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国潮論——中国Z世代を貫く「文化自信」と「消費資本主義」の融合現象を読み解く


序章——なぜ今、国潮を論じるのか

中国の消費市場を観察するうえで、避けて通ることのできない概念がある。「国潮(グオチャオ)」である。日本のメディアにおいて、この言葉はしばしば「中国伝統文化の要素を取り入れる風潮」として紹介される。確かに、それは誤りではない。しかし、現地の中国人にとっての国潮は、もはや単なるファッショントレンドや消費スタイルの域を超え、世代的アイデンティティ、文化的自己認識、そして経済構造の変容を反映する複合的現象として機能している。

本稿は、この「国潮」と呼ばれる現象を、ファッション論、消費社会論、世代論、文化論、経済政策論の複数の角度から多面的に解き明かすことを目的とする。執筆にあたって意識したのは、表層的な紹介に留まらず、その底流にある思想的・社会的構造を浮かび上がらせることである。

中国の市場調査会社iiMedia Research(艾媒諮詢)の発表によれば、2023年時点での中国国潮経済の市場規模は約2兆517億元(約42兆円)に達し、年率9.44%で成長を続け、2028年には3兆元を突破すると予測されている。さらに、2024年時点で新中式服装を中心とする国潮アパレル市場だけでも2,200億元規模に達しており、2025年には2,500億元に到達する見込みである。これは、もはや一過性のブームでは説明できない、構造的な経済現象である。

国潮の興隆は、単純に「愛国心の高まりが消費に反映されたもの」と単純化することはできない。そこには、以下のような複数のレイヤーが重層的に作用している。

第一に、改革開放以来の中国経済の発展段階そのものの変化である。「世界の工場」としての中国から、「中国創造(Made by China)」を標榜する経済への構造転換は、ブランド戦略の在り方を根本的に変えた。

第二に、Z世代(1995年〜2009年生まれ)と称される若年層の消費価値観の独自性である。物質的豊かさと情報インフラに恵まれて育った彼らは、親世代とは異なる眼差しで国産ブランドを評価する。

第三に、デジタルプラットフォーム——抖音(Douyin)、小紅書(RED)、Tmall、京東——の発達による情報流通の革命である。これにより、新興ブランドであっても、巨大資本に頼ることなく短期間で全国的認知を獲得することが可能になった。

第四に、政策的後押しである。中国共産党第二十回党大会報告に明記された「中華文化立場の堅持」「中華文明の精神的標識と文化的精髄の提示」という方針は、国潮ブランドの育成を国家戦略として位置づけるに至った。

第五に、伝統文化への再評価である。漢服、馬面裙、宋錦、香雲紗、簪花といった伝統衣装・工芸が、博物館や民俗の枠を超え、日常着として復権している。

これら五つの潮流が交差する地点に、国潮はある。本稿は、これらの構造を順を追って解きほぐしていく。読者には、単なるトレンド情報の獲得ではなく、現代中国が歩んでいる文明的な軌跡そのものを理解する手がかりとしていただきたい。

第一部 国潮の本質と起源

第一章 国潮とは何か——定義の不確定性とその意味

「国潮」という言葉は、中国語において「国」と「潮」の二字によって構成される複合語である。「国」は中国そのものを意味し、「潮」は流行・トレンド・潮流を指す。直訳すれば「中国発のトレンド」となるが、その実体は単純な意訳では捉えきれない。

興味深いことに、中国国内において、国潮の定義について万人が同意する共通理解は確立されていない。むしろ、論者によって、また文脈によって、その意味は微妙に異なる。中国人自身の中で交わされる議論を整理すると、概ね以下の三つの解釈が並存している。

第一の解釈は、「中国伝統文化の要素を取り入れた商品」である。これは、漢字、書道、水墨画、龍鳳、青花磁器、京劇、敦煌壁画、故宮の意匠といった、明らかに中華文明を象徴する記号を商品デザインに取り入れたものを指す。日本のメディアが採用している定義は、概ねこの第一の解釈に近い。

第二の解釈は、「中国本土発の流行ブランド、特にアパレルブランド」である。この場合、必ずしも中華伝統の意匠を用いていなくともよい。重要なのは、設計、生産、ブランディングが中国国内で行われており、かつ当代の若者文化に響くデザイン感覚を備えていることである。

第三の解釈は、もっと広く、「国産品そのもの」を指す。すなわち、中国製の商品に対する信頼と支持の表明として、国貨(国産品)全般を国潮と捉える立場である。この立場では、家電、化粧品、食品、玩具、ガジェット類など、中国国内で製造される全ての商品が、潜在的な国潮対象となる。

この定義の不確定性そのものが、国潮現象の本質を物語っている。すなわち、国潮は、固定的な商品カテゴリーや特定のスタイルを指す概念ではなく、「中国というアイデンティティと結びついた消費行動の総体」を指す、可動的な記号空間である。それは、特定の意匠や様式に還元することのできない、文化的・心情的な動きそのものなのである。

中国の若者世代の言説に頻繁に登場する関連語に「文化自信」「民族自豪感」「中華文化主体性」といった表現がある。これらの語彙体系の中に国潮を置いて初めて、その意味するところが立体的に見えてくる。国潮は、単なるトレンドではなく、世代的アイデンティティの宣言であり、世界に対する中国の自己定位の表明でもある。

国潮を理解しようとする際、日本人が陥りやすい誤解が二つある。一つは、これを「中国版コラボ商品ブーム」のような皮相な流行現象として捉えてしまうことである。もう一つは、政府主導の愛国教育の産物として、押しつけられた消費イデオロギーと見なすことである。いずれも、現象の表層しか掬い取っていない。

実際には、国潮は、中国経済が一定の成熟段階に達し、消費者が量から質へ、価格から価値へ、輸入崇拝から自国評価へと意識を転換した結果として、自然発生的に生じた現象である。その上に、政策、メディア、企業のマーケティングが重なり、複合的な大きなうねりとなっている。

第二章 国貨から国潮へ——歴史の連続性のなかで

「国潮」を歴史的文脈に置くためには、その前身概念である「国貨」を理解する必要がある。両者は密接に連関しながら、しかし異なる意味合いを担ってきた。

国貨という言葉は、清王朝末期から中華民国初期にかけて生まれたとされる。当時、欧米列強の経済進出に対して、中国本土の民族資本家たちが「実業救国」を掲げ、マッチ、織物、麺粉、生活雑貨などの国産化を推進した。国貨は、ナショナリズムと経済自立の象徴であり、その販売そのものが愛国行動として位置づけられた。

中華人民共和国成立後の1949年から1978年までの計画経済期において、国貨の概念は変質した。すべての企業が国営企業となり、生産は計画的に行われ、ブランドという概念自体が消失した。商品は「長く使えること」「コストパフォーマンスが高いこと」が評価軸となり、デザインや個性は二の次となった。この時期に、北京の同仁堂、上海の回力、天津の梅花、北京の稲香村など、後に「老字号(ラオツーハオ、老舗)」と呼ばれることになるブランドの基礎が形成された。

1978年、鄧小平の主導による改革開放政策が始動する。市場経済への移行が始まり、消費財に対する品質要求が次第に高まった。1980年代には、李寧(リーニン)、健力宝(ジェンリーバオ)、海爾(ハイアール)、聯想(レノボ)といった改革開放後の代表的ブランドが誕生する。当時の若者にとって、これらの新しい国貨ブランドは、近代中国の希望そのものであった。

しかし、2001年の世界貿易機関(WTO)加盟は、国貨に深刻な打撃を与える転機となった。ナイキ、アディダス、コカ・コーラ、P&G、ロレアル、ユニリーバといった巨大多国籍ブランドが中国市場に大量に参入し、消費者の選好は一気に外国ブランドに傾斜した。この時期、中国は「世界の工場」としての地位を獲得した一方、自国ブランドは衰退の道を辿った。多くの中国メーカーは、外国ブランドのOEM委託生産に活路を見出すか、低価格帯・廉価模倣品の領域に追いやられた。

2000年代を通じて、「国貨」という言葉のイメージは確実に低下した。「国貨=安かろう悪かろう」「国貨=模倣品」というステレオタイプが広く流通したのである。当時の若年層にとって、国貨を身につけることは、むしろ垢抜けない印象を与える行為となっていた。

潮目が変わったのは、2010年代に入ってからである。中国経済が世界第二位の規模に達し、製造業の品質も急速に向上した。「中国製造(Made in China)」から「中国創造(Created in China)」へのスローガンが提唱され、ブランド構築が国家戦略の一環として位置づけられるようになった。それと並行して、Z世代と呼ばれる新しい消費者層が市場に登場し始めた。彼らは、経済成長と豊かさの中で育ち、過去の国貨に対するネガティブな先入観を持っていなかった。

2018年、ある一つの出来事が、国貨と国潮を分かつ転換点となる。それが、次章で詳述する「李寧のニューヨークファッションウィーク登場」である。

ここで重要なのは、国貨と国潮の質的差異である。国貨は、生産地や所有関係を基準とする、相対的に静的なカテゴリー概念である。一方、国潮は、文化的態度・美意識・世代的価値観を内包する、動的な意味空間である。国貨を買うことは経済的選択であるが、国潮を選ぶことは、自己表現でありアイデンティティの宣言である。

この違いは些細ではない。なぜなら、国潮は、単に商品を売るための仕掛けではなく、消費者の側からの能動的な文化運動でもあるからだ。SNS上で、若者たちは自身の国潮コーディネートを誇らしげに投稿し、漢服や馬面裙の着こなしを披露し、伝統的工芸の現代的解釈について議論を交わす。彼らは、消費者であると同時に、共同制作者(co-creator)としての地位を獲得している。

百度(Baidu)が人民日報と共同で発表した『2021国潮骄傲搜索大数据』報告によれば、過去10年間(2011年〜2021年)における中国ブランドと中国製品の検索数は、528%の増加を記録した。これは、国貨という言葉のイメージが根本的に変容し、ポジティブな価値を担う概念へと転換したことを示している。

第三章 2018年——李寧と「悟道」のニューヨーク登場

国潮を語るうえで、2018年2月のニューヨーク・ファッションウィークにおける李寧(LiNing)の登場は、画期となる出来事である。これは単なるブランドのプロモーションを超え、中国アパレルブランドが国際舞台で発した文化的宣言として記憶されている。

李寧というブランドそのものについて、簡単に振り返っておきたい。創業者の李寧氏は、1980年代の中国を代表する体操選手であり、1984年のロサンゼルスオリンピックで三つの金メダルを含む六つのメダルを獲得した「体操王子」である。引退後の1989年、自身の名を冠したスポーツアパレルブランドを創業した。これは、当時の中国としては極めて先進的な動きであり、有名スポーツ選手が自らのブランドを立ち上げる中国版「ナイキ」「アディダス」を志向する試みであった。

1990年代から2000年代を通じて、李寧は中国国内のスポーツ市場における主要ブランドとして成長した。しかし、2008年北京オリンピック後の市場環境の変化、ナイキ・アディダスとの熾烈な競争、自社の在庫管理の混乱などにより、2012年から2014年にかけて深刻な経営危機に陥った。三年連続で赤字を計上し、ブランドそのものの存続が問われる事態となった。

復活への道筋を作ったのが、李寧氏自身の経営復帰と、「中国李寧」サブブランドの立ち上げである。そして、そのブランド戦略の頂点に位置づけられたのが、2018年のニューヨーク・ファッションウィーク参加であった。

ショーの名は「悟道(Enlightenment)」と命名された。タイトルそのものが、中国哲学の核心概念から取られている。「悟」とは、禅における直観的把握を意味し、「道」とは、老荘思想における万物の本源を指す。すなわち、このコレクションは、単なる衣服の発表ではなく、東洋的な世界観の提示であった。

ランウェイには、伝統的な水墨画を思わせるグラフィック、漢字を大胆にあしらったプリント、中国の象徴色である紅と黄のコントラスト、書道風の筆致を取り入れたロゴが、現代的なストリートウェアと融合した姿で登場した。中でも話題となったのは、胸元に大きく漢字で「中国李寧」と記されたデザインである。それまでの中国アパレルブランドが、欧米的な洗練を追求するあまり中国的な要素を消去してきた潮流に対する、明確なアンチテーゼであった。

このショーは、中国国内において爆発的な反響を呼んだ。微博(Weibo)では関連ハッシュタグの閲覧数が短期間で数億回を突破し、若者たちの間で「カッコいい」「誇らしい」「これが本当の中国デザインだ」といった称賛の声が広がった。ショー直後、李寧の株価は上昇に転じ、その後数年間で時価総額は数倍に膨れ上がった。

なぜ、この一つのショーがこれほどの影響力を持ち得たのか。複数の要因が同時に作用した結果である。

第一に、タイミングの完璧さ。2018年は、米中貿易摩擦が本格化した年であり、中国社会全体に「自国の力を世界に示したい」という心情が高まっていた。

第二に、デザインの完成度。これまで「ダサい」「野暮ったい」と評されがちであった中国的意匠を、世界的なファッションウィークで通用する水準にまで昇華した手腕は、デザインチームの卓越を示すものであった。

第三に、ナラティブの構築。「悟道」というタイトルに込められた哲学的な深みは、単なる商品プロモーションを文化的事件へと変貌させた。

第四に、SNS時代特有のバイラル拡散。ショーの映像は微博、抖音、小紅書を通じて瞬時に拡散し、メディアによる二次三次の解釈が層をなして、現象を増幅させた。

李寧のニューヨーク・ファッションウィーク登場以降、「国潮」という言葉が中国メディアで頻繁に用いられるようになった。それまでも国貨や中国風という言葉は存在したが、国潮は、伝統と現代、東洋と西洋、ローカルとグローバルの境界を越境する新しい美意識を端的に表現する語彙として、市民権を得た。

この一年後の2019年、李寧は再びニューヨーク・ファッションウィークに登場し、続いてパリ・ファッションウィークにも進出した。2019年のパリ・コレクションでは、敦煌壁画にインスピレーションを得たコレクション「敦煌」を発表し、再び中国国内外で話題となった。

李寧の成功は、他の中国ブランドに大きな波及効果をもたらした。安踏(ANTA)、波司登(Bosideng)、太平鳥(Peace Bird)、回力(Warrior/フイリー)、飞跃(Feiyue)といったブランドが相次いで類似の戦略を採用し、伝統文化要素を現代デザインに取り込む試みを展開した。さらに、化粧品業界、家電業界、食品業界に至るまで、国潮の概念が応用される領域は急速に拡大していった。

2018年は、こうして中国消費史における一つの分水嶺となった。それ以前の中国ブランドが「外国ブランドに追いつくこと」を目標としていたのに対し、それ以降の中国ブランドは「中国らしさを世界に発信すること」を志向するようになった。この方向性の転換こそが、国潮の本質的意義である。

第二部 国潮を支える社会経済的基盤

第四章 経済構造の転換——「中国製造」から「中国創造」へ

国潮現象を経済史的に位置づけるならば、それは中国経済が「世界の工場」段階を脱し、「ブランド主導経済」段階へと移行する過程で生じた、必然的な文化的表現と捉えるべきである。

