色即是空、ベイビーの代名詞はit
3月末、20週目の超音波検査に行ってきた。赤ちゃんの体や胎盤などをチェックする最後の検査の日(ニュージーランドではよっぽどのことがない限り、エコーは全部で3回しかやらないのが普通らしい)。
性別がわかるということで、どきどきして向かった。もうこの日が待ち遠しくて狂いそうだった。ゆうじ君と二人で「あと3週間後にはわかるんやで」「あと10日後にはちんちんがついてるかついてないか見れるんだよ」「明後日にはわか…」としつこいほどカウントダウンをしてきた。
妊娠を報告すると、決まって「男の子と女の子どっちだと思う?どっちが良い?」と聞かれた。そのたびに「どっちでも嬉しい」と答えてきた。だって本当に、なんであったって嬉しいのだ。だけど、男の子なのか、女の子なのかを知れるのは楽しみだった。赤ちゃんのことを一つでも多く知れることが、ただただ嬉しかった。
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妊娠する前までは、ずっとずっと女の子がほしかった。一緒にシルバニアやぬいぐるみで遊びたいし、おままごとだってしたい。周りの子が見ていなかろうが、『おジャ魔女どれみ』と『カードキャプターさくら』は絶対に見てほしい。『ちいさなプリンセスソフィア』も一緒に見たい。ディズニーオンアイスも一緒に見に行きたい。髪の毛をかわいく結んであげたい。一緒にお菓子も作りたいし、もちろんごはんも作りたい。アイドルの歴史も教えたい。とにもかくにも、やりたいことがありすぎた。
もちろん、お気に入りのアニメは大人になってからも何度も見返している。去年もディズニーオンアイスに行って、現地の子どもたちに混ざって歌った。オプショップで1ドルで買ったくまのぬいぐるみで、毎朝毎晩ゆうじ君と二人で遊んでいるから、全部、子どもがいなくたってできることなのだけど。女の子だろうと男の子だろうと関係ないのだけど。それでも、女の子ができたら、一緒にやりたいことがたくさんあった。

だけど、男の子の可能性だってある。というか、50%という高確率で男の子なのだ。どっちの想定もしておかないといけない。そう思って男の子について調べ始めると、良い意味であほで、無邪気で、かわいらしくてたまらないではないか。くりくり坊主ですっ裸で海辺を駆け回る男の子、尊すぎる。わけのわからん虫や木の実を持って帰ってくる性質、常に見えない敵と戦っている勇ましい姿、かわいくないわけがない。
ガンダムはマストで見てほしい。絶対に『Ζガンダム』の最終回を見て、一緒に虚無を味わいたい(だいぶ大きくなってから)し、そのためにはやはりオリジンから順に見て…。日本人として『SLAM DUNK』は漫画で読まないとならないし、そうなると漢字を教えてあげないといけないな。そういえば、スーパー戦隊シリーズは終わっちゃったらしい。そもそもニュージーランドの人ってどのヒーローに憧れるんだろう?と考えを巡らせていた。
楽しみすぎて毎晩思いを馳せていたら、「人気ライダーランキングには入れなくても、私は一番G3が好きです!!」と要潤に直接伝えることができた夢まで見た。そしてアギト、映画になってたんだよね。日本にいたら観に行きたかったよ。
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そんなこんなで、妊娠してからは、男の子か女の子、どちらでも良くなった。どうでもいいというネガティブな意味ではなく、「どっちでも嬉しいな」という。
まぁ私は男の子でもないけれど、上記の作品はすべて見てきているのだから、人の趣味に性別は関係ないし、育っていくうちに心は逆の性別だとわかる可能性もある。――なんて理由も置いておいて、このおなかの中の子に無事に出会えるのなら、なんだって良かった。
もう愛しいのだ。おなかの中に命が宿っているとわかったその瞬間から、まだヒトの形になる前から、顔も見てないのに、声も聞いていないのに、かわいくてかわいくてたまらない。小さな足で一生懸命私のおなかを蹴っているのだと思うと、愛でしかない。性別がなんだろうとかわいいのだ。元気に生まれてくれるならもう、それだけで、それ以上に幸せなことはない。
あんなに女の子が欲しかったはずなのに、心拍を確認できたその日から、性別へのこだわりは嘘みたいになくなった。どっちなのかは純粋に気になったけど、本当に、どちらだとしても嬉しかった。だって男の子でも女の子でも絶対にかわいいもん。
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待ちに待ったスキャンの日。すべての検査が終わって先生に聞かれた。「性別を知りたい?」
