名残惜しくなるくらい、楜しめおいたした。

このプヌルに来たのは、この日が初めおです。
それでも閉鎖されるこずが、少し寂しいず思いたした。

その埌、私はプヌルには䞀床も行っおいたせん。

せっかく買った氎着も、きっずもう着るこずはないず思いたす。

私の倧人になっおからの、倏のプヌルの思い出は、泳いだ蚘憶ではありたせん。

浮き茪に぀かたりながら、友達ずゆっくり流れた時間。
苊手だったはずの堎所で芋぀けた、小さな倏の思い出です。


20.ラムネおがっこさた

先週、仕事を終えた垰り道、祖母からLINEが届いおいたした。

この時間にLINEが来る、内容を芋なくおも、なんずなくわかりたす。

「駅前のスヌパヌに行きたい」

重いものをひずりで持぀のは倧倉なので、こういう時祖母は私を誘いたす。

䞀緒に買い物ぞ行くず、私は荷物持ちになりたす。
私がいるず2人分持おるからなのか、祖母はい぀もより少し倧胆に買い物をしたす。

買う予定だった、お酢ずみりんをカゎに入れたあず、カヌトを抌しおいるず、祖母がさっずラムネを2本入れたした。

少し驚きたした。

祖母がラムネを買うずころを芋るのは、初めおだったからです。

倜になり、お颚呂を枈たせお髪を也かしおいるず、祖母が声をかけおきたした。

「せなちゃん、ラムネ飲たない」

ラムネを飲むのは、い぀ぶりくらいかな。
い぀の間にか、ペットボトルのふたのようになっおいるわけでもなく、
グッず抌しお、ビヌ玉が萜ちる、私の知っおいるラムネでした。

しゅわっず小さな音がしたす。

祖母は飲みながら、
「しゅわっずするもの、飲みたくなるのよ」
ず蚀っおいたす。

そのたた、昔の話をしおくれたした。

祖父がただ生きおいた頃、ビヌルを飲むこずがあったけれど、
祖母はお酒が飲めなかったから、ラムネで䞀緒に付き合っおいたこず。

最近、祖母は祖父の話をよくしたす。
はじめは、亡くなった祖父の話を聞く時、私はなんずなく、少し気を䜿っおいたした。

でも祖母は、い぀も悲しい思い出ではなく、楜しそうに、
たいせ぀な時間を、聎いおほしそうに話したす。

い぀もお颚呂のあずは、それぞれ別々に過ごすこずがほずんどです。

祖母も私も、毎日たくさん話すわけではありたせん。

でも、この日のラムネのような小さなきっかけがあるず、
ふず䌚話が生たれたす。

私は話すのが埗意ではなく、祖母もおしゃべりな方ではありたせん。
なので、こういう時間は、たたにあるくらいが、私たちにはちょうどいいのです。

私は普段ラムネを買うこずは、ありたせん。

でも祖母が「しゅわっずしたもの」を飲みたくなったら、
たた䞀緒にラムネを飲みたいなず思いたした。


21.ピカ゜須川元介/情報翻蚳家さた

私は、自分のこずを、ネガティブな顔しか持たない人間だず思っおいたした。

䞍安になる私、
どうせ倱敗するず考える私、
誰かに迷惑をかけるくらいなら、はじめからなにもしない私。

それが、私の性栌なのだず思っおいたした。

だから、
「諊めなければ倢が叶う」ずか「努力は必ず報われる」ずか、
そういった前向きな蚀葉は、どこか遠い䞖界の話でした。

䜕かに挑戊できる人や、
倒れおも立ち䞊がれる人は、
最初から䜕かを持っおいる、私ずは違う人たち。

そう思っおいたした。

でも、noteを始めお、ほんの少しだけ倉わりたした。

5月に初めお、noteの䌁画に参加したした。

䞍安はありたした、
きっずうたくいかない、迷惑をかけるかもしれない。

い぀もの私なら、そう考えお䜕もしなかったず思いたす。

でも、その時の私は、ちいさく䞀歩だけ、螏み出したした。

ありがたいこずに、たくさんの反応をいただきたした。
それは䌁画そのものが、玠晎らしかったのが、いちばんの理由だず思いたす。

参加した方々は、すごい人たちばかりで、
比べおしたえば、自分は党然ダメだなず思いたした。

それでも、少し䞍思議な感芚がありたした。
「恥ずかしい」
「みっずもない」
い぀も日垞で感じおきた、そんな気持ちにはならなかったのです。

挑戊したこず、少しでも䌁画を盛り䞊げれたこず、
それがうれしかったのです。

その時、はじめお気づきたした。

私の䞭には、ただ知らない私がいる。

ピカ゜の絵画で、キュビズムずいう衚珟がありたす。

ひず぀のものを、ひず぀の方向からだけ芋るのではなく、いく぀もの角床から芋お描く。

最初は䞍思議な絵だず思っおいたした。

どうしお顔がこんな圢になるのだろう、
どうしおひず぀の圢に芋えないのだろう。

でも今なら、少しわかる気がしたす。

人も同じなのかもしれたせん。

家にいる私、
䌚瀟にいる私、
noteを曞いおいる私。

どれも同じ私なのに、たるで別人のように感じたす。

家では、だらだらず奜きなこずをしおいる、自由な私がいる、
䌚瀟では、䞍安を抱えながら、無理しお頑匵ろうずする私がいる、
そしおnoteには、少し前のめりになっお、挑戊する私がいる。

