娘との、最後の春休み。
娘と10日くらい一緒にいた。
娘とこんなにも長く一緒にいたのは、昨年の北海道旅行以来だろうか、いやあの時も1週間だったから、あれ、毎年年末の野沢温泉はどうだろう?あの時もそれくらいだっただろうか。そうか、一緒にいることが当たり前だった日々まで遡るのかもしれない。と、遠い記憶を掘り返す。
保育園の年長さんが終わるまで住んでいた家と、なんでもない夕飯の準備のシーン、キッチンの古ぼけたピンクのタイル。もう忘れかけた保育園のお迎えのあとの3階の自宅に上がる少し暗くなった外階段。そんな光景を、何故かぼんやり思い出す。
そんなふうに感慨深く思うのは、きっと英がこれから新しいママと暮らすからで。英の人生がまた、新しいスタートを切るからで。きっと変わってしまう現在の転換点に明確に立っているのだと分かるから、だろう。
3/26、娘の英は大きな荷物を背負って我が物顔で鎌倉の我が家にやってきた。「ママーーー!」と飛びついてくるその笑顔と体当たりのハグでいつも私は、胸がぎゅっと締め付けられる。世界にこんなに大切な人が存在しているなんて、と。人生に忙しい私が娘の不在を感じるのはいつも、対面の瞬間なのかもしれない。
春休みずっと一緒にいる、とはいえ当たり前だけど私には仕事があって。他のほとんど全ての大人たちのように、春休みだからって親である私も一緒にずっと遊べるわけではなかった。午前中はそれぞれ仕事とか宿題とかやって、午後は合間に時間をとりながら、諒と交代で英と遊んだりした3月の終わり。
何度も娘の「えーー、仕事するの?」に対して、「ちょっと待って、ママお仕事があるから。」と制するように発した声を、私はもう既に後悔している。仕事はずっとあるけれど、こんなに一緒に過ごせる春休みは最後だったのかもしれないから。
「子供をなぜ引き取らなかったの?」と聞かれる。
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