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牧野富太郎博士の句碑が真鶴に誕生。「らんまん」主人公のモデルが愛した地に、想いを刻む

NHK連続テレビ小説『らんまん』で広く知られるようになった、日本の植物学の父・牧野富太郎博士。その博士が生涯にわたって足を運び、深く愛した場所のひとつが、神奈川県の真鶴半島です。

真鶴半島の先端から覗く「三ツ石」

2026年5月23日、町民有志でつくる任意団体「遠藤貝類博物館サポーターズ」は、ケープ真鶴前に、牧野博士の句碑を設立し、除幕式を執り行いました。

5月22日の牧野博士生誕164年目の翌日という、記念すべき日のことです。

句碑の除幕式の様子(遠藤貝類博物館サポーターズ提供)

貝類研究者・遠藤晴夫氏と牧野博士の縁

この句碑が真鶴に生まれた背景には、ふたりの研究者の深い交流があります。

遠藤貝類博物館に貝のコレクションを寄贈された遠藤晴夫氏と、牧野富太郎博士は長年にわたる親しい間柄でした。

牧野博士はたびたび真鶴を訪れ、この地で発見された植物に命名するなど、真鶴半島は博士の植物研究にとっても特別な場所だったのだといいます。

真鶴半島のお林で植物採集をしていた際に詠まれた俳句を、博士は色紙に書いて遠藤氏に贈りました。その句が、今回の句碑に刻まれました。

句碑に刻まれた一句

はる蝉乃聲のをちこち椎の花

六月椎の花さくを望みて 牧野結網 時に年八十有六(1948年)

四月から五月にかけて、春ゼミがお林の松木の梢で鳴き、椎の花が咲き誇る真鶴の森。博士は86歳のとき、植物観察にこれほど最適な季節はないと、その喜びをこの句に込めました。

(解説:遠藤貝類博物館サポーターズ 松本茂氏)

植物への想いを、後世へ残していくために

「遠藤貝類博物館サポーターズ」がこの句碑を作成したのは、博士が真鶴で詠んだ句を後世に残し、多くの方に知っていただきたいという想いからです。
句碑は、そんな真鶴の名産・本小松石が使われています。

ケープ真鶴を訪れた際には、ぜひ句碑の前に立ち、博士が見上げたであろう森の梢に耳をすませてみてください。春ゼミの声と椎の花の香りの中に、170年以上前から変わらない真鶴の自然が息づいています。

遠藤貝類博物館サポーターズは、ボランティアで真鶴町の自然と文化を後世に伝える活動を続けている団体です。
活動の詳細は、下記Facebookからご確認ください。


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