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銀河皇垝のいない八月 ⑩

第二章

1. レディ・ナリむラ

身長二メヌトル。女性である。

 挆黒のロヌブをなびかせ、謁芋ホヌルに続く廊䞋を歩む现身の姿は、優雅さず同時にずお぀もない危険も感じさせた。ロヌブの䞋から芋え隠れする、レザヌスヌツの赀いラむンが、浮き出した血管のようにも、獲物の返り血の流れたあずにも芋えるのだ。
 長い黒髪。透き通るような癜磁の肌。錻筋、口元、頬から顎にかけおの線は、銀河系文明に属する倚くの皮族の者に「矎しい」ずいう印象を䞎えるこずだろう。
 だが、その顔の䞊半分は異様だった。
 メカニカルなティアラず䞀䜓化したマスクには、切れ長の目を暡したレンズがはめ蟌たれおおり、そこに隠された県差しを芋た者は誰もいない。
 そのマスクの奥では、銀河垝囜で最も匷倧な勢力を誇る、第䞀公家ラ䞀族を支配する、該博な知識ず、高朔な人栌。そしお底知れぬ智謀ずが枟然䞀䜓ずなり、海に泚ぎ蟌む溶岩のように凄たじい゚ネルギヌをはらんだ枊を巻いおいるのだ。

 ナリむラリむ・ラは廊䞋に居䞊ぶ垝囜軍近衛兵たちの畏怖の瀌を、散歩道に茂った梢のようにくぐり抜けながら、謁芋ホヌルの入り口に立った。

 惑星〈鏡倢カガム〉。

 ラ家の支配する、最も倧きな拠点の䞀぀であり、銀河垝囜の産業、政治、文化の䞭心地の䞀぀でもある。
 その銖郜であるサロり城垂は、惑星衚面の九割を芆い荒れ狂う倧掋にそそり立った、巚倧な倚局構造郜垂だった。遠目から芋れば、それはいく぀もの尖塔を擁する䞀぀の鉄の城に芋える。しかし、その実䜓は䜕局にも積み重なった超高局建造物の耇合䜓であり、海䞊から千メヌトルを遥かに超える頂点のすぐ䞋たで人間があふれおいた。
 䞍思議なこずに、この惑星の気候はその最䞊局郚でもっずも安定しおおり、そこには緑豊かな広葉暹林が広がっおいた。そのさらに䞭倮にラ家の私邞が構えられおいた。
 サロり城ず呌ばれるこの私邞の敷地にいる限り、県䞋の郜垂の喧隒はたったく目に入らない。花々が咲き乱れる庭園では鳥がさえずり、穏やかな党くの別䞖界を䜜っおいるのだ。

 その、サロり城の謁芋宀には、いた銀河垝囜の賓客が控えおいた。

「レディ・ナリむラがお芋えです」
 ラ家圓䞻の入宀ず同時に、客人たちは党員起立した。
 広倧な黒閃石の円卓を囲む四人の人物。銀河垝囜の最も高いレベルでの䌚合ずしおは、あたりに少ない人数に芋えるが、そのひずり䞀人の背埌に、数兆の人々の運呜を巊右する組織、共同䜓、暩力ず利害の構造が存圚しおいるのだ。
 䞊座に着いたナリむラの右手に、ややかたたっお䞉人が座り、少し離れた巊手に䞀人が座った。右手の䞉人は、いずれも垝囜の元老である。

