韓国コスメはなぜ世界2位になったのか——K-Beauty産業の構造分析
114億ドルという到達点
2026年5月、韓国食品医薬品安全処が公表した統計は、ひとつの産業の質的転換を数字で示すものだった。2025年の韓国の化粧品輸出額は前年比11.8%増の114億ドル。過去最高を更新しただけでなく、108億ドルの米国を抜き、243億ドルのフランスに次ぐ世界第2位の化粧品輸出国という位置を確定させた。
より象徴的なのは貿易収支である。化粧品分野の黒字は前年比13.5%増の101億ドルとなり、初めて100億ドルの大台に乗った。この金額は同年の韓国全体の貿易黒字780億ドルの約13%に相当する。半導体と自動車の国というイメージで語られてきた国において、化粧品が単一分野として国全体の黒字の1割超を稼ぐ産業になっている。国内生産額も17兆9,382億ウォンと過去最高を記録した。
輸出構成には偏りがある。基礎化粧品が85億3,000万ドルで全体の74.7%を占め、メイクアップは約13%にとどまる。K-Beautyとは実質的にスキンケア産業であり、その中核は機能性訴求と低刺激処方にある。
そして最も重要な変化は仕向地の入れ替わりだ。2025年、米国向け輸出が22億ドルで初めて中国を抜いて最大市場となった。一方、長らく最大市場だった中国向けは前年比19%減。輸出相手国数は前年から30カ国増えて202カ国に拡大し、ポーランド向けが115%増、アラブ首長国連邦向けが70.6%増と、欧州・中東への浸透も進んだ。2026年上半期の輸出は暫定値で70億ドル、前年同期比27.3%増と、加速はさらに続いている。
一国依存から多極分散へ。この転換の背後には、少なくとも4つの世代交代と、それを支える産業インフラの存在がある。
沿革——4つの波
前史:韓方と創業家
産業の原点は1945年に遡る。開城で椿油を売っていた尹独貞の事業を継いだ徐成煥が、太平洋化学工業社を創業した。これが後のアモーレパシフィックである。以降、韓方(韓国伝統医学)の素材知と、訪問販売による全国流通網の構築が、韓国化粧品産業の第一次的な蓄積となった。創業家である徐一族による経営は現在まで続いており、2代目の徐慶培が会長を務める同族企業としての性格を保っている。
もう一方の極であるLG生活健康は、2001年にLG化学から分離独立して誕生した。歴史は浅いが、財閥系の資本力を背景としたM&A主導の成長という、まったく異なる戦略を採った。
第1波:ブランドショップ革命(2000年代前半)
決定的な断層は1997年のアジア通貨危機の後に生じた。物価上昇のなかで、低価格かつ品質の担保された化粧品への需要が急速に立ち上がる。2000年に設立されたミシャは、この空白に単一ブランド専門店という業態で切り込んだ。2003年にはLG生活健康傘下となるザ・フェイスショップ、続いてイニスフリー、エチュードハウスなどが続き、「ブランドショップ」がソウルの街路を埋めた。
この時期に生まれたのがBBクリームである。もとは医療機関向けの色つき保護クリームだった製品を、日常のベースメイクへと翻訳したことで、韓国発の製品カテゴリーが初めて国際的な語彙となった。ミシャは2006年に日本法人を設立し、名古屋に直営店を開いている。韓流ドラマのブームと重なったこの進出が、日本市場における韓国コスメの最初の足がかりとなった。
第2波:クッションと中国特需(2008年〜2016年)
2008年、アモーレパシフィック傘下のアイオペが投入したクッションファンデーションは、スポンジに液状ファンデーションを含浸させるという単純な着想でありながら、世界のベースメイク市場の設計思想を書き換えた。BBクリームが処方の発明だったとすれば、クッションは容器と使用体験の発明だった。この二つが、韓国が「模倣する側」から「定義する側」へ移行した転換点である。
2010年代前半、この製品力が中国市場の爆発的成長と結合する。免税店と代購(daigou)を経路とした売上は、両大手の業績を押し上げた。しかし2017年、THAAD配備をめぐる政治的対立が団体旅行禁止という形で顕在化し、アモーレパシフィックグループの四半期営業利益が前年同期比58%減となるなど、一国依存の脆さが露呈する。
この経験が、後年の「グローバル・リバランシング」という業界共通のキーワードを生んだ。もっとも、実際に依存を脱したのは大手ではなく、当時まだ存在すらしていなかった新興勢だった。
第3波:インディーとアマゾン(2018年〜2023年)
