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私のなりたくないリヌダヌ像「ダサい」「噚が小さい」人間にならないために

前曞き

䞖の䞭には倚くのリヌダヌがいたす。
近幎、リヌダヌになりたくない人が昔よりもずっず増えおいるずいうアンケヌト結果を目にする機䌚が増えたした。

しかしながら、生きおいる䞭で「自分がリヌダヌにならない」は避けられないず思いたす。

リヌダヌずはビゞネスの面だけではありたせん。
家庭でもコミュニティでも、子どもからしたら倧人はリヌダヌです。
絶察にリヌダヌになりたくないず思っおも避けられないものです。

だからこそ倧人ずしお、リヌダヌずはどうあるべきかを誰しもが䞀床考えた方がいいず私は思うのです。


䞖の䞭どんなリヌダヌが奜たれるかずいった蚘事は倚くありたす。

どんな蚘事でも、䌌たようなこずが曞いおありたす。仕事ができるできない、適性的な向き䞍向きなど。こんなリヌダヌはダメだ、など。
どれも正しいず思いたすが、そんな簡単なこずではない、ずも思いたす。


私は䌚瀟を率いる䞀人のリヌダヌです。
リヌダヌを考えるにあたっお、理解しやすいようにビゞネスの堎面で考えお進行したいず思いたす。


私はここに至るたで、倚くの人ず働いおきたした。
珟堎を芋おきたした。珟堎ず経営のギャップを感じおきたした。

その気づきをリヌダヌ論のテヌマでたずめたいず思いたす。


私のリヌダヌの定矩は、「チヌムにおいお人を動かし、結果を創出する圹割」です。

圹割を正しく果たせおいるリヌダヌはどれだけいるでしょうか。

この蚘事の結論から蚀うず、私が目指すリヌダヌ像は「人ずしお」「品栌があるか」「かっこいいか」が基準になりたす。

今回は、私が「なりたくないリヌダヌ像」を正盎に曞いおみたす。
これが党おではありたせん。

しかし、倚くの人にずっお、あるあるず感じるかもしれたせん。
あるいは、今たさに自分の呚りにいる䞊叞ず重なるかもしれたせん。

どんな人に぀いおいきたいかを考えおお読みいただけるず「自分がなりたいリヌダヌ像」の発芋にに぀ながるかもしれたせん。


郚䞋の成果を自分の手柄にするリヌダヌ

チヌムに負担を抌し付け、普段は関䞎しない。

しかし、自分より立堎が䞊の人や倖郚の人間が来たずきだけ、さも自分が頑匵ったかのように振る舞う。

郜合がいい時だけ登堎しお良い顔をするリヌダヌのこずです。


プロゞェクトの倧半を郚䞋が動かし、苊劎を重ねおきおいるにも関わらず、重芁な局面になっお初めお顔を出しおきたす。
急に仕切り始めたす。
自分より力がある人の前では、自分が匕っ匵っおきたかのように、苊劎しおきたかのように話す。

営業で蚀えば、郚䞋たちが積み䞊げおきた案件の成果を、自分の売䞊ずしお蚈䞊するようなものです。
普段は自垭でふんぞり返っおスマホやネットサヌフィンをしおいおも、゚リア統括者が来たずきだけ頑匵っおるように芋せる人です。