改革開放初期の中国経済は、低賃金労働力と政府の優遇政策を武器に、世界の生産拠点としての地位を確立した。1990年代から2000年代にかけて、深圳、東莞、蘇州、青島といった沿海都市は、世界中のブランドの委託生産工場が集積する地域となった。この時期、中国製造業は驚異的な規模拡大を遂げたが、その経済的価値の大部分は、海外ブランドが商標・デザイン・販売チャネルの形で吸収していた。アップルのiPhoneを富士康(フォックスコン)が組み立てても、その付加価値の大半はカリフォルニアのアップル本社に帰属する、という構造が典型的である。

この構造に対する自覚と批判は、中国の経済学者・企業家の間で2000年代後半から急速に高まった。「微笑曲線(スマイルカーブ)」という概念がしばしば引用された。製品の価値連鎖を、研究開発・デザイン(左端)、製造(中央)、ブランディング・販売(右端)の三段階に分けると、利益率は両端が高く、中央が低い。中国は長らく中央部分(製造)に集中していたため、付加価値の獲得が限定的であった。両端への進出、すなわち、研究開発とブランド構築の強化が、経済発展の次の段階として位置づけられた。

この方向性は、政府の産業政策にも反映された。「中国製造2025」は、2015年に発表された製造業高度化戦略であり、半導体、新エネルギー車、航空宇宙、バイオ医薬といった分野での世界的競争力を目指すものであった。それと並行して、「品質提升行動計画」「ブランド建設工程」「老字号復興プロジェクト」など、ブランド構築を促進する政策が次々と打ち出された。

工業情報化部などが2022年に発表した『デジタル化が消費品工業「三品」(品種・品質・ブランド)に資する行動方案(2022〜2025年)』は、特にブランド育成能力の向上を掲げ、国潮ブランドのイノベーション発展を奨励する内容となっている。さらに、2025年初頭に国務院が発表した『新たな成長点をさらに育成し文化と旅行消費を繁栄させるための措置』は、ファッショナブルな国潮商品の開発、中国的審美と中国的風格を体現するファッション、家具、トレンド玩具、スポーツ用品、電子機器の発売を、明確に政策目標として位置づけている。

これらの政策的後押しは、国潮ブランドにとって極めて重要な追い風となった。地方政府の動きも目覚ましい。江蘇省、浙江省、福建省などの主要省は、国潮・国貨消費の促進と地域老舗ブランドの復興を、地域経済発展戦略の柱の一つに据えている。

経済構造の変化は、消費者の側からも進行した。中国の都市部中産階級が拡大し、可処分所得が増加するにつれて、消費者は「安い」ことよりも「自分らしい」「物語性のある」「文化的価値を持つ」商品を求めるようになった。これは、世界中で観察されている消費社会の成熟過程であり、中国もその例外ではない。

注目すべきは、中国の消費者が国産ブランドに対する評価を大きく転換したことである。iiMedia Researchの調査によれば、2023年に中国国産ブランドを購入した消費者は全体の96.4%に達した。同年の双十一(ダブルイレブン)セールでは、取引高1億元を超えたブランドのうち243が中国国産ブランドであり、全体の60%を占めた。これは、もはや国産ブランドが「選択肢の一つ」ではなく、「主要な選択肢」となったことを示している。

国潮の経済的基盤を理解するためには、もう一つの視点が必要である。それは、サプライチェーンの集積効果である。

中国の主要産業集積地は、特定品目に関する世界最強のサプライチェーン能力を有している。例えば、山東省菏沢市曹県は「漢服の都」と呼ばれ、全国の漢服生産量の半分以上を占める。2025年の前三四半期だけで、曹県の漢服オンライン・オフライン販売額は86.9億元に達し、前年比9.4%の伸びを記録した。同地は、原材料調達から織布、染色、縫製、包装、ECライブ配信まで、漢服関連の全工程を地域内で完結できる、世界唯一の産業集積を形成している。

同様に、広東省の広州・深圳エリアは原創設計とアパレル生産、浙江省の杭州・寧波エリアはECとオムニチャネル、上海・蘇州エリアはハイエンドファッションとブランディング、というように、地域ごとの専門化と分業が進んでいる。これらの産業集積は、新しい国潮ブランドが短期間で市場検証から量産化、全国販売へと展開することを可能にする、独自の競争優位を形成している。

第五章 Z世代の消費価値観——「文化自信」と「圈層化」の同時進行

国潮を支える最大のエンジンは、世代論的に明確である。それはZ世代(中国では概ね1995年から2009年生まれを指す)の消費行動である。電通中国の調査によれば、2022年時点で中国の成人Z世代人口は約2億4,000万人に達し、そのうち約30%が大学生として学園生活を送っている。彼らこそが、現在進行中の国潮ブームの主導層である。

Z世代の消費価値観を理解するために、いくつかの構造的要因を整理しておきたい。

第一に、彼らは中国経済が高度成長を続けた時期に生まれ育った世代である。物質的不足の経験がなく、家族から豊富な資源を独占的に享受してきた一人っ子世代でもある。この世代にとって、「中国は貧しい」「中国製品は粗悪である」という前世代的な認識は、経験的実感としては薄い。彼らが目にしているのは、世界第二位の経済大国としての中国であり、宇宙飛行・高速鉄道・5G・電気自動車で世界をリードする中国である。

第二に、彼らはデジタル・ネイティブである。生まれた時からインターネットがあり、思春期にはスマートフォンを手にし、社会化のプロセス全体がSNSと共にあった。情報収集・意思決定・購買・自己表現のすべてが、デジタル空間と連続している。

第三に、彼らは細分化された「圈層(クェンツェン)」に属している。これは、興味・趣味・ライフスタイルを共有する半閉鎖的なコミュニティを指す中国独自の概念である。Z世代は、単一の集団的アイデンティティではなく、複数の圈層を横断する流動的なアイデンティティを持つ。アニメ・ゲーム好きの「二次元圈」、スニーカー収集の「球鞋圈」、漢服愛好の「漢服圈」、コスメオタクの「美妆圈」など、多様な小コミュニティが共存し、それぞれが独自の価値観・言語・消費パターンを発達させている。

第四に、彼らは「文化自信」を強く内面化している。中国共産党第二十回党大会報告は、「文化自信自強の推進」を明確に打ち出した。Z世代は、まさにこの文化自信の文脈の中で青年期を過ごしている。彼らにとって、中国的な意匠を身にまとうことは、海外ブランドへの劣等感の表明ではなく、誇り高い文化的選択である。

中国社会科学院社会学研究所の『デジタル時代における文化強国建設研究』中間報告によれば、90後(1990年代生まれ)と00後(2000年代生まれ)が、各世代の中で最も高い割合で「文化的アイデンティティと文化的発展への自信」を保持していることが明らかになっている。

国潮はこのZ世代の文化自信と密接に結びついている。具体的な消費行動として、以下のパターンが観察される。

漢服や馬面裙といった伝統衣装の着用は、もはや特殊な趣味ではなく、日常的なファッション選択の一つとなった。京東の調査によれば、2024年春節(旧正月)期間、新中式ファッションの購入は前年比215%増、漢服カテゴリーは325%増を記録した。快手電商のデータでは、2024年第一四半期の新中式スタイル商品の注文量は前年比700%増、漢服カテゴリーは300%近い増加であった。

故宮博物院、国家博物館、敦煌研究院などの伝統文化機関の文創(文化クリエイティブ)商品に対する関心も極めて高い。北京の中国国家博物館が販売する明代「九龍九鳳冠」をモチーフにした冷蔵庫マグネットは、発売から一年で累計販売数200万個を突破した。故宮文創、敦煌文創、河南博物院文創といった文化機関の商品は、Z世代の必携アイテムとして人気を博している。

国産アニメ、国産映画、国風コミックへの支持も顕著である。2023年公開の国産アニメ映画『長安三万里』は、唐代の詩人たちの友情と人生を描き、Z世代の文化自信を呼び覚ますとして社会現象となった。2024年公開のアクションRPG『黒神話:悟空』は、中国神話「西遊記」をベースにしながら世界水準のゲーム制作技術を結合させ、世界的な話題を呼んだ。

注目すべきは、Z世代の消費行動が、必ずしも「ブランド忠誠」「価格無視」「衝動買い」といった旧来の「若者消費」イメージに当てはまらないことである。むしろ、彼らは慎重で、情報感度が高く、コストパフォーマンスを重視する。iiMedia Researchの2024年調査では、消費者の32.6%が「現段階で国貨ブランド製品の品質向上が非常に明らかである」と回答し、品質基準に厳しいZ世代の心を掴んでいる構造が浮かび上がる。

別の調査によれば、中国Z世代の消費行動には以下の特徴がある。ブランド知名度よりも実用性を重視する、自分らしさを表現できる商品を選ぶ、SNSでの情報収集を購買決定に強く反映させる、コミュニティ内での共有・推薦を重視する、というパターンである。これらすべてが、国潮ブランドの戦略と整合している。

国潮を支えるZ世代の消費価値観を一言で要約すれば、「合理性と感性の両立」である。彼らは商品の機能性・コストパフォーマンス・品質を冷静に評価しつつ、その上で文化的な物語性と自己表現の手段としてブランドを選ぶ。この二重性こそが、国潮ブランドが従来の中国ブランドと異なる地点である。

第六章 デジタル革命——抖音、小紅書、Tmallが作り出した新地平

国潮ブランドの興隆は、デジタルプラットフォームの発達と切り離して語ることはできない。中国では、特に2018年以降、抖音(Douyin、TikTokの中国国内版)、小紅書(RED、Xiaohongshu)、Tmall(天猫)、京東(JD.com)、淘宝(タオバオ)といったプラットフォームが、消費行動のあり方を根本的に変えた。

中国のデジタル消費インフラを理解するためには、いくつかの構造的特徴を把握する必要がある。

第一に、コンテンツとECの一体化である。日本の場合、SNSと購買サイトは別々のアプリで完結する場合が多いが、中国ではコンテンツ視聴から購買までが同一プラットフォーム内で連続している。抖音で商品紹介動画を見て、その動画から直接購買ページに遷移し、ライブ配信中に決済を行う、という体験が一般化している。

第二に、ライブコマース(直播帯货)の規模である。中国のライブコマース市場は、2024年時点で4兆元を超える規模に達している。著名インフルエンサー(KOL)による商品紹介ライブは、しばしば数億元の売上を一夜にして生み出す。李佳琦(Austin Li)、薇娅(Viya、現在は活動停止)、ロビン・李の生方丈、辛巴といった超大手ライブコマースKOLの存在は、中国市場特有の現象である。

第三に、短編動画の浸透である。抖音は2025年時点で月間アクティブユーザー数9億人を超え、中国人の生活に深く浸透している。短編動画の特性は、商品の魅力・使い方・物語性を、数十秒という極めて短時間で訴求できることである。これにより、無名の新興ブランドであっても、コンテンツの質さえ高ければ、瞬く間に全国的認知を獲得することが可能になった。

第四に、小紅書の独自の位置づけである。小紅書は、写真とテキストを中心とする「種草(推薦)」プラットフォームとして位置づけられ、特に女性ユーザーの間で強い影響力を持つ。新中式ファッション関連の投稿は、2024年時点で324万件を超え、抖音における新中式コーディネート関連動画の再生回数は累計100億回を突破している。

第五に、ECプラットフォームによる国潮特集の常設化である。Tmallの「国潮来了」、京東の「京東×国潮」、拼多多(Pinduoduo)の「国潮商品館」など、各プラットフォームは国潮を主要カテゴリーとして位置づけ、専門ページ・特集セール・ブランドコラボレーションを継続的に展開している。

これらのインフラ全体が組み合わさることで、中国の新興国潮ブランドは、従来のブランド構築に必要だった巨額の広告投資・販売チャネル投資を経ることなく、短期間で市場立ち上げを実現できる環境が整った。

具体例を挙げよう。化粧品ブランドの完美日記(Perfect Diary)は、2017年に創業し、わずか3年で中国コスメ市場のトップに躍り出た。その成功要因の一つは、小紅書を中心とした緻密なKOLマーケティング戦略である。同ブランドは、メガKOLよりもむしろ中堅KOLおよびマイクロKOL(フォロワー数1万〜10万人規模)を大量に活用し、リアルなユーザー体験談として商品の魅力を浸透させた。

別の例として、新中式茶飲料ブランドの霸王茶姫(Bawang Cha Ji)は、東洋的な美学を前面に押し出した店舗デザインと商品コンセプトで、Z世代の心を捉えた。SNSでは、同ブランドのカップを手にした投稿が爆発的に共有され、店舗訪問そのものが「シェアされるコンテンツ」となった。

国潮ブランドのマーケティング戦略には、共通するパターンが見られる。物語性のあるブランドストーリーの構築、視覚的に強いビジュアル・アイデンティティ、Z世代KOLとのコラボレーション、限定商品・コラボ商品による話題作り、ライブコマースを通じた一斉販売、そして消費者との双方向コミュニケーションの重視である。これらは、いずれもデジタル時代特有のブランド構築手法であり、伝統的な「広告→認知→購買→リピート」という線形モデルとは異なる、循環的・対話的なモデルである。

デジタルプラットフォームのもう一つの重要な機能は、消費者をブランドの共同制作者へと変容させたことである。Z世代の消費者は、単に商品を購入するだけでなく、コーディネートの提案、レビュー投稿、二次創作、コラボ提案などを通じて、ブランドの言説形成に積極的に関与する。この相互作用そのものが、国潮ブランドのコミュニティを形成し、長期的な顧客忠誠の基盤となっている。

ここで重要な概念が「私域流量(プライベート・トラフィック)」である。これは、ブランド自身が直接管理する顧客チャネル——WeChatの公式アカウント、ミニプログラム、社群(コミュニティチャット)など——を指す。国潮ブランドの多くは、巨大プラットフォームへの依存を減らし、自社の私域流量を育成することに注力している。これにより、プラットフォーム手数料の負担を軽減すると同時に、より深い顧客関係を構築することが可能になる。

国潮の興隆を支えるデジタルインフラは、単に商品を売るための仕組みではない。それは、文化生産・文化消費・文化伝播の新しい生態系を形成しており、伝統文化と現代技術が交差する独自の空間を作り出している。

第三部 国潮ブランドの実像——分野別事例研究

第七章 スポーツアパレル——李寧と安踏の二大潮流

国潮現象を最も象徴的に体現するのが、スポーツアパレル業界である。中でも、李寧(LiNing)と安踏(ANTA Sports)は、それぞれ異なる戦略を採用しながら、ともに国潮を牽引する両輪となっている。両者の対照は、国潮戦略の多様性を理解する格好の素材である。

李寧——「中国李寧」というブランド神話

李寧の戦略の本質は、「中国李寧」というサブブランドを通じた、文化的価値の再定義にある。前章で触れたように、2018年のニューヨーク・ファッションウィーク登場が転換点となったが、その後の戦略展開も注目に値する。

