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蝶々を捕まえる時だけ、娘は忍者になる。

子どもって、

遊びながら、

自分だけの物語を作っている。

先日、

そんな娘の世界を少しだけ覗かせてもらった。

目次

1.公園の最後に見つけた蝶々

2.娘の忍者作戦

3.娘の世界では、忍者になる必要があった

4.遊びは想像力でできている

5.大人が忘れてしまったもの

1. 公園の最後に見つけた蝶々

先日、

娘と公園へ遊びに行った。

自転車に乗って、

滑り台をして、

ブランコにも乗った。

思い切り遊んで、

「そろそろ帰ろうか。」

そんな時だった。

一匹の蝶々が、

ひらひらと飛んできた。

娘の目が一気に輝いた。

「ちょうちょ!」

そこから我が家の帰宅時間は、

少しだけ延長された。

2. 娘の忍者作戦

虫あみはない。

素手で捕まえるしかない。

蝶々は、

花に止まったり、

葉っぱに止まったりする。

娘は、

ちょうちょが止まったタイミングを狙って、

そーっと近づいていく。

ここまでは想像できる。

でも、

僕が思わず笑ってしまったのは、

その歩き方だった。

娘は、

忍び足になるだけではない。

両手を重ねて、

まるで忍者が静かに歩く時のような手をして、

一歩一歩近づいていた。

どうやら娘の中では、

「静かに歩く=忍者」

らしい。

3. 娘の世界では、忍者になる必要があった

もちろん、

忍者の手をしたからといって、

蝶々が逃げなくなるわけじゃない。

大人ならそう考える。

でも、

娘の世界では違う。

蝶々を捕まえるためには、

忍者にならないといけない。

きっとそんな物語が、

頭の中で始まっていたんだと思う。

だから、

忍者の手にも意味がある。

その世界では、

ちゃんと理由がある。

子どもの想像力って、

本当にすごい。

4. 遊びは想像力でできている

大人になると、

遊びにも効率を求めてしまう。

どうしたら捕まえられるか。

どうしたら成功するか。

そんなことばかり考える。

でも子どもは違う。

忍者になる。

気配を消す。

ゆっくり近づく。

その全部が遊びなんだ。

蝶々を捕まえることだけが目的じゃない。

そこへ向かう時間そのものを楽しんでいる。

遊びって、

本当はこういうものなのかもしれない。


5. 大人が忘れてしまったもの

結局、

蝶々は逃げていった。

でも娘は、

悔しそうではなかった。

「もう一回やる!」

そう言って、

また忍者になっていた。

その姿を見ながら思った。

子どもは、

何かになりきる天才だ。

忍者にもなれる。

お姫様にもなれる。

ヒーローにもなれる。

想像するだけで、

世界が何倍も楽しくなる。

大人になると、

「そんなことしても意味ないやん。」

と考えてしまう。

でも娘を見ていると、

意味なんてなくてもいいんだと思う。

遊ぶことは、

結果を楽しむことじゃない。

想像しながら過程を楽しむことなんだ。

その日、公園で一番楽しそうだったのは、

蝶々を追いかけていた娘ではなく、

一生懸命"忍者"になっていた娘だった。

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