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わたしの歩幅で

スーパーの袋の中に、肉じゃがの材料が入っている。

じゃがいもを持ち上げると、少しだけ冷たかった。

今日のお母さんは、調子がいいみたい。
先週は風邪が治らず、
夜になると急に落ち込んで眠れない日が続いていた。


台所に立ち、野菜をまな板の上に並べる。
包丁を入れると、コトン、と小さな音がした。
その音が、なぜか安心に似ていた。


今日は、お母さんの調子も良くなってきた。
それだけで、気持ちが少し軽くなる。

鍋に火をつけたとき、スマートフォンが震えた。
兄からだった。

「今日、ふと実家のことを思い出した。
 お母さん、どうかな。  無理してないといい。」

兄らしい、必要なことだけの言葉。
その短さの奥に、わたしのことを思ってくれている気配があった。


肉じゃがの湯気がゆっくりと立ち上がる。
お母さんが「いい匂い」と言った。
その声を聞いた瞬間、静かに言葉が落ちた。


   (形じゃなくていい。  わたしは、わたしの歩幅で生きていく。)

夜、母の寝息が静かに部屋に満ちていく。

その音を聞きながら、わたしは台所の椅子にそっと腰を下ろした。


今日も一日が終わった。
仕事をして、
買い物をして、
夕食をつくって、
母の様子を見て、
兄からの短いメールを読んだ。


それだけの一日。
でも、その「それだけ」の中に、わたしの生活の全部が詰まっている。


ふと、窓の外を風が通り抜けた。
その触れ方が、なぜか未来のことを思わせた。


  (この先、わたしはどう生きていくんだろう。)

大きな夢はない。
派手な未来も想像できない。
でも、それが寂しいわけではなかった。


母の寝息を聞きながら、わたしは静かに思った。

 (幸せのかたちは、自分に合ったものがある。)

誰かが選んだ形を、 自分も選ばなければいけないわけじゃない。

母にも母の歩幅があり、
兄にも兄の歩幅があり、
わたしにもわたしの歩幅がある。


ただ、自分の歩幅で歩いていく中で、
ふっと風が頬に触れる瞬間があるかもしれない。
そのとき、小さく光るものがある気がした。


未来を大きく描く必要はない。
ただ、今日より少しだけ軽い明日があればいい。

風がまた通り抜けた。
その風の中に、わたしの未来の気配がそっと揺れた。


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