「中国李寧」は、本体ブランド「LiNing」とは異なるブランドポジショニングを取る。前者がプレミアム・ファッション・ライン、後者が機能性スポーツ・ラインという棲み分けである。これにより、伝統的なスポーツ用品としての顧客を失うことなく、ファッション市場における新たな顧客層を獲得することに成功した。

「中国李寧」のデザイン哲学を支えるのは、いくつかの一貫したテーマである。第一に、漢字をアイコンとして大胆にあしらうこと。第二に、中国的な色彩——朱赤、深紅、墨黒、金黄——を主役に据えること。第三に、伝統的モチーフ——龍、鳳、雲文、水墨——を現代的な抽象化を経て採用すること。第四に、ストリートウェアの形式に中国的な精神を注入すること。

注目すべきは、李寧が中国伝統文化のさまざまな源泉を、コレクションごとに掘り下げていることである。2018年「悟道」では禅の精神性、2019年「敦煌」では西域シルクロードの仏教芸術、2020年「霊敦煌」ではさらに深く敦煌壁画の世界を、2021年以降のコレクションでは京劇、武術、書道、青銅器など、多様な中華文明の鉱脈を採取している。

ビジネス面でも、李寧の躍進は目覚ましい。2017年から2021年にかけて、売上高は88.7億元から225.7億元へとほぼ三倍に成長した。株価は同期間で十倍以上に上昇し、香港証券取引所で時価総額一兆元を超えた時期もあった。この成功は、単なる愛国感情の波及ではなく、製品・デザイン・ブランドが整合的に機能した結果である。

安踏——多ブランド戦略によるグローバル展開

安踏は、李寧とは異なるアプローチを取る。中核ブランド「ANTA」自体は、もともと福建省晋江を拠点とする大衆市場向けスポーツブランドとして1991年に創業した。その安踏が、2010年代を通じて、世界市場での競争力を一気に高めた背景には、独自のM&A戦略がある。

2009年、安踏は中国における国際ブランド「FILA」の事業権を獲得した。FILAの中国事業は、当時赤字状態であったが、安踏のリブランディング戦略によって、2015年以降の中国市場でラグジュアリー・スポーツファッションの代表ブランドへと変貌した。FILAの成功は、安踏グループの収益構造を一変させた。2020年代に入ると、FILAの売上は安踏本体ブランドに迫る規模に達した。

さらに、2019年、安踏はフィンランドのアモール・スポーツ(Amer Sports)の買収に成功した。アモール傘下には、Salomon、Arc'teryx(アークテリクス)、Wilson、Atomicといった世界的アウトドア・スポーツブランドが含まれる。中国企業による海外スポーツブランド最大規模の買収であり、安踏は一夜にして世界的スポーツコングロマリットへと変貌した。

特に、Arc'teryxの中国市場での躍進は驚異的である。同ブランドは、中国の都市中産階級における「精緻なアウトドアライフ」のシンボルとして、Z世代のあいだで地位を確立した。「鳥(始祖鳥)」というニックネームで親しまれるArc'teryxのジャケットは、新中産階級の制服とも形容される存在となった。

安踏の戦略の特徴は、必ずしも自社の中国伝統文化要素を前面に押し出さないことである。むしろ、安踏は「中国のグローバル企業」としてのアイデンティティを構築している。これは、もう一つの国潮の在り方——「中国本土発の国際的に通用するブランド」としての国潮——を体現している。

ただし、安踏も近年は、中国伝統文化を意識した商品ラインを展開している。例えば、2022年北京冬季オリンピックでは、中国代表チームのオフィシャル・スポーツウェアを安踏が製作し、五輪ロゴと中国国旗を組み合わせた高品質ウェアが世界に発信された。また、安踏は故宮博物院、敦煌研究院などとのコラボレーションを通じて、伝統文化と現代スポーツの融合を試みている。

李寧と安踏の対照は、国潮戦略の多様な可能性を示している。李寧は「中国らしさを前面に押し出す路線」、安踏は「グローバル企業としての中国ブランド路線」。両者は競合関係にあるが、同時に、中国スポーツアパレル産業の総体としての成熟を象徴する存在でもある。

第三勢力——特步、361度、中乔体育

李寧と安踏の二大ブランドに加えて、特步(Xtep)、361度、中乔体育(旧Qiaodan)といった第三勢力も、それぞれの戦略で国潮市場に参入している。

特步は、ランニング市場におけるリーダーシップを確立しつつ、伝統文化要素を取り入れた限定コレクションを展開している。361度は、若年層向けのスタイリッシュなライン「ONE」を展開し、ストリートカルチャーと中国的意匠の融合を試みている。中乔体育は、米国マイケル・ジョーダンとの商標訴訟を経て社名変更を行った後、純粋な中国ブランドとしての再出発を果たし、伝統文化要素を強調する戦略を採用している。

中国スポーツアパレル市場全体において、国産ブランドのシェアは年々拡大しており、ナイキ・アディダスといった国際ブランドのシェアを徐々に侵食している。これは、製品品質の向上、デザイン水準の上昇、ブランドストーリーの充実が複合的に作用した結果である。

第八章 老字号の復興——回力、飞跃、波司登、大白兔

国潮現象のもう一つの重要な側面は、長らく「過去のブランド」として認識されてきた老字号(ラオツーハオ、老舗)の復活である。これらのブランドは、計画経済期から改革開放初期にかけて中国国民に広く愛用されたが、2000年代の外国ブランド進出とともに衰退した。しかし、2010年代後半以降、これらの老字号は、若者世代の文化的興味と結びつくことで、第二の人生を歩み始めた。

回力(フイリー)——上海から世界へ

回力(Warrior)は、1927年に上海で誕生した、中国最古のスポーツシューズブランドの一つである。緑色の布製キャンバスシューズに白いゴムソールを組み合わせた「球鞋」は、20世紀後半の中国人にとって、青春の象徴であった。中国の体育の授業、軍隊、工場労働者、そして卓球やバスケットボールの選手まで、回力を履いていた時代があった。

しかし、ナイキ・アディダスの中国進出後、回力は急速に市場シェアを失い、2000年代には倒産寸前の状態にまで追い込まれた。2008年に経営権が変更され、再建が始まったが、本格的な復活は2017年以降のレトロ・スニーカーブームを契機としている。

回力の復活戦略は、レトロ・チャイナとしてのブランド再定義であった。1970〜80年代のオリジナル・デザインを忠実に再現したクラシックモデルを継続販売しつつ、現代的な配色やデザイナーズ・コラボレーションを通じて、新しい層への訴求を行った。価格帯も意図的に低く設定し、ナイキ・アディダスの数分の一の価格で「中国らしさ」を提供する戦略を採った。

その結果、回力は中国Z世代のあいだで「コスパ抜群のレトロブランド」としての地位を確立した。海外でも、上海の象徴的なアイテムとしての評価を獲得し、欧米のセレクトショップやストリートカルチャー・コミュニティで取り扱われるに至っている。

飞跃(Feiyue)——フランスを経由して帰還した中国ブランド

飞跃は、1930年代に上海で誕生した武術用シューズブランドである。少林寺の僧侶や武術家に愛用されてきた、軽量で柔軟なキャンバスシューズが代表的な商品であった。しかし、回力同様、2000年代には市場での存在感を失っていた。

飞跃の興味深い点は、フランス人デザイナーのパトリス・バスタイ(Patrice Bastian)が、上海で偶然この靴に出会い、2006年にフランスでブランドを再創造したことである。フランス版「Feiyue」は、パリのファッションシーンで人気を博し、ヨーロッパのセレブやファッション関係者の間で愛用された。レディー・ガガ、オーランド・ブルーム、ポーラ・アブドゥルなどが愛用したことで、世界的な知名度を獲得した。

この「逆輸入」の現象は、中国国内に大きな衝撃を与えた。「中国の伝統的ブランドが、フランス人によって再評価されている」という事実は、中国の若者たちに、自国文化の価値を再認識させる契機となった。2010年代後半以降、飞跃は中国国内でも本格的に再ブランディングを行い、Z世代のあいだで再評価を獲得している。

波司登(ボストン)——ダウンジャケットの王者

波司登(Bosideng)は、1976年に江蘇省常熟市で創業したダウンジャケット専業ブランドである。長らく、中国の中高年向けの実用衣料品メーカーとして認識されてきたが、2018年のリブランディングを契機に、急速に若年層市場で存在感を高めた。

波司登の戦略は、世界市場での認知獲得を通じた国内市場の活性化であった。2018年、ニューヨーク・ファッションウィークに参加し、世界的アーティスト・著名人とのコラボレーション・コレクションを発表した。2019年には、ロンドン・ハロッズ百貨店でポップアップショップを展開した。これらの動きは、中国メディアで大きく報道され、「世界が認めた中国ブランド」としてのイメージを国内消費者に印象付けた。

製品面でも、波司登は最高水準のグースダウン使用、デザイン水準の向上、機能性の強化を通じて、プレミアム価格帯への参入を果たした。同社の登山シリーズは、ヒマラヤ8000メートル級の山岳活動を想定した本格的なギアとして開発されており、世界のアウトドア愛好家からも評価を獲得している。

2024年、波司登のグループ売上高は232億元を超え、ダウンジャケット市場の世界トップ・プレーヤーとしての地位を確立した。中国国内では、若者世代の間で「冬の必須アイテム」として認識される存在となっており、伝統的な中高年向けブランドという旧来のイメージを完全に払拭した。

大白兔(ダイバイトゥ)——お菓子から多元IPへ

大白兔(White Rabbit)は、1959年に上海で誕生した乳キャンディ・ブランドである。白いウサギの絵柄が描かれた包装紙は、中国人なら誰もが幼少期に手にした経験があると言われる、文字通り国民的なお菓子である。

しかし、お菓子という伝統的なカテゴリーだけでは、Z世代の消費者を引き付けるには限界があった。大白兔の戦略は、「IP(知的財産)化」と「コラボ拡張」であった。

具体的には、大白兔のキャラクター「白いうさぎ」と象徴的なパッケージデザインを、化粧品、衣料品、文具、玩具、ホテル、レストランといった多様な領域に展開した。資生堂・KISS ME・GIVENCHY・PUMAなどのブランドとのコラボレーションを通じて、お菓子という枠を超えた「ライフスタイル・ブランド」へと変貌した。

特に話題となったのは、上海ディズニーランド近くの「大白兔体験ストア」のオープン、大白兔風アイスクリームの開発、大白兔をモチーフにしたカフェ・レストランの全国展開などである。これらは、Z世代にとって「インスタ映え」する体験消費の対象として機能している。

老字号復興の背景——抖音と政策支援

老字号の復興を語るうえで、欠かせない要素が二つある。一つは抖音などのデジタル・プラットフォームの活用であり、もう一つは政府の政策支援である。

『2024抖音老字号年度数据報告』によれば、90後(90年代生まれ)が抖音で老字号商品を最も多く購入する層となり、00後(2000年代生まれ)の注文量が前年比95%という驚異的な伸びを記録した。これは、若者世代が老字号を、もはや「親世代の懐古的なブランド」としてではなく、自分自身のライフスタイルの一部として受け入れていることを示している。

政策面では、商務部が2022年から「中華老字号示範創建管理弁法」に基づき、新しい中華老字号認定作業を実施している。これは、伝統的な老字号企業の経営支援、デジタル化推進、国際展開支援を通じて、老字号ブランドの復興と発展を後押しするものである。江蘇省、浙江省、福建省などの主要省も、地方の老字号復興プロジェクトを積極的に展開している。

老字号復興は、国潮現象の重要な側面である。それは、過去の遺産を単に保存するのではなく、現代的な経営手法と結びつけて、新しい消費者層に向けて再生する試みである。この再生プロセスを通じて、老字号は単なる「老いたブランド」ではなく、「世代を超えて愛される、生き続ける中国ブランド」としての地位を獲得しつつある。

第九章 化粧品分野——花西子、完美日記、毛戈平の競争と差別化

国潮現象が最も劇的に表現された分野の一つが、化粧品市場である。中国の化粧品市場は、長らくロレアル、エスティローダー、資生堂、SK-IIといった国際ブランドが支配する領域であった。しかし、2017年から2020年にかけて、複数の中国本土発化粧品ブランドが急速に台頭し、市場構造を一変させた。

花西子(Florasis)——東洋的審美の極致

花西子(Florasis)は、2017年に杭州で創業した化粧品ブランドである。創業者の呉成龍(Wu Chenglong)は、化粧品業界での経験を持ちながら、ブランドそのものを中国伝統美学を体現する芸術品として位置づける独自のアプローチを取った。

花西子の最大の特徴は、製品そのものを「芸術品」として設計することにある。リップスティックには、花卉模様や蝶、鳳凰などの精緻な彫刻が施され、アイシャドウ・パレットは中国伝統的な扇形や花型に成形され、ファンデーションのケースには螺鈿(らでん)細工や象嵌技法が応用されている。これらは、もはや化粧品の容器ではなく、収集対象としての文化的アーティファクトである。

ブランドビジュアルにも徹底した東洋美学の追求が見られる。広告ビジュアルは、水墨画、宋代絵画、伝統陶磁器を思わせる構図と色調で構成され、女性モデルは古代中国の貴族女性のような髪型と衣装を身につけている。商品名にも「花露膏(フォアルゥガオ)」「同心鎖唇釉(トンシンスオチュンユィ)」「桃花眉(タオフアメイ)」といった、古典的かつ詩的な名称が採用されている。

花西子の戦略の本質は、製品機能の競争を超えて、文化的体験そのものを商品化することである。消費者は、花西子のリップスティックを購入するとき、単に色を買っているのではなく、「中国伝統美学を身にまとう体験」を購入している。

販売戦略としては、抖音と小紅書を中心としたインフルエンサー・マーケティングを展開した。特に、ライブコマース界の絶対的存在である李佳琦(Austin Li)との戦略的提携は、花西子のブランド認知拡大に決定的な役割を果たした。同時に、パッケージデザインそのものがSNSで「映える」ように設計されており、購入者によるオーガニックな投稿がブランドの拡散を加速した。

2021年4月、アリババ・プラットフォームのデータによれば、花西子と完美日記の二ブランドの売上合計が、エスティローダーやランコムといった国際大手ブランドを上回り、人気コスメブランドのトップに躍り出た。これは、中国化粧品市場における歴史的転換点であった。

花西子は2023年以降、海外市場進出を本格化させている。北米、東南アジア、欧州での展開を通じて、「東洋美学を世界に発信する中国ブランド」としてのポジショニングを構築している。アマゾン米国市場での販売開始時には、初日で売り切れる商品が続出した。

完美日記(Perfect Diary)——マスマーケットの王者

完美日記(Perfect Diary)は、2016年に広州で創業した化粧品ブランドであり、運営会社の逸仙電子商務有限公司(Yatsen Holding)は2020年にニューヨーク証券取引所に上場している。

