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東京生まれ東京育ちが、魅力度最下位の県に家を建てるまで。

僕は東京生まれ東京育ちで、ずっとマンション暮らしだった。そんな自分にとって、自分の城を持つことは憧れというか、将来の夢だった。

大学まで通学はすべて徒歩か自転車、都心のコンクリートジャングルの中で育った僕がいま家を構えているのは、茨城県。魅力度ランキング最下位常連、47位の県だ。東京の友人にそう言うと、大体同じ顔をされる。

なんで茨城なのか。

答えを先に言うと、家から20分で海も山も川もあるからだ。サーフィンも、狩猟も、キャンプも、思い立った日にできる。遊びを「休日にまとめてやるもの」から「日常の中にあるもの」に変えられる場所だと、僕は思っている。

今日はその話をしようと思う。

家から20分で海、病院まで10分、家賃6万円

 

うちの医局では、5年目に出向するのが一般的で、僕は当時、茨城の病院への出向が決まった。

同じ医局の大先輩の影響で、もともとサーフィンは忙しい外科勤務の合間をぬって1日休みをとって楽しんでいた。友達に連れて行ってもらって、茨城のプライベートビーチみたいなところでよく波に乗っていた。だから出向が決まった日、最初に思ったのはこれだった。

「これで毎日そこでサーフィンができるぞ」

ただ、外科医は病院に呼ばれたらすぐに駆けつけるのが一般的だ。海の中でも電話をとれるように、そのためだけにApple Watch Ultraを買った。病院からの距離と海への行きやすさを天秤にかけて賃貸の物件を探した。結果決めたのは、家から20分で海、病院まで10分という物件。45平米くらいで駐車場1台付き、築1年で家賃6万円。まずその安さに驚いた。

4月から勤務が始まって、最初は慣れるので精一杯だったけど、梅雨が明けた頃にはサーフィンに勤しむ余裕が出てきた。夏に向かって日の出がどんどん早くなる。毎朝4時に起きて、20分で海に行き、2、3時間サーフィンをして7時に上がる。シャワーを浴びて、家で朝のエスプレッソをかき込んで、7時半には病棟に立つ。朝から2時間波に乗って、9時から1日がかりの手術をする毎日。病院と海の間に家があるからそれができた。

遊びのために早起きしていたのではない。遊びが生活の中にあっただけだ。

夕飯は外科のレジデントの友達と近くの店を食べ歩いて、グルメマップを作った。明日4時のサーフィンのために、就寝は毎日22時。大学病院時代の自分からは想像できないくらい、健康的な毎日を送っていた。言うまでもなく、真っ黒に日焼けした。

プライベートビーチに来た、後輩の友達



ある日たまたま、Instagramで大学時代の後輩の女の子がサーフィンにハマったという投稿を見た。「うちの近くにプライベートビーチがあるから来なよ」と誘ったら、その子が友達を連れて遊びに来た。

その後輩の友達が、今の奥さんだ。

その頃にはどっぷり茨城の魅力にハマっていた僕は、将来は茨城で、この人と結婚しようと思っていた。幸いにして自分は次男だし、土地の魅力にたっぷり浸かった僕は、もう将来はここに家を建てると決めていた。

サーフィンも猟も茨城、勤務先は東京



ただ、そこからは1年間また別の病院に出向があって、それからまた都内の大学病院に戻り、という日々が続いた。

茨城出向中に取った狩猟免許があるので、毎シーズン、外科医をしながら茨城までハンティングに通っていた。外科の手術が終わった金曜日の夜、車にシングルベッドのマットレスを敷いて、その横に鉄砲と弾を置いて茨城に向かう。鉄砲屋の駐車場で仮眠して、朝起こしてもらって、日の出前に猟に出る。大学病院時代は休みも少ないので、そんな日は月に何度かある程度だったけれど。

サーフィンをするのも茨城。猟をするのも茨城。なのに勤務先は東京。これは相当な無駄だと思っていたから、いつかは茨城で働こうとぼんやり決めていた。

そして、いろいろあって大学病院を退職することに決めて、茨城への移住を決めた。この「いろいろ」は、また今度書く。

分ける前の土地が、理想だった



妻の実家の近くに家を構えることにして、まずは賃貸に住みながら土地探しを始めた。

妻も僕も、いわゆる住宅街に家を建てたいという感覚がそもそもない。庭同士がお隣さん同士で「こんにちは」をしているような住宅街は本当に苦手。そして、ある程度の広さがないと拡張性もないし、やりたいこともできない。せっかくの田舎だからこそ、広い土地を探していた。

ただ、広ければ何でもいいわけではない。駅からの距離や資産価値、妻の実家からの距離感も重要視していたので、土地探しはそんなに簡単ではなかった。そんな中、たまたま、分割して売りに出される予定の土地を見つけた。分ける前の姿を図面で眺めてみたら、それがちょうど自分たちの理想のサイズだった。慌てて不動産屋に連絡して、分けずにそのまま譲ってもらえないか相談した。そんな経緯で見つけたのが、今の家が建っている土地だ。

人が集まる家、というコンセプト



サウナの会社を始めて数年経っていたので、自宅にサウナを作ることは決めていた。ただ、家庭用のサウナは大型施設と違って、大人数で入れる規模にはならない。サウナだけでは、みんなでワイワイできる場にはならないのだ。それでも僕は、人が集まる家にしたかった。だから、サウナの外側で家を設計した。

我が家のコンセプトは「アウトドアリビングをしっかりと取る」こと。茨城の美味しい食材は、例えば野菜をグリルするだけで最高のバーベキュー料理になる。道の駅でその日に買ってきた野菜を、素材の味を生かして、塩をかけるだけで食べる。今は、遊びに来てくれた人にそういうバーベキューを振る舞っている。獲ってきたジビエを自分の家で出すこともある。たまに釣ってきた天然ウナギを捌いたり。

地球上に、点を打つ



よく、持ち家か賃貸かという論争を目にする。双方に意見があって、それぞれのライフスタイルがあるのだから、僕はこの論争自体パラレルワールドで意見をぶつけているだけだと思っている。

ただ一つ、損得ではない意見を紹介したい。アパホテルの社長が「家を買うことは地球上に点を打つことだ」と言っていたのを聞いたことがある。自分の城を持つことで仕事への姿勢も変わり、腹のくくり方が変わるそうだ。

点を打ってみて、どうだったか。ここは海も山も川も湖も沼も、どこへ行くにも家から20分の土地だ。キャンプも、サーフィンも、狩猟も。家から20分の場所で鉄砲を撃てると言って、想像できる東京の人はほとんどいないと思う。庭ではサウナが焚けて、道の駅の野菜が食卓に並ぶ。あの出向時代の6万円の賃貸で感じた「ここでの暮らし、最高だな」という直感を、僕は数年かけて答え合わせして点を打った。腹のくくり方が変わったかどうかは、madsaunistのその後を見てもらえれば分かると思う。


次回は、この移住の前に何があったのか。エリート街道を10年走って、僕が大学病院を辞めた理由を書きます。茨城という土地そのものの話は、その次に。

#移住 #茨城#マイホーム#変な奴は褒め言葉

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