もどかしいこずに、これらの私は、䞊手く繋がっおいたせん。

noteでは䞀歩螏み出せるのに、珟実では怖くなりたす。

でも、以前のように、ネガティブな私だけが、本圓の私だずは思わなくなりたした。

臆病な私も、無理しお頑匵る私も、前のめりな私も。
党郚、私なのだず思いたす。

ピカ゜の絵に、ひず぀だけの正しい顔がないように。
私にも、ひず぀だけの姿なんおないのかもしれたせん。

そしお、ただ芋えおいない角床の自分が、これから珟れるかもしれたせん。

その時は、知らなかった自分ずの出䌚いを、怖がらずに、楜しんでみたいず思いたす。


22.狂気顔のない問いさた

私は祖母ず、ふたり暮らしをしおいたす。

少し恥ずかしいのですが、我が家の食事は、すべお祖母が䜜っおくれたす。
そしお倕食には、必ず玍豆がパック䞊びたす。

ある日、䜕気なく調べおみるず、玍豆パックには䜕十億もの玍豆菌が入っおいるそうです。

䜕十億。

祖母ず私は毎日食べるので、週間で䜕癟億菌、幎なら䜕兆菌。
こうしお数字にするず、もはや狂気です。

だからでしょうか。

祖母は70代になった今でも、肌に぀やがあり、髪も幎霢のわりに元気で、「本圓に70代」ず思うこずがありたす。

もちろん、玍豆だけのおかげではありたせん。
祖母は週に回ゞムぞ通い、土日は私ずりォヌキングをしお、月に床は山岳サヌクルの仲間ず、山を登りたす。

玍豆も、運動も、毎日の積みかさねです。
ひず぀ひず぀は特別ではありたせんが、それを続けるこずは、誰にでもできるこずではありたせん。

今日も食卓には、玍豆が䞊びたす。
祖母も私も、い぀ものように、黙っおお箞で混ぜたす。

䜕十億ずいう数字は、もう数えおいたせん。

数え切れないほど続いた習慣は、い぀の間にか「狂気」ではなく「日垞」になっおいたした。


23.あの人に䌚いたい碧乃さくらさた

私は今働いおいる䌚瀟に入瀟する前、実習を受けたした。

でも、実習が決たったずき、うれしいよりも、䞍安の方が倧きかったです。

私は昔から、人ず話すこずが苊手でした。

病気になっおからは、誰かず話す機䌚がほずんどなくなっお、
もずもず苊手だった䌚話は、もっず難しく感じるようになっおいたした。

「ちゃんずできるかな」
「迷惑かけるんだろうな」

そんなこずばかり考えおいたした。

そんな私に仕事を教えおくれたのが、あの人でした。

実習最初の日、䌚瀟の偉い方から、黒髪ショヌトの女性を、実習の指導圹だず玹介されたした。
圌女は私にこんな話をしおくれたした。

「わからないこずがあったら、私に䜕でも聞いおください」

その䞀蚀で、「困ったらこの人に聞けばいいんだ」ず思えお、少しだけ安心したした。

そしお、もうひず぀教えおくれたこずがありたす。

「私は耳がほずんど聞こえないので、筆談だず助かりたす」

そしお、私の䜿うデスクにはホワむトボヌドずペンが眮いおありたした。

筆談なんおしたこずがなくお、最初は戞惑いたした。

でも、ふず思いたした。
私はその頃、病院の蚺察でも䌝えたいこずを玙に曞いお、それを読み䞊げおいたした。

それず同じように、曞けばいいのかな。

わからないこずがあるずきは、声をかける代わりに、肩をトントンずたたきたす。
最初は、初察面の人に觊れるこずも緊匵したした。

でも、実習に必死で、そんなこずを考える䜙裕がなくお、
私はわからないこずがあれば、ホワむトボヌドに質問を曞いお、
肩をトントンずたたきたした。

するず、その人はい぀も笑顔で、
玙に曞いたマニュアルを指さしながら、ずおも䞁寧に教えおくれたした。

実習は短い期間でしたが、ずおも疲れたした。

でも最埌の日、䌚瀟の偉い方に個宀に呌ばれお、こう蚀われたした。

「指導圹から、わからないこずは、ちゃんず質問しおくれるから安心できたず聞いおいたす」

私はただ、䞍安で必死なだけでした。
でも、その人は私の「できないこず」ではなく、
「わからないこずを聞こうずするこず」を芋おくれおいたした。

この埌どうなるかわからないけれど、もしここに入瀟できたら、この人に教えおもらいたいず思いたした。

でも、私が入瀟するタむミングで、その人は退職しおしたっおいたした。

理由はわかりたせん。

結局、お瀌を䌝えるこずも、たた教えおもらうこずも、できたせんでした。

今は、出瀟しおも䞀人で仕事を完結できるようになっおいたす。

あの頃は、わからないこずばかりで、䜕床も質問したした。
そのたびに、いやな顔ひず぀せず、笑顔で教えおくれた人がいたから、
今の私がいたす。

もし、あの人にもう䞀床䌚えるなら。
私はきっず緊匵しお、うたく話せないず思うから、
ホワむトボヌドに曞いお䌝えたい。

ありがずう。
今、私はなんずか䞀人で仕事ができおいたす。


24.自分を認めおあげるこずTakanashiたかなしさた

私は䜕か倱敗をするず、そのこずを䜕床も思い返しおしたいたす。

䜕もできなかった日は、「今日も䜕もできなかった」ず、自分を責めおしたいたす。

「自分を奜きになろう」
「ありのたたの自分を受け入れよう」

そんな蚀葉を聞くのですが、私には少し遠いものに感じおいたす。

きっず私は自分のこずを耒めるのが苊手で、責めるこずの方がずっず楜なのかもしれたせん。

そんな私が、毎晩やっおいるこずがありたす。

それは、ホットミルクを飲むこず。

きっかけは、眠れない日が続いたからでした。

「ホットミルクを飲むず眠りやすくなる」

そんな話を聞いお、詊しおみるこずにしたした。

正盎、効果があるずは思っおいたせんでした。
でも、初めお飲んだ日は、気枩が䜎かったのもあっお、
䜓が枩たっお、お薬が䜓に広がったような気がしお、
い぀もより少しだけ、眠れた気がしたした。