完美日記の戦略は、花西子とは対照的である。文化的高級路線ではなく、若い女性向けのマスマーケット路線を採用した。価格帯は中位(リップスティック1本100元前後)に設定し、品質を確保しつつ手頃な価格で広範な顧客層にリーチすることを目指した。

戦略の核心は、KOLマーケティングの大規模・体系的展開である。完美日記は、トップKOLよりも、フォロワー1万〜10万人規模の中堅・マイクロKOLを大量に活用するアプローチを採った。同時に複数千名のKOLにレビューを依頼することで、SNS上に「ユーザーの自然な体験談」として商品情報を浸透させた。

特に、小紅書上での商品レビュー投稿の量は、他社を圧倒するものであった。ある時期、小紅書のリップスティック関連投稿の上位検索結果は、ほとんどが完美日記関連のものであったと言われる。この戦略は、消費者の購買決定における「同質的他者からの推薦」の影響力を最大化する、極めて巧妙な手法であった。

商品開発面では、完美日記は国際的な化粧品OEMメーカーとの連携を通じて、品質を確保した。コスメティクス・コスマックス(韓国)、イントロロン(フランス)といったメーカーと協業し、低価格帯であっても国際水準の品質を実現した。

ブランドコラボレーションも積極的に展開した。中国国家地理(China National Geographic)との「探検家コレクション」、大英博物館との「文化遺産コレクション」、ディズニーとのコラボなど、多様なIPとの連携を通じて、ブランドの幅を広げた。

ただし、完美日記の業績は、2020年の上場後、必ずしも順調とは言えない側面もある。マスマーケット路線の宿命として利益率が低く、研究開発投資の負担が増大する中、ブランドのプレミアム化が課題となっている。創業から急成長を遂げた一方で、長期的な収益性確保が経営課題として浮上している。

毛戈平(Mao Geping)——プロフェッショナル路線

毛戈平(Mao Geping)は、1980年代から映画・ドラマのメイクアップ・アーティストとして活動してきた毛戈平氏が、自身の名を冠して創業した化粧品ブランドである。創業時期は1990年代に遡るが、本格的な国潮ブランドとしての注目は2020年代に入ってからである。

毛戈平の戦略は、プロフェッショナルなメイクアップ技術と中国伝統的な女性美の追求である。同ブランドは、中国の女優、芸能人、ハイエンド消費者向けに、専門的なメイクアップ技術と高品質な化粧品を提供してきた歴史を持つ。それを、Z世代の一般消費者にも開放する形でブランドの再編成を図った。

特に注目されるのは、同ブランドの店舗体験である。プロフェッショナルなメイクアップ・アーティストが店舗に常駐し、顧客一人一人にカスタマイズされたメイクアップ体験を提供する。これは、海外大手ブランドの店舗体験に匹敵する、あるいはそれを超える品質である。

毛戈平は2024年、香港証券取引所に上場し、高評価を獲得した。ブランドの希少性と高品質、そして中国の女性美に対する深い理解が評価された結果である。

その他の中国化粧品ブランド——林清軒、薇諾娜、稲香村

中国化粧品市場には、上記三大ブランド以外にも、多様な国潮ブランドが存在する。

林清軒(FORESTCABIN)は、椿油を主要原料とする中国本土ブランドであり、自然派化粧品市場で独自のポジションを確立している。薇諾娜(WINONA)は、敏感肌向けスキンケアの専門ブランドとして、皮膚科医の処方をベースとした製品開発を行い、特殊機能性化粧品市場でリーダーシップを獲得している。

これらのブランドの共通点は、「中国本土の自然・伝統・文化」と「現代的な製品開発技術」を融合させていることである。それは、単なる「中国らしさのアピール」ではなく、製品機能と物語性が整合的に結びついたブランド構築である。

中国化粧品市場における国潮の台頭は、世界の化粧品業界に対する重要なメッセージを発している。すなわち、消費者の文化的アイデンティティと結びついたブランド構築こそが、長期的な競争優位の源泉となるということである。これは、グローバル化と均質化の時代に対する、文化的多様性の擁護とも読み取ることができる。

第十章 飲食分野——茶飲料・餐飲業界の国潮化

飲食分野における国潮現象は、Z世代の日常生活に最も身近な形で浸透している。茶飲料、軽食、餐飲チェーンといった分野で、過去5年間に国潮ブランドが急速に台頭し、市場構造を一変させた。

喜茶(HEYTEA)——新茶飲のパイオニア

喜茶(HEYTEA)は、2012年に広東省江門市で創業した「新茶飲」ブランドである。「新茶飲」とは、従来の珍珠奶茶(タピオカミルクティー)とは異なる、フルーツ、チーズ、生クリームなどを組み合わせた創新的な茶飲料を指す概念であり、喜茶はその嚆矢である。

喜茶の戦略は、中国茶文化の現代的再解釈である。同ブランドは、原料茶葉の品質に徹底的にこだわり、中国各地の茶産地と直接契約して高品質な茶葉を調達する。同時に、店舗デザイン、包装、ロゴ、SNSビジュアルすべてにおいて、現代的なミニマリズムと中国的審美の融合を追求している。

特徴的なのは、喜茶のロゴデザインである。茶を飲む人物の横顔をシンプルなライン画で描いたシンボルは、中国伝統的な水墨画の精神を、現代的なグラフィックデザイン言語で表現している。これは、店舗空間や商品パッケージに統一的に展開され、強いブランドアイデンティティを構築している。

商品開発においても、喜茶は中国伝統的な要素を積極的に取り込んでいる。「多肉葡萄」「酪酪桂花」「奶茶波波」といった商品名は、いずれも中国的な詩的感性を反映している。季節限定商品では、桂花(金木犀)、烏龍、紅棗(ナツメ)、桑葚(マルベリー)といった伝統的な中国食材が用いられる。

2024年時点で、喜茶は中国全国で2,000店舗以上を展開し、香港、シンガポール、ロンドン、ニューヨークなどの海外主要都市にも進出している。Z世代にとって、喜茶のドリンクを手にすることは、単なる飲み物の消費ではなく、文化的アイデンティティの表現となっている。

奈雪の茶(Nayuki Tea)——女性向けの茶飲文化

奈雪の茶(Nayuki Tea)は、2015年に深圳で創業した、喜茶と並ぶ新茶飲の代表的ブランドである。創業者の彭心氏は、ブランド名を自身の少女時代の愛称「奈雪」にちなんで命名し、女性消費者向けの茶飲文化を構築することを目指した。

奈雪の特徴は、茶飲料に欧式パンを組み合わせる「茶+軟欧包(ナンキャベツ)」というコンセプトの提示である。これにより、茶飲料を単なる飲み物から、ブランチ・午後茶などのライフスタイル消費へと拡張した。

店舗デザインも特徴的である。広く明るい空間、白とパステルピンクを基調とした内装、高品質な家具、清潔感のあるカウンター。これらは、女性が一人でも安心して長時間滞在できる「第三の場所」として設計されている。これは、中国の都市女性のライフスタイルに対する、深い洞察に基づくものである。

奈雪は2021年、香港証券取引所に上場した。新茶飲業界初のIPOであり、業界の成熟化を象徴する出来事であった。ただし、上場後の業績は、激化する競争環境の中で、必ずしも順調ではなかった。コロナ禍の影響、テナント費用の高騰、競合ブランドの増加など、多重の挑戦に直面している。

霸王茶姫(Bawang Cha Ji)——東洋美学の追求

霸王茶姫(Bawang Cha Ji)は、2017年に雲南省昆明で創業した新茶飲ブランドである。同ブランドは、創業から比較的後発でありながら、独自のブランドポジショニングによって、急速にトップ・プレーヤーの地位を獲得した。

霸王茶姫の戦略の核心は、東洋美学を徹底的に追求するブランド構築である。店舗の建築様式は、中国伝統的な寺廟建築や明清時代の建築物を思わせる、柱と梁を強調した木造建築風の設計が多用される。インテリアには、青磁、漆器、竹細工、書道作品などが配される。これらは、ファストフード・チェーンというより、現代的に再解釈された茶館のような空間を作り出す。

商品ラインアップも、伝統的な中国茶を強く意識している。「伯牙絶弦(ボヤージュエシエン)」「桂馥蘭香(グイフラン・シャン)」「大紅袍(ダーホンパオ)」といった商品名は、いずれも中国古典文学・伝説・歴史にちなんだものであり、消費者にブランド体験そのものに文化的な深みを感じさせる工夫が施されている。

包装デザインも独特である。カップに描かれた女性像は、唐代の女性を思わせる気品ある容貌を持ち、それ自体がアイコニックなビジュアルとして機能する。インスタ映えする店舗とパッケージは、Z世代の間でSNS拡散の中心的なトピックとなっている。

霸王茶姫は2023年から海外展開を本格化させ、シンガポール、マレーシア、タイ、米国へと進出している。「東洋現代茶(Modern Oriental Tea)」というポジショニングで、中国茶文化を世界に発信する戦略を取っている。

塔斯汀(Tastien)——中国式バーガーの提案

塔斯汀(Tastien)は、2012年に福建省福州市で創業した、中国式バーガー専門のファストフード・チェーンである。同ブランドは、ハンバーガーという西洋発祥のファストフード形式に、中国的な要素を大胆に融合させるという独自のアプローチで、急速に成長を遂げた。

塔斯汀の特徴は、バーガーバンズに「現烤手擀手扞餅(手作りの焼きパン生地)」を採用していることである。これは、中国北方地域の伝統的な麺粉料理である「饼(ビン)」の技法を、ハンバーガーバンズに応用したものである。生地は店舗で毎日焼き上げられ、外はパリッと、中はもちもちとした食感を実現している。

メニューには、北京ダック風味、四川麻辣風味、香港チャーシュー風味、上海回鍋肉風味など、中国各地の伝統料理を反映したフィリングが用意されている。これにより、マクドナルドやKFCといった国際的ファストフードチェーンとは明確に異なる、独自のポジショニングを確立している。

塔斯汀は2024年時点で全国に7,000店舗以上を展開し、中国式ハンバーガー市場のリーディング・ブランドとなっている。地方都市や三線・四線都市での展開が特に強く、中国ファストフード市場の地理的拡大の象徴的存在となっている。

国潮飲食の意義

これらの飲食国潮ブランドの成功は、いくつかの共通要因によって支えられている。

第一に、中国伝統的な食文化の現代的再解釈である。茶、麺粉料理、伝統的な調味料・香辛料・食材を、現代的な調理技術・店舗体験・パッケージングと結びつけることで、新しい商品カテゴリーを創出している。

第二に、Z世代の生活様式への適応である。SNS映えする視覚的要素、モバイル決済の徹底、デリバリー対応、店舗予約システムなど、デジタル時代の消費行動に合わせた運営が徹底されている。

第三に、価格帯のバリュー設計である。新茶飲は20〜40元、塔斯汀のような中国式バーガーは20〜30元と、Z世代の若者が日常的に消費可能な価格帯に設定されている。これは、文化的体験を日常化することに成功している。

第四に、ブランドストーリーの一貫性である。創業者の哲学、ブランド名の由来、商品開発の物語が、SNSコンテンツや店舗体験を通じて消費者に伝達される。これは、単なる商品消費を超えた、文化的参加としての消費を促進している。

国潮飲食ブランドは、もはや中国国内市場での成功にとどまらず、世界の華人コミュニティ、東南アジア市場、欧米の主要都市へと展開を広げている。これは、中国の食文化が、単なる「中華料理」のステレオタイプを超えて、現代的・グローバルな消費文化の中で再定義される過程として捉えることができる。

第十一章 家電・テクノロジー——華為、小米、大疆の世界戦略

国潮現象を語るとき、ファッションや化粧品ばかりが注目されがちであるが、実は家電・テクノロジー分野こそ、中国ブランドが世界市場で最も強い存在感を発揮している領域である。これらのブランドは、必ずしも中国伝統文化の意匠を前面に出すわけではないが、「中国本土発の世界的に通用する技術ブランド」という意味で、国潮の重要な構成要素である。

華為(HUAWEI)——技術主権の象徴

華為技術有限公司(HUAWEI)は、1987年に深圳で創業した、中国を代表するICT企業である。創業者の任正非(Ren Zhengfei)は、人民解放軍工程兵時代の経験を持ち、企業文化に強い独立精神と技術志向を植え付けた。

華為は、通信機器、スマートフォン、半導体設計、クラウドサービス、自動車関連技術など、多岐にわたる技術分野で世界的な地位を確立している。特に、5G通信機器市場では世界トップシェアを占め、世界の通信インフラの主要部分を支えている。

華為の意義は、米中技術競争の文脈において特に大きい。2019年以降、米国による華為への輸出規制と制裁は、中国の技術自立を促す決定的な契機となった。華為自身も、自社設計の半導体「麒麟(Kirin)」シリーズ、独自OS「鴻蒙(HarmonyOS)」を開発するなど、技術主権の確立に向けた努力を続けている。

中国Z世代のあいだでの華為支持は、極めて強い。ファーウェイのスマートフォンを購入することは、単なる製品選択ではなく、「米国の技術覇権に対する中国の反撃を支持する」という政治的・文化的態度の表明として機能している。これは、典型的な国潮現象の表現である。

2024年に華為が発表したMate 60 Proスマートフォンは、米国制裁下でも世界水準の半導体性能を実現した「凱旋」として、中国国内で大きな話題となった。発売初日に完売し、転売市場で定価の倍以上で取引される事態となった。これは、中国消費者の華為に対する強い支持を象徴する出来事である。

小米(Xiaomi)——若者向けスマート・ライフスタイル

小米(Xiaomi)は、2010年に北京で創業した、コンシューマー・エレクトロニクス企業である。創業者の雷軍(Lei Jun)は、「最もアクセシブルな価格で最高の技術を提供する」というビジョンを掲げ、急速にブランドを構築した。

小米の戦略は、商品ラインアップの広範な拡張による「スマート・ライフスタイル・エコシステム」の構築である。スマートフォンから始まり、スマートTV、空気清浄機、ロボット掃除機、電動歯ブラシ、電気自動車に至るまで、家庭生活のあらゆる側面をカバーする商品群を展開している。これらの商品は、共通のアプリ「小米Home」で統合制御でき、シームレスなスマート・ライフスタイル体験を提供する。

特に、Z世代の小米支持は強い。理由は複合的である。第一に、価格帯が手頃であり、若者の経済的制約に適合する。第二に、デザインがミニマルでスタイリッシュであり、若者の美的感覚に合致する。第三に、商品の機能性と技術水準が国際的に通用する水準にあり、製品としての満足度が高い。第四に、ブランドストーリーが、創業者・雷軍の個人的なカリスマと結びつき、若者の共感を呼びやすい。

2024年、小米は電気自動車「SU7」を発売し、自動車市場への本格参入を果たした。発売初日の予約数が88,000台を超えるなど、社会現象となった。SU7は、テスラのModel 3を競合と位置づけ、より手頃な価格帯と中国市場特化の機能で差別化を図っている。これは、中国Z世代の「中国ブランドの自動車を支持したい」という心情と合致した戦略である。

