【三題噺】カニの恩返し
まえがき
今回は、リクエストが来ていた3つの語を使って三題噺を書いていきたいと思います。(コメント欄でリクエストをしてくれた方、ありがとうございます!)
お題は「イルカ、自動車、月」の3つです。
これを見ている方の中には「あれ?カニどこ行った?」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。
実は一部の地域では、満月の模様をカニに見立てる地域もあるそうです。
日本でいう「月にはウサギがいる」というのと同じような感じらしいです。
まだまだリクエストを募集しているため、コメント欄や質問箱でぜひリクエストをお願いします。
(現在深刻なネタ切れになっており、リクエストをいただけると泣いて喜びます。どうかご協力をお願いいたします…。リクエスト以外でも、質問したいことがあれば答えます。)
それでは、どうぞ!
あるところに、海の近くに住んでいる男がいた。
そこはバスや電車等の交通網はなく、移動の際は車を使わなければいけない田舎の地域だった。
男は、今日も10年共にした愛車と共に通勤をしている。
自宅から職場まで、歩いて30分。
歩くこともできるが、男は体力を温存したいため車で通勤していた。
朝は4時に起き、職場に向かう。
使う道具を手入れして、重い物を運び、作業を済ませて明日に備える。
この仕事は体力を奪い、身体には疲れが蓄積していった。
そして、ある日のこと。
男は重い物を運んでいる途中で足が縺れて転んでしまった。
また、足元が不安定な場所で、以前のように踏ん張りがきかなくなっていることに気が付いた。
これでは自身の身に何があってもおかしくないと感じた男は、車で病院へ向かった。
医師の診察を受け、転んだことによる腕の骨折が判明した。
また、過労による休養も必要だと言われたため、診断書をもらって仕事を休むことにした。
上司には一定期間の休養が必要である旨を伝え、3か月間安静にすることに。
仕事を休んで1か月。
怪我が治って来たのは良いが、男は暇だと感じていた。
暇になると、考えごとをするくらいしかやることがない。
男はこれまでの人生で一度も「何もしない期間」が無く、休むことなく働き続けた。
若い頃には伴侶が隣にいたが、今はもういない。
かつてはずっと大切にしようと思っていた存在だった。
だが、仕事の疲れと人間関係にイライラしていた男は、自身の妻にきつく当たってしまうことが多くなった。
ある日、彼女は愛想を尽かして出て行ってしまった。
当時の男は仕事が忙しく、訃報を耳にしても涙は出なかった。
訃報から20年経ち、自宅で休んでいるとふと彼女のことを思い出した。
謝りたい、何とかして会いたいとは思うが、それはもうできない。
言いようのない寂しさを感じた男は、海辺をドライブしてみることにした。
家にいて鬱々とするよりも、外に出て動いた方が良いのではないかと考えたのである。
浜辺に車を止め、空を見上げると満月があった。
月の光を見ていると、元妻と一緒にデートをしたことを思い出す。
浜辺で歩いていたら、彼女は波に足を取られて転んでしまった。
自分も助けに行こうとしたら転んでしまい、一緒に砂だらけになったっけ…。
思い出を振り返りながら車から降り、海の近くを歩いていると何かの鳴き声が聞こえる。
その音がする方向へ行き、月明かりを頼りに見てみると1匹のイルカが鳴いていた。
イルカが浜辺に来ているのは珍しいと思いながら近づく。
よく見るとイルカの口元付近の砂が動いており、カニが必死に逃げ回っている。
イルカにかじられたのか、ハサミが1本無くなっていた。
イルカはそれを嬉しそうに追いかけており、可哀想に思った男はそっとカニへと近づき、手で掬って遠ざけてやった。
イルカは悲しそうな顔をして、不服そうに海へ帰っていった。
カニの安全を確認した男は、「ほれ、もう大丈夫だ。海へお帰り。」と言って海の中に返してやった。
いいことをした、と思いながら彼は帰路についたのだった。
その夜、彼が眠っていると、珍しく亡くなった元妻が夢に出てきた。
『あなた、どうしてあのカニを逃がしてしまったの。私、とてもお腹が空いていてあと少しで食べ物にありつけそうだったのに。』
その言葉が耳元で聞こえ、男はハッと目を覚ました。
妻のことを思い出したからか…と目をこすって二度寝をしようとすると、窓ガラスが叩かれる音がした。
不審に思ってカーテンの隙間から覗いてみると、そこにはカニが2匹いた。
そのうちの1匹はハサミが1つしかなく、浜辺で会ったカニだとすぐに分かった。
隣には番なのか、別のカニが1匹寄り添っており、まるで「助けてくれてありがとう」と言いたげに男のことを見上げているではないか。
男は嬉しさを感じるとともに、自身が助けた命が生きていることに安堵した。
ふと窓から見える庭に目をやると、そこにはたくさんの黒い点があった。
そのカニの子供たちなのかもしれないが、心なしか嬉しそうに見える。
2匹のカニはしばらく男の目を見つめ、庭にいた大群を引き連れて海へと帰っていった。
今度こそ男は安心して二度寝をした。
この夜から復職の日まで、亡くなった元妻が夢に出てくることはなかったため、この出来事は男の頭から消えていった。
時が経って、復職の日。
男はいつも通り車に乗って、職場に向かった。
道具のメンテナンスを行い、港へ向かう。
船に乗り込み、波に揺られて足元が不安定になっても、持ち前の力で踏ん張って耐える。
しばらくして、男は前と同じように海へ出て、同僚が投げ込んだカニ漁の網の回収作業を始めようとした。
網を投げ込んだ地点に向かっていると、1匹のイルカが船と並走していることに気が付いた。
嫌な予感がした男は船のスピードを上げて、網の設置点へと急いだ。
船を止め、網を巻き上げてみると何者かに食い破られたかのような跡がある。
海を見るとカニを咥えたイルカが嬉しそうに飛び上がるところが見えた。
おそらくこいつの仕業だろうと推測することしかできず、男は悔しくなった。
別の地点に向かうと、網は無事で大量のカニがかかっていた。
いつもと比べたら小ぶりだが、逃すほどの大きさではないと判断しつつ網を引き揚げる。
よく見ると、小さなカニが密集して玉のようになっている部分があった。まるで何かを守ろうとしているかのようだった。
不思議に思ってカニをかき分けてみると、ハサミが1本しかない個体が真ん中にいた。
これは商品にはならないが、まぁいいか…と男は逃がすことなく網を引き揚げ、それらをいつものように船上にある冷凍庫に入れた。
まるで悲鳴のような音が聞こえたが、きっと荒波で船の一部が軋んだのだろう。
