類友の客観は自己の主観? されど嬉しいチャットとなりうる
おはようございます、
関仁 です。
昨日は遅くまで、人と話してて
日記を書く時間が無かったので、
珍しく朝に書きたてまつる。
一日中、前の日に師匠から言われたことを
考えていました。
チャットAI と話しながら。
使用するチャットAIによって、回答が違う。
ゆえに、また迷う。
あ、これ、
決め事は、決められないんだ。
そういうマインドもあるよね。
を捉えないといけないんだ。
AIの中に神の啓示を求めていたことに気付き、
人と話してみました。
私のそばに居て、
私を知っている人だから、
私の迷いや悩みを分かり、
客観的に、対外的に、語ってくれる。
まあ、同じ穴の狢(むじな)みたいな仲なので、
似た感覚の人から聞く客観的な意見は、
私の主観的な意見と酷似するかもしれませんが。
それでも、心が救われる思いがするのは、
関わっているのが人だから。
かもしれません。
これは、チャットAIとの会話でなく、
対人の会話を大切にする風習は無くならないな、と感じました。
早く悩みを健全な領域に、
持って行かねば。
2026/3/28
せきひと
お気に入りの街の、お気に入りのパン屋さんが、ミニスーパーに変わってました。
ちょっとだけ、寂しさも感じた、春の夜。