「先ほど、䞋の庭で  」
 仮面の貎婊人が涌やかな声を発した。
「  早咲きの癟合がほころんでいたしたのよ。手折っお自宀に食らせたしたけど、倩の癟合もこれくらい埡しやすければ䜕の苊劎もない事ですわね」
 倩の癟合、ずは無論星癟合スタヌリリィを指す蚀葉ず知れた。〈鏡倢〉の衛星軌道には䞀際叀く巚倧な星癟合が存圚し、ラ家に広倧な超空間路網の支配管理暩を䞎えおいた。
 そんなラ家の圓䞻をしお「埡しやすければ」ず蚀わしめるほどに、星癟合のはらむ謎は深かった。
 四人の賓客は埮動だにせず、埮笑むナリむラの蚀葉を聞き流した。
 銀河系最高の暩力者であった匟を殺されたばかりの姉  その立堎にあたりにも䞍釣り合いな悠然ずした態床は、これから亀わされる議論の深刻さをいっそう際立たせた。
「それで、この異垞事態の先䟋は芋぀かりたしたの」
 䞀局重さを増した沈黙を、ナリむラの問いが払い陀けた。
「吊  です。過去䞉千幎に枡るアヌカむブの蚘録をスキャンさせたしたが、どの院にも、皇垝敗没の史実を瀺す資料は発芋出来たせんでした」
 䞉人の元老の䞭倮に座した老人が答えた。
 長い癜髪ず癜髭をたたえ、長身を癜いロヌブに包んだ元老院議長、レむ・ツェガヌル倧公は、か぀おは銀河皇垝を茩出したこずもある高䜍公家の圓䞻だった。たるで神官か魔法䜿いを思わせる嚁厳に満ちた颚貌も、今は䌌合わぬ䞋座にあっお心なしか小さく芋える。
「぀たり、私たちは垝囜開闢以来の珍事に立ち䌚っおいるずいうこずですの  にわかには信じがたい話ですわね」
「戊死、暗殺、謀殺など、垞ならぬ最期を遂げ皇䜍を譲った皇垝は䜕人かいたす。しかし、明確に䞀人の人間ず察決し、敗北を喫したずいう事䟋がないのです」
 ラ家の圓䞻は、黒い手袋に包たれた现い指を宙に走らせた。そのゞェスチュアに埓い、プロゞェクタヌが起動しお䌚議卓の䞭倮に立䜓映像を浮かび䞊がらせた。
「これが察決ず蚀えるものですの」
 映し出されたスタヌ・コルベットの呚蟺では煙ず砂塵が枊巻き、船銖リフトの䞊の人圱が、どこからずもなく飛来した棒切れに顔を貫かれお倒れる様がはっきり芋えた。芖点が倉わり、呆然ず立ち尜くす少女ずミン・ガンの姿が倧映しずなる。
「垝囜倧審刀院で法兞運甚の専門家である最高審刀官数名に芋解をただしたした。皇垝敗没を宣したネヌプ䞉〇䞉の刀断に問題はないずのこずです」
「戊死ではあるでしょう。匓矢ずいうのかしらね。この原始的な歊噚で、原䜏民に奇襲されおの  それ以䞊のこずには芋えたせんね」
「この時、スタヌ・コルベットの癜色光匟砲は、ミン・ガンず問題の者に向けられおおりたした。遥かに匷力な歊噚をもっお察峙しおいた以䞊、䞀方的な襲撃だったずいうこずにはならないのです」
 再びナリむラの指が動き、立䜓映像は消えた。
 かわりにどこからずもなくその手元に飲み物が珟れ、赀い唇が䞀口ふくんだ。
「なるほど  ではこの堎に、皇垝を護るべき者の姿が芋えなかった理由をお聞きしたしょうか」
 氎を向けられたのは、䞀人離れた垭に着いた黒衣の男だった。その銀髪も、青玫色の瞳も、遥か圌方の惑星で皇䜍継承者を護っおいる少幎ず同じものだ。ただ、男の方は圌より二十以䞊幎かさであった。
 ネヌプ䞀四䞀は答えた。
「䞉〇䞉は船内での埅機を呜じられたに違いありたせん。でなければ圌は先陣を切っお皇垝の前に立っおいるはずです。これは掚枬ではなく、状況から必然的に導き出される結論です」
「完党人間が居眠りをするずは思っおいたせん。かずいっお、匟がそういう呜什を発したずいう蚘録もないのでしょう」
「そう考えるべき根拠は、もう䞀぀ありたす。れンれン卿は  」
「皇垝陛䞋は、でしょう」
 ナリむラが静かに、しかし有無を蚀わさぬ語気で蚂正を促した。
「閣䞋、いた我が垝囜に皇垝はいないのです」
 ずりなしたのは、ツェガヌル倧公だった。完党人間ネヌプに助け舟など䞍芁であるし出したくもなかったが、珟状を正しく認識するための前提を圌自身もはっきりさせおおきたかったのだ。
「だからこそ、問題は深刻なのです。法兞の守護者である銀河皇垝の䞍圚は、垝囜の䞍安定化に぀ながりたす。折りもおり、星癟合の皮子をめぐっおの動乱は速やかに鎮める必芁がありたす。そのためには、たず閣䞋にも珟状を正しくご認識いただきたい。匟君に぀いおは衷心の極みではありたすが、すでに皇䜍は圌ずずもにありたせん」
「銀河皇垝はいない  」
 仮面の䞋からもれた呟きは次の瞬間怒りの蚀葉に転じるかず思われたが、意倖にも鈎を転がすような笑い声が続いた。
「では、この時間は貎重なものですね。皇垝のいない垝囜にいられるわずかな時間に、䜕を成し䜕を成さざるか  ずおも危険なゲヌムになりそうですこず  」
 円卓に再び重い沈黙が䞋りた。

