腕時計エレガンス
あっという間に時間が過ぎている。
いつの間に1日が終わる。
時間がない、と感じることが多い人ほど、時間そのものを把握できていないことが多い。
これから取り掛かろうとしていることは、どれくらい時間がかかるのか。
いま何時で、自分にはあとどのくらい時間があるのか。
スマートフォンを見れば、PC画面を見れば、常に時間は分かる。
けれどわたしは、敢えてアナログアイテムをお勧めする。
腕時計。
スマートウォッチではない。
時計機能しか持っていない、腕時計である。
スマートフォンは、時計ではない
スマートフォンを持つようになって、腕時計をしなくなったと言う人を何人も知っている。
確かに、スマートフォンはほぼ常に持ち歩いているし、さまざまな機能が搭載されているので時計代わりとしても便利だ。
ミニマル思考を極めていたときは、腕時計は不要かも、と自分自身も思ったくらいである。
しかし、スマートフォンは時計ではない。
スマートフォンを時計代わりにしていると、時間を盗まれやすいのだ。
時間を確認するだけのつもりが、いつの間にかSNSを開いている。
時間ついでに天気も確認しておこう、とアプリを立ち上げたら別なことを検索している。
スケジュール確認のつもりが、全く別なことをしている。
特にSNSのパワーは強力だ。
無意識のうちにSNSアプリを開いていた、何をしようとしたのか忘れた(時間の確認だ)という人、多いのではないだろうか。
繰り返すが、スマートフォンは時計ではない。
思い出して欲しい。
スマートフォンや携帯電話が浸透する前、人間はいつでもどこでも時間を確認するために、とても良いものを使っていたではないか。
腕時計は、エレガンス
elegance=エレガンス、優雅で洗礼された美しさ、豊かさ、品格。
腕時計には、エレガンスが宿っている。
アナログの文字盤、きらりと光る針。
レザーベルトの落ち着いた重厚感、ジュエリーのような輝きを持つブレスレットタイプのベルト。
腕時計が輝く手首は、男性も女性も美しい。
さっと腕時計を見る仕草にはなんとも言えない優雅さ、余裕、格好良さがある。
急かすような時間確認の仕方はもちろん論外。
スマートフォン、スマートウォッチの便利さに頼ることは、悪いことではない。
心拍数、運動にまつわる機能などは便利である以上に、人によっては「必要」な情報として取り扱う事項だと思うし、スケジュールを把握しきれないほど多忙な人にはスマートウォッチは有益なアイテムだろう。
けれど、どんなにラグジュアリーなベルトにしたとしても、アナログな腕時計が持つ気品、優雅さはスマートウォッチでは表現できない。
ここぞというときに自分をエレガントに見せてくれる腕時計を一つ持っていると、大人の余裕を演出できる。
時間を操ることは、誰にもできない。
しかし腕時計には平等に与えられた「時間」を自分のものにするパワーがあると、わたしは思うのだ。
わたしの理想のライフスタイル、Gemütlichkeit=ゲミュートリッヒカイトに含まれる穏やかさや精神的な安心感というのも、アナログな腕時計の魅力に通ずるものがあるように感じている。
左手首に感じるほのかな重みが、わたしに「時間」の大切さを教えてくれる。
当記事のリンクはAmazonアソシエイト・プログラムを利用しております。
いいなと思ったら応援しよう!
励みになります。また読んでいただけると嬉しいです。