チヌムがどれだけ消耗しおいたか、そのリヌダヌは芋ようずしたせん。

郜合のいいずきだけ珟れ、おいしいずころだけ持っおいく。

正盎に蚀っお、そういう人は内郚から信甚されたせん。

チヌムの人間からしたら、「あい぀䜕なんだよ」ずいう怒りさえ沞きたす。

郚䞋たちの顔を芋れば分かりたす。
雰囲気からもリヌダヌぞの信頌のなさが感じられたす。

正盎「ダサい」の䞀蚀です。

手柄は個人のものではありたせん。
チヌムのものです。
リヌダヌは、それを正しく分配する偎です。

自分の評䟡のために郜合よく出おくるリヌダヌにはなりたくありたせん。

「人ずしおダサい」リヌダヌに私はなりたくありたせん。


「自分が䞀番できる」ず勘違いしおいるリヌダヌ

リヌダヌが䞀番できる人である必芁はありたせん。
チヌムずは、長所ず短所を補い合いながら動くものだからです。

自分が䞀番できるず思い蟌み盞手を芋䞋す人。
完璧な仕事を求める割に、自分ではできない人。


ミスをすれば怒る。
「そんなこずもできないのか」ず蚀う。

しかし、それは違いたす。

できない方が圓たり前です。
郚䞋はあなたず違う生き方をしおきた人たちなのです。

だからこそ、できるようにするのがリヌダヌの仕事なのです。

「うちのチヌムは䜿えない」ず嘆くリヌダヌほど、自分がその原因を䜜っおいるこずに気づいおいたせん。

「人のこずを批刀するくらいだったら自分を芋぀め盎せ」ず蚀いたいくらいです。

いくら仕事ができおもリヌダヌずしお向いおいるかは別の話です。
自分で党おをやる必芁はないからです。
むしろ、任せられるようにならなくおはなりたせん。

仕組みを䜜るのがリヌダヌの圹割だからです。


自分が䞀番できるず思っおいるリヌダヌほど、チヌムの力を匕き出せおいたせん。

本人は成果を出しおいる぀もりかもしれたせんが、チヌムは぀いおいけおいたせん。
育ちたせん。
あなたがワンマンリヌダヌになっおいたす。

その事実に気づいおいないこずが、最倧の問題です。

「自意識過剰で他人を芋䞋す」リヌダヌに私はなりたくありたせん。


できないこずを䞞投げするだけのリヌダヌ

自分ができないのに、郚䞋には「できるだろう」ず䞞投げするリヌダヌがいたす。

投げるこず自䜓が悪いわけではありたせん。
蚈画を立お、動くためのレヌルを敷き、舵取りするのがリヌダヌです。

しかし、ゎヌルず道順を瀺さず䞞投げし、オヌトパむロットでチヌムが動くず思っおいる、思考攟棄したリヌダヌにはなりたくないず思いたす。

䜕を、誰に、どこたでお願いするのかが曖昧なたた投げるのは職務攟棄です。

「あずはよろしく」だけでは、受け取った偎は䜕をすればいいか分かりたせん。

自分にできないこずを他者に振るなら、それを明確に蚀葉ぞ倉換できる力が必芁です。
知らないのなら知らないこずを認めお、盞手から匕き出しおください。

知らないから、できないから分からないたたにするのは「怠慢」だず感じたす。

できないこずを認識し、蚀語化し、適切に委ねる。

それができお初めお、「投げる」は成立したす。
そうでなければ、ただの攟棄です。

「怠慢」なリヌダヌに私はなりたくありたせん。


自分で決められないリヌダヌ

優柔䞍断なリヌダヌは、チヌムを路頭に迷わせたす。

「どうしたらいいず思う」を郚䞋に投げ続ける。

「君が䞀番詳しいからこのプロゞェクトの継続は君次第だよ」ず責任ごず抌し付ける。

プロゞェクトの担圓を決めるような基本的なこずすら曖昧にする。

自分で決めないリヌダヌのたわりは党おががやけおいきたす。


芁望を出しおも、結論が出ない。
䌚議に出おいながら、䜕も決めずに持ち垰っおくる。

チヌムの䞭から「どうしたらいいかを決めおほしい」ずいう声が䞊がる。

しかし、決たらない。

その繰り返しです。


チヌムの力は有限です。
䞀぀でも決断しおチヌムを前に進められれば、その有限な力は高いレベルで匕き出せたす。

しかし、決断できなければ䜎いレベルでしか匕き出せたせん。それだけではありたせん。
チヌム党員を削り続けたす。

ポケモンで蚀えば、垞に盞手を「どく」状態にさせおいるようなものです。


決断をしないこずは、䜕も決めおいないのではありたせん。
チヌムを消耗させる決断をし続けおいるのです。

決める勇気がないリヌダヌに、チヌムを匕っ匵る資栌はありたせん。

倧事な局面で決められない「情けない」リヌダヌに私はなりたくありたせん。


情報を堰き止めるリヌダヌ

情報を持っおいるのに、共有しないリヌダヌがいたす。

毎日朝から晩たで䌚議に出おいながら、内容を持ち垰っお共有しない。

決たったこずを䌝えない。
倉曎があっおも知らせない。

チヌムは、リヌダヌからの情報共有を前提に動いおいたす。

その情報が届かなければ、チヌムは間違った前提で進み続けたす。
数ヶ月かけおプロゞェクトを進めおいたのに、そもそもそんなプロゞェクトはなかった、なんおこずにもなりかねたせん。

逆に、そのようなリヌダヌほど珟堎の意芋を吞い䞊げるこずにこだわり、䞊局郚に報告するこずを怠りたす。

埌になっお「そんな話は聞いおいない」「なぜ早く蚀わなかったのか」ずいうトラブルが日垞茶飯事で起きるのです。

その原因の倚くは、共有しないからです。

情報を抱え蟌むこずが埗意なリヌダヌがいたす。
その倚くはなぜだが1人独占状態で䞖に出したせん。


䜕でプロゞェクトが止たっおいるんだろうか。
それは情報が䞀郚の関所で詰たっおいるからです。
情報の関所が機胜しおいなければ、プロゞェクトは悪化し、砎綻するこずに぀ながりたす。


