見出し画像

【インテリジェンス】『心理戦防護過程』|自衛隊で生き残る「中野学校」の亡霊

敗戦とともに、旧日本軍の諜報機関はすべて解体されたことになっている。

その象徴が、スパイ・防諜・謀略の要員を養成した陸軍中野学校だ。1945年、中野学校は証拠書類を焼却し、歴史の表舞台から消えた。

だが、消えたのは看板だけだったのかもしれない。

陸上自衛隊小平学校に、中野学校の教育内容と「恐ろしいほど似通っている」とされる課程が存在する。

それが心理戦防護課程

前回扱った別班のメンバーは、全員がこの課程の修了者とされる。

今回は、その養成の現場を分解する。

性質上、この課程も詳細は非公表で、外部情報の多くは報道と証言に依るため、確度を★で示していく。



1|小平学校|情報教育の「裏コース」

小平学校は東京・小平駐屯地にある陸自の教育機関で、情報・語学・警務・法務など複数の教育部から構成される。心理戦防護課程は、その情報教育部の第2教育課に置かれている(★3)。

情報教育部内には、いわば「表」「裏」がある。

幹部や陸曹の情報課程など公然の教育を担うのが第1教育課。これに対し、情報保全隊員を養成する調査課程と、この心理戦防護課程からなる第2教育課が「裏」のコースと説明される。

2018年に富士駐屯地へ情報学校が新設された際も、この第2教育課だけは小平に残されたとされる(★3)。

組織のなかで、この課程だけが一段奥まった場所に置かれている。


2|系譜|消えたはずの中野学校とのつながり

この課程が注目される最大の理由は、旧陸軍中野学校の流れを直接くむとされる点にある(★3)。

両者を結ぶ鍵が、山本舜勝という人物だ。

山本は陸軍大学校を出て中野学校の教官として謀略論を担当し、戦後は自衛隊に入って米軍の特殊戦学校へ留学、帰国後に対心理情報課程の創設に直接関与した。
(後の心理戦防護課程)

中野学校の教官が、戦後の自衛隊の情報課程を作った。だから両者の教育内容が似通うのは当然で、心理戦防護課程は「敗戦で消滅したはずの中野学校の亡霊」とも評される(★3)。

組織は解体されても、ノウハウは受け継がれる。

ここに、制度と実質の乖離という、このシリーズを貫くテーマが現れている。


3|名前の変遷|SF課程から心理戦防護課程へ

この課程は名前を何度も変えている。

1959年の開講当初はSF課程(Special Forces)、その後CPI課程(Counter Psychological Intelligence)と通称され、1974年に現在の心理戦防護課程へ改称された(★3)。

注目すべきは、開講当初の狙いが単なる心理戦にとどまらなかったことだ。

訓令では「敵後方地域等で情報の獲得や遊撃活動等に任ずる幹部を育成する」と規定され、潜入や遊撃戦まで含む総合的な特殊作戦を扱っていたとされる。

実地訓練としてドヤ街への潜入や、盆地が敵に占領されたと想定した総合訓練まで行われたと伝えられる(★2)。

名前が「心理戦」と穏当になっても、その源流には、はるかに生々しい任務が横たわっている。


4|教育内容|尾行・張り込み・「100%話を聞く」技術

現代の課程内容については、元隊員の証言を報じた記事が主な情報源になる。

情報職種の自衛官が履修を命じられ、約4か月の間に、情報に関する座学と、追跡・張り込み・尾行などの基礎訓練を受けるとされる(★2=証言依拠)。

証言のなかで印象的なのが、「狙った相手から100%話を聞けるよう訓練される」という点だ。

たとえば地方都市の飲食チェーン社長に接触して話を引き出せ、といった具体的な課題が与えられるという。

これは次回扱うヒューミント
人から情報を引き出す技術の入り口にあたる。

相手に気づかれず情報を引き出すエリシテーションや、観察力を極限まで高める訓練が、ここで叩き込まれるとされる。


5|別班への扉|首席だけが呼ばれる

この課程がなぜ別班と結びつけて語られるのか。
報道された証言によれば、選抜のプロセスは劇的だ。

ある日突然「心理戦防護課程に行け」と命じられ、十数人の同期のなかで首席になった者だけが上から呼び出され、面接を経て別班への配属を告げられる。

本人の意思は介在しないとされる(★2)。

課程の部屋には小平学校の校長でさえ入れない、という証言もある(★2)。ただし、この課程から別班への選抜プロセスが公式に存在するかは不明だ。

別班自体を政府が認めていない以上、「心理戦防護課程=別班の養成課程」という等式は、証言の集合として語られているにすぎない(★2)。

確実なのは、この課程が情報職種のなかでも特異な位置にある、という点までだ。


6|自分|技術は、思想を選ばない

この課程を追っていて、自分が最も引っかかるのは「技術の継承」という一点だ。

中野学校は敗戦で解体された。あの組織が担った謀略や潜入の技術は、時代とともに否定され、葬られたはずだった。だが技術そのものは、思想とは別に生き延びた。

尾行の技術にもない。
人から話を引き出す技術も、それ自体は中立だ。

同じ技術が、犯罪捜査にも、報道の取材にも、そして謀略にも使える。だから問われるのは技術ではなく、それを何に向けるかという思想の側だ。

中野学校の亡霊が現代に生き残っているとして、恐れるべきはその技術力ではない。

その技術を、誰が、どんな統制の下で、何のために使うのか。それが見えないことのほうだ。

技術思想を選ばない。
選ぶのは、いつも使う側の人間である。


用語解説

小平学校
東京・小平駐屯地にある陸自の教育機関。情報・語学・警務など複数の教育部を持つ。心理戦防護課程はこの情報教育部に置かれる。

陸軍中野学校
旧日本軍のスパイ・防諜・謀略要員養成機関。1945年に解体されたが、その教育内容は心理戦防護課程に継承されたとされる。

山本舜勝
中野学校教官を務め、戦後に心理戦防護課程の創設に関与したとされる人物。中野学校と戦後自衛隊を結ぶ結節点。

エリシテーション
相手に気づかれずに会話から情報を引き出す技術。ヒューミントの基礎技法の一つ。

遊撃戦
正規戦とは異なり、少人数で敵の後方などに潜入して行う非正規戦。開講当初の課程が扱ったとされる。


参考文献

小谷賢『日本インテリジェンス史』中公新書(★4=日本の情報機関史の体系的整理)

山本舜勝『自衛隊「影の部隊」——三島由紀夫を殺した真実の告白』(★2=中野学校教官による回顧)

石井暁『自衛隊の闇組織——秘密情報部隊「別班」の正体』講談社現代新書、2018年(★4)

斎藤充功『陸軍中野学校の全貌』(★3=中野学校研究)

各種週刊誌による心理戦防護課程・別班関連の元隊員証言記事(★2=証言依拠、裏付けは限定的)

いいなと思ったら応援しよう!