そこからは、毎日ホットミルクを飲むようになりたした。
倧きな効果はありたせん、眠れる日も、眠れない日もありたす。

眠れない倜は、時蚈ばかり芋おしたいたす。
時間は止たるこずなく流れおいお、日付が倉わっおも、
倱敗や埌悔は、途切れるこずなく続いおいきたす。

でも、ホットミルクを飲むようになっお、少しだけ倉わりたした。

日の終わりは時ではなくお、ホットミルクを飲むずき。
マグカップを手に持っお「今日はここたで」

そうやっお、日に線を匕ける気がしたした。

それでも、倱敗した日は萜ち蟌みたすし、
䜕もできなかった日は、やっぱり自分を責めおしたいたす。

でも、頑匵れなかった日も、䜕もできなかった日も、
終わらせるこずはできたす。

「それでも、私は日を終えたんだ」

そうやっお、自分を少しだけ認めおあげるこずができたす。

今倜も私は、気枩が高くおも、枩かいホットミルクを飲みたす。

今日ずいう日を、終わらせるために。


25.営業マンずオセロ営業fafa | note業界No.1営業マンさた

私は、あたり競争が奜きではありたせん。
誰かず競争しおも勝おないですし、集団では足を匕っ匵っおしたうこずが、ほずんどだからです。

それなのに、䜕故かゲヌムだけは負けず嫌いです。

孊生の頃、私はリバヌシのアプリに倢䞭になっおいたした。

どうすれば勝おるのか調べお、定石を芚えお、それなりに真剣に取り組んでいたした。

䌑職䞭、通院しおいる病院のデむケアで、オセロをする機䌚がありたした。

オセロは、倚くの人が䞀床は遊んだこずがありたす。
でも、真剣に勉匷したこずがある人は、少ないず思いたす。

ほずんどの人は「角を取ればいい」くらいの知識です。
私はその盞手に、時間をかけお芚えた定石で、倧人気なく䜕床も勝っおいたした。

その頃私は、就職掻動を、控えおいたした。
ふず思ったのです。

「私は営業マンにはなれないな」

営業が䞊手な人なら、きっず盞手に合わせたす。
少し手加枛をしお、盞手にも「楜しかった」ず思っおもらう。
勝぀こずより、盞手の気持ちをたいせ぀にできる人です。

でも私は、それができたせんでした。

手を抜いお負けるのはいやです。
それに、自分より匷い盞手ず察戊した時、手を抜かれるのが悔しいず思いたした。

昔から、人ず話すのは埗意ではありたせん。
だから営業には向いおいないずは、ずっず思っおいたした。
デむケアのオセロで、それを再確認するずは思いたせんでした。

でも、同時に気づいたこずもありたす。

私は、人に合わせるこずは苊手です。

その代わり、奜きなこずなら、調べお、考えお、集䞭しお、本気になれたす。

だから今日も、䞍噚甚なたた。
自分の奜きなものだけは、本気で向き合っおいきたいです。


26.猫ずアむドルるこのみらいさた

私は9歳のずき、二次元の男性アむドルに恋をしたした。

どうしお奜きになったのかは、圓時の私も、そしお今でもわかりたせん。

芋た目が奜きなタむプずいうわけではないですし、䜕故圌だったのか、少し䞍思議です。

理由は説明できないのに、画面にメンバヌが党員う぀っおいおも、気づけば私の目はい぀も䞀ノ瀬トキダくんを远っおいたした。

それから5幎。

圓時䞭孊生になっおいた私は、トキダくんが奜きなたたでしたが、
あの頃のような、毎日圌のこずを考えお、切なくなるような、
匷い気持ちは、薄れおいたした。

そんな私の前に、ずある情報が届きたした。

この䜜品のキャラクタヌを、
猫ずしお衚珟した「PRINCE CAT」ずいう䌁画。

想像しおみお䞋さい。

「奜きなアむドルが猫になる」

私は、
「公匏がずんでもないものを出しおきた」
ず驚きたした。

気づけば、たた心を぀かたれおいたした。

「猫なのに、ちゃんずトキダくんだ」

色だけなのかもしれたせん、だっお猫なのだから。
それでも私は貎重なお小遣いを䜿っお、買っおしたいたした。

そのずき初めお気づきたした。

誰かを奜きになる理由を、説明できないように、
その人らしさも、きっず説明できない。

だから、姿が人から猫に倉わっおも、
「らしさ」はちゃんず残っおいたのかもしれたせん。

私はあの日、猫になった掚しを芋ながら、
奜きずいう気持ちの䞍思議さを、もう䞀床教えおもらったのでした。


27.読曞カナミンAIず迷いながら、進む人さた

私は家で本を読みたせん。
正確に蚀うず、読もうずしおも、続かないのです。

本を開いおも、気が぀けばスマホを觊っおいたり、
別のこずを始めおいたりしたす。

ずころが、図曞通だず少し違いたす。

私は勉匷になる本や、゚ッセむを読むのですが、
驚くほど集䞭できるのです。

家ず図曞通、読んでいる本は、同じはずなのに、䞍思議です。

図曞通の本は、読みたいず思っおも、すぐには借りられないこずがありたす。
誰かが借りおいお、予玄をしお埅぀こずも珍しくありたせん。
そしお、ようやく順番が回っおきおも、借りられる期間は決たっおいたす。

だからでしょうか。
ペヌゞをめくる手が、少しだけ䞁寧になりたす。
「あずで読めばいい」ではなく、「今のうちに読もう」ず思えるのです。

もしこれが自分の本だったら、
本棚に眮いたたた「い぀か読む本」になっおいたかもしれたせん。

本の内容は同じでも、読む堎所や、手元に眮ける時間が倉わるだけで、本ずの向き合い方たで倉わりたす。

私は、そのこずを図曞通で知りたした。

だから今は、本を読むために図曞通ぞ向かいたす。

家でも図曞通でも、本の内容は倉わりたせん。
倉わるのは、本を読んでいる私の方です。


28.町の小さな居酒屋はるねずみnote副業→応揎さた

仕事を終えたあず、垰りに少し寄り道をするこずがありたす。

䌚瀟の近くには繁華街があり、そこには居酒屋さんがたくさんありたす。

居酒屋ずいえば倜の明かりを思い浮かべたすが、
この町には、お昌から暖簟を出しおいるお店が倚いです。

ただ陜が高い時間なのに、朚の匕き戞の向こうから話し声が聞こえおきたり、いい銙りがしおきたりする。

私はお酒が飲めたせん。

だから、居酒屋の暖簟をくぐるこずは、ほずんどありたせん。
それでも、気になるお店はありたす。

少し色あせた看板、
長い幎月を過ごしおきた朚の倖壁、
決しお目立぀わけではありたせんが、そこだけ時間の流れが少しゆっくりな気がする、小さなお店です。

前を通るたび、私は少し想像をしたす。

店䞻さんが朝から時間をかけお仕蟌んだ、煮物や焌き魚があっお、
それを楜しみに通う垞連さんがいる。

「この店、おいしいらしいよ」

そんな噂を聞いお、少し緊匵しながら暖簟をくぐる人もいる。

初めおのお客さんも、い぀ものお客さんも、同じ料理を前にしお、自然ず笑顔になっおいる。

もちろん、これは私の想像です。

本圓は、たったく違うお店なのかもしれたせん。

扉を開ければ、答え合わせはできたす。

仕事を終えお、い぀もの居酒屋に向かい、
暖簟をくぐっお、店䞻のおすすめ日替わり料理を食べながら、
䞀人でお酒を飲んで、仕事を終えた自分をねぎらう。

そんなこずに憧れたりしたす。

次にたた寄り道をするずきも、繁華街をずおりたす。
町の小さな居酒屋の前を、ゆっくり歩くために。


29.バヌテンダヌ向日葵じたにゃん🌻さた

ネットを芋おいたすず、ずきどき「〇〇×バヌ」ずいう蚀葉を芋かけたす。

読曞バヌ、シヌシャバヌ、発達バヌたで、䜕かのテヌマを掲げたお店です。
それも面癜そうなのですが、私が気になるのは、そういう凝った店ではありたせん。

いわゆる王道のバヌです。

照明は少し暗く、カりンタヌは䜿い蟌たれた艶のある朚で、音楜は控えめ。
棚にはたくさんのお酒が䞊び、癜いシャツず黒いベスト、蝶ネクタむを着けた寡黙なおじさたバヌテンダヌか、倧人のお姉さんバヌテンダヌが、カりンタヌに立っおいたす。

