月90万円に達したAIトークン費用を10分の1に。新卒1年目営業メンバーが自作したAIが成果を出すまで
その金額を見た、AI推進部門に緊張が走りました。
月90万円。
これはある社員1人のアカウントにひも付くAIのトークン費用です。
その原因は、営業部門のメンバーが商談数を増やすために個人的に作った仕組みによるものでした。この仕組みはチーム全体に広がり、皆がこぞって使うようになると、さらにコストは膨らみました。そんな状況の中、会社が下した判断は「使用禁止」ではなく、「コストを抑えて、残す」でした。
これは、Bill One事業部のセールス部門で使われているAIを活用したシステム「One for All」が軌道に乗るまでの話です。一人の新卒1年目のメンバーの手元から始まりました。
One for Allとは
Bill One事業部のセールス部門が、AIを活用しながらNotion上に自ら構築した営業支援システムです。主な機能は次の三つ。
①企業を調べる
アプローチ先の企業名を登録すると、企業概要、IRや中期経営計画といった公開情報、社内の接点情報までを自動で収集
②仮説を立てる
集めた情報をもとに、企業の課題仮説と「Bill Oneのどのサービスをどう訴求すべきか」までAIがレコメンド
③記録を残す
商談の内容は自動で整形・保存され、業界ごとのよくある質問と回答としてナレッジを蓄積
2026年3月に本格稼働。現在はインサイドセールスとフィールドセールスの約80〜90名が活用しています。
ある新卒メンバーが、自分の業務効率化のために作成
作ったのは、Bill One事業部 セールスディベロップメント部に所属し、インサイドセールスを担当する小尾です。
小尾の仕事は、アプローチ先の企業に対して仮説を立てることから始まります。仮説の材料は、企業が公開している企業概要やIR情報、中期経営計画、経営層の登壇記事など多岐にわたりますが、それを一件ずつ調べるのは相当な手間がかかります。
小尾「情報収集は個々人の裁量にかなり依存する部分で、自分が入ってきた当初はとにかくたくさん調べていました。個人によって得られる情報の粒度・量・質にばらつきが出てしまっていたんです」

新しいメンバーが入ってきたときのオンボーディングもそれなりの時間がかかる。そこで小尾が取り組んだのは、「AIと人間の役割分担を明確にすること」でした。調べられる部分はAIに任せる。日々アップデートしなければならない戦略や判断は、人間が考える。その判断の土台となる情報収集を、AIエージェントに任せたのが始まりでした。
AIに任せたのは、企業情報やIR、中期経営計画などから読み取れる経営の方向性や組織の状況、そして社内に蓄積された接点情報などの収集です。さらに、集めた情報をもとに「Bill One請求書受領、Bill One経費、Bill One債権管理と三つあるサービスをどう訴求すべきか」という仮説までAIに考えさせました。企業の業界・規模・商流によって優先すべき提案は変わります。そのロジックを組み込み、社内に蓄積されたナレッジから「どのお客様にどのサービスを提案するのが最適か」までAIがレコメンドできる仕組みにしたのです。
使い方は簡単で、Notion上で新規ページを作り、調べたい会社名をタイトルに入れ、ステータスを設定するだけ。あとは事前に組んだエージェントが自動で動き出します。
Bill One事業部に配属された2025年12月まで、AIにほとんど触れたことがなかったという小尾。「せっかくの機会だから」とChatGPTを使い始めたのが最初だったと言います。
小尾「もともと建築学をやっていて、どちらかというとExcelでの集計や、何かを構造化することの方が得意でした。それが今回、少し生きたのかなと思います。部門内で『便利だ』という声が上がり、利用が広がっていきました。
メールでアプローチする際の文面も、AIが作ったものを手直しする形に変えたところ、これまでそこまで高くなかったアポイント獲得率が上がり、メールでもアポが取れるようになりました」
個人の工夫が部門で使われる仕組みとなり、確実に業務の効率化につながっていきましたが、問題はある日、突如表面化しました。
1アカウントだけで90万円
従量課金制なので、もちろん使われれば使われるほど処理するデータ量は増え、料金にも跳ね返ってきます。小尾が情報収集のために動かしていたエージェントは16。並列処理でアウトプットの品質とスピードを安定させるための設計でしたが、その分処理量は積み上がっていました