2013年設立のCOSRXは、敏感肌向け低刺激スキンケアという明快な立ち位置と、2018年のアマゾン進出という選択で、まったく新しい成長経路を示した。カタツムリ粘液を配合したエッセンスがアマゾンの美容カテゴリーで首位を取り、2022年のTikTokチャレンジは累計21億回の閲覧を記録する。海外売上比率は90%超、展開国は約140カ国。国内市場を経由せず、いきなり北米デジタル市場で勝つという型が確立された。
この成長を、老舗が資本で取り込む。アモーレパシフィックは2021年9月にCOSRX株式の38.4%を取得し、2023年10月にコールオプションを行使して残る288,000株を7,551億ウォンで買い増し、持株比率93.2%の子会社化を完了した。COSRXの2022年売上は2,044億ウォン、2023年上半期だけで売上1,902億ウォン・営業利益717億ウォン。3年平均で60%超の成長率という数字が、この価格を正当化した。
同じ時期、2019年4月に誕生したAnuaは、ドクダミ由来成分のトナーという単一ヒット製品を軸に、5年で売上400億円規模へ到達した。運営会社のThe Foundersはもともとペット用品のクラウドファンディング事業から出発した企業であり、化粧品産業の外部から参入したプレイヤーが数年でグローバルブランドを構築できることを実証した。
第4波:デバイス化とアグリゲーター(2024年〜)
現在進行中の第4波には、二つの異なる型がある。
老舗の現在——二大企業の明暗
アモーレパシフィック
2025年の売上高は4兆2,500億ウォン、営業利益3,358億ウォン、純利益2,473億ウォン。2026年第1四半期はグループ連結で売上1兆2,227億ウォン、営業利益1,378億ウォンと、それぞれ前年同期比5.0%増、6.9%増を記録した。国内事業の収益性改善と、北米アマゾンおよび日本市場の拡大が寄与している。
戦略の骨格は、ラネージュとCOSRXを主力グローバルブランドとして育て、エストラやヘラを次世代候補に据える二層構造にある。特筆すべきは、買収したインディーブランドを本体の成長エンジンとして位置づけた点だ。伝統的な韓方プレステージ(雪花秀)を守りつつ、デジタル起点のマスブランドを外部調達する。この組み合わせが、現時点では機能している。
LG生活健康
対照的に、LG生活健康は構造調整の渦中にある。2025年の連結売上は6兆3,555億ウォンで前年比6.7%減、営業利益は1,707億ウォンと62.8%減、純損益は857億ウォンの赤字に転落した。第4四半期は営業損失727億ウォン。ビューティ部門に限れば第4四半期売上5,663億ウォン(前年同期比18.0%減)、営業損失814億ウォンである。
営業利益の推移を並べると下降の連続性が見える。2022年7,111億ウォン、2023年4,870億ウォン、2024年4,590億ウォン、そして2025年1,707億ウォン。2025年第2四半期には化粧品事業が82四半期ぶりの営業赤字を計上した。原因は明確で、主力ブランド「后(フー)」の中国市場依存である。免税チャネルの物量調整という自ら課した治療も、短期的には数字を痛めた。
2025年10月、ロレアルやユニリーバで国際戦略を担った経歴を持つ新社長が就任し、北米を軸とした「グローバル・リバランシング」に舵を切った。皮肉なことに、2025年6月には時価総額で創業11年の新興企業に抜かれている。M&Aによる急拡大で首位を争った企業が、同じM&Aの論理を用いる新世代に追い越される構図である。
新興の頂点——APRという事例
2014年10月設立のAPRは、K-Beauty産業でいま最も研究に値する企業である。
創業者は複数のオンライン事業を経てこの会社を立ち上げた人物で、当初は化粧品ブランドの運営会社だった。転機は2021年、美容デバイスブランド「MEDICUBE AGE-R」の投入である。超音波・高周波・微弱電流といったクリニック領域の技術を家庭用オールインワン機器に統合するという発想は、それまで単機能かつ高価格で消費者に敬遠されていたホームビューティー市場の前提を覆した。AGE-Rシリーズの累計販売台数は2025年上半期に400万台を突破している。
業績の推移は極端だ。2021年の売上2,591億ウォン・営業利益42億ウォンから、2022年に売上3,977億ウォン・営業利益392億ウォン。2023年6月には企業評価額1兆ウォンでユニコーン入りし、2024年に上場を果たした。そして2025年、連結売上1兆5,273億ウォン(前年比111%増)、営業利益3,654億ウォン(同198%増)、営業利益率24%という数字を記録する。
