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斎藤幸平さん、気をつけて、そしてがんばって― 「人新世」二冊読んで


斎藤幸平さんというひとをテレビで知った。
彼のことをYoutubeで検索した。
面白かったので、本を買って読んだ。
幾つか疑問を抱いたのでノートしておく。


危機の時代における新しい生き方を提案

例えば斎藤氏は危機の時代に国家権力を頼るのではない、民主的な生き方を目指そうと唱えておられる。

危機の時代には、剥き出しの国家権力がますます前面に出てくる可能性が高い。
なぜかといえば、1980年代以降、新自由主義は、社会のあらゆる関係を商品化し、相互扶助の関係性を貨幣・商品関係に置き換えてきたからである。そしてそのことに私たちが慣れきってしまったため、相互扶助のノウハウも思いやりの気持ちも根こそぎにされているのである。

『人新世の「資本論」』282頁


たしかに新自由主義が、従来の相互扶助の関係を根底から破壊した。
しかしそのお先棒を担いだのは、リベラル(≠マルクス主義者)ではなかったか。

従来の相互扶助の人間関係とは、絆であると同時にしがらみであった。
会社ではお酒を飲める人のノミュニケーションが重視され、上司と部下との関係は主従関係に似ていた。
そんな関係は、リベラルによって権威主義的と批判され、とりわけそこから疎外されていたフェミニストによって敵視された。

従って従来のべたべたした人間関係(例えば御中元や年賀状などの文化の上に育まれた人間関係)は、効率重視の新自由主義だけではなく、またサッパリした人間関係を望むリベラルが破壊したのではなかろうか。


パリコミューンの理想化

斎藤氏はどうやらこの点を忘れているようだ。
その結果、次の疑問が導かれる。
例えば近著において、斎藤氏は国家主導型ではない民衆主導型の変革のモデルとして、パリコミューンを理想化している。

しかし彼は歴史学研究の成果を無視している。
すでに30年以上昔に柴田三千雄や喜安朗が明らかにしたように、1871年のパリコミューンが可能だったのは、その背景に18世紀末のフランス革命以来の民衆的であり且つ伝統的であった人間関係が存在したからであった。
遅塚忠躬が注目した18世紀末の「モラルエコノミー」に基づいた「民衆の世界」があればこそ、1871年のパリコミューンもまた可能だったのだ。

1871年にパリコミューンをおこなっていたパリの民衆にとって、それは「古き良き時代」の「復古」を求めたものではなかったのか。少なくともその側面はゼロではなかろう。
しばしば現在を否定するとき、ひとは未来のためのヒントとして過去にすがる。
明治維新が江戸幕府を否定して、天皇を持ってきたように。
ジョン・ボールが農民一揆を指導したとき、「アダムが耕し、イヴが紡いでいた頃」に思いを馳せたように。


「個人主義」は全面的に否定してよいのか

おそらく斎藤氏は個人主義よりも集団主義(コモン)を重視しておられる。
たしかに2026年の日本では、個人主義は自分勝手主義の同義語である。
従ってたしかに否定すべきである。
しかし自分勝手主義ではない個人主義はまた可能なはずだ。

特に僕のような協調性ゼロの、東京砂漠生まれの東京砂漠育ちの人間は、そう考える。たまには(もちろん「たまには」であるが)コンビニに行って、匿名の消費者になることに快楽を覚える。たまには(繰り返し言うが「たまには」である)監視カメラを意識せず匿名になって、ゴミをポイ捨てしてある種の解放感を味わう。しかしながらたまには(誤解されたくないので何度でも言っておくが「たまには」である)選挙に行かないで、匿名になることへの否定を表現してみる。

たしかにマルクスはブルジョワジーの自分勝手主義を否定した。
ブルジョワジーは自分の利益だけを求め続け、その結果、最終的にプロレタリア革命を招くのだと考えた。
しかしほんとうなのか。
ブルジョワは決して他者の利益をかえりみることはないのか。
決して、他人のために、自分の時間を犠牲にしないのか。

少なくとも僕自身の人生をふりかえると、そんなことはないと断言できる。
むしろ自己犠牲をして、しばしば真意を誤解され、ひどいめにあってきた。
主観的には「自己犠牲」をしているつもりなのに、「どうせ自分の欲に従って行動したのであろう」と判断され、ひどいめにあってきた。
ブルジョワかプロレタリアか、帝国的生活様式に慣れた人間か否かにかかわらず、ほんとうに他人のために自分の時間を一分たりとも、自分の金を百円たりとも、犠牲にしないなんて人間は存在するのだろうか。
妙なゼロ・サム論に堕することなく、慎重に考えたいところである。





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