エージェント一つにつき約100円。小尾のアカウントにひも付いていたその仕組みを、インサイドセールスのメンバー30〜40人が使用していたため、トークンの使用量はピーク時に1カ月で約90万円の水準に達していました。
小尾「気付いたら、相当な量のトークンを消費してしまっていました」
「良いものを作ること」と「使い続けることができるか」は、別の話です。ここで最適化するべく声がかかったのが、過去にAIを活用した社内向けのシステムを構築していたエンジニアの荻野でした。
荻野「良いものであれば残した方がいいし、良いものでなければ残さなくていい、という考え方です。小尾さんが作った仕組みは、営業に役立つという点で残すべきものだと思いました」

案件化率が上がり、メールでアポイントが取れている。効果は出ている。ならば、コストを安くすればいいだけの話。そう整理して、荻野がシステムの作り直しに着手しました。
コストを約10分の1にした、三つの打ち手
荻野が取った方法は、本人の言葉を借りれば「全然難しくない」ものだったと言います。小尾が手作業とプロンプトでやっていたことを、システムとして組み直しました。
1. エージェント機能の使用をやめ、APIを直接呼び出す
やりたいことが決まっているのであれば、エージェントを動かすのではなく、ChatGPTやClaudeのAPIを直接データベースに接続した方がコストは下がります。
2. プロンプトに渡す情報を、構造化データベースから絞って取る
作り始めの段階では、参照させたい情報を何でもエージェントに直接指示していたため、プロンプトが複雑化し、AIが読み込む負荷も上がっていました。見る必要のない情報と重複ページを削除し、構造化されたデータベースから必要な情報だけを直接ピックアップする設計に整理しました。
3. 速度より、低コストを優先する
この仕組みは商談の事前準備のためのもの。1秒で結果が返ってくる必要はありません。数分でレポートができれば十分なので、その分だけ安いプランを選べます。
結果、1回当たりのコストは10分の1以下になりました。
荻野は、この経験を一般化してこう話します。
荻野「単純に力づくで利用を絞っている、という話ではないんです。少ないトークンで同じように動かす工夫をしています。雑多なデータをそのまま渡すとトークン消費が爆発的に増えてしまうので、データベース化するなど、毎回見せる情報を整理しておくことが大事だと思っています」
「他の部門でも活用しないともったいない」
仕組みが整っていく中で、この仕組みをインサイドセールスだけの活用で終わらせるのはもったいない、という声が上がってきました。
ちょうど同じ時期に、別の部署で似た課題に取り組んでいたメンバーがいました。Bill One事業部 第1営業部で従業員2000名以上の大企業(エンタープライズ)領域を担当する川島です。
川島が第1営業部に異動してきたのも2025年12月。そこで直面したのは、過去のナレッジが残っていない、という状況でした。
川島「聞けば分かることはあるんですが、それもトップセールスの方に聞いて初めて出てくるという状況で、CRMに細かな情報を入力する文化も根付いていなかったため、ナレッジが残らず困っていました」
そこで川島が作ったのは、商談に至るまでの思考プロセスと、商談後の記録が自動的に残る仕組みでした。Notionと対話しながら仮説を整理すれば、それが「準備ページ」として残る。商談当日は相手に了承を得た上で内容を記録し、終わったら文字起こしをNotionに保存します。
川島「自分のためだけにやっていた情報整理が、組織全体のためになればいいなと思って、この仕組みを作りました」

小尾の「商談前の情報収集」と、川島の「商談開始後のプロセス管理とナレッジ化」。この二つが接続し、営業プロセスを通しで支える一つのシステムになりました。名前は「One for All」です。
One for Allを活用した現在の業務フローは、こうなっています。
インサイドセールスがアプローチ対象企業を登録すると、Notionに案件ページが生成される。公開情報に加えて社内にある接点情報までが自動で集まる
フィールドセールスは、そのページでNotion AIに「初回」と打つだけ。企業の課題仮説、アプローチ案、Bill Oneの導入事例集から抽出した関連実績までが一気に出てくる
商談時は録音データを保存するだけで蓄積された商談ログから、業界ごとによく出る質問やその回答例がナレッジ化されていく
周辺には、毎朝AIが「今日アプローチすべき取引先」を通知する仕組みや、Googleカレンダーと連携して商談前にミーティングノートを自動起動する仕組みも動いている
