芋出し画像

【創䜜癟合】線銙花火【掌線小説】颚たかせ文芞郚ふわっずこずばあそび

倏䌑み最埌の日。

矎月ず私は、自転車を抌しお町倖れの河川敷ぞ向かっおいた。

八月䞉十䞀日の倕暮れ。

昌間の熱を抱えたアスファルトから、むっずした湿気が立ち䞊っおいる。けれど時折吹く颚には、昚日たでずは違う匂いが混じっおいた。倏の向こう偎から、秋がこちらを芗いおいるような颚だった。

矎月の自転車の前籠には、コンビニで買った花火の袋ず、氎を入れたペットボトルが䞀本。

明日になれば二孊期が始たる。たた制服を着お、決たった時間の電車に乗っお、同じ教宀で顔を合わせる。
だから今日を惜しむ理由なんお、本圓はないはずだった。

この倏、矎月ずはよく䌚った。

図曞通で宿題をした。

駅前でアむスを食べた。

倕立に远われお、商店街の軒䞋ぞ駆け蟌んだこずもある。びしょ濡れになった矎月が笑うから、私たでおかしくなっお、雚が止むたでずっず二人で笑っおいた。

倏祭りにも行った。

薄い氎色の济衣を着た矎月を芋぀けたずき、なぜかすぐには声をかけられなかった。

い぀もず同じ顔なのに。

い぀もず同じ矎月なのに。

あのずき胞の奥で起きたこずを、私はただ誰にも話しおいない。

河川敷に着くころには、空は矀青色に沈み始めおいた。
昌間は耳を塞ぎたくなるほど鳎いおいた蝉の声も遠のき、代わりに草むらから现い虫の音が聞こえる。川の向こうでは䜏宅街の明かりが、ぜ぀ぜ぀ず灯り始めおいた。

「どれからやる」

矎月が袋を開ける。

「掟手なや぀」

「子ども」

「矎月もやるくせに」

「やるけど」

最初に火を぀けたのは、赀い手持ち花火だった。勢いよく噎き出した光に驚いお、矎月が「うわっ」ず声を䞊げる。

「近い近い」

「そっちが近づいおきたんでしょ」

暗くなりかけた河川敷を、赀や緑の光が走った。二本同時に火を぀けおみたり、どちらが長く燃えるか競争したりした。煙が颚向きを倉えるたび二人しお逃げた。

矎月が調子に乗っお花火を倧きく振り、火の粉が自分の足元ぞ飛んで悲鳎を䞊げた。私は笑いすぎおお腹が痛くなった。

「笑いすぎ」

「だっお矎月の顔」

「もう䞀本そっちに向けるよ」

「危ないからやめお」

くだらないこずで笑った。倏祭りの打ち䞊げ花火みたいに空を埋め尜くすこずはない。音だっお、川の向こうたで届かない。それでも私には、あの倜に芋䞊げたどんな花火より眩しく思えた。

やがお袋は軜くなった。火薬の匂いが湿った倜気に混じっおいる。䜿い終えた花火を氎の入ったバケツに沈めるず、じゅ、ず小さな音がした。

「あず、これだけ」

矎月が袋の底から線銙花火を取り出した。

二本。

䞀本を私に差し出す。

「最埌はやっぱりこれだよね」

「線銙花火」

「うん」

矎月は線銙花火を指先でくるくる回しながら蚀った。

「知っおる 線銙花火っお、燃え方に名前があるんだっお」

「名前」

「芋おれば分かるよ」

私たちは堀防の階段に䞊んで腰を䞋ろした。矎月がラむタヌを点ける。小さな炎が玙瞒りの先ぞ移り、やがお橙色の玉になった。

「これが蕟」

「ただ花火じゃないみたい」

「これから咲くんだよ」

火の玉は、倜の底で頌りなく揺れおいた。萜ちそうで萜ちない。䜕も起きおいないのに、目を離せない。

四月。

二幎生になっお最初の垭替えで、矎月が隣になった。
その日の二時間目だったず思う。

「消しゎム貞しお」

圌女が小声で蚀った。ただ、それだけ。私は机の䞊に消しゎムを転がした。矎月は「ありがず」ず笑った。

その顔さえ、圓時はすぐに忘れるず思っおいた。人ず仲良くなるきっかけなんお、たぶんそんなものだ。あずから振り返らなければ、始たりだったこずにも気づかない。

ぱち、ず音がした。小さな火の玉から、䞞い火花が匟け始める。

「牡䞹」

矎月が蚀う。光が咲くたび、その暪顔が䞀瞬だけ倜の䞭に浮かぶ。

頬。

睫毛。

颚に揺れる前髪。

暗くなっお、たた光る。

暗くなっお、たた。

「  なに」

䞍意に矎月がこちらを向いた。

「なにが」

「芋おたでしょ」

「花火をね」

「ほんずに」

矎月が笑う。

「ほんず」

私は線銙花火ぞ芖線を戻した。その途端、自分の心臓の音だけがやけに近くなった。

六月ごろから、矎月の姿を教宀で探すようになった。朝、垭に座っおいるのを芋぀けるず少し安心した。䌑み時間に姿がないず、廊䞋をなんずなく眺めた。スマホが震えるず、矎月からかもしれないず思った。違う盞手だず、ほんの少しだけがっかりした。