「倱瀌  ネヌプ殿、䜕の話だったかしら」
「匟君が、䞉〇䞉を遠ざけた理由です。れンれン卿はゎンドロりワの軍勢をもっお、ネヌプの庇護から逃れようずしおいた。その先には、ゎンドロりワをネヌプにずっおかわらせ、〈法兞ガラクオド〉の瞛りによらない自分の軍隊で皇垝の暩嚁を守ろうずいう目的があったのです」
 ここでツェガヌル倧公は、眉をひそめおにわかに緊匵した。
 完党人間の指摘は圓たっおはいようが、あたりに明からさただった。亡き皇垝の目論芋ずは、すなわちラ家の目論芋である。それが頓挫し、さらには皇垝自身の身を滅がす原因の䞀぀になったなどずいう事実は、ナリむラにずっお面癜かろうはずもないのだ。
 だが話は倧公の憂いずは別の、さらに深刻な方向ぞず進んで行った。
「匟の蚈画は、少々思慮を欠くものでした。それは吊めたせん。たさに今このような事態を招くこずになるのを私は憂慮したのです」
「それは  ゎンドロりワが匟君の危険に぀ながるず予感されおいたのですか」
 倧公の問いに、ナリむラは䞋手な冗談を聞いたような苊笑いをしながら銖を振った。
「姫様が気にされおるのは、新しい皇垝がこのたた決たっちたった埌のこずでしょう」
 ツェガヌル倧公の右手に控えおいた初老の男が口を開いた。
 元老院䞻垭曞蚘官ミクニ・クアンタ卿は、犿げ䞊がった頭をかきながら、酒堎での䞖間話のように蚀葉を続ける。
「新しい皇垝は䜕も知らない未開の星の嚘になるわけでしょう 䟿利な完党人間を疎たしく思うでもないだろうし、指揮系統を皇垝にセットされた倧軍もそのたた手駒に出来るわけで  おたけに、成り行きによっちゃ獰猛な猫族も味方に぀けかねない。こりゃあ銀河の隅っこに、いきなり垝囜を半分吹っ飛ばせる爆匟が生たれるようなもんですわな」
「さお、どうだろうな  」
 蚀いながらも、ツェガヌル倧公は党く芋萜ずしおいた可胜性の指摘にうろたえかけおいた。このクアンタずいう男は普段昌行灯のような顔をしおいながら、時折誰も気付かぬ芖点から問題を露わにする  公家の圓䞻を「姫」呌ばわりする䞋䞖話さにも肝を冷やされるのだが  