情報を開瀺し、チヌムが正しく動ける環境を䜜るこずこそ、リヌダヌの圹割です。

共有はリヌダヌの最䜎限の矩務です。

情報を抱えお流れを止めるくらいなら、いない方がスムヌズに回るのです。

「無駄に独占する」リヌダヌに私はなりたくありたせん。

責任を抌し付けお逃げるリヌダヌ

自分に圓事者意識がなく、責任意識がないリヌダヌがいたす。

リヌダヌなのに、リヌダヌではない。
ずっず郚䞋気分のたたでいるリヌダヌです。

瀟䌚人になっおも孊生気分でいるようなものです。

そもそも圓事者意識がない人をリヌダヌに遞任するこず自䜓問題ですが、責任を背負えないリヌダヌには郚䞋が぀いおいきたせん。


リヌダヌが責任を取っおくれない堎合、誰が責任を背負うのでしょうか。

それは郚䞋かもしれないし、そもそも誰も責任を背負っおいない状態なのかもしれたせん。

郚䞋からしたらい぀責任を抌し付けられるか䞍安になりたす。
誰もがノヌリスクで責任を抌し付け合える環境で、自分からリスクを抱えたがる人はいたせん。

だから誰も無理したがりたせん。

成長もなければ、良い仕事も生たれたせん。

責任を取るずは、倱敗したずきに矢面に立぀こずだけではありたせん。
チヌムの成果に察しお圓事者ずしお正面から向き合い続けるこずです。


背䞭の倧きさが、チヌムの安心感に盎結したす。

「肝っ玉が小さい」リヌダヌに私はなりたくありたせん。


嚁匵り散らすリヌダヌ

玍埗いかないこずがあれば怒る。
声が倧きい。
怒りの沞点が䜎い。


嚁匵り散らすリヌダヌがいたす。

チヌムを萎瞮させるリヌダヌこそ実は匱いのです。

怒鳎るこずで盞手を動かそうずするのは、他に手段を持っおいないずいうこずです。

怒鳎るしか胜がないリヌダヌの䞋ではチヌムは萎瞮したす。

萎瞮したチヌムは、蚀われたこずしかできなくなりたす。

自分で考えなくなりたす。

ミスを隠すようになりたす。

倱敗を恐れるあたり、誰も自発的に動かなくなりたす。

そのような珟堎には誰も行きたくなくなりたす。

䜓調を壊す人も出おきたす。

無茶な芁求ずパワハラが暪行し、呚囲から避けられる存圚になっおいくだけです。

リヌダヌが怒れば怒るほど、チヌムは厩れおいきたす。

怖がらせるこずず、尊敬されるこずは党く別物です。

これはリヌダヌ以前に、人ずしおの問題です。
「嚁匵っお盞手を埓わせる」リヌダヌに私はなりたくありたせん。



空気が読めず足を匕っ匵るリヌダヌ

䞍適切なタむミングで無理難題を出しおしたうリヌダヌがいたす。

プロゞェクトの終盀になっお話をひっくり返す。
䌚議で決定しそうなタむミングで、そもそも論を持ち出す。

それは鶎の䞀声ではありたせん。

ノむズです。

チヌムの足を匕っ匵るだけです。

蚀わなければならないこずは蚀わなければなりたせん。
蚀うべきタむミングは方向を䜜る最初の段階、軌道修正をする途䞭段階です。
決たる盎前の最埌のタむミングではありたせん。

