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転職=年収アップ?



その日は、いつも通りの昼休みでした。休憩室でお弁当を広げながら、同僚たちが何気ない世間話をしています。私も箸を動かしながら、半分聞き流すつもりでその場にいました。

きっかけは、誰かがスマホで見た記事か、知り合いから聞いた話だったと思います。

「あそこのドラッグストア、年収○○○万円ももらってるらしいよ」

その数字が口にされた瞬間、場の空気が少し華やぎました。

「めっちゃすご!」
「流石ドラッグストアだね!」
「うちの会社じゃ無理だね」

みんな笑いながら、羨ましそうに、でもどこか他人事のように話していました。誰かを妬んでいるわけでも、卑屈になっているわけでもありません。ただ「すごいところはすごいね」という、ごく普通の世間話です。悪気なんて、これっぽっちもなかったと思います。

でも、私はその輪の中で、箸を止めていました。

というのも、その「すごい」と称賛されていた金額は、私が前の職場でもらっていた金額と、そう大差がなかったからです。かつて自分が受け取っていた数字が、今、目の前で「すごい」ものとして扱われている。しかも自分は、その金額を自分の意思で手放して、今の職場にいる。

誰も私を責めていません。誰も私に何も言っていません。それなのに、なぜか居心地が悪い。まるで、その会話が自分に向けられた品定めであるかのような、そんな錯覚に陥りました。

心の中で、こんな言葉が浮かびました。

「転職するって、年収が上がるイメージだけど、下がることもあるよね」

もちろん、声には出しませんでした。出したところで、誰かを否定する形になるだけです。みんなが楽しそうに盛り上がっている空気に、水を差すようなことはしたくありませんでした。だから、その一言は口の中でとどまり、そのまま飲み込みました。

昼休みが終わり、午後の業務に戻っても、そのモヤモヤはなんとなく心の底に残り続けました。誰かに嫌なことを言われたわけでもないのに、なぜこんなに引っかかるのだろう。帰り道、ふとその会話を思い出しては、自分でも説明のつかないざわつきを感じていました。

なぜ、あの瞬間、あんなに居心地が悪かったのか。
なぜ、声に出せなかったのか。
そして、あの「未練はないはずなのに、なぜか気になる」という感覚の正体は何なのか。

考えれば考えるほど、これは単なる年収の話ではなく、比較・自己評価・言葉にできなかった感情が絡み合った、もっと根深いテーマなのではないかと思うようになりました。

ここから先で、その居心地の悪さの中身を、じっくり掘り下げてみたいと思います。転職や年収の話は、多くの人にとって他人事ではないはずです。もし同じような感覚に心当たりがあれば、きっと読み進める価値があると思います。


1. 「すごい」という評価が、なぜ自分に刺さったのか


まず整理したいのは、あの会話の中で「すごい」と評価されていたのは、あくまで他人の年収だったということです。私自身は何も言われていません。褒められても、貶されてもいません。

それなのに、なぜ胸がざわついたのか。

答えは単純で、その金額が「かつての自分」と重なったからです。他人を評価する物差しが、たまたま自分の過去に当たってしまった。すると、こんな連想が勝手に始まります。

「あの金額が"すごい"なら、それを手放した自分は、何かを失ったんじゃないか」

これは、他人が私を評価したわけではありません。私が勝手に、他人の会話を自分の物差しとして流用してしまっただけです。でも、感情というのは律儀にそこへ反応します。比較は、他人が仕掛けてくるものだけでなく、自分の記憶が勝手に仕掛けてくることもあるのだと、改めて感じました。

考えてみると、私たちは日常の中で、無数の「評価の言葉」を耳にしています。

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