内訳を見ると構造がわかる。化粧品部門が年間1兆ウォン、ビューティーデバイス部門が4,070億ウォン。海外売上は1兆2,258億ウォンで前年比207%増、売上に占める比率は55%から80%へと一年で跳ね上がった。2025年8月6日時点の時価総額7兆9,322億ウォンで、数十年動かなかった業界の序列を塗り替えた。
APRの差別化要因として繰り返し指摘されるのは、DTC(Direct-to-Consumer)モデルを起点としたデータ経営である。流通マージンを削減すると同時に、顧客の反応を直接観測して製品開発とマーケティングに還流させる。同社の広告費と販売手数料の合計は売上の30%を超え、時期によっては製造原価を上回ったとされる。大企業の予算承認プロセスが超短期化したトレンドの速度に追いつけない領域で、この機動力が決定的な差になった。
もうひとつの型——ブランド・アグリゲーター
APRが自社ブランドの垂直的成長だとすれば、水平的な集約によって同規模に到達したのが구다이글로벌(グダイグローバル)である。
同社は2019年に「朝鮮美女(Beauty of Joseon)」を取得したことで本格的にブランド事業へ参入した。2020年に1億ウォンに過ぎなかった同ブランドの売上は、米国アマゾンの日焼け止め部門で首位を取るなどして2023年には約1,400億ウォンへ拡大する。ここで得た現金を原資に、同社は買収を連打した。2022年にhouse of hur、2024年にティルティル、ラカコスメティック、SKIN1004を擁するクレイバーコーポレーション、2025年にスキンフードとソリンカンパニー(ラウンドラボ)。
結果、2025年の連結売上は1兆4,717億ウォンとなり、前年の3,730億ウォンから約4倍に膨張した。営業利益2,734億ウォン、純利益2,337億ウォン。買収時点以降の業績のみが連結に反映されているため、主要子会社を年間ベースで単純合算すると売上約1兆7,500億ウォン、営業利益4,014億ウォンに達するとされる。2026年初にはコストコ、ウルタ、ターゲットとの取引実績を持つ北米ベンダーを買収し、流通インフラの内製化も進めた。現在、複数の国内外証券会社を主幹事としてIPO準備に入っている。
自社でブランドを育てるのではなく、海外市場で成長可能性が実証済みのインディーブランドを買い集めてポートフォリオを組む。この「ビューティー・アグリゲーター」モデルは韓国化粧品業界では異例であり、ロレアルの初期成長史を想起させる。同様に、dalba globalも2025年に連結売上5,197億ウォン・営業利益1,015億ウォンと過去最高を記録しており、アモーレパシフィック、LG生活健康、APR、구다이글로벌という「4強」体制の下に、次の層が厚く形成されつつある。
なぜ可能なのか——3つの産業インフラ
個別ブランドの成功譚を並べても、この産業の再現性は説明できない。K-Beautyの本質は、ブランドではなくその下部構造にある。
第1のインフラ:ODM
1992年設立のコスマックスは、世界最大級の化粧品ODM企業である。2024年のグループ売上は約3兆400億ウォン、うち化粧品部門が約2兆1,661億ウォン。韓国コルマー、コスメカコリアと合わせた大手3社で国内市場シェアの約4割を占める。韓国国内のOEM・ODM関連企業108社の総売上は2023年時点で8兆6,695億ウォンに達した。
このインフラの意味は、ブランド起業に必要な資本と時間を劇的に圧縮した点にある。処方開発、安全性試験、量産、各国規制対応まで委託できるため、生産設備を一切持たない数人のチームが、大手と遜色ない品質の製品を数カ月で市場に出せる。COSRXもAnuaも朝鮮美女も、この土台の上に立っている。参入障壁の低さこそが、インディーブランドの連続的な輩出を可能にした。
第2のインフラ:オリーブヤング
CJオリーブヤングは2025年に売上5兆8,335億ウォン(前年比21.8%増)、営業利益7,447億ウォン(同22.5%増)を記録した。売上推移は2021年の2兆ウォンから2022年2兆7,774億、2023年3兆8,611億、2024年4兆7,899億と、4年で3倍近い。オンライン比率は30.7%で、オンライン売上だけで前年比34%増である。