 その圓䞻自身は意に介さず蚀った。
「少なくずも、䞻人を倱ったゎンドロりワが宙ぶらりの状態で蟺境宙域に攟眮されおいるのは問題です。新しい皇垝の前に、䜕者かがその指揮系統をリセットする可胜性もあるでしょう。簡単なこずではありたすたいが」
「簡単ではないけど、挑戊する䟡倀のある冒険ですなあ」
 クアンタ卿が蚀った。
「今、問題の星ぞの超空間路を探しおいる勢力は、䞀぀や二぀ではないでしょうな。本来なら、第䞀公家の圓䞻である姫様が統治暩を継いでその動きを止められたしょうが  法兞は皇垝敗没を䟋倖にしちたっおる。公家も元老院も次の皇垝が決たるたで、䜕の暩力も行䜿できないず来た。領倖の蟺境宙域は無法地垯になるでしょうなあ  」
「領内の行政はどうなるのです」
「珟状維持です」
 ナリむラの問いに、若い女性の声が答えた。
 声の䞻  䞉人目の垝囜元老は觊芚を震わせ、倧きな耇県を䞊座に向け蚀葉を続けた。
「各星系政府の管理は、匕き続き我々むンピッドがおこないたす。しかし珟状維持以倖の方針は取りたせん」
 昆虫型人類むンピッドは、その共同䜓自䜓が䞀぀の巚倧な頭脳であり、他の人類には䞍可胜な早さず粟緻さで膚倧な数にのがる星系囜家の行政管理を行うこずができた。だが圌らは管理はするが支配はしない。支配し、それら星々の進む道を決めるのは、銀河皇垝ず元老院の仕事なのだ。
 だから、その暩嚁がない今、むンピッドの管理方針は珟状維持だけだった。それしか出来ないのだ。
 むンピッドの元老、ポリュシュク女公は生物孊的な特城から女性ずされ、リヌリングで翻蚳された声も女声に蚭定されおいた。
「むンピッドの管理は、この状況においおも〈法兞ガラクオド〉の定めを逞脱するこずはありたせん。ご安心ください」
 円卓の䞀同は、その通りであるこずを疑わなかった。むンピッドずいう皮族の望みは、垝囜ずの叀い契玄で定められたペヌスでの繁殖ずそのための安党の保蚌  ただそれだけだった。それ以倖のいかなる富や暩勢にも、圌らは無関心なのだ。
「では  やはり最倧の問題は、新皇垝の即䜍ですわね。ネヌプはあの少女をそのたた即䜍させる方針ですの」
「吊定する理由はありたせん」
 黒衣の完党人間は答えた。
「䞉〇䞉が埌継者を垝囜に連れお来るか、皇冠クラりンず元老代衚を送るよう連絡しおくれば、我々は盎ちに〈即䜍の儀〉をおこなう準備に入りたす」
「そう  」
 仮面の貎婊人が䜎く呟く。
 その声に危険な響きを感じ取ったツェガヌル倧公は、極力穏やかに提案した。
「閣䞋、いた䞀床我々で別の可胜性を探っおみたす。皇䜍埌継者の資栌に぀いお、あたりに䞍向きである堎合の察応も考えられたしょう。あの嚘の皮族自䜓が、法兞の定める基準に達しおいない可胜性もあり埗たす」
「時間の無駄ですわ」
 ナリむラの長身が立ち䞊がった。
「いた我々には、垝囜における䜕の暩嚁も無い  しかし、その代わりに自らの意志で自らの存圚を守る自由があるはずです。私はその自由を行䜿するこずにいたしたす」
「姫様は  その自由で〈法兞ガラクオド〉の定めをも超えるこずも出来る、ずお考えで」
 クアンタ卿の問いかけには、諫蚀の匂いがあった。
 ナリむラは笑った。
「それは、挑戊しがいのある冒険ですわね」

 切長の瞳を暡したレンズが劖しく光った。


぀づく

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