大疆(DJI)——ドローン市場の世界覇者

大疆創新(DJI)は、2006年に深圳で創業した、ドローン専業メーカーである。創業者の汪滔(Frank Wang)は、香港科技大学在学中にドローン制御技術に興味を持ち、自身の研究成果を基に起業した。

大疆の戦略は、コンシューマー向けドローン市場における圧倒的な技術リーダーシップの確立である。同社のPhantom、Mavic、Mini、Avata、Inspireシリーズは、世界のドローン市場における事実上の標準となっている。プロフェッショナル映像作家、農業従事者、警察・消防、軍事機関、一般消費者まで、幅広い層に支持されている。

世界市場における大疆のシェアは、コンシューマー・ドローンで70%以上、プロフェッショナル・ドローンを含めても50%以上と推定されている。これは、ある特定の技術製品カテゴリーにおいて、中国ブランドが世界市場を支配する稀有な事例である。

大疆の意義は、技術的卓越性に基づくブランド構築の成功例として、中国国内のスタートアップ・コミュニティに大きな影響を与えていることである。「深圳から世界へ」という大疆のストーリーは、新しい中国の起業家精神の象徴となっている。

その他のテクノロジー国潮ブランド

中国のテクノロジー領域には、上記三大ブランド以外にも、多様な国潮的存在がある。

OPPO、vivo、ハイエンド・ブランドのoneplusは、それぞれ独自のデザイン哲学と技術強化路線で、グローバル・スマートフォン市場で存在感を発揮している。BYD(比亜迪)、寧徳時代(CATL)、蔚来汽車(NIO)、理想汽車、小鵬汽車(XPeng)といった電気自動車関連ブランドは、世界の新エネルギー車市場におけるリーダーシップを争っている。

これらのテクノロジー・ブランドの共通点は、「中国本土での激しい競争を勝ち抜いた者だけが世界市場に挑戦できる」という、ダーウィン的な進化のプロセスを経ていることである。中国国内市場の規模と複雑さは、ある意味で世界最高水準の競争環境を提供しており、その中で生き残ったブランドは、グローバル市場でも強い競争力を発揮する。

国潮としてのテクノロジー・ブランドの位置づけは、ファッションや化粧品とは異なる側面を持つ。それは、「中国の技術力の世界的承認」を象徴する存在として、Z世代の文化自信を直接的に支える役割を果たしている。スマートフォン、電気自動車、ドローンといった現代生活の必需品において、世界的に通用する中国ブランドが存在することは、若者世代の自己認識に深い影響を与えている。

第十二章 ポップカルチャーIP——故宮文創、黒神話:悟空、国漫の興隆

国潮現象は、消費財だけでなく、ポップカルチャー領域においても深く展開している。映画、アニメ、ゲーム、テーマパーク、博物館グッズ——これらの領域での中国IP(知的財産)の躍進は、国潮の文化的深化を象徴する重要な側面である。

故宮文創——博物館IPの先駆け

故宮博物院(Palace Museum)は、北京の紫禁城を母体とする中国最高峰の博物館の一つである。1925年の創設以来、清朝の宮廷文物を中心に、中国文化遺産の保存と研究を担ってきた。

2010年代後半以降、故宮博物院は文化クリエイティブ商品(文創商品)の開発を本格化させた。故宮文創の特徴は、博物館所蔵の文物そのものをモチーフとしながら、現代的・実用的な商品として再構成することである。

例えば、清朝の皇帝の朝珠を模した「朝珠耳機(朝珠型イヤホン)」、皇帝の印章をモチーフにした口紅、宮廷文物を描いた手帳、龍袍の刺繍を取り入れたシルクスカーフなど、多様な商品が開発されてきた。これらは、文化的な深みと実用性を兼ね備えた商品として、Z世代の心を捉えた。

故宮文創の年間売上は、ピーク時に15億元を超えるとされており、博物館IPビジネスの世界的成功例として位置づけられる。世界の他の博物館——大英博物館、ルーヴル美術館、メトロポリタン美術館——も、故宮文創のモデルから学んでいる。

故宮博物院のさらに革新的な試みは、デジタル分野への展開である。「VR故宮」「故宮展覧アプリ」「故宮文物デジタルアーカイブ」など、デジタル技術を駆使した文化コンテンツが次々と発信されている。2025年現在、故宮博物院は創立100周年を記念した特別展「百年守護——紫禁城から故宮博物院」を開催し、青銅器、書画、陶磁器、玉器など、多様な分野の名品を展示している。

故宮文創の成功に触発されて、中国全国の博物館が文化クリエイティブ商品の開発を活発化させた。中国国家博物館、上海博物館、河南博物院、敦煌研究院、三星堆博物館などが、それぞれ独自の文化IPを発展させている。

特筆すべきは、中国国家博物館が販売する明代「九龍九鳳冠」をモチーフにした冷蔵庫マグネットである。同博物館の文化クリエイティブ・ブランド「国博衍芸」が手掛けたこの商品は、発売から一年で累計販売数200万個を突破し、中国の博物館グッズの代表的なヒット商品となった。

黒神話:悟空——中国製ゲームの世界的ブレイクスルー

2024年8月、中国のゲーム会社「ゲームサイエンス(Game Science)」がリリースしたアクションRPG『黒神話:悟空(Black Myth: Wukong)』は、中国ゲーム産業の歴史における画期的な出来事として記憶されることになった。

『黒神話:悟空』は、中国古典小説『西遊記』をベースとした、世界水準のゲーム制作技術を駆使したシングルプレイヤー・ゲームである。Unreal Engine 5を採用し、シネマティックな映像美、複雑なバトルシステム、深い物語性を実現した。

リリース直後、世界中のゲームファンが熱狂的な反応を示した。Steam同時プレイヤー数のピークは240万人を超え、ニンテンドー、ソニー、マイクロソフト出身のゲーム業界関係者も賞賛のコメントを発表した。中国国内では、発売初日に売上1億ドルを超え、史上最速のミリオンセラー記録を打ち立てた。

『黒神話:悟空』の意義は、複数のレベルにわたる。

第一に、技術的レベルでの中国ゲーム産業の世界水準到達である。これまで中国ゲーム産業は、モバイルゲームでは強さを示してきたが、AAA級コンソールゲーム・PCゲーム分野では世界レベルに達していないとされてきた。『黒神話:悟空』は、その認識を根本から覆した。

第二に、文化的レベルでの中国IPの世界的訴求力の証明である。『西遊記』をベースとしたゲームが、中国国外の数百万人のプレイヤーを魅了したことは、中国伝統文化が普遍的な物語性を持っていることの実証となった。世界中のプレイヤーが、孫悟空や妖怪たちのストーリーを通じて、中国の神話世界に触れた。

第三に、ビジネスレベルでの新しいモデルの提示である。ゲームサイエンスは、わずか数十人のチームで開発を始め、その後数年で世界水準のゲームを完成させた。これは、中国の若い起業家・クリエイターの新しい挑戦の象徴であり、Z世代の起業精神を強く刺激した。

『黒神話:悟空』は、2025年中国(深圳)国際文化産業博覧交易会でも特別展示が行われ、中国文化IPの世界的競争力の象徴として位置づけられた。

国漫——中国アニメーションの新時代

中国アニメーション(国漫、グオマン)も、近年急速に水準を高め、世界的な認知を獲得しつつある分野である。

2015年公開の『西遊記之大聖帰来』を端緒として、『哪吒之魔童降世(2019年)』『姜子牙(2020年)』『白蛇:縁起(2019年)』『新神榜:哪吒重生(2021年)』『深海(2023年)』『長安三万里(2023年)』『哪吒之魔童閙海(2025年初)』など、世界的に注目される国産アニメーション作品が次々と発表されている。

特に、2025年初に公開された『哪吒2』は、中国映画史上最高の興行収入を記録し、世界アニメ映画史の興行収入ランキングでも上位に位置づけられた。これは、中国アニメーションが、ピクサー、ディズニー、ジブリと並ぶ世界的な存在感を獲得しつつあることを示している。

国漫の特徴は、中国伝統文化の深い掘り下げと、世界水準のアニメーション技術の融合である。『哪吒』『姜子牙』は中国神話、『白蛇』『新神榜』は中国伝説、『長安三万里』は唐代の歴史、というように、それぞれ中国文化の異なる側面に焦点を当てている。同時に、画面の質感、キャラクター造形、シネマティックな演出は、いずれも世界水準を達成している。

『長安三万里』は、特にZ世代の文化自信を呼び覚ます作品として注目された。唐代の詩人——李白、杜甫、王維、王昌齢、高適——たちの友情と人生を描いたこの作品は、中国詩歌の美と精神性を、若い観客に向けて鮮やかに伝えた。映画の中で詠まれる古典詩を、観客が一緒に唱和する現象が各地の映画館で見られた。

テーマパーク・体験型エンタメ——長安十二時辰

国潮IPの体験型展開として注目されるのが、陝西省西安市の「長安十二時辰」テーマ街区である。これは、人気テレビドラマ『長安十二時辰(2019年)』をベースに、唐代の都・長安を物理的に再現した没入型エンターテインメント施設である。

訪問者は、唐代の衣装をまとい、当時の街並みを歩き、伝統的な料理を味わい、当時の音楽を聞き、当時の風習を体験する。施設内では、舞踊、音楽、武術、書道、茶芸といった伝統文化のパフォーマンスが連続して開催され、観客はそれらを単なる観賞対象ではなく、参加対象として楽しむ。

このような没入型文化体験施設は、中国全国で増加している。北京の「環球度假区」(ユニバーサル・スタジオ北京)の中国伝統文化エリア、上海「迪士尼楽園」の中国村区、河南省「只有河南・戯劇幻城」など、いずれも中国文化を主題としたテーマパーク・体験施設である。

これらは、Z世代にとって、文化を「学ぶ」のではなく、「体験する」場として機能している。SNSにアップロードされた写真や動画は、施設の体験を友人・家族と共有する手段となり、さらに新しい訪問者を呼び込む循環を作り出している。

IPの相互連携——文化IPエコシステムの形成

国潮ポップカルチャーIPの真の意義は、それぞれが独立して存在するのではなく、相互に連携してエコシステムを形成していることにある。

例えば、ある中国神話をベースとしたアニメ映画が大ヒットすれば、それを基にしたゲーム、テーマパーク・アトラクション、グッズ、書籍、コミック、観光プロモーションが次々と展開される。それぞれが、相互に注目度を高め合い、文化IPの価値を多次元的に拡大する。

故宮博物院、敦煌研究院、河南博物院といった文化機関のIPは、文創商品、デジタルコンテンツ、テレビ番組、観光プログラム、教育コンテンツへと多元展開されている。視聴者・観光客・消費者は、複数のチャネルを通じて、同じ文化IPに繰り返し触れることで、文化的アイデンティティを強化していく。

中国共産党の20回党大会報告は、文化強国の建設を国家戦略として位置づけた。国潮ポップカルチャーIPの興隆は、この戦略を市場メカニズムを通じて実現する具体的な形態である。文化的価値と経済的価値が相互強化的に作用するエコシステムこそ、現代中国の文化戦略の核心である。

第四部 新中式の台頭——国潮の次なる進化

第十三章 新中式とは何か——国潮の継承と乗り越え

2023年末から2024年にかけて、中国の消費市場を席巻している新たなコンセプトが「新中式(シンチョンシ)」である。これは、国潮の延長線上にありながら、明確に異なるポジショニングを取る新しいムーブメントである。

新中式という言葉は、文字通り「新しい中国式」を意味する。しかし、この言葉が意図するものは、単なる「現代化された中国伝統」ではない。むしろ、新中式は、国潮が陥った同質化・記号消費の問題を超克しようとする、より洗練された美学運動として理解されるべきである。

新中式と国潮の差異を、より具体的に見ていきたい。

ファッションの分野において、国潮は概ねストリートウェア・スポーツウェアの形式に中国的要素(漢字プリント、龍鳳図案、紅黄の配色)を組み合わせるアプローチを取った。これに対して、新中式は、漢服、旗袍、馬面裙、唐装といった中国伝統的な服飾の構造そのものを基礎としながら、現代的な素材・カット・着こなしを取り入れる。すなわち、国潮が「現代的な服に伝統的な記号を加える」とすれば、新中式は「伝統的な服を現代的に着こなす」というアプローチである。

中国オリジナル漢服ブランド「織造司」の共同創業者・謝凌龍が指摘するように、初期の国潮は中華文化への理解が比較的浅薄で、服のデザインが「龍を描く」「漢字を書く」といった表面的なパターンに陥りがちであった。一方、新中式は、より深く中国伝統的な美意識——線、型、素材、織り、色彩——を内面化することを目指している。

茶飲料の分野でも、同様の進化が見られる。初期の国潮茶飲料は、現代的なドリンクメニューに伝統的な要素(中国茶ブレンド、桂花、ナツメなど)を「足す」アプローチが主流だった。新中式茶飲料は、もっと根本的に、中国茶文化の構造そのもの——茶葉の品種、淹れ方、茶器、茶席の作法——を現代的に再構築しようとする。

家具・インテリアの分野では、「新中式家具」というカテゴリーが急速に拡大している。これは、明清時代の伝統的家具の構造(榫卯接ぎ、素木仕上げ)を踏襲しながら、現代の住空間に適合する寸法・配置で再設計したものである。木材は、伝統的な紫檀、花梨ばかりでなく、現代的な合板やエンジニアード・ウッドも積極的に使用される。

茶飲料、家具、化粧品、ホームウェア、雑貨——多様な分野で「新中式」のラベルを冠した商品が登場している。これは、国潮が単なるファッショントレンドから、ライフスタイル全般にわたるデザイン哲学へと進化していることを示している。

新中式の興隆を象徴する出来事として、2024年2月の中国国民的年越し番組「春節晚会(春晩)」が挙げられる。この番組で、人気女優の劉涛、劉詩詩、李沁、関暁彤らが新中式ファッションで登場し、視聴者の間で大きな話題となった。京東のデータによれば、春晩放映後、新中式ファッションの購入は前年比215%増、漢服カテゴリーは325%増を記録した。

新中式は、消費者層においても、国潮とは異なる特徴を持つ。国潮の主要消費者層は、概ねZ世代(1995年〜2009年生まれ)に集中していたのに対し、新中式の消費層は、Z世代を含みながら、より広く20歳から34歳の若年層全般、さらに30代後半から40代の中産階級層にも広がっている。新中式は、より成熟した消費者の文化的志向と結びついた、長期的なライフスタイル選択として位置づけられる。

価格帯の面でも、新中式は国潮より高い設定が主流である。漢服、馬面裙、宋錦のジャケットなどは、一着あたり数百元から数千元、高級ラインでは万元を超える商品もある。これは、消費者が「文化的価値」に対して相応のプレミアムを支払う意思を示していることの表れである。

