有事に強いリーダーは、平時に何をしているのか
「良いリーダー」と聞いて、どのような人物を思い浮かべるだろうか。
強いリーダーシップで組織を引っ張る人。
部下や顧客の話をよく聞く人。
エースを尊重して最速ゴールを目指す人。
チームのまとまりを大切にする人。
リーダーに必要な要素は多く、どれも大切だ。
しかし平時と有事では、リーダーに求められる能力は大きく変わる。
平時なら時間をかけて議論し、関係者の意見を聞き、納得感のある結論をつくることができる。
一方、有事にはそれができない。
情報は不足している。時間もない。関係者全員の合意を取ろうにも、メンバーが揃わないことさえある。
それでも誰かが決めて、一刻も早く組織を動かさなければならない。
そんな状況下では、平時に優れたリーダーが有事にも強いとは限らない。
平時のリーダーに求められるもの
平時のリーダーにとって重要なのは、組織を「継続的に」「強くする」ことだろう。
部下を育成する
業務を標準化する
問題を発見する
関係部署との調整を行う
必要な資源を確保する
これらは全て、組織の底上げをして特定のメンバーに依存しなくても仕事が回る状態をつくるためのアクションである。
何か問題が起きるたびに、いちいち上司の判断を仰がなければ動けないようでは、組織としてはかなり脆弱だ。
平時の業務に加えて問題対応まで抱え込めば、リーダーのリソースはすぐに枯渇する。
そうならないよう判断基準を明確にし、権限を委譲し、現場が自律的に動けるようにする。これは平時のリーダーにとって非常に重要な仕事である。
しかし、ここには一つ落とし穴がある。
平時の組織運営では、「みんなが納得すること」が重視されやすい。会議を重ね、関係者の意見を聞き、リスクを洗い出し、複数の選択肢を比較する。これは悪いことではなく、むしろ平時には必要なプロセスである。
しかし、有事には通用しない。
有事には「決めること」が仕事になる
災害、重大事故、設備トラブル、原材料の供給停止、品質不良。
こうした状況では、十分な情報が揃うまで待つことができない。
例えば、重要設備が停止したとする。
原因はまだ完全には分からない。復旧方法にも複数の選択肢があり、生産への影響も正確には読めない。
それでも「もう少し情報が集まってから判断しよう」と言っていたら時間だけが過ぎていき、被害が拡大し、リソースが削られ、さらに選択肢が少なくなってしまう。
有事のリーダーに必要なのは、正解を一発で当てる能力ではなく、不確実な状況でも意思決定して進める能力である。
もちろん、無謀に決めればいいわけではない。
現時点で分かっていること
分かっていないこと
今すぐ決めなければならないこと
後から決めてもいいこと
これらを切り分け、限られた情報の中で最も合理的な判断をする。必要なら、後から判断を修正する。
重要なのは、最初から完璧な答えを出すことではない。限られたリソースの中で決断し、状況の変化に合わせて判断を更新し続けることだ。
「話を聞く」と「決める」は両立する
ここで誤解してはいけないのは、有事のリーダーは人の話を聞かなくていい、ということではない。むしろ、現場から情報を集めることは非常に重要である。
ただし、「意見を聞くこと」と「意思決定を委ねること」は違う。
現場から情報や専門家の意見を聞いてリスクを確認する。そのうえで、最後はリーダーが決めることが重要になる。
有事において、「みんなはどう思う?」と聞き続けて結論を出せないリーダーでは、組織を守ることができない。
他方、「俺が決める。黙ってついてこい」というスタイルも非常に危険である。最初から反論を封じてしまってはリスクを正しく拾えない。
重要なのは、情報収集は広く、意思決定は速くというバランスだ。
そしてもう一つ重要なのは、拙速を貴ぶうえで、自分の判断が間違っている可能性を常に忘れないことだ。
有事のリーダーは「嫌われる」ことを恐れてはいけない
さらに有事のリーダーに必要なのが「不都合な決断をする覚悟」である。
生産を止める。出荷を止める。設備を使用禁止にする。計画を変更する。人員を危険な場所から退避させる。
こうした判断は、必ずしも全員から歓迎されるとは限らない。特に平時には、「現場の事情を理解してくれる上司」が良い上司と評価されることが多く、その調整に時間をかけることも多い。
しかし、有事には「現場の事情を理解したうえで、それでも不都合を受け入れる」という判断が必要になる場合がある。そこで判断を先送りすると、問題はさらに大きくなって取り返しがつかなくなる。
有事のリーダーに必要なのは、たとえ嫌われても、守るべきものを明確にすることだ。
そこでは緊張感を持たせることが必要だが、メンバーを萎縮させてはいけない。厳しい判断が必要な場面だからこそ、正確な情報や異論が出てくる環境はリーダーが構築しなければならない。
では、有事に強いリーダーはどうやって育つのか
有事が起きてから、急に有事に強いリーダーを育てることはできない。
有事に必要な判断力は、平時の意思決定の反復によってしか身につかない。
平時から、
この条件なら、誰が決めるのか
どこまで現場に任せるのか
何を優先するのか
どの時点で上位者にエスカレーションするのか
といった意思決定のプロセスを決めておく。有事には時短のためにスキップする手順はあっても、大まかな道筋は変えない。
そこで本当に重要なのは、一つひとつのフローを覚えさせることではない。そのプロセスをつくった根柢の考え方を、組織全体に浸透させることである。
そこには、会社として何を守り、何を優先するのかという価値判断がある。企業理念などに示されているところも多いだろう。理念が単なる掛け声ではなく、日々の業務にまで正しく落とし込まれていれば、有事に何を優先すべきかがおのずと見えてくる。
これはBCPにも通じる。BCPは、災害が起きたときに読むマニュアルを作ることだけが目的ではない。有事に誰が、何を基準に、どう判断するのかを、平時から業務に埋め込んでおくことが重要なのだ。
平時のリーダーシップが、有事のリーダーシップをつくる
これまで書いたように、平時と有事ではリーダーに求められる行動が違う。一見すると全く違う能力のようにも見えるが、実はつながっている。
平時に「自分がいなくても動く組織」をつくっておかなければ、有事にリーダー自身が目の前の細かな判断ばかりに追われる。平時に判断基準を共有していなければ、有事に現場が率先して動けない。
平時に失敗を許容して人を育てていなければ、有事に誰も判断しなくなる。
つまり、有事のリーダーシップは、有事になって突然発揮するものではない。平時の組織づくりの結果として現れるものだ。
だから、私たちが日々問いかけるべきは「有事にどう動くか」だけではない。有事が来る前に、どこまで判断できる人を育て、どこまで組織に判断基準を根付かせていたか。
有事はもう特別なイベントではなく、明日にも起こりうるものだ。だからこそ、今からでも人を育て、仕組みを見直そう。
