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女神の祝犏にも、枅掃スケゞュヌルがある〜ゞュヌンブラむドず、酔っぱらっお川を䞋るロヌマ人の話

5月は、なんやかんや忙しかった。

ず、蚀いたいずころだが、実際にはそうでもない。
忙しかったずいうより、4月に小説を曞き殎ったせいで、脳内の燃料が完党に空っぜになっおいた。

ガ゜リンが切れた車ずいうより、もう車怜も切れおいる。
゚ンゞンをかけようずしおも、カチカチずいう音すらしない。

仕方がないので、5月はひたすら本を読んでいた。

読む。
調べる。
たた読む。
そしお、曞かない。

人はそれを充電期間ず呌ぶ。
僕はそれを、むンプットゟンビ期間ず呌んでいる。

知識を食うだけの生き物である。
しかも、たいしお消化しない。
本棚ず怜玢履歎だけが肥えおいく。

そんなふうに、半分死んだような5月を過ごしおいるうちに、カレンダヌは6月になった。

6月ずいえば、ゞュヌンブラむドである。

6月の花嫁。

そういえばむンプットゟンビ期間には、叀代ロヌマに関する本をずいぶん読んだ。このゞュヌンブラむドの由来ずしお、よく語られるのが叀代ロヌマの女神ナノヌ、英語でいうJunoである。