ただし、新中式は国潮の問題を完全に超克しているわけではない。新中式の急速な拡大とともに、再び同質化、コピー商品の氾濫、品質のばらつきといった問題が浮上している。中国のメディアは、新中式が「国潮の二の舞」を踏むことへの警鐘を鳴らしている。新中式が長期的に持続可能なムーブメントとなるためには、品質保証、知的財産保護、ブランド差別化といった課題への取り組みが必要である。

第十四章 漢服ブームと馬面裙現象——伝統衣装の日常化

新中式の中核を成すのが、漢服と馬面裙に代表される中国伝統衣装の日常化である。これは、近年の国潮現象の中でも、特に文化的意義が深い動きである。

漢服——民族衣装としての復権

漢服(ハンフー)とは、漢民族の伝統的な衣装の総称である。歴史的には、商・周代から明代に至る数千年間、中国漢民族が着用してきた多様な衣装スタイルを含む概念である。清朝の建国(1644年)以降、満州族の支配下で漢服の着用は禁じられ、漢民族も満州式の長袍・馬褂を着るようになった。これにより、漢服は実質的に消滅した。

辛亥革命(1911年)以降、近代的洋服が中国に普及し、伝統衣装としての漢服は、京劇衣装や歴史劇の衣装としての残骸的な存在となっていた。しかし、2003年頃から、若者を中心とする漢服復興運動が始まり、徐々に拡大していった。

初期の漢服愛好家は、特定の歴史時代——特に明代、唐代、宋代——の衣装を、可能な限り正確に再現することを目指した。この運動は、最初は学術的・趣味的なサブカルチャーであったが、2010年代を通じて、徐々に若者の間で人気を集めていった。

転換点となったのは、2018年から2019年にかけての「漢服元年」である。SNS上で漢服関連コンテンツが急増し、漢服を着用した若者が観光地や繁華街で目撃されるようになった。淘宝(タオバオ)、京東といったECプラットフォームでの漢服関連商品の販売も急増した。

2020年代に入ると、漢服はもはや特殊な趣味の領域ではなく、若者の日常的なファッション選択の一つとなった。専用の漢服ブランド——「重楼」「織造司」「華裳九州」「三十六雨」「漢尚華莲」「明華堂」「織趣(ZHIQU)」など——が次々と登場し、それぞれ異なるスタイル・価格帯・歴史時代に特化した商品を提供している。

注目すべきは、漢服の生産集積地としての山東省菏沢市曹県の興隆である。この地域は、もともと演劇衣装・京劇衣装の生産地であったが、漢服ブームを契機に、全国の漢服生産の半分以上を占める主要生産地へと変貌した。2025年の前三四半期、曹県の漢服オンライン・オフライン販売額は86.9億元に達し、前年比9.4%の成長を記録した。地域全体で数十万人が漢服関連産業に従事しており、地方経済の柱の一つとなっている。

漢服を着用する場面も多様化している。観光地での記念撮影や祭礼への参加といった非日常的な場面に加え、最近では卒業式、結婚式、誕生日パーティ、さらには日常の街歩きやデートでも漢服を着る若者が増えている。これは、漢服が単なる「コスプレ衣装」から、「日常の自己表現の選択肢」へと位置づけが変化していることを示している。

馬面裙(マーミェンチュン)——現象としてのブレイクスルー

馬面裙は、明代から清代にかけて漢族女性が着用していた、特殊な構造を持つ伝統的な裙(チュン、スカート)である。前後にプリーツのない平らな部分(「馬面」と呼ばれる)と、両側のプリーツを持つ独特の構造が特徴である。これにより、優美な動きと機能性を両立した、高度に洗練された衣装である。

2023年から2024年にかけて、馬面裙は中国で爆発的な人気を獲得した。きっかけは、複数の要因が重なったことである。SNSでのインフルエンサー着用投稿の増加、若手女優の公的場面での着用、ECプラットフォームでの集中プロモーション、伝統文化に対する関心の高まりなど、複合的な力が働いた。

馬面裙の魅力は、その日常着への適合性にある。漢服の上着部分(上襦)と組み合わせれば伝統的な装いになるが、現代的なシャツ・セーター・ジャケットと組み合わせれば、日常的なファッションとして機能する。これにより、馬面裙は「特別な日のための衣装」ではなく、「日常の選択肢」として広く受け入れられた。

馬面裙の生産においても、曹県が主要拠点となっている。2024年1月、曹県の漢服関連企業の売上高は9.2億元に達し、その約半分を馬面裙が占めた。これは、特定の伝統衣装が、ファッション産業全体に与える経済的インパクトの大きさを示している。

「生活在左(Living on the Left)」ブランドの創業者、馬面裙制作技術の非物質文化遺産継承者である林栖は、自身が2016年に馬面裙の制作と普及を始めたとき、年間販売量はわずか十数着だったと語る。それが、ここ数年で年間販売量はほぼ十万着に達し、注文は半年先まで埋まっている。彼女のブランドは、年間複合成長率100%を超える成長を続けている。

馬面裙のブレイクスルーは、中国伝統文化産業の構造的可能性を象徴する出来事である。長らく失われたと思われていた伝統技法・服飾文化が、現代的な市場メカニズムと結びつくことで、産業として復興することができた。これは、中国全土の他の伝統文化資源に対しても、同様の可能性が開かれていることを示唆している。

簪花(ザンファ)——もう一つの伝統美

新中式と漢服ブームに続いて、2024年から急速に注目を集めたのが、簪花(ザンファ、髪飾り花)である。簪花とは、文字通り髪に花を挿す伝統的な髪型・装飾である。

簪花の発祥の一つは、福建省泉州市の蟳埔(ジュンプー)村である。この地域では、女性たちが日常的に簪花を着けて生活する伝統が今も残っている。「今生戴花、来世漂亮(今生で花を挿せば、来世は美しくなる)」というキャッチコピーとともに、SNSで一気に拡散した。

漢服の上半身に簪花の頭飾り、下半身に馬面裙、肩に雲肩(ユンジャン、肩飾り)という組み合わせは、2024年の卒業シーズンに大学生女子の卒業写真の定番スタイルとなった。北京、上海、広州、成都の大学キャンパスでは、卒業帽の代わりに簪花を着けた、伝統衣装姿の女子大生たちの姿が広く見られた。

これは、新世代の中国女性たちが、自分自身のアイデンティティを表現する手段として、伝統文化を能動的に選択していることを意味する。彼女たちにとって、簪花や漢服は、決して「過去の遺物」ではなく、「自分自身の文化的根源」であり、誇りを持って身にまとうものである。

男性ファッションへの広がり

新中式と漢服ブームは、当初は女性ファッション中心であったが、近年は男性ファッションへも広がりを見せている。男性向けの漢服ブランド、新中式のメンズコレクションが続々と登場している。

特に、結婚式、卒業式、伝統的な祭礼などの場面で、男性が漢服や中山装を着用するケースが増えている。中国式の結婚式(中式婚礼)では、新郎が龍袍や蟒袍(莽袍)を着ることが一般的になりつつある。

天津市の事例として、インフラ大手「中国鉄建大橋工程局集団」が2025年5月に開催した、現場作業員を対象とした集団結婚式が話題となった。新郎新婦が伝統衣装を身にまとい、「中国式」の儀礼で結婚を祝うこのイベントは、伝統文化の現代的継承の象徴的な出来事として、メディアで大きく取り上げられた。

第十五章 文化的アイデンティティの再構築——若者世代の精神的軌跡

漢服、馬面裙、簪花の流行は、表面的にはファッショントレンドであるが、その奥には、より深い文化的・精神的な動きがある。それは、中国Z世代の文化的アイデンティティの再構築という、世代論的な重要な現象である。

「文化自信」の世代的内面化

中国共産党の第二十回党大会(2022年)は、「文化自信自強の推進」を党の基本方針として明確に打ち出した。「文化自信」という概念は、習近平総書記の核心的政治哲学の一つでもある。これは、中国共産党と中国政府が、文化的アイデンティティの強化を国家戦略として位置づけていることを示している。

中国社会科学院社会学研究所が発表した『デジタル時代における文化強国建設研究』中間報告によれば、90後(1990年代生まれ)と00後(2000年代生まれ)が、各世代の中で最も高い割合で「高度な文化的アイデンティティと文化的発展への自信」を保持していることが明らかになっている。

これは、興味深い現象である。一般的に、若者世代は伝統文化から離脱し、グローバル文化やサブカルチャーへと志向するというのが、近代化論的な常識である。しかし、中国のZ世代は、その逆のパターンを示している。彼らは、グローバル化の中で育ったにもかかわらず、自国の伝統文化に強い親和性を示している。

この現象を理解するためには、いくつかの要因を考慮する必要がある。

第一に、中国の経済成長と国際的地位の向上である。Z世代は、中国が世界第二位の経済大国となり、米国と並ぶ大国としての地位を獲得していく時期に成長した。この国家的な成功体験は、自国文化への誇りを自然に醸成した。

第二に、教育システムにおける伝統文化教育の強化である。2010年代以降、中国の小中高等教育において、伝統文化、古典文学、書道、伝統音楽などの教育が強化された。これにより、Z世代は、過去の世代よりも体系的な伝統文化教育を受けている。

第三に、メディア環境における伝統文化コンテンツの増加である。前章で触れた『国家宝藏』『中国詩詞大会』『典籍裏的中国』などのテレビ番組、『長安三万里』『哪吒』などのアニメ映画、『黒神話:悟空』などのゲームは、伝統文化に対する若者の関心を喚起している。

第四に、SNSにおける伝統文化コンテンツの拡散である。抖音、小紅書、bilibiliなどのプラットフォームでは、漢服試着、伝統書道、古典料理、伝統工芸といったコンテンツが、莫大な再生数を記録している。これらは、若者の日常的な情報摂取の一部となっている。

第五に、グローバル文化に対する飽和感である。長らくハリウッド映画、米欧ファッション、韓流文化が中国の若者の文化消費の中心であったが、これらに対する飽和感と、自国文化への新鮮な関心が同時に高まっている。

「新中産」の文化消費

国潮と新中式の主要消費層を形成するのは、いわゆる「新中産(シンジョンチャン)」である。これは、Z世代を含む、20代後半から40代前半の都市中産階級を指す概念である。彼らの文化消費の特徴を理解することは、国潮現象の構造を把握する上で重要である。

新中産の特徴の一つは、可処分所得の余裕である。彼らは、住宅・教育・医療といった基本的な経済負担を抱えつつも、衣食住に関する一定のグレードアップを志向できる経済力を持つ。彼らの消費は、必需品の購入から、文化的・体験的な消費へとシフトしている。

特徴の二つ目は、教育水準の高さである。新中産の多くは、大学卒業以上の学歴を持ち、海外留学経験者も少なくない。彼らは、自国文化と外国文化の両方に対する理解と評価能力を持っており、グローバルな文脈の中で中国文化を位置づけることができる。

特徴の三つ目は、デジタル・リテラシーである。彼らは、SNS、EC、オンライン情報源を駆使して、商品情報を収集・比較・評価する能力を持つ。これにより、ブランドの宣伝や広告に左右されず、製品の本質的な価値を見極めることができる。

特徴の四つ目は、文化的アイデンティティへの関心である。彼らは、自分が何者であるか、自分のルーツは何か、自分は何を大切にするか、という問いに対する答えを、消費を通じて探求している。国潮や新中式の消費は、彼らにとって、自己発見の手段でもある。

これらの特徴を持つ新中産が、国潮ブランド・新中式ブランドの主要な購買層を形成している。彼らは、価格に敏感であると同時に、品質と物語性に対する高い要求水準を持つ、高度な消費者である。

グローバル化の中の中国文化

中国Z世代の文化消費を理解する上で、もう一つ重要な視点がある。それは、グローバル化の中における文化的アイデンティティの再定位という問題である。

20世紀後半から21世紀初頭にかけて、世界の文化的覇権は、欧米を中心に展開してきた。映画はハリウッド、ファッションはパリ・ミラノ・ニューヨーク、音楽はロックとポップ、建築はモダニズム、思想は西洋哲学——というように、文化的標準は欧米起源のものが支配的であった。

中国を含む多くの非欧米諸国の若者は、この欧米中心の文化的標準を内面化することで、グローバル市民としてのアイデンティティを獲得してきた。スターバックス、マクドナルド、ナイキ、ハリウッド映画、Apple製品——これらは、グローバル中産階級の文化的標識として機能してきた。

しかし、近年、この欧米中心の文化的標準への一面的な依存に対する疑問が、世界各地で生じている。アジア、アフリカ、ラテンアメリカの若者世代は、自国・自地域の文化に対する再評価を行いつつある。日本のZ世代における和文化への関心、韓国のK-カルチャーの世界的興隆、インドのボリウッド映画の国際的展開——いずれも、この大きな潮流の一部である。

中国の国潮・新中式現象は、この世界的な「文化的多元化」の中における、中国版の表現として位置づけることができる。中国Z世代は、欧米文化を完全に拒絶するわけではないが、それを唯一の標準とは認めない。彼らは、自国文化と外国文化を、対等に並列するものとして認識する。

このような態度は、中国文化の国際的な位置づけにも変化をもたらしている。中国伝統文化は、もはや「異国情緒のあるエキゾティックなもの」「西洋から見た東洋の他者」ではなく、現代世界における「もう一つの普遍性」を提供する文化として、国際的な評価を獲得しつつある。

これは、極めて長期的かつ深層的な文化的変動の表現である。国潮は、その表面的な一現象であるが、その背後には、20世紀の欧米中心主義から21世紀の文化多元主義への、世界史的な転換が進行している。

第五部 国潮の影——批判的考察と未来への展望

第十六章 国潮の同質化と消費者離れ——光の裏の影

国潮現象を多面的に理解するためには、その肯定的な側面だけでなく、批判的な側面にも光を当てる必要がある。中国国内のメディアと専門家の間でも、近年、国潮の問題点について率直な議論が交わされている。

同質化と模倣の蔓延

国潮ブームの初期段階——概ね2018年から2021年——には、デザイン的にも商品コンセプト的にも斬新さがあった。しかし、ブランドの成功例が次々と現れるにつれて、その手法を模倣するブランドが急増した。結果として、市場は急速に同質化していった。

漢字をプリントしたTシャツ、龍の刺繍を施したジャケット、京劇隈取をモチーフにした商品、紅黄を基調とした包装——これらの「国潮の典型的記号」が、あらゆるブランドの商品に氾濫するようになった。消費者から見れば、どのブランドの商品も似たり寄ったりで、差別化が見えない状態となった。

中国オリジナル漢服ブランド「織造司」の共同創業者・謝凌龍は、メディアのインタビューで「国潮の中華文化に対する理解は比較的浅薄で、服のデザインは大半が龍を描いたり漢字を書いたりするパターンに陥っている」と指摘している。これは、国潮内部からの自己批判として注目される。

過剰なブランド・プレミアム問題

国潮の成功例が広く知られるにつれ、多くのブランドが「国潮」というラベルをつけることで価格を吊り上げる、いわゆる「国潮プレミアム」現象が広がった。同じ品質の商品でも、国潮としてマーケティングされることで、価格が30%、50%、時には倍以上に設定される事例が見られた。