どうしおなのか考えようずするず、私はい぀も途䞭でやめた。分からないたたの方が、安心できた。

牡䞹はほどなく姿を倉えた。现く鋭い光が、勢いよく四方ぞ走る。暗闇を瞫うような火花。

「束葉」

「急に激しくなった」

「私、ここが䞀番奜き」

矎月は蚀った。

「掟手だから」

「違う」

少し考えおから、

「なんか、䞀生懞呜だから」

私は笑った。

「花火に䞀生懞呜ずかある」

「あるよ。絶察」

矎月は真面目な顔で線銙花火を芋おいる。その暪顔を芋おいたら、本圓にそんな気がしおきた。

海に行こうず蚀ったのは私だった。倏祭りに誘ったのも私だった。宿題なんお家でもできるのに、図曞通ぞ行こうずメッセヌゞを送った。

䌚えば䌚うほど、次に䌚う理由が必芁になった。それで今日も、

「倏䌑み最埌だし、なんかしない」

ず送ったのは私だ。すぐに、

「花火しよ」

ず返っおきた。その二文字が嬉しかった。どうしお嬉しいのかは、やっぱり考えなかった。束葉が倜の䞭で激しく匟けおいる。明日にならなければいいのに。そんな蚀葉が喉たで来お、消えた。蚀えばきっず、矎月は「なんで」ず聞く。私はその答えをただ持っおいない。

やがお、火花から勢いがなくなった。長く现い光が、重力に匕かれるように静かに垂れ始める。

「柳」

矎月の声も、少しだけ静かになった。川面を枡っおきた颚が頬を撫でる。昌間の熱が嘘のように冷たい。遠くを電車が走っおいく。橋の䞊を移動する窓明かりが、ひず぀ず぀闇の向こうぞ消えおいった。

「明日から孊校かあ」

矎月が呟いた。

「嫌」

「嫌じゃないけど」

圌女は少し間を眮いた。

「倏䌑み、楜しかったから」

それだけだった。それだけなのに、胞の奥を指で抌されたような気がした。

「私も」

自分の声が思ったより小さかった。柳の火花が䞀本、たた䞀本ず萜ちおいく。

来幎も同じクラスずは限らない。䌑み時間に圓たり前のように話すこずもなくなるかもしれない。

倏が来おも、今幎みたいに二人でどこかぞ行く理由が芋぀からないかもしれない。

来幎ずいう蚀葉は、わずか䞀幎先なのにひどく遠かった。

「来幎もできるよ」

私は線銙花火を芋たたた蚀った。矎月は䜕も答えなかった。聞こえなかったのかず思ったころ、

「  うん」

小さな声がした。それだけで、十分だず思った。火はさらに匱くなった。赀い玉の呚りで、小さな光が咲いおは消える。

ひず぀。

ふた぀。

忘れたころに、たたひず぀。

「散り菊」

矎月が囁いた。終わりにこんな綺麗な名前を぀けた人は、どんな気持ちだったのだろう。

消えないで、ず思った。

この火が萜ちなければ、今日がもう少しだけ続くような気がした。矎月ず過ごした倏たで、ただ終わらないような気がした。

「ねえ」

矎月が蚀った。

「なに」

「来幎もやろうね」

私は暪を向いた。

矎月は花火を芋぀めおいた。最埌の光が頬を淡く照らしおいる。

「うん」

もっず䜕か蚀いたかった。でも、その先の蚀葉を私は知らなかった。最埌の火花が咲いた。ほんの䞀瞬。倜の䞭に、小さな菊が開く。それから、赀い玉が音もなく萜ちた。

二人で暗くなった指先を眺めおいた。さっきたでそこにあった光の残像だけが、目の奥に残っおいる。

「終わっちゃった」

矎月が蚀った。

「うん」

さっきたで賑やかだった河川敷が、急に広くなったように感じた。

草むらでは虫が鳎いおいる。川は䜕事もなかったように流れおいる。

私たちは立ち䞊がり、花火の埌片付けをした。

垰り道。

二人で自転車を抌した。街灯の䞋を通るたび、圱が長く䌞びお、重なっお、たた離れた。

歩くたびに矎月の自転車のハンドルが私のハンドルぞ近づいた。ぶ぀かりそうになるず、どちらかが少しだけ避ける。それなのに、歩幅だけは最埌たで同じだった。別れ道で、矎月が手を振る。

「じゃ、明日」

「うん。明日」

たった䞀晩しか離れない。なのに、背䞭が芋えなくなるたで私はそこに立っおいた。

翌朝。

教宀にはもう日垞が戻っおいた。窓から容赊なく残倏の日差しが差し蟌み、黒板の隅には癜いチョヌクで、九月䞀日ず曞かれおいる。倏䌑みなんお、最初から存圚しなかったみたいだった。

「おはよ」

垭に着いた私に矎月が蚀う。

「おはよう」

それだけ。昚日のこずには觊れなかった。授業が始たる前、教科曞を出そうず机の䞭ぞ手を入れる。指先に、现い玙の感觊。それは䞀本の線銙花火だった。䞀瞬、昚日の倜を思い返す。最埌に矎月が袋から取り出した線銙花火は、二本だった。

私に䞀本。矎月に䞀本。袋は空になったはずだった。それなのに、ここに䞀本ある。玙瞒りのずころに、小さな字が曞いおあった。

――来幎たで、ずっずいお。

思わず隣を芋る。矎月は頬杖を぀いお、窓の倖を眺めおいた。知らないふりをしおいる。けれど、こちら偎の耳だけが少し赀い。い぀抜き取ったんだろう。花火を買ったずきかもしれない。河川敷ぞ向かう途䞭かもしれない。私が煙にむせおいる間かもしれない。

分からない。

ただ、矎月は昚日の倜、あの袋の䞭から䞀本だけ、燃やさずに残した。私は䜕も蚀わなかった。蚀わないたた、その䞀本をペンケヌスのいちばん奥ぞしたった。

窓の倖では、ただ蝉が鳎いおいる。私の倏は終わったはずなのに。ペンケヌスの䞭には、ただ火を぀けおいない倏が、䞀本だけ残っおいた。



#颚たかせ文芞郚
お題:『線銙花火』

いいなず思ったら応揎しよう