『二度寝率』
会社を休まされた。
寝坊したからではない。
「寝坊する可能性が高いから」だった。
健康のために始まった仕組みは、いつの間にか人を評価する仕組みに変わっていた。
会社を休まされた。
寝坊したからではない。
「寝坊する可能性が高いから」だった。
朝七時。
スマホに通知が届く。
Wake Index:本日の起床成功率 14%
推奨行動:重要予定の延期
意味が分からなかった。
熱はない。
体調も悪くない。
実際、その日は普通に起きられた。
それでも会社から連絡が来た。
「本日は自宅待機でお願いします」
理由は聞くまでもなかった。
Wake Index。
数年前に始まった健康保険アプリだ。
最初は睡眠改善サービスだった。
アラーム後に何分で起きたか。
二度寝したか。
起床時間は安定しているか。
そんな情報を記録するだけだった。
だが利用者が増えるにつれて、用途も増えた。
健康保険料。
健康診断の予約順位。
住宅ローン。
採用試験。
昇進審査。
二度寝率が低い人は自己管理能力が高い。
社会はそう判断するようになった。
昼頃、同僚からメッセージが届いた。
今月の二度寝率3%!
保険料また下がった!
祝いのスタンプが並んでいる。
SNSにも似たような投稿が流れていた。
起床安定指数92。
連続早起き記録更新。
今月の優良睡眠者認定。
誰もが朝を管理していた。
管理できる人ほど評価された。
その日の夕方。
祖父の家へ寄った。
退職後、一人で暮らしている。
事情を話すと、祖父は首を傾げた。
「寝坊しそうだから休み?」
「そう」
「まだ寝坊してないのに?」
「そう」
祖父はしばらく考えたあと、本棚から古いノートを取り出した。
学生時代の日記らしい。
何気なく開く。
そこには短く書かれていた。
休日。
昼まで寝た。
最高だった。
思わず読み返した。
意味が分からなかった。
昼まで寝る。
最高。
その二つが結びつかない。
今なら起床安定指数は大きく下がる。
二度寝率も悪化する。
保険料も上がるかもしれない。
祖父は笑った。
「昔はな」
「疲れてたら寝てたんだよ」
帰宅後、Wake Indexを開く。
今日の評価が表示されていた。
起床成功率:98%
社会適合度:良好
画面を閉じる。
しばらくして通知が届く。
おめでとうございます。
あなたは過去365日間、一度も社会推奨起床時刻を超過していません。
健康的な生活習慣が確認されました。
その下に、小さな文字が続いていた。
補足:
過去365日間において、
疲労回復を目的とした長時間睡眠は検出されませんでした。
初めて、その文章が少しだけ怖いと思った。
窓の外は休日の夜だった。
明日のアラームは設定済み。
Wake Indexの予測では、起床成功率は99%。
たぶん明日も予定通り起きる。
来週も。
来月も。
来年も。
祖父の日記を思い出す。
休日。
昼まで寝た。
最高だった。
その一文は、健康記録にも、評価項目にも存在しない。
けれど昔の人は、それを幸福と呼んでいたらしい。
そして気づく。
この社会が本当に失ったのは睡眠ではない。
「何もしなくてもいい日」の価値だったのかもしれない。