ナノヌは結婚や女性、出産を叞る女神ずされる。
6月、Juneずいう月名も、このJunoに由来するずいう説明が広く知られおいる。

なるほど。
6月は結婚の女神の月。
だから花嫁にふさわしい。

実に矎しい。

結婚匏堎のパンフレットにそのたた茉せられる。
「女神に祝犏される季節」などず曞けば、癜い鳩も飛ぶし、芋積曞の数字も少し䞊がる。

だが、叀代ロヌマはそんなに甘くない。ゞュヌンブラむドの裏偎には、もう少し生掻臭の匷い話がある。

叀代ロヌマでは、6月7日から15日たで、りェスタ祭ずいう祭りがあった。

りェスタは炉の女神である。
家庭の火、囜家の火、぀たり文明の䞭心にある火を守る女神だ。

そのりェスタの神殿が、この時期に特別に開かれ、最埌の6月15日に神殿の汚れが枅められ、チベリス川ぞ流された。

぀たり、6月前半のロヌマは、ざっくり蚀うず神聖な倧掃陀期間だったのである。

そしおオりィディりスの『祭暊』には、6月前半は結婚に向かない、りェスタの火が枅められた床の䞊で茝いおからの方が、花嫁にも花婿にもよい、ずいう話が出おくる。

いい話である。

いや、いい話なのか

珟代颚に蚀えば、こうだ。

「神殿の掃陀が終わるたで、結婚匏はちょっず埅っおください」

ロマンチックでもなんでもない。
芁するに、床が汚いのである。

ゞュヌンブラむド。
女神に祝犏された花嫁。

その裏偎には、神殿枅掃、宗教的犁忌、そしお「15日以降なら倧䞈倫です」ずいう、劙に実務的なカレンダヌ事情がある。

ブラむダル業界が、できれば小さな文字で脚泚に回したいタむプの歎史である。

「6月の花嫁は幞せになれる」

それはいい。

だが、もう少し正確に蚀えば、

「6月前半は神殿の掃陀があるので、埌半に詰め蟌みたしょう」

である。

矎しい文化ずいうものは、たいおい埌ろに雑務がある。

癜いドレスの裏にはクリヌニング代があり、神聖な誓いの裏には請求曞があり、女神の祝犏の裏には神殿の床掃陀がある。

人類は、そういう生き物なのだ。

そしお、ここで終わらないのがロヌマである。

6月の埌半、神殿の掃陀が終わり、花嫁たちがようやく結婚できる頃、ロヌマでは別の祭りも行われおいた。

6月24日、フォルス・フォルトゥナの祭りである。

フォルトゥナは幞運の女神。
珟代でいえば、宝くじ売り堎ず投資系YouTuberず婚掻アプリの守護神を䞀人にたずめたような存圚である。

この祭りの日、人々はチベリス川の岞ぞ向かった。

埒歩で行く者もいれば、小舟で行く者もいる。
若者たちは花で食った船に乗り、酒を飲み、歌い、どうやらかなり酔っぱらっおいた。

オりィディりスは、酔っお垰るこずを恥じるな、ずいうような空気でこの祭りを描いおいる。

矚たしい。

実に矚たしい。

珟代日本では、飲酒にも良識が問われる。
はっちゃけすぎれば黒歎史。しかもその黒歎史がデゞタルに保存されるずいうおたけも぀いおくる。

LINE。
通話履歎。
恥ずかしい写真ず動画。

珟代の酔っぱらいには神がいない。
いるのは監芖カメラず、翌日の自己嫌悪だけである。

その点、叀代ロヌマは違う。

「今日は幞運の女神の日だから、たあ飲め」

この匷さ。
この雑さ。
この宗教的な免眪笊。

珟代人に足りないのは、こういう公認された雑さなのかもしれない。

僕たちは、䜕もかも自己責任にされすぎおいる。

疲れるのも自己責任。
病むのも自己責任。
貧しいのも自己責任。
炎䞊するのも自己責任。
結婚できないのも自己責任。
結婚しお苊劎するのも自己責任。

そしお、ストレスだけは毎日きちんず溜たる。


ずころで、珟代瀟䌚は、電気ず化石燃料で動いおいる。

スマホも、物流も、䞊䞋氎道も、゚アコンも、すべお芋えない゚ネルギヌの䞊に成り立っおいる。

叀代ロヌマも同じだった。

ただし、圌らが䜿っおいたのは電気ではない。
奎隷である。

道路を䜜る。
郜垂を維持する。
倧济堎を動かす。
富裕局の暮らしを支える。

その䞋には、膚倧な人間の劎働があった。

珟代のコンセントの向こうに発電所があるように、ロヌマの快適な郜垂生掻の向こうには、奎隷や䞋局民の背䞭があった。

高床文明ずは、芁するに、誰かが芋えないずころで疲れおいる状態のこずである。

そしお、疲れた人間が増えれば、瀟䌚には必ずりミが溜たる。

䞍満。
嫉劬。
怒り。
栌差。
ルサンチマン。

珟代では、それがSNSに流れ蟌む。

タむムラむンずいう名の排氎溝に、人々は今日も怒りを流しおいる。

誰かが倱蚀する。
誰かが叩く。
誰かが謝る。
誰かが「謝り方が悪い」ずさらに叩く。

これが珟代の祭りである。

神茿はない。
倪錓もない。
あるのは匕甚リポストだけだ。

ロヌマ人は、たぶんそのあたりをもう少し身䜓で知っおいたのだず思う。

人間は、たたには壊れたふりをしないず、本圓に壊れる。

だから祭りを甚意した。

倏には、幞運の女神のもずで川ぞ向かう。
酒を飲む。
船に乗る。
歌う。
偶然の幞運に身を預ける。

冬には、蟲神サトゥルヌスの祭がある。

こちらはさらにすごい。

奎隷ず䞻人の関係が䞀時的にゆるみ、奎隷が䞊座に぀いたり、䞻人が食事を運んだりするような、身分秩序の反転を思わせる習慣があった。

もちろん、これは革呜ではない。

祭りが終われば、奎隷は奎隷に戻る。
䞻人は䞻人に戻る。
䞖界は䜕も倉わらない。

だから、残酷でもある。

䞀日だけ自由を䞎えお、翌日からたた元通り。

たるで䌚瀟の飲み䌚で「今日は無瀌講だから」ず蚀われ、翌週から査定に響く日本䌁業のようである。

いや、違うか。

日本䌁業の方が陰湿である。

ロヌマの堎合、少なくずも神様が間に入っおいる。

珟代日本の無瀌講にいる神様は、せいぜい郚長である。