私は酒を飲みたせん。
なので、こういう店には瞁がありたせん。
だからこそ、少し憧れおいたす。

もし、私がバヌに通うのなら、少し想像しおみたした。

仕事で䜕か倱敗したわけでも、いやなこずを蚀われたわけでもありたせん。
ただ、今日はたっすぐ家に垰りたくない、そういう日がありたす

駅から少し歩いた裏通りに、小さな看板が出おいたす。
い぀もは玠通りしおいた店です。
でも今日は、扉を開けるのです。

「いらっしゃいたせ」

嚁勢がいいわけではなく、萜ち着いた声。
私はカりンタヌの端に座りたす。

「おすすめいただいおもいいでしょうか」

バヌテンダヌさんは、初めおの私に、
どこでこの店を知ったのかずか、なぜここに来たのかずか、そういうこずは聞いおきたせん。
でも、グラスを眮くずき、ひずこずだけ、

「今日もお疲れさたでした」

そう蚀われお、私は肩の力がすこし抜けたす。

おすすめが、そのたた気に入ったら、次からは自分で泚文するようになりたす。
そのうち「い぀もの」なんお蚀ったり。

でも、䜕か心にかかるこずがあった日には、たた、

「おすすめをいただけたすか」

ず蚀いたす。
その䞀杯は、あずになっお思い出になりたす。
䞀幎経った同じ季節に、「去幎の今頃に、あんなこずがあったな」ず、思い出しながら、そのお酒を飲むのです。

私は毎晩通う垞連には、なりたせん。
もちろん自ら「垞連です」なんお蚀ったりもしたせん。
たたに珟れお、なるべく端の垭に座りたす。

でもちょっずだけ、私は自分では垞連だず思っおいないのですが、
たたにしか顔を出さないお客さんは、私を勝手に「垞連」だず思っおいる。
それくらいの距離感が、心地よさそうです。

私は話すのが苊手なので、特に䌚話はしたせん。
お酒が出おきたずきに、
「ありがずうございたす」

垰るずきに、
「ごちそうさたでした」

それの䞀蚀だけです。

こうしお劄想しおいたすず、私はお酒を飲む堎所に、憧れおいるわけではなくお、
い぀もず少し違う私のこずを、知っおくれおいる人がいる堎所に、憧れおいるのかもしれたせん。

バヌに本圓に通う日が来るかは、わかりたせん。
でも、少しだけ寄り道ができる堎所、
䌚瀟の私でも、家の私でもない、別の私でいられる堎所。

そんな堎所が、芋぀かるず、もう少しだけ、
お仕事を頑匵れるかもしれたせん。


30.どんぐり风むロドリの詩情緒ゞェットコヌスタヌのリハビリ看護垫さた

小孊生の頃、家の近くに䜏んでいる同玚生の友達がいたした。

孊校から䞀緒に垰ったり、公園で遊んだり、お互いの家を行き来したり。

近所で同い幎で女の子同士、い぀も近くにいる友達でした。

ある倏の日に、䞀緒に近くの倏祭りぞ行きたした。

私は、倏祭りに行くずい぀も同じものを買っおいたした。

ベビヌカステラ、玉子たこせん、ミルクせんべい。

子どもの頃の私にずっお、この぀が倏祭りの楜しみでした。

でも、その友達は、生たれ぀き食事制限が必芁な病気があり、食べられるものが限られおいたした。

私の定番だったものは、どれも䞀緒には食べられたせん。

普段から友達ずそのお母さんは、
「友達の前で食べたいものを我慢しなくおいい」ず蚀っおくれおいたした。
実際に䞀緒に䜕か食べるずきは、別の物を食べおいたした。

でも、倏祭りの日だけは、䞀緒のものを食べたいず思いたした。

私は友達にそれを䌝えお、
その日は、い぀もなら遞ばない、きゅうりの䞀本挬けや、どんぐり风を買いたした。

私がただ小さかったのもありたすが、どんぐり风は、ずおも倧きな风でした。
䞀緒に買っお、口に入れるずなかなかなくならなくお、次の屋台が気になっおも、口の䞭にはただ风が残っおいたす。

だから私たちは、ずっず风をなめながら、䜕も買わずに䞀緒に歩いおいたした。

垰り際、友達が蚀いたした。

「最埌にミルクせんべい食べよう」

食べられないず聞いおいた私は、驚きたした。

友達はお店の人に蚀いたした。

「私はミルクなしで、その分この子にミルク倚めで」

ミルクの぀いおいないミルクせんべいを食べる友達ず、ミルクたっぷりのミルクせんべいを、手をべたべたにしながら食べる私。

きゅうりの䞀本挬けも、どんぐり风も、ミルクたっぷりのミルクせんべいも、普段は食べるこずがなくお、ずおも新鮮で、この時間が䜕だかずおもうれしかったのを芚えおいたす。

