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【ショートショート】シコタイツ


2031年、九月場所初日。国技館の花道に、力士たちが姿を現した瞬間、観客席がどよめいた。

まわしの下に、肌色の全身タイツ。首元まできっちりと覆われ、袖は手首で絞られている。その上に、伝統の締め込みが巻かれている。かつて「裸の格闘技」と呼ばれた大相撲は、いまや「布に包まれた格闘技」になっていた。

きっかけは三年前だった。SNSで「男性の乳首や臀部が公共の場で露出しているのは性的搾取であり、不快に感じる人への配慮が欠けている」という投稿がバズった。
最初は一部の声に過ぎなかったが、署名活動が立ち上がり、「スポーツ観戦における身体露出ガイドライン」が国会で議論されるまでになった。

相撲協会は当初、「これは伝統文化であり、性的な意図はない」と反論した。
しかし、ある企業がスポンサー契約を打ち切ると発表すると、状況は一変した。他のスポンサーも次々と「弊社の企業理念に鑑み」という定型文とともに撤退を表明した。協会は苦渋の決断として、「配慮ある相撲」への移行を発表した。

以来、力士たちはまわしの下にコンプライアンス対応の伸縮素材、通称「シコタイツ」を着用することが義務付けられた。デザインは審査を経て、肌色・墨色・紺色の三色のみ承認されている。「柄物や派手な色は、対戦相手への威圧行為とみなされる可能性がある」というのがその理由だった。

横綱・清廉山は、取材にこう答えた。「昔は立合いの瞬間、まわしがずれることさえ勝負の華だと言われました。今はタイツがずれても、誰も何も言いません。というより、ずれません。伸縮性が実に優秀なので」

彼の口調には、諦めとも安堵ともつかない響きがあった。

観客の反応は複雑だ。ある高齢の常連客は「もう何を見ているのか分からなくなった」とこぼす一方、若い女性は「これなら安心して子どもと見に来られる」と歓迎する。SNS上では「#配慮相撲」がトレンド入りし、「これでようやく相撲が真にスポーツとして評価される日が来た」という声と、「文化の骨抜きだ」という声が、今日も静かに、しかし決して交わることなく併走している。

土俵の上では、二人の巨体がぶつかり合う。まわしの下でタイツがきしむ、乾いた摩擦音だけが、かつて肌と肌がぶつかった時代の名残として、静かに響いていた。

行司が軍配を上げる。「制限時間いっぱい」というアナウンスの後には、こう続くようになった。

「両者、配慮ガイドライン第七条に基づき、正式な取り組みであることを確認しました」

拍手が起きる。誰も、それを不思議だとは思わない。

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