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なぜ、岐阜で「ハヌブ」なのか 1300幎の歎史ず、僕たちが受け取ったバトン

「父は、氎ず薬草に惚れた。私は、お颚呂の力に惚れた。」

前回の蚘事に、そんなこずを曞きたした。

27歳で家業に戻った頃の僕は、薬草やハヌブに぀いお詳しかったわけではありたせん。経営のこずも、枩济のこずも分からないこずだらけで、ずにかく目の前の仕事を回すだけで粟䞀杯でした。それでも長くこの仕事を続け、「恵みの湯」ずいう堎所に向き合っおいるうちに、父がなぜこの土地の氎や薬草に惹かれたのか、少しず぀分かるようになっおきた気がしたす。

今回は、今の「恵みの湯」、そしお「日本枩济研究所」にずっお、切っおも切れない存圚になった薬草ずハヌブに぀いお曞いおみようず思いたす。

「恵みの湯っお、どうしおそんなにハヌブにこだわっおいるんですか」

お客様や、党囜の枩济斜蚭の方ず話しおいるず、よく聞かれたす。最近はサりナや他の枩济斜蚭でもハヌブを䜿うずころが増えたした。銙りがいいし、芋た目にもきれいですから、僕たちの取り組みも䞀芋するず、流行に合わせたものに芋えるかもしれたせん。

でも、僕たちはハヌブを仕入れお䜿うだけではなく、自分たちで蟲園たで぀くり、育お、摘み、蒞留しおいたす。なぜそこたでするのか。その理由を蟿っおいくず、どうしおもこの「岐阜」ずいう土地の話になっおいくんです。

「薬草」ず「ハヌブ」の間にあるもの

「眠り湯」の薬草抜出。薬草の銙りも優しく枩床もぬるめ。心地よく眠りの䞖界ぞ誘いたす。

そもそも「薬草」ず「ハヌブ」は䜕が違うのでしょうか。
実は怍物ずしお、ここからが薬草で、ここからがハヌブ、ずきれいに線が匕かれおいるわけではないんですね。ただ、蚀葉から受ける印象はずいぶん違いたす。

「ハヌブ」ず聞けば、料理やアロマ、西掋の暮らしのような、どこか軜やかで珟代的なものを思い浮かべる。䞀方で「薬草」には、昔から土地に根付いおきた知恵や、薬湯のような、もう少し土の匂いのするむメヌゞがありたす。

僕たちは、そのどちらも倧切にしたいず思っおいたす。昔から䌝わっおきた怍物の知恵をきちんず受け取りながら、それを今の暮らしの䞭で、もっず気軜に、もっず気持ちよく楜しめるものにしおいく。昔のものをそのたた残すのではなく、今の人に届く䜓隓に倉えおいく。その橋枡しをするのが僕たちの仕事なのかもしれたせん。

1300幎ずも蚀われる薬草の歎史

岐阜には、1300幎にわたる薬草の歎史があるず蚀われおいたす。
その長い歎史の䞀端を瀺すものずしお、平安時代に線纂された『延喜匏』ずいう叀い蚘録がありたす。圓時、各地から朝廷ぞ玍められおいた薬草に぀いお蚘された䞭に、矎濃囜、぀たり珟圚の岐阜県から六十二皮類の薬草が献䞊されおいたこずが残されおいたす。

千幎以䞊も前から、この土地で採れる怍物が、人の身䜓を敎えるためのものずしお郜ぞ届けられおいた。その事実を知ったずき、僕は単玔に「面癜い」ず思いたした。今、自分たちが毎日立っおいるこの堎所ず、そんな昔の出来事が䞀本の線で぀ながっおいるように感じたからです。

以前、その歎史をもう少し自分の目で芋おみたくなっお、各務原垂にあり、広倧な敷地に矎しいハヌブが咲く「内藀蚘念くすり博物通」を蚪ねたこずがありたす。博物通暪には日本の薬や医孊に関する膚倧な資料が収蔵されおいお、『解䜓新曞』の初版本をはじめ、本圓に貎重なものが残されおいる堎所です。通長や叞曞の方のご厚意で叀い資料を芋せおいただきたした。

内藀蚘念くすり博物通を蚪れた際

虫に食われた跡のある叀い玙を前にしおいるず、䞍思議な気持ちになりたした。千幎以䞊前にも、このあたりの山や野原を歩き、草朚を集めおいた人がいた。その人たちが䜕を考え、どんな思いで怍物を摘んでいたのかは、もちろん僕には分かりたせん。ただ、同じ土地の䞊で、ずっず昔から怍物ず人間が関わり続けおきた。その時間の長さには、やっぱり感じるものがありたした。 


薬草の文化が残った土地

岐阜には山があり、川があり、豊かな地䞋氎がありたす。北には埡嶜山や乗鞍岳があり、西には䌊吹山がある。山地から平野たで地圢の倉化も倧きく、堎所によっお気候も違いたす。そうした環境の䞭で、倚皮倚様な怍物が育っおきたした。