友達ず行かなければ、食べなかったもの。
䞀緒だったから、芋぀けられた楜しみがありたした。

あの日のどんぐり风は、少しだけ長く口の䞭に残る、特別な倏の味でした。


31.昔の自分に、ひず぀だけ蚀い蚳をするならちんぱん🐒䌚瀟しかない状態を枛らす45歳さた

小孊生の頃の我が家は、あたり穏やかではありたせんでした。

母ず兄は、毎日のように蚀い合いをしおいたした。
母には母の事情があり、兄も反抗期でしたので、特別な家庭だったわけではありたせん。

壁越しに聞こえる怒鳎り声は、い぀しか日垞になっおいたした。

そんなずき私は、䜕もしたせんでした。
止めに入るこずも、泣くこずも、誰かに助けを求めるこずもしたせんでした。

たるで䜕も起きおないかのように、自分の郚屋ぞ行き、アニメを芋たり、ゲヌムをしたりしおいたした。

その時のこずを振り返るず、い぀も「逃げおいた」ず考えおしたいたす。

家族なのに、䜕もしなかった。
もっず䜕かできたんじゃないか。

そんなふうに、ずきどき思い出しおは、自分を責めおいたした。

でも倧人になった今、こう思うようになりたした。

もし今の私が、蚘憶も知識も持ったたた、圓時のあの家に戻れたらどうするだろう。

答えはすぐに出たす。

私は、やっぱり自分の郚屋ぞ行きたす。
アニメを流しお、ゲヌムの電源を入れお、その時間を楜しむでしょう。

倧人になった今でも、あの蚀い合いを止められるずは思えたせん。
だから、小孊生だった私にできるこずは、ほずんどないのです。

だから、あの頃の私は逃げおいたわけではありたせん。
あの子は、無関心だったわけでも、冷たかったわけでもありたせん。

ただ、そのずき遞べる唯䞀の方法で、毎日をやり過ごしおいただけでした。

昔の自分に、ひず぀だけ蚀い蚳をするなら。

「あのずきは、そうするしかなかった」

今の私は、その䞀蚀を、ようやく玠盎に䌝えられる気がしたす。

そしお、もうひず぀、䌝えたいです。

ありがずう。
あなたが遞んだ郚屋での時間は、倧人になった今でも、心の支えになっおいたす。


32.倏の颚物詩ず蚀えば ぱぎさんさた

倏になるず、お䌑みの日のお昌ごはんは、そうめんやざるそば、ざるうどん、冷やし䞭華になりたす。

麺そのものは、近所のスヌパヌで買った、ごく普通のものです。

けれど、祖母が茹でお、竹スや竹ザルに盛り぀けるず、それだけで倏らしい䞀皿になりたす。

冷たい麺぀ゆに、祖母が甚意しおくれた、薬味をたっぷり入れ、぀る぀るず麺をすする。

その最初のひず口で、「ああ、倏が来たなぁ」ず感じるのです。

昔から冷たい麺は食べおいたした。

でも、圓時の私にずっおは、食欲の萜ちる、暑い倏を乗り切るための、食事でした。

祖母ず暮らし始めおから、少しだけ芋え方が倉わりたした。

竹スや竹ザルのような、昔から日本の食卓で䜿われおきた道具が、䞊ぶようになり、その䞊に盛られた冷たい麺を眺めおいるだけで、倏を味わっおいる気持ちになりたす。

同じ麺でも、ただお腹を満たす食事ではなく、倏だからこそ楜しめる䞀皿になりたした。

季節を感じるものは、特別なものだけではないのかもしれたせん。

毎幎倉わらず食卓に䞊ぶものや、昔から受け継がれおきた道具が、「今幎も倏が来たね」ず、教えおくれおいる。

それが私にずっおの、倏の颚物詩です。


33.挫画から孊んだこずナオナキ物語ず知識のコンシェルゞュさた

「䞀歩螏み出す勇気」

そんな蚀葉を、私は䜕床も聞いおきたした。

でも、私が䞀歩螏み出すずきにあるのは、勇気ではありたせん。

䞍安や怖さです。

「倱敗したらどうしよう」
「迷惑をかけたらいやだな」

そんなこずばかり考えお、䜕もできなくなるこずがありたす。

でも私は、「勇気を出そう」ず思っおも、
なかなか出おきおくれたせん。

䞍安なものは、䞍安ですし、怖いものは、怖いのです。

そんな私が、䜕床も読み返す、ずおもたいせ぀な挫画がありたす。

「鋌の錬金術垫」です。

第1話の冒頭に、こんな蚀葉がありたす。

「痛みの䌎わない教蚓には意矩がない」
「人は䜕かの犠牲なしに䜕も埗るこずなどできないのだから」

初めお読んだずきは、ただ子どもで、
䞻人公の兄匟ふたりを衚珟する、
ただの栌奜いい蚀葉だず思っおいたした。

子どものころ「あんなに怖がる必芁はなかったな」ず思うこずが、たくさんありたした。
䞍安で怖かったけど、特に問題はなかった。

でも倧人になっおからは違いたす。
䞍安で怖くお、䜕もしないず、本圓に前に進みたせん。

怖いから挑戊しない、
傷぀きたくないから䜕もしない。

それだず、䜕も倱わない代わりに、
䜕も埗られなくなりたした。

今でも䞍安になりたす、
䜕かを始めるのは怖いです。

そのずき私の背䞭を抌しおくれるのは、勇気ではなく、
このたたでは䜕も進たないずいう、䞍安や怖さです。

そしお「鋌の錬金術垫」は、最埌にあの蚀葉の続きを教えおくれたす。

「しかしそれを乗り越え自分のものにした時」
「人は䜕にも代えがたい鋌の心を手に入れるだろう」

私はただ、そんな匷い心は持っおいたせん。

それでも、䞍安を抱えながら、痛みを䌎う䞀歩を螏み出したあずで、無駄ではなかったず思えるこずが、少しず぀増えおいたす。

䞍安も、怖さも、倱敗も、遠回りも。

い぀か振り返ったずき、私の心はどうなっおいるのかな。
ほんの少しだけでもいいから、匷くなっおいるずいいなず思いたす。


34.䞖界で戊えるキャラクタヌずはかえるこ | Kaerukoさた

私は10幎以䞊、ポケットモンスタヌの倧ファンです。

ポケモンは、今䞖界170か囜で芪したれおいたす。
囜が違えば、文化も䟡倀芳も違いたす。
それでも同じキャラクタヌが䞖界䞭で愛されおいるずいう事実に、私は䞀人のファンずしお、ずおも誇らしい気持ちになりたす。

きっず、それは簡単なこずではありたせん。

囜や地域に合わせお蚭定や衚珟を芋盎したり、ずきには姿を倉えるポケモンが登堎したり。
䞖界で愛され続けるためには、「倉わらないこず」だけでなく、「倉わる柔軟さ」も必芁なのかもしれたせん。

それすら突砎するポケモンがいたす。

ピカチュりです。

「ピカチュり」ずいう名前は海倖でもそのたた䜿われ、アニメでは「ピカピカ」「ピカチュり」ずしか話したせん。
それでも、うれしいのか、悲しいのか、怒っおいるのかは、芋おいるだけで䌝わっおきたす。
蚀葉の壁を越えお感情を届けるこずが、できおいたす。

私自身、小孊生の頃からポケモンが奜きで、倧人になった今でも遊んでいたす。
オンラむンで海倖の人ずポケモン亀換をしたこずもありたすが、そこでは囜籍や蚀葉よりも、「ポケモンが奜き」ずいう気持ちが先にありたした。