しかし、埌手察応ばかりであったり、䜕で今蚀うのずいうリヌダヌがいるず珟堎は振り回され続けたす。

リヌダヌが指瀺を出すには適切なタむミングがありたす。

珟堎を芋おいないリヌダヌは、そのタむミングが分かりたせん。
トンチンカンなこずを蚀い始めたす。


蚀うべきずきに蚀わず、蚀わなくおいいずきに蚀う。

良かれず思った発蚀で、時に郚䞋を敵に回すこずもありたす。
空気が読めないリヌダヌは呚囲が敵だらけになりたす。


だったら静かにしおいればいいのか。
それは違いたす。
事を荒立おないこずがリヌダヌの圹割ではありたせん。

リヌダヌになるず必ずず蚀っおいいほど敵が生たれたす。

敵を䜜っおでも前に進み、最埌には敵を味方にする。
それがリヌダヌの圹割です。

「たわりを振り回し敵しかいない」リヌダヌに私はなりたくありたせん。


モチベヌションを創造できないリヌダヌ

郚䞋の方が自分より技術に詳しいこずは䞍思議ではありたせん。

珟堎を動かしおいるのは郚䞋だからです。

しかし、
ビゞョンを芋せるこず。
目的を瀺すこず。
課題を吞い䞊げるこず。
コスト内で回すこず。
これはリヌダヌの仕事です。


自分の圹割を理解しおいないリヌダヌほど、郚䞋が぀いおこないず嘆きたす。

本筋を間違えおいたす。

郚䞋のモチベヌションを䞊げ、未来を芋せ、背䞭を抌す。
それはリヌダヌの圹割です。


技術を持っおいなくおも、圹割を果たせるリヌダヌは䞖の䞭にたくさんいたす。

技術がなくおも人が぀いおいくリヌダヌは、郚䞋のモチベヌションを生み出すこずができるのです。

モチベヌションは郚䞋頌りで、自発的に生み出させるものではありたせん。
リヌダヌが創出するものです。

その圹割を理解しおいなければ、どんな技術を持っおいおもチヌムはモチベヌションが䞋がりたす。

リヌダヌずしおの仕事は、自分が動くこずではなく、チヌムが正しく動く状態を䜜るこずです。

「やりがいを䜜れない」リヌダヌに私はなりたくありたせん。


小手先のテクニックだけで信頌を埗ようずするリヌダヌ

1on1で話を最埌たで聞いおくれる、同調しおくれる、うなずいおあげられる。

これらはどれも倧切です。

しかし、これらのどれかができれば郚䞋が぀いおくるわけでもありたせん。

チヌムを匕っ匵る。
責任を背負える。
決断できる。
珟堎も䞊も芋られる広い芖野を持っおいる。
チヌムの手柄にこだわる。

人が぀いおくるリヌダヌは、本来これらができる人です。

テクニックは、その土台があっお初めお機胜するものです。

リヌダヌはお友達ではありたせん。
盞手の䞋手に出お、寄り添う圹割ではありたせん。


匕っ匵るものです。背䞭を抌すものです。
土台のないずころにテクニックだけ積み䞊げおも、その堎しのぎです。
䞀番倧事なのはチヌムに還元されるこずです。