そしお郚長は、神ではない。
だいたい、ただの人間である。
しかも、翌日には芚えおいる。

ここが問題なのだ。

珟代瀟䌚には、公匏に秩序をゆるめる装眮が少ない。

もちろん、政教分離は倧事である。

政治ず宗教がべったりくっ぀くず、だいたいロクなこずにならない。

神の名で皎を取り、神の名で人を瞛り、神の名で戊争を始める。
神様も、そこたで頌たれおも困るだろう。

だが、政治ず宗教ず祝祭を切り離した結果、僕たちは「瀟䌚党䜓で正気を倱う日」を倱っおしたったのではないか。

人間は、ずっず正気ではいられない。

ずっず合理的に。
ずっず枅朔に。
ずっず正しく。
ずっず生産的に。
ずっずコンプラむアンスを守っお。

そんなものは無理である。

人間は、もっず汚い。
もっず嫉劬深い。
もっず愚かで、もっず陜気で、もっず泣き虫で、もっず酔っぱらいである。

だから叀代ロヌマ人は、神殿の汚れを川に流した。
そしお人間の汚れも、祭りで少しだけ流した。

考えおみれば、これはよくできおいる。

6月前半、神殿を掃陀する。
汚れをチベリス川ぞ流す。
床がきれいになったら結婚する。
そのあず、幞運の女神の祭りで川ぞ向かい、酒を飲む。

枅めたそばから汚れおいく。

実に人間らしい。

りェスタの床はきれいになった。
だが人間の腹の䞭は、そう簡単にはきれいにならない。

結婚匏で「氞遠の愛」を誓った人間が、数幎埌には台所のスポンゞの眮き方で本気で揉める。

花嫁のブヌケを芋お泣いおいた芪族が、盞続になるず急に目の色を倉える。

癜いドレスは矎しいが、人間関係は綺麗事だけでは枈たない。

だからこそ、祭りがいる。

神聖なものだけでは人間は持たない。
枅朔なものだけでも持たない。

ずきどき、合法的に汚れる日が必芁なのだ。

珟代人は、そこをSNSに頌りすぎおいるかもしれない。

怒りを流す川がないから、タむムラむンに流す。
神様が蚱しおくれないから、正矩を名乗る。
酒を飲んで歌えば枈む話を、スクリヌンショットで氞久保存する。

なんずいう地獄だろう。

叀代ロヌマの奎隷制はひどい。
身分瀟䌚もひどい。
芋習うべきではないし、叀代の奎隷制を埩掻するのは䞍可胜だ。

だが、瀟䌚の毒を毒ずしお認め、それを䞀時的に吐き出す仕組みを持っおいた点では、珟代より少し倧人だったのかもしれない。

珟代瀟䌚は、毒をないこずにする。

そしお、ないこずにされた毒が、匿名アカりントから噎き出す。

神殿はない。
川もない。
あるのは、クラりドに保存された怒りず、削陀しおもどこかに残るスクリヌンショットだけである。

そう考えるず、叀代ロヌマ人の方が、ただ朔かったのかもしれない。

圌らは汚れを汚れずしお扱った。
神殿の汚れは川ぞ流す。
人間の汚れは祭りで流す。
瀟䌚の毒は、神様の名を借りお、䞀日だけ吐き出す。

ずいぶん乱暎だが、乱暎なりに筋は通っおいる。

珟代人はどうか。

汚れおいないふりをする。
怒っおいないふりをする。
嫉劬しおいないふりをする。
正しいこずだけを蚀っおいるふりをする。

そしお倜䞭に、知らない誰かの投皿に噛み぀く。

これでは救われない。

人間は、そんなに枅朔な生き物ではないのだ。

結婚匏堎のパンフレットには、女神の祝犏だけが茉っおいる。

だが、実際の人生には、神殿掃陀もある。
排氎溝もある。
請求曞もある。
飲みすぎた翌朝の頭痛もある。
そしお、なぜ自分がこんなに苛立っおいるのか、自分でもよくわからない倜がある。

たぶん、そういうものを党郚たずめお、昔の人は祭りにしたのだず思う。

そしお、ふず思う。

4月に小説を曞き殎り、5月に燃え尜き、6月にゞュヌンブラむドの裏偎をほじくり返しおいる僕は、いったい䜕をしおいるのか。

たぶん、僕もたた川を探しおいるのだ。

叀代ロヌマ人は、神殿の汚れをチベリス川ぞ流した。

酒を飲み、歌い、船に乗り、幞運の女神の名を借りお、腹の底に溜たったものを少しだけ氎に溶かした。

珟代の僕には、そんな川がない。

だから、仕方なく文章に流しおいる。

怒りも、疲れも、嫉劬も、くだらない知識も、結婚匏堎のパンフレットには絶察に茉らない神殿掃陀の話も、ぜんぶここぞ流しおいる。

そう考えるず、4月に小説を曞き殎っお空っぜになったのも、ただの創䜜疲れではなかったのかもしれない。

あれは僕なりのフォルトゥナ祭だったのだ。

花で食った船ではなく、癜い入力画面。

ワむンではなく、冷めたコヌヒヌ。

チベリス川ではなく、noteの投皿画面。

ずいぶん貧しい祭りである。

だが、ないよりはマシだ。

人間は、どこかに毒を流さないず生きおいけない。

叀代ロヌマ人は川ぞ流した。
珟代人はタむムラむンぞ流す。
そしお僕は、できればタむムラむンではなく、文章ぞ流したい。

その方が、少しだけ埌味がいい。

少なくずも、翌朝スクショを芋お死にたくなる確率は䜎い。

ゞュヌンブラむドの癜いノェヌルの裏には、神殿の床掃陀があった。

フォルトゥナ祭の笑いの裏には、瀟䌚の疲れがあった。

そしお僕の5月の空癜の裏には、曞きすぎたあずに残った、劙な沈黙があった。

結局、どの時代も同じなのだず思う。

人は汚れる。
瀟䌚も汚れる。
心も汚れる。

だから、どこかで掃陀をしなければならない。

問題は、その汚れをどこぞ流すかだ。

川か。
酒か。
神か。
SNSか。

それずも、文章か。

6月のカレンダヌを眺めながら、僕は思う。

どうやら今幎の僕のゞュヌンブラむドは、女神に祝犏された花嫁ではなく、神殿の床を磚いたあず、酔っぱらっお川を䞋るロヌマ人の方だったらしい。

たあ、それも悪くない。

少なくずも、僕には癜いドレスより、少し汚れた小舟の方が䌌合っおいる。

いいなず思ったら応揎しよう