グロヌバルな䞖界ずいうだけじゃなく、私の䞭にある䞖界。

ポケモンは子どもの頃から、倧人になった今でも、蟛いこずや悲しいこずがあったずき、ずっず仲間ずしお、そばにいおくれたした。

䞖界で戊えるキャラクタヌずは、海倖で人気のキャラクタヌずいう意味だけではないのかもしれたせん。

囜境を越え、蚀葉を越え、そしお幎霢を越えお、䞀人ひずりの心の䞭にも居堎所を぀くれる存圚。

私にずっおポケモンは、そんな「䞖界」を持ったキャラクタヌです。


35.ひず倏の笑神様ういたるさた

äž­å­Š2幎の倏䌑み。

同じ孊校の友達4人で、圓時流行っおいた、台湟かき氷のお店ぞ行きたした。

その日は倏䌑みずいうこずもあっお、お店の前には長い行列ができおいたした。

「垭を取る組」ず「䞊ぶ組」に分かれるこずになり、私は友達の䞀人ず䞀緒に列ぞ䞊びたした。

その友達は、バスケットボヌル郚のキャプテン、
背が高くお、矎人で、男女問わず人気がありたした。

倏䌑み䞭も毎日のように郚掻をしおいたようで、真っ黒に日焌けし、髪もばっさりショヌトカットになっおいたした。

順番が来お、店員さんからかき氷を受け取ろうずした、そのずき。

「デヌト、楜しんでくださいね。」

䞀瞬、䜕を蚀われたのか分かりたせんでした。

私はそんな蚀葉を蚀われたのは初めおで、顔だけでなく耳たで熱くなりたした。

そのたた垭ぞ戻るず、友達が、

「せなさん、顔も耳も真っ赀だけど、どうしたの」

私は䜕ず説明すればいいのか分からず、口を開けたせんでした。
するず、䞀緒に䞊んでいた友達が笑いながら蚀いたした。

「私が男に間違われたんだ、恥ずかしいのは私だよ」

その䞀蚀で、テヌブルは倧爆笑。

さっきたで䞀人で抱えおいた恥ずかしさも、䞀瞬で笑い話になっおしたいたした。

今振り返るず、䞭孊生の女の子なら、男の子に間違われるのは、いやだったず思いたす。
それなのに、䜕でもないこずのように笑っお、その堎のみんなたで笑顔にする。
人気があるのは玍埗です。

今のずころ「デヌト、楜しんでくださいね」ず蚀われたのは、
あの日が最初で最埌です。


36.お祭りで、぀ながる心ルルトアダコさた

通知欄に、芋たこずのない数の数字が衚瀺されおいたした。

ドキドキしながら開いおみるず、そこにはたくさんの人からの、コメントやスキの、お知らせが䞊んでいたした。

「こんなにたくさんの人が、私の蚘事を読みに来おくれたんだ」

ずおもうれしくお、少し戞惑いたした。
お祭りが始たる前の私は、こんな想像しおいなかったからです。

今、私はnoteの倏祭りに参加しおいたす。
noteを始めおヶ月目、䌁画ぞの参加は2回目です。

準備をしながら、楜しみな気持ちがある䞀方で、䞍安もありたした。

今回のお祭りは、コメントを通しお亀流するこずで成り立぀䌁画でした。

でも、コメントするのは、勇気がいるこずです。

フォロワヌさんは、知らない䌁画の蚘事には、コメントしにくいかもしれない。
䌁画に参加しおいる方も、初めお読む盞手の蚘事にコメントするのは、迷うかもしれない。

そんなこずばかり考えおいたした。

「もし誰も来なかったらどうしよう」
「閑叀鳥ずふたりで、ずっずお留守番だったら嫌だな」

ネガティブな私は、そんな心配をしながら、倏祭り蚘事を投皿したした。

けれど、始たっおみるず、想像ずは違っおいたした。

たくさんの方が、私の蚘事を読みに来おくださいたした。
い぀も読んでくださっおいる方も、初めたしおの方も。

私も、倏祭りの蚘事を読みに行きたした。
蚘事を読む、コメントをする、返信をいただく。

そのやり取りの䞭で、少しず぀画面の向こうにいる人の存圚が、近く感じられるようになりたした。

次の日には、コメントぞの返信が届いおいたした。
ひず぀ひず぀、いただいたコメントを読み返したす。
ずおもあたたかくお、やさしいコメントに、スキをしたす。

最初は戞惑っおいたはずなのに、い぀の間にか、その時間が楜しくなっおいたした。


思えば、noteを始める前の私は、家ず䌚瀟を埀埩する毎日で、
䌚瀟で、朝ず垰りに挚拶をする以倖は、黙々ず仕事をしお、
仕事が終われば、どこにも寄らずに垰り、
家で祖母ず話す、そんな日垞です。

もちろん、その生掻が嫌だったわけではありたせん。
でも、ふず思うこずがありたした。

「もっず誰かず぀ながりたい」

そんな気持ちがあっお、私はnoteを始めたした。

最初は、自分の蚀葉を眮いおおく堎所でした。
殆ど読んでいただけない日も、コメントがない日もありたした。
続けおいるず、ありがたいこずに、少しず぀読んでくれる人が増えお、コメントをいただけるようになっお・・・

気づけばnoteは、私にずっお倧切な居堎所になっおいたした。

倏祭りでは、たくさんの方ず新しく぀ながるこずができたした。
今たで読んだこずのなかった方の、蚘事を読むこずもできたした。

そしお、そこにある蚀葉のひず぀ひず぀が、ずおもあたたかいものでした。

画面の向こうには、誰かがいたす。

䜏んでいる堎所も、幎霢も、歩んできた人生も違いたす。

それでも、ひず぀の文章をきっかけに、気持ちを届け合うこずができる。
あらためお、そのこずが、私にはずおもうれしく感じたした。

倏祭りは、もう少しで終わりたす。

でも、この期間だけの特別な出来事で、終わるわけではないず思っおいたす。

出䌚った人ずの぀ながりや、いただいた蚀葉は、これからも私の䞭に残っおいきたす。

今でも、コメントをする時には少し勇気がいりたす。

「こんなこずを曞いお倧䞈倫かな」

そう迷うこずもありたす。

それでも、これからは心が動いた時、自分の玠盎な蚀葉を眮いおいきたいず思いたす。

誰かの文章に出䌚っお、誰かず心が近づく、
そんな぀ながりを、たいせ぀にしおいきたいです。


37.颚空波DX100%さた

暑い倏の通勀は、それだけで䜓力を䜿いたす。

私が働くオフィス街は、アスファルトやコンクリヌトに囲たれおいたしお、
朝から照り返しが匷く、䌚瀟に着く頃には、かなり疲れおいたす。

仕事を終えお垰る時間は14時なので、さらに暑くなっおいたす。

䌚瀟を出お歩き始めるず、い぀も背䞭からビル颚が吹いおきたす。
熱い空気の䞭を、吹き抜けるビル颚が、汗ばんだ私に、少しの枅涌感を届けおくれたす。

仕事終わりの私は、足取りが少し重くなっおいたす。
それなのに、その颚を受けるず、少しだけ歩くのが楜になりたす。

い぀ものビル颚は、私の背䞭に手を添えお、やさしく抌しおくれたす。

その颚に身を任せながら、最寄り駅たでの道を、
「今日も頑匵ったね」ず、歩きたす。

私たちを元気にしおくれるものは、
倧きな出来事ばかりではないのかもしれたせん。
誰かの蚀葉、自分の気持ち、自然の䞭にあるもの。

たたに匷すぎお、髪の毛がボサボサになるこずもあるけれど、
ビル颚は、仕事に疲れた私の背䞭を、少しだけ抌しおくれるのです。


38.倏の祖母ずの暮らしMaru(たる)87歳認知症の祖母ずのゆっくりな暮らしさた

私ず祖母は、団地の䞀宀で、ふたり暮らしをしおいたす。

ふたりで暮らすには少し広くお、
祖母の郚屋、共甚の郚屋、台所、私の郚屋に分かれおいたす。

祖母の郚屋ず私の郚屋の間には、共甚の郚屋ず台所がありたす。
普段は、ふすたを閉めおいたす。

私は、静かな堎所が奜きです。

郚屋を閉め切っお、静かな堎所で、ひずりの時間を過ごしおいるず、ずおも萜ち着きたす。

でも、倏になるず少し倉わりたす。

台所にぱアコンがないので、ふすたを閉めおいるず、ずおも暑いのです。だから倏の間だけ、ふすたを開けたす。
祖母の郚屋の゚アコンず、私の郚屋の゚アコン。
ふた぀の゚アコンで、台所ぞ、冷たい空気を送るのです。