しかし、消費者は、長期的にはこのような「中身のないプレミアム」を見抜く。中国メディアの分析によれば、2022年下半期以降、消費者は「国潮プレミアム」に対して懐疑的な目を向けるようになった。百度の検索データでも、国潮関連の検索数は、2022年から2024年にかけて減少傾向にあることが指摘されている。

ブランドコンサルタントの劉媛は、「『魅』とはブランドプレミアムであり、ブランド自身の輝きが生み出す価格部分だ。国潮の波が引いた後、夭折したブランドは、いずれもプレミアムの裏付けが薄い」と分析している。これは、ブランド構築における本質的な真実を突く指摘である。すなわち、表面的な記号操作だけでは、長期的なブランド価値は構築できない。

コロナ後の消費理性化

2020年から2022年にかけてのコロナ禍は、中国の消費行動に大きな影響を与えた。コロナ後の中国消費者は、概して「コストパフォーマンス」をより重視するようになり、ブランドへのプレミアム支払いに慎重になった。

この消費理性化の流れは、国潮ブランドにも厳しい試練を突きつけた。文化的なストーリーテリングだけでは消費者を動かせなくなり、商品そのものの品質、機能性、価値が改めて問われるようになった。多くの国潮ブランドが、業績悪化、店舗閉鎖、事業撤退を迫られた。

「新中式」も同じ轍を踏むのか

新中式の急速な拡大は、国潮の問題を再現する可能性を秘めている。市場の急拡大に伴って、品質のばらつき、コピー商品の氾濫、ブランド差別化の不足といった問題が、すでに浮上している。

宋錦織物の伝統的生産者である吴建華(蘇州上久楷シルク科技文化有限公司董事長)は、「宋錦の市場がないことを心配しているのではない、それが粗悪な模倣品で台無しにされることを心配している」と語る。実際、新中式の人気を背景に、表面的な模倣品が市場に氾濫し、本物の伝統工芸品の価値を損なう事態が起きている。

長期的に見れば、新中式が「国潮の二の舞」を踏まないためには、ブランドの本質的な品質向上、知的財産の保護、伝統工芸技術の継承と革新、消費者教育といった、地道な取り組みが必要である。

政治的批判——表層的愛国消費への警鐘

国潮現象に対しては、政治的・思想的な観点からの批判も存在する。一部の論者は、国潮が「表層的な愛国消費」に堕する危険性を指摘している。すなわち、中国的な記号を消費するだけで愛国的な心情を表現したつもりになることで、より深い文化理解や、社会・政治への積極的関与から目を逸らす効果を生む可能性がある。

逆に、過度に政治化された国潮消費は、ナショナリズムの暴走と結びつく危険性も持つ。例えば、「日本ブランドの不買」「韓国ブランドのボイコット」といった集合的行動が、国潮の文脈で正当化されるケースもあり、開かれた国際関係の構築を妨げる側面もある。

これらの批判は、国潮現象が単純な文化的進歩ではなく、複雑な社会的・政治的含意を持つことを示している。国潮を健全な文化的・経済的潮流として持続させるためには、その表層的・排他的・短期的な側面を抑制し、深層的・包摂的・長期的な価値を強化することが必要である。

第十七章 政策の構造——国潮を支える制度的基盤

国潮現象を構造的に理解するためには、それを支える政策的・制度的基盤を把握する必要がある。中国における国潮の発展は、自然発生的な市場現象であると同時に、政府の戦略的支援によって加速された側面を持つ。

中央政府の戦略

中国共産党第二十回党大会(2022年)の報告は、文化建設に関する明確な方針を打ち出した。「中華文化の立場を堅持し、中華文明の精神的標識と文化的精髄を抽出・展示する」「文化自信自強を推進し、社会主義文化の新たな輝きを鋳造する」というスローガンは、国潮ブランドの育成を国家戦略として位置づけるものとなった。

党の第二十期三中全会(2024年)はさらに、「文化自信を強化しなければならない」「中華優秀伝統文化を継承する」と強調した。これにより、中央から地方に至る各レベルの政府が、国潮支援政策を具体化することになった。

国務院弁公庁が2025年1月に発表した『新たな成長点をさらに育成し文化と旅行消費を繁栄させるための若干の措置』は、明確に「ファッショナブルな国潮商品を開発し、中国的審美と中国的風格を体現するファッション、家具、トレンド玩具、運動用品、電子機器を打ち出す」と位置づけている。これは、国潮商品の開発が、消費市場拡大の重要な戦略の一つとして公式化されたことを意味する。

工業情報化部などが2022年に発表した『デジタル化が消費品工業の「三品」(品種・品質・ブランド)を助力する行動方案(2022〜2025年)』は、「ブランド育成能力提升工程」を専門に提起し、国潮ブランドのイノベーション発展を奨励している。

国家発展改革委員会等部門が発表した『消費新シーン創造と消費新成長点育成のための措置』は、「国貨『潮品』消費の育成、新消費ブランド・イノベーション都市の建設、新消費ブランド・インキュベーション・エコシステムの構築」を提起している。

商務部は、関連部門と連携して『中華老字号示範創建管理弁法』を策定し、新たな中華老字号認定作業を実施している。これは、伝統的老字号企業の経営支援、デジタル化推進、国際展開支援を通じて、老字号ブランドの復興と発展を後押しするものである。

地方政府の取り組み

中央政府の方針に呼応して、地方政府レベルでも積極的な国潮支援策が展開されている。

江蘇省、浙江省、福建省、山東省、広東省などの主要省は、それぞれ独自の国潮振興政策を打ち出している。地域老舗ブランドの復興、地域文化資源を活用した新ブランドの育成、産業集積の強化、デジタル化支援、国際展開支援など、多方面にわたる取り組みが行われている。

例えば、山東省菏沢市曹県は、地方政府が主導して、漢服産業集積の発展を促進している。e裳小镇・デジタル経済産業園、有愛共創ライブ配信基地など、産業園区の整備、ライブ配信・EC運営のサポート、ブランド・インキュベーションが体系的に展開されている。

陝西省西安市は、唐代の長安文化を活用した文化観光産業の発展に注力している。長安十二時辰テーマ街区、大唐不夜城、回民街などの観光地は、唐代の文化を体験できる場として、全国から観光客を集めている。

雲南省は、白族・タイ族・イ族など多様な少数民族文化を活用した文化クリエイティブ産業の発展に注力している。2025年11月に大理市で開催された「2025年無形文化遺産ブランドプロモーションウィーク」では、伝統工芸「兎児爺」(清代の祭祀用泥塑)の制作技術ブースが設けられ、伝統文化の現代的継承の場として機能した。

山西省運城市の解州関帝廟では、三国志の英雄・関羽をモチーフにした文化クリエイティブ商品が展示販売されている。地域の歴史文化資源を活用した商品開発の好例である。

産業協会と業界団体

政府機関だけでなく、産業協会や業界団体も、国潮の発展に重要な役割を果たしている。

広東省服装服飾行業協会のデータによれば、2024年に新中式服装を中心とする国潮服飾の市場規模は2,200億元を超え、2025年には2,500億元に達すると予測されている。協会は、業界の健全な発展のために、品質基準の策定、ブランド認証、技術交流、国際展開支援などの活動を展開している。

中国服装協会は、新中式服装を業界の新たな成長分野として位置づけ、ブランドの育成、技術開発の促進、デザイナーの育成、国際展開の支援を行っている。中国服装協会専職副会長の楊曉東は、「国風服装は業界の新しい賽道(競技路線)となっている」と述べ、伝統文化と現代ファッションの融合の意義を強調している。

教育機関の役割

中国の主要大学・学術機関も、国潮現象の研究と人材育成に積極的に関与している。

清華大学は、清華・日経メディア研究所を通じて、国潮現象の体系的な研究を行っている。北京大学、復旦大学、上海交通大学などの主要大学では、国潮ブランドのケース研究、消費者行動分析、ブランド戦略研究などの学術論文が次々と発表されている。

東華大学(上海)は、ファッションデザイン分野における国潮の研究と教育の中心的な機関の一つである。同大学の卞向陽教授(上海ファッション都市促進センター主任)は、新中式ブームを「新世代の若者が持つ文化的自信と民族的誇りの表れ」として位置づけ、東洋美学を代表とするライフスタイルの復興が時代をリードしていくとの見方を示している。

政策と市場の相互作用

中国における国潮の発展は、政策と市場の相互作用によって進行している。これは、純粋な市場主導でも、純粋な政策主導でもない、独特の発展モデルである。

政府は、産業政策、文化政策、ブランド育成政策、地方経済振興政策を通じて、国潮ブランドの発展を後押しする。同時に、消費者の自発的な選好と、企業の自律的な戦略によって、市場の中で勝ち残るブランドが選別される。この二つの力が組み合わさることで、国潮は、政府主導の文化キャンペーンでもなく、純粋な市場現象でもない、独特の混合現象として成立している。

この発展モデルは、中国国家の発展モデル全般に通底する特徴とも言える。市場メカニズムを活用しつつ、戦略的な方向付けを行う「社会主義市場経済」の文化版として、国潮現象を位置づけることもできる。

第十八章 国潮の海外展開——日本市場における受容

国潮現象は、もはや中国国内市場にとどまらず、世界各国に進出し始めている。特に、日本市場における国潮ブランドの受容は、今後の中国ブランドの国際展開を考える上で重要な事例となっている。

国潮ブランドの海外展開の構造

国潮ブランドの海外展開は、概ね以下のパターンで展開されている。

第一に、東南アジア(シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム)への展開である。この地域は、華人コミュニティが大きく、中国文化に対する親和性が比較的高い。霸王茶姫、喜茶、奈雪、ミシュラン茶、海底撈火鍋などが積極的に展開している。

第二に、北米(米国、カナダ)への展開である。これは、北米の華人コミュニティの規模と購買力を背景としつつ、より広い消費者層への訴求を試みるものである。花西子の米国アマゾン展開、Shein(拼多多系のファストファッション)の米国市場席巻などが代表例である。

第三に、欧州(英国、フランス、ドイツ、イタリア)への展開である。ロンドンのSoHo、パリのマレ地区、ミラノなどに、中国ブランドの店舗が次々と開店している。波司登のロンドン・ハロッズ展開、上海灘(Shanghai Tang)のヨーロッパ展開などが知られる。

第四に、日本市場への展開である。これは、地理的近接性、消費文化の成熟度、中国文化への一定の親和性を背景としているが、同時に、日本独特の市場特性に適応する必要がある複雑な市場である。

日本市場における国潮ブランド

日本市場における国潮ブランドの受容は、現在、初期段階にある。いくつかの先駆的な事例が見られる。

李寧(LiNing)は、日本のセレクトショップ「atmos」とのコラボレーションを通じて、日本市場へのプレゼンスを築いている。2019年11月に発売されたatmos×李寧のコラボスニーカーは、日本のスニーカーマニアの間で話題となった。これは、中国スニーカーブランドが日本市場で正式に取り扱われた、画期的な事例である。

化粧品分野では、花西子(Florasis)が、日本の若年女性層を中心に、徐々に認知を獲得しつつある。日本の美容情報サイト、SNSインフルエンサー、ユーチューバーの間で、花西子の精緻なパッケージデザインが話題となり、購入を検討する消費者が増えている。ただし、本格的な日本市場参入には、薬機法対応、流通チャネル構築、ブランド認知度向上などの課題が残されている。

ファッション分野では、SHEIN(シーイン)が、日本のZ世代女性消費者の間で広く浸透している。SHEINは、中国本土で開発・生産・販売される「ファストファッション」ブランドとして、極めて低価格で多様なデザインの商品を提供している。日本の消費者にとって、SHEINは「中国発の新しいファストファッション」として、ZARAやH&Mと並ぶ存在となりつつある。

茶飲料分野では、ナテア(Nayuki)、喜茶、霸王茶姫などが、東京・大阪などの主要都市に進出している。これらのブランドは、日本の中華系コミュニティから始まって、徐々に日本人消費者層への展開を試みている。

家電・テクノロジー分野では、華為(HUAWEI)、シャオミ(Xiaomi)、DJIなどが、日本市場で一定のシェアを獲得している。特に、DJIはコンシューマー・ドローン市場で支配的な地位を占めている。シャオミも、スマートフォン以外の家電製品を中心に、日本市場での存在感を高めている。

日本市場参入の挑戦

日本市場における国潮ブランドの展開には、いくつかの構造的な挑戦が伴う。

第一に、ブランド認知度の問題である。日本の消費者は、中国ブランドそのものへの認知が低く、品質・デザイン・サービスに対する具体的なイメージを持たない場合が多い。このため、ブランド構築には、長期的かつ体系的な取り組みが必要となる。

第二に、流通チャネルの問題である。日本の小売市場は、独特の構造を持つ。主要な百貨店、専門店、コンビニエンスストア、ECプラットフォームへの参入には、それぞれ独自のノウハウが必要である。中国ブランドにとって、これらの流通チャネルへのアクセスを確立することは、容易ではない。

第三に、規制・法制度の問題である。日本の薬機法、食品衛生法、家電製品安全法、玩具安全基準など、各分野の規制要件は、中国国内の規制とは大きく異なる場合が多い。これに対応するためには、現地の専門家・パートナーとの連携が不可欠である。

第四に、文化的距離の問題である。中国伝統文化と日本伝統文化は、共通点を持ちながらも、独自の発展経路を辿ってきた。中国国潮ブランドが日本市場で訴求する際には、日本の消費者の文化的コードに適応する工夫が必要である。

第五に、政治的環境の問題である。中日関係の波動、地政学的緊張、貿易摩擦などは、中国ブランドの日本市場展開に影響を与える可能性がある。これらの政治的リスクへの対応も、戦略的な検討が必要となる。

日本市場における中国文化への関心

一方で、日本における中国文化への関心は、近年、確実に高まっている。

中国の伝統文化に対する関心としては、漢服の試着体験、中国茶文化、中医学・薬膳、書道、太極拳、中国料理(特に、四川料理・湖南料理・西安料理など、地方料理への関心が高まっている)などが挙げられる。

中国の現代ポップカルチャーへの関心も、Z世代を中心に拡大している。中国アニメ、中国ドラマ(『陳情令』『慶余年』『瓏月』など)、中国アイドルグループ、中国小説(特にBL小説、武侠小説)への関心は、特定の若年層の間で強い支持を獲得している。

中国の消費文化・ファッション・コスメへの関心も、SNSを通じて拡散している。小紅書(RED)の日本版アプリも開発され、中国の最新トレンドが日本のユーザーにリアルタイムで届けられている。

これらの動きを総合すれば、日本市場における国潮ブランドの本格的な展開可能性は、今後拡大していく可能性が高い。ただし、それは短期的なブームではなく、長期的な文化的相互理解と経済的相互浸透のプロセスとして展開されるだろう。