One for Allが本格的に稼働したのは2026年3月から。利用者は、インサイドセールスとフィールドセールスを合わせて約80〜90名規模になっています。主なアプローチ対象は、従業員500名以上の企業です。小規模企業はIR情報などが薄く、仮説の精度が上がりにくいためです。
実際にフィールドセールスを担当し、部門内でOne for Allのシステム利用を推進したBill One事業部 第1営業部の桐木は、現場の変化をこう語ります。
桐木「自社のホームページを見ても、それは一つの情報としてしか受け取れません。その情報に対して『この案件ならどう営業するか』というアプローチが可能になるので、質を上げながら業務量を削減できているところは大きいです」
「成果」につながる数字は、こう動いた
最も大きく動いたのは、初回の商談から具体的な検討段階へと進んだ割合を示す「案件化率」です。One for Allが稼働してから、これがおよそ1.5倍向上しました。
相手のことをほとんど知らないまま臨む商談と、経営の方向性や組織の状況をつかんだ上で臨む商談では、交わす会話の中身が変わります。何を課題として抱えていそうか。誰に話を通すべきか。その見立てを持って初回に臨めるようになったことが、この数字に表れています。
背景にあるのは、準備そのものの変化です。初回商談の準備にかかる時間は、以前は一件当たり4〜6時間。企業のことを一から調べ、仮説を立て、話す内容を組み立てるまでに、半日近くを使っていました。それが今は、数分で終わります。空いた時間を、仮説を磨くことや商談の数そのものに充てられるようになりました。
数字以外の変化もありました。エンタープライズ領域では、入社半年ほどのメンバーが、初回商談から受注まで平均9カ月かかるといわれる領域で、約4カ月で受注に至りました。詳細な情報や過去の成功事例を事前に得られることが、リードタイムの短縮につながったとみられます。
さらにインサイドセールスとフィールドセールスの引き継ぎの手間も変わりました。以前はCRMに「進展なし」程度の情報しか残らず、インサイドセールスが再アプローチする際にフィールドセールスに都度状況を確認する必要がありました。One for Allが稼働する今は、フィールドセールスがNotionに情報を細かく残せるため、インサイドセールスはそれを参考に作戦を立てられます。両者が別々に同じ企業を調べていた重複作業も、消えました。
副次的な効果として、AIに苦手意識のあったメンバーも自分から触るようになりました。
桐木「『こんなことができるんだ』という実感があったので、メンバーがAIに触るきっかけになった、というのは大きいです。それが『自分でもAIでこういうことができるんじゃないか』という応用への起点になっています」

One for All のこれから
川島「これから出てくる数字が本当の成果だと思っています。新規のお客様を担当するフィールドセールスとしての成果は、究極的には新規の受注でしかありません。新規受注がどれくらい生まれたか、新しく入社・異動してきた方の受注までにかかる期間がどれくらい短縮できたか、という数字でしか測れないと思っています」
案件化率や時間削減は、あくまで中間指標。最終指標での効果証明は、まだこれからです。並行して、従業員規模の小さい企業向けの設計、他部門への横展開、既存顧客領域への拡大も進んでいます。
小尾「AI活用には三つのフェーズがあると考えています。①AIで業務を効率化・削減する、②AIで情報を整える、③整えた情報を活用する。One for Allは今、③に踏み出したところです」
初めは、一人の新卒メンバーが、自分のために作った仕組みでした。それが部門に広がり、コストで壁にぶつかり、エンジニアの手で作り直され、別の場所で同じ課題と向き合っていた人と合流して、80人以上が使う仕組みになりました。
AIのコストを、自分で説明できるように
Sansanでは、個々にAI利用の上限額が設けられています。従量課金は本来フェアな契約ですが、サブスクリプションに慣れた感覚のままだと、使った実感と請求額の間に差が生まれてしまいます。
「大事なのは、どのような成果を上げるために、いくら使ったかを各自が認識し、改善し続ける事です。上限は、使うことを制限するために設けているものではありません。どんどん使ってほしいという前提は、変えていません。」とAI推進部門の担当は話します。
今回のように、まず作ってみて、それを整えていく。その繰り返しの中で、費用に見合った成果につながるAIの活用法が見いだされていくのかもしれません。