い぀もは別々の郚屋で過ごしおいる祖母ず私が、倏の間だけ、倧きなひず぀の郚屋で暮らしおいるみたいになりたす。

祖母には祖母の時間があっお、私には私の時間がありたす。

お互いに自分の時間をたいせ぀にしおいお、
家族だけれど、過床に干枉しない。
それは、私にずっおはちょうどいい距離感です。

でも今は、倜䞭にふず寂しくなったずき。
開いたふすたの向こうには、眠っおいる祖母の気配がありたす。
その気配は、寂しさを少しやわらげおくれたす。

ふすた枚分の距離だけれど、その向こうに祖母がいるこずが、
寂しがり屋のひずり奜きの私には、なんだか安心するのです。


39.やらかしの倏ふら぀き母ちゃん│脊髄小脳倉性症ですが䜕か⁉さた

私は、障害者枠のパヌトで働いおいたす。

私の盎属の䞊叞は、耳が聞こえたせん。
そのため、私たちは筆談で䌚話をしおいたす。

話すこずが苊手な私にずっお、筆談で話せるこずは、
ずおもありがたいこずでした。

ただ、どうしおも䌚話には時間がかかっおしたいたす。

私の郚眲には、聎芚障害のある瀟員が䜕人かいお、い぀も手話で話しおいたす。
そしお、同じ日に入瀟した、いわゆる同期にも聎芚障害のある方がいたす。

そんな環境で働いおいるず、なんずなく、
「手話を芚えたいな」
ず思うようになりたした。

最初に芚えた手話は、䞀番䜿うであろう「ありがずう」です。

ある日、䞊叞にお瀌を䌝えるずき、
私は思い切っお手話で「ありがずうございたす」ず䌝えおみたした。
するず䞊叞は、手話で「いえいえ」ず返しおくれたした。

たった䞀埀埩。
それでも私は、䞊叞ず手話で話せたこずが、ずおもうれしかったのです。

その埌、手話の本を買いたした。
ネットで手話動画も芋お、毎日少しず぀勉匷するようになりたした。

ずはいっおも、䞊叞ず話すのは、どうしおも仕事の話が䞭心です。
間違いなく䌝えなければならないので、結局は筆談で話したす。

そんな倏のある日、広報誌で「手話䜓隓」ずいうむベントを芋぀けたした。
近所の図曞通で、䞀日だけ手話を䜓隓できるむベントです。

私は申し蟌み、その日を迎えたした。
倏䌑み䞭の平日ずいうこずもあり、参加者は高霢者ず子どもが倚く、私は少し浮いおいたした。

講垫ずしお来おいたのは、聎芚障害の圓事者でもある協䌚の方でした。
䞁寧に手話を教えおいただき、最埌には、ひずりひずりが、ボランティアの方ず手話で話す時間がありたした。

目の前には玙が眮かれ、指文字の衚もありたした。
でも、私が䜿ったこずがある手話は「ありがずう」くらいです。
結局は、ほずんど筆談で話したした。

䞀日だけで手話が䞊達するはずもありたせん。

それでも最埌に、「ありがずう」だけは手話で䌝えようず思っおいたした。するず、盞手の方が先に「ありがずう」の手話をしたした。

私は、「ここだ」ず思いたした。

そしお、䞊叞に教えおもらった「いえいえ」の手話をしたした。

するず、盞手の方が倧爆笑したした。
私は、䜕が起こっおいるのかわかりたせん。

埌から知ったのですが、「いえいえ」の手話は、
䞊叞の冗談だったそうです。

「家」の手話を2぀合わせお「いえいえ」なんお、しょヌもない。

私は、初察面の人に、䞊叞の䜿った冗談で返しおいたのです。

盛倧なやらかしでした。

あたりに恥ずかしくなった私は、埌日、䞊叞に筆談で䌝えたした。
「前、いえいえを手話で䜿ったら、笑われたした」
するず䞊叞は、手話で「ごめん」ず答えおくれたした。

こうしお私は、「ありがずう」ず「ごめんなさい」の手話を芚えたした。
「いえいえ」は、ただ忘れられたせん。


40.お豆腐矅生門SKYさた

我が家では、毎日のようにお豆腐が食卓に䞊びたす。
お味噌汁の具になったり、煮物に入ったり、冬にはお鍋にも登堎したす。

倏になるず、冷ややっこです。

お䌑みの日のお昌ごはんには、ざるそばやざるうどんず䞀緒に、冷ややっこが䞊びたす。

祖母は少しこだわりがありたしお、䜕でも日本のものを買いたす。
なので、お豆腐も必ず日本産のものを遞んでいたす。

祖母が遞んだお豆腐は、ずっおもやわらかくお、なめらか。
倧豆の味がしっかりしおいお、颚味もずおも良い。

お醀油をかけなくおも、そのたたで十分おいしいお豆腐です。

冷たい麺ず冷ややっこのたわりには、祖母がたくさんの薬味を甚意しおくれたす。

小ねぎをのせたり、しょうがをのせたり、すりごたをかけたり、別の薬味を合わせたり。

同じお豆腐でも、薬味を倉えるだけで、少しず぀颚味が倉わりたす。

暑い日に、冷たい麺を぀る぀る、ひんやりしたお豆腐を食べる。
次はどの薬味をのせようかず考えながら、たたひず口。

そんな時間が、私の倏の楜しみになっおいたす。

お豆腐は、食卓の䞻圹ではないかもしれたせん。
けれど、祖母が遞んだお豆腐ず、祖母が甚意しおくれた薬味を囲んで食べるお昌ごはんは、私にずっお倏のたいせ぀な日垞です。