中日双方向の文化的影響

国潮現象は、日本市場における中国文化の認知度向上だけでなく、日本文化の中国市場における位置づけにも影響を与えている。

中国の若年層消費者の間で、日本ブランド(無印良品、ユニクロ、資生堂、ソニー、任天堂など)への支持は依然として高い。同時に、中国国産ブランドが台頭する中で、日本ブランドは「グローバル選択肢の一つ」として相対化されている。中国市場における日本ブランドのシェアは、2025年1月から11月期において横ばいで、長く続いていたマイナス成長に歯止めがかかったとされている。これは、日本ブランドが中国Z世代の支持を一定程度維持しつつ、過度の依存からは脱した状態を示している。

中日両国の消費市場は、文化的・経済的に相互浸透した状態にある。国潮ブランドの日本展開と、日本ブランドの中国展開は、両国間の文化的・経済的交流の双方向性を象徴する現象である。今後の中日関係の発展は、政治的次元だけでなく、文化的・経済的次元での相互浸透の深化と切り離して語ることはできない。

第十九章 国潮の未来——文化資本としての持続可能性

国潮現象を歴史的視野で位置づけ、その未来を展望することで、本稿の論述を結びたい。

国潮を巡る三つのシナリオ

国潮の未来については、概ね三つのシナリオが想定される。

第一のシナリオは、「国潮の制度化」である。これは、国潮が中国の経済・文化システムの恒常的な一部として定着し、長期的に持続可能な現象として制度化されるシナリオである。このシナリオでは、国潮ブランドは継続的に新陳代謝を繰り返しながら、全体としての規模と影響力を維持・拡大していく。新中式、新中産消費、文化IPエコシステムなどが、国潮の進化形として継承される。

第二のシナリオは、「国潮の国際化」である。これは、国潮が中国国内現象を超えて、世界各国に拡散し、グローバルな文化現象としての地位を獲得するシナリオである。中国伝統文化を背景としたブランドが、世界中の消費者に親しまれ、ハリウッド・パリ・ミラノに対抗する文化的中心地としての中国の地位が確立される。このシナリオは、ある程度進行しているが、本格的な実現にはまだ時間がかかる。

第三のシナリオは、「国潮の衰退と転換」である。これは、現在の国潮ブームが一過性の現象として収束し、別の概念・形態に取って代わられるシナリオである。同質化、消費者疲労、政治環境の変化などが原因となって、国潮という言葉自体は廃れるかもしれない。ただし、国潮が示した「文化的アイデンティティと消費の結合」という根本的な傾向そのものは、別の形で持続するだろう。

これら三つのシナリオは、必ずしも相互排他的ではない。実際には、これらの要素が複雑に組み合わさった形で、国潮の未来が形成されていく可能性が高い。

文化資本としての国潮

国潮現象を、より長期的な歴史的文脈で位置づけるならば、それは「文化資本」の蓄積と運用の一形態として捉えることができる。

ピエール・ブルデューが提唱した「文化資本」概念は、経済資本とは異なる、文化的素養・知識・趣味の蓄積を意味する。中国における国潮現象は、国家全体としての文化資本の再評価と運用の試みとして理解することができる。

中国は、五千年の文明史を持つ、世界でも稀有な文化資本の宝庫である。漢字、書道、絵画、陶磁器、織物、建築、詩歌、哲学、武術、伝統医学——これらすべてが、中国が蓄積してきた文化資本である。20世紀の革命と近代化の過程で、これらの文化資本は、しばしば「封建的遺物」として軽視されたり、「モダン化の障害」として攻撃されたりした。

しかし、21世紀に入って、中国はこれらの文化資本を、現代経済の中で活性化させる段階に入った。国潮、新中式、文化IPは、その具体的な表現形態である。文化資本は、適切に運用すれば、経済資本(売上・利益)に転換することができ、同時に社会資本(信頼・ネットワーク)と象徴資本(威信・権威)にも転換することができる。

この観点から見れば、国潮の真の意義は、商品売上の数字以上のものを持つ。それは、中国という文明圏が、自らの文化資本を世界に向けて再活性化させる、世紀的なプロジェクトの一環である。

グローバル文化多元化の中の中国

世界の文化的勢力図は、21世紀に入って大きく変動している。20世紀の欧米中心の文化的覇権から、複数の文化的中心が並列するマルチポーラーな構造への移行が進行している。

韓国のK-カルチャー(K-Pop、Kドラマ、Kコスメ)は、世界中の若者に受容されている。日本のJ-カルチャー(アニメ、マンガ、ゲーム、伝統工芸)は、長期的なグローバルなファンベースを獲得している。インドのボリウッド映画は、独自の文化的影響力を発揮している。トルコ、メキシコ、タイ、ナイジェリアなどのコンテンツも、グローバル市場で存在感を高めている。

中国の国潮・文化IPは、この文化的多元化の中で、独自のポジションを構築しつつある。それは、欧米文化と並列する「もう一つの普遍性」として、世界の文化的選択肢の一つを構成する。中国伝統文化の世界的な訴求力は、長期的に拡大していく可能性が高い。

ただし、中国文化の世界的な展開は、いくつかの構造的な挑戦を抱えている。第一に、言語の壁である。中国語の習得は、英語ほど容易ではなく、これが中国文化コンテンツのグローバル展開の障壁となっている。第二に、政治的・地政学的な摩擦である。米中対立、価値観の違い、人権問題などが、中国文化の国際的受容に複雑な影響を与えている。第三に、文化的ステレオタイプの問題である。中国に対する世界の認識は、しばしば古典的なオリエンタリズムや、冷戦的な政治イメージに歪められている。

これらの挑戦を乗り越えつつ、中国文化が真にグローバルな影響力を獲得するためには、長期的かつ繊細な努力が必要である。国潮現象は、その大きなプロセスの中の重要な一段階を構成している。

国潮の倫理的次元——文化の共有と継承

国潮の発展において、見過ごされがちであるが、極めて重要な側面がある。それは、「文化の共有と継承」という倫理的次元である。

中国の伝統文化は、単に「中国漢民族のもの」ではなく、東アジア文化圏全体——日本、韓国、ベトナム、台湾、香港、東南アジアの華人コミュニティ——が共有してきた文化的遺産の一部でもある。漢字、儒教、仏教、道教、伝統医学、茶文化、書道、漢方薬といった要素は、東アジア各国がそれぞれ独自に発展させながら、共通の根源を持つものとして継承されてきた。

国潮現象を「中国独占」の文化として位置づけるか、それとも「東アジア共通の文化遺産」を中国が積極的に継承・革新する取り組みとして位置づけるか——この立場の違いは、国潮の未来に大きな影響を与える。

排他的・独占的な国潮は、国際的な摩擦を生み、長期的な持続可能性を損なう危険性がある。一方、包摂的・共有的な国潮は、東アジア全体の文化的活性化に寄与し、より広い国際的支持を獲得する可能性がある。

例えば、漢字文化、茶文化、伝統医学などは、日本、韓国、ベトナムも独自の発展形態を持っている。これらの異なる発展形態を相互に承認し、対話と交流を通じて深化させることは、国潮の倫理的次元を強化する道筋である。

国潮研究の今後

国潮現象は、学術的にも極めて興味深い研究対象である。経済学、消費社会学、文化人類学、ブランド論、メディア研究、政治経済学、世代論、ファッション史、デザイン論——多様な学問分野が、国潮を異なる角度から照射することができる。

中国国内の研究機関では、国潮に関する研究が急速に蓄積されつつある。清華大学、北京大学、復旦大学、東華大学、中国社会科学院などが、それぞれ独自の研究を進めている。海外でも、米国、欧州、日本、韓国、東南アジアの研究機関が、中国の国潮現象に注目し始めている。

今後の国潮研究は、以下のような方向で発展していくと予想される。

第一に、長期的な定量データに基づく構造分析である。国潮ブランドの興亡、消費者行動の変化、市場規模の推移などを、統計的に追跡し、現象の構造的特徴を明らかにする研究である。

第二に、比較文化的視点からの研究である。中国の国潮を、韓国のK-カルチャー、日本のクールジャパン、インドのボリウッド・ブームなどと比較することで、文化現象としての共通性と差異性を浮き彫りにする研究である。

第三に、政策評価研究である。中国政府の国潮支援政策が、市場の発展にどのような影響を与えているか、政策の効果と限界を実証的に評価する研究である。

第四に、消費者行動の深層的研究である。Z世代の消費者が、国潮ブランドを通じて何を表現しようとしているか、その動機と心理を質的に解明する研究である。

第五に、グローバル展開の研究である。中国国潮ブランドの海外市場における受容、現地化戦略、文化的摩擦などを分析する研究である。

これらの研究の蓄積を通じて、国潮現象は、単なる商業的トレンドではなく、現代中国の社会変動を理解する重要な窓となるだろう。

結章——国潮を超えて、中国文化の未来へ

本稿を通じて、私たちは「国潮」と呼ばれる現象を、複数の角度から解き明かしてきた。出発点は、日本のメディアでしばしば見かける「中国伝統文化の要素を取り入れる風潮」というシンプルな定義であった。しかし、その奥には、中国経済の構造変化、Z世代の文化的アイデンティティの再構築、デジタル革命による消費インフラの変容、政府の戦略的政策、伝統文化の現代的再解釈、そして世界の文化的多元化への大きな潮流——これら複数のレイヤーが重層的に作用していることが明らかになった。

国潮は、もはや一過性の流行現象ではない。それは、現代中国の文化的・経済的進化の核心を映し出す、構造的な現象である。中国市場調査会社iiMedia Researchの予測によれば、国潮経済の市場規模は2028年までに3兆元を突破するとされる。これは、もはや無視できない経済規模である。

しかし、国潮の真の意義は、経済的数字の中にあるのではない。それは、長らく西洋中心の文化的標準の中で自らを規定してきた中国が、自らの文化的根源を再発見し、それを現代世界に向けて発信する、一つの大きな文明的試みの中にある。この試みは、必ずしも全てが成功するわけではない。同質化、過剰なプレミアム、政治的歪み、表面的な記号消費——多くの問題と闘いながら、進行している。

しかし、その闘い自体が、現代中国の文化的活力の証しである。失敗を経験し、批判を受け、修正を重ねながら、中国の文化資本は確実に深化し、洗練されていく。新中式、漢服、馬面裙、中国アニメ、中国ゲーム、中国茶、中国式バーガー——これらすべてが、その深化のプロセスの具体的な表現である。

この論考を読み終えた読者の中には、国潮を単なる「中国版コラボブーム」と捉えていた認識が、根本的に書き換えられた方もいるかもしれない。あるいは、自国の文化的アイデンティティと消費の関係について、新たな問いを抱かれた方もいるだろう。それこそが、本稿が果たすべき役割であった。

最後に、国潮を考えることが、私たち日本人にとって何を意味するのかを、簡潔に述べておきたい。それは、隣国の動向を理解することにとどまらず、私たち自身の文化的アイデンティティと消費の関係を再考する契機となる。日本にも、和文化、伝統工芸、地域ブランド、Made in Japanといった、独自の文化資本がある。それを現代世界の中でどう位置づけ、どう活性化させていくか——中国の国潮現象は、この問いに対する一つの参考となる。

文化と経済は、もはや別々の領域ではない。文化的アイデンティティの強さが、経済的競争力の源泉となる時代である。中国の国潮現象は、その時代の代表的な実践例であり、世界の他の地域にとっても、深く学ぶべき素材を提供している。

中国伝統文化と現代世界の交差点で生まれた「国潮」という現象は、これからも進化し続けるだろう。私たちは、それを批判的かつ共感的に観察し続けることで、現代世界における文化と経済の関係についての理解を深めていくことができる。本稿が、その思索の一助となれば幸いである。

附録:国潮主要ブランド一覧

スポーツアパレル

李寧(LiNing/中国李寧)、安踏(ANTA Sports)、特步(Xtep)、361度、中乔体育、回力(Warrior/フイリー)、飞跃(Feiyue/フェイユエ)、波司登(Bosideng/ボストン)

化粧品・美容

花西子(Florasis)、完美日記(Perfect Diary)、毛戈平(Mao Geping)、林清軒(FORESTCABIN)、薇諾娜(WINONA)、橘朵(JUDYDOLL)、彩棠(CATKIN)、稲香村美粧、紅地球(Red Earth)

飲食・茶飲料

喜茶(HEYTEA)、奈雪の茶(Nayuki Tea)、霸王茶姫(Bawang Cha Ji)、瑞幸珈琲(Luckin Coffee)、塔斯汀(Tastien)、海底撈火鍋、楊国福麻辣燙、太二酸菜魚、大白兔(White Rabbit)、稲香村、北冰洋、白兎、王老吉

家電・テクノロジー

華為(HUAWEI)、小米(Xiaomi)、OPPO、vivo、oneplus、大疆創新(DJI)、海爾(Haier)、美的(Midea)、格力(Gree)、聯想(Lenovo)、TCL、創維(Skyworth)

自動車

比亜迪(BYD)、寧徳時代(CATL)、蔚来(NIO)、理想(Li Auto)、小鵬(XPeng)、極氪(Zeekr)、紅旗(Hongqi)、奇瑞(Chery)、長城(GWM)

ファッション

太平鳥(Peace Bird)、URBAN REVIVO、織造司、漢尚華莲、明華堂、織趣(ZHIQU)、十三余、JNBY、伊光里、SHEIN

文化IP・コンテンツ

故宮博物院文創、中国国家博物館「国博衍芸」、敦煌研究院文創、河南博物院文創、ゲームサイエンス(黒神話:悟空)、米哈遊(miHoYo)、ネットイース・ゲームズ、bilibili

ホテル・サービス

華住集団(H World)、亜朵酒店(Atour)、布丁酒店、青柚国潮酒店

文具・雑貨

晨光文具(M&G)、得力(DELI)、広博(Guang Bo)、字在文化、古芳齋、王星記

主要参考文献・データ出典

本稿の執筆にあたって、以下の情報源を参考にした。

iiMedia Research(艾媒諮詢)『2024年中国国潮経済発展状況及消費行為調査報告』 新華社『2025年的中国、「国潮」ブームが文化と消費をけん引』(2025年12月29日) 人民日報『国潮が世界のトレンドへ』 百度『2021国潮骄傲搜索大数据』 京東『2024抖音老字号年度数据報告』 工業情報化部『デジタル化助力消費品工業「三品」行動方案(2022〜2025年)』 国務院弁公庁『新たな成長点をさらに育成し文化と旅行消費を繁栄させるための若干の措置』 中国服装協会、広東省服装服飾行業協会の業界統計 日経BP・清華・日経メディア研究所の報告 中国社会科学院社会学研究所『デジタル時代における文化強国建設研究』 36氪、JBpress、ZOZO FashionTechNews、ENJOY JAPAN、TNCアジアトレンドラボ等の業界メディア

各社の決算報告、ブランドの公式発表、業界専門家の論説、消費者調査レポートなど、多様な情報源を総合的に参照した。

(了)

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