この国では、ジェンダーリビールパーティーをするのが主流で、その場で教えてもらう以外にも、紙に書いてもらうという方法があるようだ。日本だと女性が先に知っていて、父となる人にサプライズでケーキをつくると思うのだけど(そうだよね?)、ニュージーランドでは、先生に性別を書いてもらったその紙をケーキを作ってくれる人に持っていき、女性側も全く知らない状態で、ケーキ入刀サプライズを楽しめる。
周りの人たちから「やるの?やるの??」とあまりにも聞かれるので、それも考えたけど、5か月も待ち焦がれてきたのだ。さらに紙を持ち帰ってケーキを作ってもらうのを待つなんて、できない。それに、ちゃんと説明してもらわないでケーキの中身だけで知ったら、後から「本当に?どこで判断したの?もしかしたら間違ってたのでは?」という疑問が出てくるかもしれない。ゆうじ君と、その場で教えてもらうことにした。
「今、知りたい」と答えると、あっさり発表された。
「It's a girl!」
ガ、ガール…!驚いたというか、なんか想像してなくて、うまく反応ができなかった。あと、「今から言うわよ」みたいな間もなく、スパーンと言われたので、ちょっとびっくりした。あまりにもリアクションの薄い私たちが、英語をわかってないと思ったのか「It's a daughter!」と言い直してくれた。それでも「ド、ドウター…!女の子やって…!」と二人で顔を見合わせることしかできなかった。
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ずーっと女の子が欲しかったので、嬉しいのは間違いないのだけれど、「キャー!女の子だって!」みたいな反応ができなかった。なぜか最後の最後に男の子な気がして、その構えで来ていたから不意打ちをくらったというのもある。でもそれ以上に、なんだか、この命に、性別があるというのが信じられなかった。
私たちが今知ったというだけで、この子は受精した瞬間から女の子であることは決まっていて、20週と数日間、ずっとずっと女の子だった。この検査の日に突然女の子になったわけではない。
だけど、この5か月ほど、男の子か女の子かわからない状態で、ずーっと話しかけてきたものだから、急にガールという性を与えられても「え、ガールとか、あるの?」みたいな、困惑していた。ボーイかガールか知りたいと言ってたのは私なのに『女の子 とは』となった。
というか今も困惑している。この生物に女の子というジェンダーがあるということに。いや、ずっとあったんだけど。私が認識した瞬間がその「It's a girl」と言われたときなだけなのだけど。というか、それを知るのを楽しみにしてきたんだけど。空だ、空の思想だ…!唯識だ…!
なんかもう "赤ちゃん" という "命" として見てきたからさ、"女の子" として接してこなかったからさ、なんかもう、、空海さんだ!となった。急に真言宗の話をして、仏教に興味のない人を置き去りにしていることはわかっているんだけど、もうとにかく、頭が追い付かなかったのだ。
赤ちゃんは英語で、he や she ではなく it で表される。物扱いしているようでいやだと思う人も多いから、最近は使われない傾向にあるし、むやみに傷つけたくないので私も使わないようにしているけれど、文法的にはitは正しい。
私は赤ちゃんを he や she とは捉えていなかったようで、"赤ちゃんそのもの" と見ていたので、なんだか、it がすごくしっくりきた。すごいぞ言語。
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「女の子だって」とお互いの両親に電話しても、やはり実感がなかった。これから友だちに伝えていくことで、だんだん "女の子" になっていくのだろうか。
はぁ、色即是空、空即是色…!!
妊娠5か月のメモをもとに。
性別発表を楽しみにしていたのに、小さい頃から夢だった女の子を授かったというのに、「女の子という性別がある」という事実に驚いた日。
性別を知ったうえで、また思った。――無事に生まれてくれるなら、それで良い。
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今は臨月に入り、水通しも部屋の模様替えも完了。あんなに困惑していたけれど、私たちの心も、ベビーグッズも、女の子を迎える準備は整った。もうすぐ会えるなんて、夢みたいだ。

(冒頭出てきたオプショップで買ったくま)