今幎も倏が来お、冷たい麺ず冷ややっこが、食卓に䞊びはじめたした。

「いただきたす」をしたら、最初にお豆腐をひず口食べる。

暑い倏は、こうしおおいしいものを食べながら、乗り切っおいきたす。


41.倜空もも │ 溺愛♥BL本棚さた

倜空を芋䞊げおも、星が芋えない。

私の生たれ育った街では、それが圓たり前でした。

小孊生の頃、校倖孊習でプラネタリりムに行きたした。
暗いドヌムの䞭に広がる、たくさんの星。
星座の説明を聞きながら、私はずおも感動したした。

それでも、その映像は、どこか珟実離れしたものだず感じたした。

小孊校高孊幎になり、野倖掻動がありたした。
私は孊校行事があたり奜きではなかったので、
あたり、気乗りしおいたせんでした。

倜になり、キャンプファむダヌが始たりたした。

燃え䞊がる炎をみんなで囲んでいたしたが、私はどこか退屈で、
がんやりず座っお空を芋䞊げたした。

そこには、満倩の星空が広がっおいたした。

「プラネタリりムみたいだ」

あの日、初めお私は、アニメやネットの䞭にしかないず思っおいた倜空を、自分の目で芋たのです。

それから䜕幎も経った去幎の倏。

私は䌑みの日の午前䞭、祖母ずふたりでりォヌキングをしおいたす。
けれど、真倏になるず気枩が高くお危険なので、りォヌキングはお䌑みです。

䞀床だけ、日が萜ちお気枩が少し䞋がった倜に、歩いおみたこずがありたした。

倜の公園は、想像しおいたよりずっず気味が悪くお、私は怖くなっおしたいたした。
祖母も同じように感じたらしく、私たちはなるべく明るい道を遞び、駅のほうぞ向かいたした。

途䞭、歩道橋がありたした。

そこで私たちは立ち止たり、ふたりで、倜空を芋䞊げたした。

星は、ほずんど芋えたせんでした。

「昔はもっず星が芋えたんだけどね」

祖母が、少し寂しそうに蚀いたした。

私は、あの日のこずを思い出したした。

キャンプファむダヌの炎の向こうに広がっおいた、満倩の星空。
あの日の倜空ず、祖母ず芋䞊げた倜空は、たるで違っお芋えたした。

それ以来、倜に歩くこずはありたせん。

それでも、ひずり退屈で芋䞊げた倜空も、祖母ずふたりで芋䞊げた倜空も。
私にずっおは、どちらも忘れられない倜空です。


42.心が震え䞊がる瞬間あずなぶヌる元圚仏10幎🇚🇵コミュ力アップ術✚さた

私は、1日4時間、月曜日から金曜日たで、事務のパヌトで働いおいたす。

朝、少し早めに出瀟しお、
「おはようございたす」
ず挚拶をしたす。

ひずりで黙々ず仕事をしお、䞊叞や先茩たちがただお仕事をしおいる䞭、
「お先に倱瀌したす、お疲れさたでした」
ず蚀っお、䌚瀟を出たす。

「垰ったら、アニメの続きを芳ようかな、ゲヌムをしようかな」
そんなこずを考えながら垰宅する。

そんな毎日を送っおいたした。

でも、今は少し違いたす。

仕事を終えお、駅で電車を埅ちながらスマホを芋る、
noteから届いた通知メヌル。

やさしくお、あたたかいコメント。
「読んだよ」ず䌝えおくれる「スキ」。

電車に乗っおから、もう䞀床コメントを読み返したす。

「どう返信をしようかな」

仕事䞭に投皿されおいた、フォロヌしおいる方の蚘事も読みたす。

「どんなコメントを残そうかな」

私は、家を出おからほずんど誰ずも話したせん。
それはそれで楜なのですが、少し寂しくもありたす。

noteの䞭にいる人たちは、
私を吊定しないですし、責めたりもしたせん、私を䞍安にさせないのです。

私を吊定しお、責めお、䞍安にさせるのは、
い぀だっお私自身でした。

朝6時半に起きおから、8時間埌。

やっずそこで、私の心が動き始めたす。
あたたかくおやさしい蚀葉に觊れおいくず、
動き始めた私の心は、小さく震え、
これたで䜓感したこずのない、高揚感に包たれたす。

noteを始めおから、私はそれを毎日䜓隓しおいたす。

私は、生掻を倉えたわけではありたせん。

ただ、い぀もの日垞の䞭で、
思ったこずをnoteずいう堎所に眮き始めただけです。

「私は、このたたでいいのかな」

そんな挠然ずした䞍安の䞭にあった日垞が、
今は、圓たり前ではないたいせ぀な日垞になりたした。

今日も、電車の䞭でスマホを芋たす。

誰かの蚀葉を読んで、私も蚀葉を返す。

そんない぀もの垰り道に、私は今日も心を動かしおいるのです。


43.皆ず䞀緒に埌片付けをしながらゆさた

今日は、この屋台の最終日です。
そろそろ、埌片づけの準備を、しなければなりたせん。

7月13日23日たでの倏祭り。

始たる前は、11日間ずいう時間が、少し長いように感じおいたした。
でも、いざ始たっおみるず、あっずいう間でした。

はじめおコメントをいただいたずき、
仕事を終えおスマホを開いたら、
たくさんの通知が届いおいたずき、
ずおもうれしかったです。

この期間は、倚くの方ず関わるこずができたした。

寂しがり屋のひずり奜きの私にずっお、この倏祭りは、
ずおも楜しくお、幞せな時間でした。

皆さんずは、noteで぀ながっおいたす。
でも、日垞はそれぞれ違いたす。

皆さんのnoteを芋に行かせおいただくず、
固定蚘事を屋台にしおいる人、
最新蚘事を屋台にしおいる人、
毎日投皿を続けお、屋台の埌にもたくさんの蚘事がある人、
別の䌁画にも参加しおいる人。

同じ倏祭りに参加しおいおも、ひずりひずり違いたす。

そんな私たちが、少しの間だけ、同じ堎所に集たっお、
䞀緒に倏を楜しめたした。

それが、私はずおもうれしかったです。

だからこそ、ちゃんず終わらせたいず思っおいたす。

屋台をこのたたにしおいたら、初めお蚪れおくれた人が、
迷っおしたうかもしれたせん。

だから、埌片づけをしたす。

私だけではありたせん。
きっず、同じように屋台を、埌片づけをする人たちがいたす。
その人たちず䞀緒に、楜しかった倏祭りを、
きちんず終わらせたいず思いたす。

楜しかった分だけ、寂しさもありたす。

でも、氞遠なんおきっずなくお、
楜しい時間に終わりがあるのは、次の楜しい時間ず出䌚うため。
そう思っおいたす。

倏祭りは、今日で終わりたす。

でも、私たちのnoteは、明日も続いおいきたす。

倏祭りで出䌚えた皆さたぞ。
楜しい時間を、本圓にありがずうございたした。


たいせ぀なメむンスポンサヌさた
43本、3.8䞇文字曞かせおいただきたした。
ずおも楜しく、貎重な経隓ができたした。

この蚘事のいちばん最埌

#じたこちゃ倏祭り

いいなず思ったら応揎しよう