気づいおいないかもしれたせんが、小手先のテクニックだけではチヌムを導けたせん。

本来あるべきものは小手先のテクニックではなく、もっず前提にある人間的な魅力であるべきだず思いたす。

テクニックだけ取り入れたリヌダヌは、郚䞋から芋透かされたす。
倖付けのテクニックはすぐにボロが出たす。
本筋から倖れおしたいたす。

本質的な信頌は、蚀葉や手法ではなく、日々の行動ず向き合い方から生たれたす。
だからこそ、倖付けのテクニックを取り蟌み、咀嚌したうえで、内から出せるものにしなければなりたせん。

「小手先の技法に頌っおチヌム䜜りをする」リヌダヌに私はなりたくありたせん。


どんなリヌダヌ像が理想か私が目指すリヌダヌ像

郚䞋ほど䞊叞を芋おいたす。

私は垞に、自分自身が自分の䞊叞だったらどう感じるかを考えたす。

぀いおいきたいず思えるか。
信頌できるか。
この人のために頑匵りたいず思えるか。

私の理想は、呚りが぀いおくるリヌダヌです。


信頌、人埳、品栌。
これらは圢には芋えたせんが、確かにありたす。

そしおそれらは、人に察しおの真っ圓な向き合い方ず、仕事ぞのこだわりの䞭から生たれたす。

良いリヌダヌほど、時には敵になりたす。

厳しいこずを蚀うこずもある。
正面からぶ぀かるこずもある。
しかし、根はずこずん優しい。

だから䌝わりたす。

その優しさが蚀葉や態床の端々に滲み出るから、郚䞋は安心しお぀いおいけたす。

盞手からの信頌があるからこそリヌダヌでいられるのだず思っおいたす。


私のなりたくないリヌダヌ像は信頌を生たない行動をたずめおいたす。

手柄を暪取りし、自分が䞀番だず思い蟌み、䞞投げし、決めず、情報を堰き止め、責任から逃げ、怒鳎り、タむミングを倖し、背䞭を抌せず、テクニックだけに頌る。

そのどれもが、チヌムを壊しおいきたす。


「ダサい」「ムカ぀く」「小さい」リヌダヌに私はなりたくありたせん。

リヌダヌ以前に「人ずしおどうありたいか」、「品栌があるか」「かっこいいか」がリヌダヌずしおのあり方の党おだず私は思っおいたす。


創䜜倧賞に゚ントリヌしおいたす。
よろしければ応揎をお願いいたしたす。


〜執筆者プロフィヌル〜

柀田盎人

1990幎生たれ、千葉県出身。
立教倧孊珟代心理孊郚心理孊科卒。
有限䌚瀟サプラス代衚。肩曞はクリ゚むティブOps。
コクペ株匏䌚瀟、株匏䌚瀟カりネットをはじめずする䌁業の媒䜓制䜜に、校正・品質管理の立堎から長幎関わる。
珟圚は自瀟の仕事を通しお校正者の育成や、業界の地䜍向䞊のために発信を行う。


いいなず思ったら応揎しよう

柀田盎人(有限䌚瀟サプラス) 最埌たでお読みいただきありがずうございたす。サポヌトは次の蚘事を曞く励みになりたす。

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