忙しかった頃のほうが、なぜか家事が終わっていた。
最近、なんだか時間の流れ方が変わったような気がします。
時計の進む速さが変わったわけではないのに、以前とは一日の時間の感覚がちょっと違うんです。
仕事をしていた頃の朝は、とにかく時間との勝負でした。
朝起きて、朝ごはんを作って、お弁当を作って、家族を起こして。
みんなを送り出したら、今度は自分が仕事へ行く準備。
「この時間には朝ごはんの食器を洗い終わっていて」
「この時間には歯を磨いて」
「ゴミも出して」
「ここまで終われば、何時には家を出られる」
そんなふうに、時計を見ながら動いていました。
仕事に遅れるわけにはいかないので、家を出る時間は絶対です。
だから、その時間から逆算して動く。
今考えると、あの頃の私はなかなか効率よく動いていたんだなぁと
思います。
ところが、仕事をしていない今。
朝起きる時間は、あの頃とほとんど変わりません。
朝ごはんを作る時間も、お弁当を作る時間も、家族を起こす時間も同じ。
ここまでは、以前と変わらないんです。
違うのは、家族を送り出した「そのあと」。
ふと時計を見て、
「あれ?前だったら、この時間にはもうこれも終わってたよね?」
なんて思うことが増えました。
以前ならとっくに片づいていたはずのことが、まだ終わっていない。
出かけようと思っても、
「この時間なら、前だったらもう出られたのに。今日はまだこれしか終わってない……」
なんてこともあります。
一体、私の時間はどこへ行ってしまったのでしょう(笑)。
考えてみれば、理由はなんとなくわかります。
仕事をしていた頃には、
「この時間には家を出なければならない」
という、はっきりとしたゴールがありました。
そこに間に合わせるために、無意識のうちにテキパキ動いていた
のでしょう。
でも今は、それがありません。
何時までに家事を終わらせなければいけないわけでもない。
何時までに家を出なければいけないわけでもない。
だからきっと、自分でも気づかないうちに一つひとつの動作がゆっくりに
なっているんでしょうね。
それに、よく考えてみると、仕事をしていた頃にはやっていなかったこともしています。
ちょっと気になったところを掃除してみたり。
途中で別のことを始めてみたり。
少し休憩してみたり。
急ぐ必要がないから、以前なら「今はいいや」と通り過ぎていたことにも時間を使っているのかもしれません。
そう考えると、
「時間がなくなった」のではなく、
「時間の使い方が変わった」
ということなのかな。
でも、良いのか悪いのか……自分でも少し複雑です。
仕事をしていた頃を思い出すこともあります。
忙しかったけれど、それなりに充実していました。
毎日決まった時間に家を出て、仕事をして、家に帰ってくる。
大変なこともあったはずなのに、今振り返ると楽しかった記憶もたくさん残っています。
だから、ときどき、
「あの頃は……」
なんて思い出して、少し寂しくなることもあります。
でも今は今で、悪くありません。
時計を何度も確認しながら、
「急がなきゃ!」
と焦ることもなくなりました。
自分のペースで家事をして、疲れたら少し休んで、また動く。
以前より時間がかかっていたとしても、それは怠けているからではなくて、急ぐ必要のない時間を過ごせるようになったからなのかもしれないです。
仕事をしていた頃の、時間に合わせてテキパキ動いていた私。
そして今の、時間に追われずゆっくり動いている私。
どちらが良いということでもないのでしょうね。
暮らしが変われば、時間の流れ方も変わる。
今はまだ、その変化に自分自身が慣れている途中なのかもしれません。
「もうこんな時間なのに、これしか終わってない!」
そう思う日もあるけれど。
まあ、今日中に終わればいいか。
そんなふうに思えるようになった今の暮らしも、これはこれでいいのかな。
そう思いながら、今日も私は自分のペースで、ゆっくり暮らしています。

