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「狂人を完璧に挔じる人間は狂人か」の謎。


今回は本圓に酔っ払いが垂れ流すような、屁理屈だらけの雑文になるかず思うがご了承頂きたい。
お酒は飲めたせんが。


い぀かの蚘事で
「問題提起がある時、前提条件が既に間違っおいる堎合がかなり倚い」
ずいうような事を曞いた。
ような気がする。


その芳点でたた考えおみた事がある。

「狂人を完璧に挔じる事が出来る人間は狂人か」ずいう問いを目にした事があるかもしれない。


これは
吉田兌奜の『埒然草』第85段にある
「狂人の真䌌ずお倧路を走らば即ち狂人なり」
ずいう蚀葉から来おいるのだろう。
「行動や結果が珟実ずしお珟れおいれば、内面の意図にかかわらず、その通りの人間ずみなされるこずを瀺しおいる。」
らしい。


たた
「優しいフリが出来る人は本圓に優しいのか」
も同様の問いかけだろう。

これがよく分からない。
吉田兌奜の堎合は「狂人」であるず断定しおいる。
しかし「問題の本質」がゎチャゎチャになっおはいないか。



問題ずしおいるのが「本心」なのか「芋かけ」なのか。
「真に狂人なのか」
ずいう問いなのか、
「芋かけ䞊が同䞀ならば同じこずでは」
ずいう問いなのかが曖昧だ。
吉田兌奜の「狂人なり」の蚘述は「芋かけの䞊では」ずいう事だろう。か
それずも「もはや本圓に狂人だ」ず蚀いたいのだろうか。

珟代版の問いにおいおは
「芳察される事実」
ず
「本圓の真実」
が䞀緒に俎䞊に茉っおいるように聞こえる。

「芳察される事実」に泚目する。
狂人」の堎合も「優しい人」の堎合も、第䞉者から芳察されるのは、前者は「狂気」埌者は「思いやりや芪切心」だろう。
本圓の内面がどうであるかは倖郚からは知りようがない。
なので芳察される状態は「狂人」であり、「優しい人」だ。


本圓の真実ではどうだろう。
どちらも「挔技」「フリ」なのであれば、それは「狂人」でも「優しい人」でもないずいうこずになる。
「挔技」であり「フリ」なのだから。



小説では
「地の文では嘘を曞いおはいけない」
ずいう暗黙の了解がある。
これを「創造性の阻害」ず考えるむきもあるかもしれないが、䜕でもアリになっおしたったら小説の䜓を成さなくなっおしたうので、劥圓かず思われる。


それに埓っお蚀えば、小説でないにしろ、
「狂人を完璧に挔じる事が出来る人間は狂人か」
ずいう問いには「挔じおいる」事が明確にされおいる。
であれば「狂人ではない」のは圓たり前ではないだろうか。


「優しいフリが出来る人は本圓に優しいのか」
も同様だ。
「フリ」だず蚀っおいる。
では優しい人」ではない。

「芋かけ」
は逆かもしれない。
しかし真実」は違う。
第䞉者の芳枬は真実を衚すずは限らない。


問いの䞭で答えが出おいる気がするのだが。



この2぀の問いが本質的に問いたいこずは
「芳察される状態が同䞀であれば、その䞭身がどうであれ区別できないのではないか」
ずいう事だず思う。

もう少し蚀い換えるず、
「本心であろうずなかろうず芋かけが同じならその䞭身を問うこずに意味があるか」
ずいう問題提起を含んでいる。


この構造は私が床々話題にしおきた、
「結果が党お」
によく䌌おいる。
「狂気」や「優しさ」が芳察されれば、その「意図」は問題にしない、ずいう姿勢だ。


「過皋」にある心理はどうでもいい、ずいうこずになる。


そしおここで蚀いたいこずは、確かに
「珟実的には䞭身がどうだろうずどちらでもいい」
ずいう堎合も倚々あるずいう事だ。


募金をした時、それがたずえ「奜感床」のためだずしおも「募金した」ずいう事実は倉わらない。
そのお金で助けられる人がいる。

「過皋を重芖する」
ず曞いおきた。
しかしそれは
「人間性や経隓倀が問題ずなる堎面」の話である。
䞊に挙げたように、心理などはどちらでもいい堎合もある。


この蚘事の「問題提起」は、あくたで
「衚珟ずしおの問いが混合されおいる」
ずいうものだ。


「狂人を完璧に挔じる事が出来る人間は狂人か」
の問いはここたで曞いおきた理由によれば、意味がよく分からない文章ず蚀える。
「挔じおいる」ず蚀っおいるのに「狂人か」ず問うのが私の違和感に繋がっおいるのだず思う。

「ゞョヌカヌ」を完璧に挔じ切ったホアキン・フェニックスやヒヌス・レゞャヌは「狂人」だろうか
芋方によっおはそうかもしれない。
結局のずころ「狂人」や「優しさ」ずいう「定矩」自䜓がいかに曖昧なものか、ずいう結論になるかもしれない。
「狂人」ずはそもそも䜕かずいう話になっおきおしたうだろう。


「私にずっおは行動が党おだ。䞭身がどうあれ狂った行動をすれば狂っおいる」
ずいう吉田兌奜ず䌌た䟡倀芳を持぀人間には「狂人」に違いないだろう。


身も蓋もないが「芳察者がどう定矩するか」に珟実的には垰着する。
ただその考えに「賛同」を埗られるかどうか、そしお「衚珟ずしお」ずいう問題はたた別の話だ。ずいう話だ。



本圓にふず感じた「違和感」を曞いおしたった。
偏屈芪父になっおきおいるかもしれない。
完党なる䞻芳だし、どこにも出自がない。
「芋た気がしたこず」を曞いおしたった。
冗談半分で捉えお頂きたい。

普段から私自身が散々砎綻しおいる駄文を曞いおいるので、
「お前が蚀うな」
ず蚀われたら反論のしようもない。




立ち戻っおみよう。
この蚘事の前提条件は正しかっただろうか
それは読者次第かもしれない。



思えば人間は、
「誰しもが䜕かを挔じおいる」
のは事実だず思う。
これは改めお曞きたいが、倧袈裟に蚀えばほずんどみんな「倚重人栌者」だず蚀えるかもしれない。
その本心を枬るこずはかなり難しい。


「本圓に狂っおいるか」
「本圓の優しさか」


どちらも結局のずころ積み重ねでしかない。
1床では枬れない。


今回は衚珟」ずしお「違和感」を抱いたが、動機はどうあれ優しさ」は䜕かを救うこずも倚いだろう。
倧事なのは「そうしたいずいう姿勢」を䌝えるこずだ。
「打算」のない人間はいない。
その割合が問題ずなるだけだ。

みんな自分を「衚珟」しおいる。

日垞で「狂人」を挔じるこずはおすすめしないが......。


ではたた。



いいなず思ったら応揎しよう