同社の役割は小売にとどまらない。店頭は試用と比較の体験空間として設計され、電子ラベルからオンライン詳細ページへ接続する動線が組まれ、即日配送の物流拠点も兼ねる。そして決定的なのは、訪韓外国人による購入額が2025年1〜11月で1兆ウォンを突破し、店頭売上に占める外国人比率が28%に達した点だ。この比率は2022年に2%、2023年に11%、2024年に21%と推移してきた。オリーブヤングの棚は、新興ブランドが世界市場に露出するための最初の関門として機能している。
第3のインフラ:越境流通プラットフォーム
2002年設立、2021年KOSDAQ上場のシリコンツーは、「スタイルコリアン」を通じて160カ国以上に韓国化粧品を供給する。ブランドの製品を100%買い取ったうえで海外に流通させるB2Bモデルを軸とし、売上の9割以上が輸出である。2023年の売上3,428億ウォンから2024年には6,915億ウォン・営業利益1,370億ウォンへ倍増した。
小規模ブランドにとって、各国の通関、ラベリング、規制対応、現地倉庫の確保は、製品開発以上に高い壁である。この摩擦を専門企業が肩代わりする構造が整ったことで、ブランド側は製品と物語づくりに資源を集中できるようになった。
ODMが「作れる」を、オリーブヤングが「見つかる」を、越境プラットフォームが「届く」を担う。この三層が揃って初めて、資本を持たない起業家が世界市場に到達できる。K-Beautyの競争力とは、この分業体制そのものである。
リスク——好況の裏側
現在の数字は好調だが、構造的な脆弱性も明確である。
第1に、米国依存の再現リスク。中国依存から脱却した先で、米国が輸出の2割超を占める最大市場になった。そして2026年、通商合意により韓国製品には15%の関税が課されることになった。価格競争力を武器としてきたマス〜ミドル価格帯のブランドにとって、この負担は小さくない。一国依存の反省から分散したはずが、新たな一国への集中を招いているという指摘は避けられない。
第2に、参入障壁の低さの両義性。ODMインフラが誰にでも開かれているということは、ヒット製品の模倣もまた容易だということを意味する。実際、話題成分を配合した類似製品は数カ月で市場に溢れる。ブランドの寿命は短期化し、その対抗手段としてマーケティング投資が膨張する。売上の3割をマーケティングに投じる構造は、成長が止まった瞬間に急速に収益性を毀損する。
第3に、規制環境の変化。韓国当局は米国・中国での安全性評価制度強化に対応し、2028年から年商10億ウォン以上の企業を対象に同様の制度を先行適用し、2031年の全面施行を目指す方針を示した。小規模ブランドにとってはコンプライアンスコストの上昇要因となり、ODM依存度がさらに高まる可能性がある。
第4に、追随国の台頭。同じODMインフラは日本や中国、東南アジアのブランドにも開かれている。コスマックスをはじめとする韓国ODMは既に世界中のブランドを顧客としており、「韓国製造」が韓国ブランドだけの優位ではなくなる局面が近づいている。
日本市場への含意
日本にとって、この産業の動向は他人事ではない。日本の化粧品輸入において韓国は2022年以降最大の相手国であり、2024年の輸入額は約923億円に達した。2025年の韓国から日本への輸出は1,738億円規模で、前年比4.9%増である。
一方、日本の化粧品輸出は2021年の約7,972億円をピークに調整が続き、2024年は約5,264億円、2025年は約5,797億円と回復途上にある。輸出の約46%が中国向けという構成は、韓国が2017年に経験した一国依存そのものだ。貿易黒字は2021年の約4,925億円から2024年には約1,512億円まで縮小した。
韓国が示した処方箋は、ブランド単体の努力ではなく産業インフラの設計にあった。製造機能の外部化による起業コストの圧縮、体験と発見を兼ねる小売プラットフォームの整備、越境物流と規制対応の専門企業化。この三点セットが、資本を持たない挑戦者を毎年生み出し続けている。品質や技術力の議論に還元してしまうと、この構造的な差は見えてこない。
114億ドルという数字は、優れた化粧品を作った国の成果ではない。優れた化粧品ブランドが次々に生まれる仕組みを作った国の成果である。そして仕組みは、意志さえあれば設計できる。
本稿の数値は各社の公表資料および韓国食品医薬品安全処、報道各社の統計に基づく。為替換算は概算であり、参照時点により変動する。
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