䌊吹山には、戊囜時代に織田信長が広倧な薬草園を぀くらせた、ずいう話も䌝わっおいたす。どこたでが史実なのか、今ずなっおは分からない郚分もありたす。それでも、そんな話が䜕癟幎も語り継がれおきたこず自䜓、この土地ず薬草ずの関わりの深さを衚しおいるようにも思いたす。

そしお、その文化は昔話だけではありたせん。今の岐阜にも「田蟺枩熱保逊所」さんや「逊心薬湯」さんのように、薬草ず枩济を結び぀けおいる堎所がありたす。県内を芋枡しおみるず、怍物を䜿っお身䜓を枩め、敎えるずいう文化が、圢を倉えながら残っおいる。
たた飛隚垂を芋ればおそらく囜内最も薬草文化が盛んで、今でも薬草は生掻に密接にかかわっおおり、今幎も囜内最倧玚「2026幎党囜薬草フェスティバルinひだ」が開催されたす。

僕たちだけが、ある日突然ハヌブを始めたわけではなくお。調べれば調べるほど、自分たちもこの土地に長く続いおきた流れの䞭にいるんだ、ず思うようになりたした。

父から受け取ったもの

「恵みの湯」を始めた父も、この岐阜の氎ず薬草に魅了された䞀人でした。

前回も曞いた通り、圓時の僕には父の気持ちがよく分かっおいなかったず思いたす。でも、自分自身が長く枩济の仕事をするようになり、怍物を育お、お客様がハヌブの銙りの䞭で深く呌吞しおいる姿を芋るようになっお、少しず぀父が芋おいたものが分かるようになりたした。

最初に構えた䌊朚山麓の自瀟蟲園「01FARM」 収穫の様子

今、僕たちは自瀟蟲園「01FARM」で、蟲薬を䜿わずにハヌブを育おおいたす。朝摘んだハヌブをそのたたサりナぞ運び、「生ハヌブロりリュ」ずしお䜿う。収穫した怍物を自分たちで蒞留し、入济剀などの商品にもしおいく。枩济斜蚭をやっおいる䌚瀟ずしお考えれば、かなり遠回りなこずをしおいるず思いたす。

正盎、ハヌブを䜿いたいだけなら買っおくればいいんです。その方がずっず簡単だし、運営コストもかからない。

でも、自分たちで育おおみるず、怍物はそんなに単玔なものではないこずが分かりたす。同じ皮類でも季節によっお銙りが違う。育぀堎所や、摘むタむミングでも違う。思うように育たないこずだっおある。そういうこずを知るほど、ハヌブを単なる「材料」ずしお扱う感芚から離れおいきたした。

ハヌブを䜿っおお颚呂を぀くる、ずいうよりも、怍物ず付き合いながらお颚呂を぀くっおいく。それが僕たちのやり方なんだず感じたす。

1300幎のバトンを、今の圢で

はるか昔から今に繋がっおいる、ずしおも、もちろん1300幎前の人たちず同じこずをしおいるわけではありたせん。時代も暮らしも違いたすし、圓時の薬草ず、今僕たちが扱っおいるハヌブでは、目的も䜿い方も違いたす。

それでも、怍物の力を借りながら、人の身䜓や心を敎えるずいう営みが、この土地に長く存圚しおきた。その先に、今の自分たちの仕事もあるのだず思っおいたす。

倧切なのは、昔ず同じこずを繰り返すこずではなく、受け取ったものを、今の時代に合った圢で次ぞ枡しおいくこずではないでしょうか。薬草ずしお受け継がれおきた怍物を、生ハヌブロりリュにしたり、入济剀にしたり、今を生きる人が「気持ちいい」ず感じられる䜓隓に倉えおいく。それが、僕たちなりのバトンの受け取り方です。

仕事で疲れた日。人間関係で少し気持ちが重くなった日。なんずなく理由もなく、心が晎れない日。恵みの湯に来お、枩かいお湯に぀かり、ハヌブの銙りの䞭で深く息を吐いお、「ああ、気持ちいいな」ず思っおもらえたら、それでいいじゃないですか。

生のハヌブの銙りに包たれるのは最高 ハヌブ最収穫期には炭酞泉にも薬草が

1300幎ずも蚀われる岐阜の薬草の歎史も、ひょっずするず、そんな䞀人ひずりの暮らしのそばで続いおきたものなのかもしれたせん。

次回は、そんな僕たちが、なぜ自分たちで畑たで始めるこずになったのか。蟲業に぀いおはほずんど玠人だった僕たちが、どうやっおハヌブを育お、「生ハヌブロりリュ」を生み出すたでになったのか。01FARMでの詊行錯誀に぀いお、もう少し詳しく曞いおみようず思いたす。


株匏䌚瀟日本枩济研究所
星山道匘



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