[造船] 日本が15年ぶりにLNG船を造る理由 〜伊万里湾の9年ぶり新ドックと、知られざる海の覇権戦争〜
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こんにちは、葦原翔です。
今夜、あなたが部屋の明かりを灯し、お湯を沸かして温かいお茶を飲むとき。
そのエネルギーの源がどこからやってきたのか、立ち止まって考えたことはあるでしょうか。
日本の都市ガスや火力発電を支える燃料のほぼすべて(98%以上)は、海を渡ってやってきます。
資源の乏しいこの島国は、地球の裏側から届くエネルギーの船便が途絶えれば、数週間で灯りが消えてしまう宿命を背負っています。
それなのに、私たちは極めて奇妙で、少し背筋が寒くなるような現実に直面していました。
その命綱である「液化天然ガス(LNG)」を運ぶ船を、日本はここ何年間も国内で「1隻も」造れていなかったのです。
造らなかったのではありません。世界の猛烈な競争と技術覇権の荒波に呑まれ、「造れなくなっていた」のです。
そんな中、海事産業を揺るがすひとつのニュースが飛び込んできました。
中堅造船大手の名村造船所が、佐賀県・伊万里湾に大型船向けの新しい建造・修繕ドックを新設する検討に入ったというのです。
完成目標は2035年。国内での大型ドック新設は、2017年の今治造船・丸亀事業本部以来、実に9年ぶりの動きとなります。
「地方の造船所が新しい設備をつくるらしい」という、一見すると地味な産業ニュース。
しかし、その行間をじっくりと読み解いていくと、そこには驚くほど巨大な国家の生存戦略が隠されていました。
なぜ今、佐賀の波静かな湾に、数百億円とも言われる巨費を投じて巨大な穴を掘らなければならないのか。
なぜ日本は、今治造船・川崎重工業・名村造船所というライバル同士が手を組み、15年ぶりの国産LNG船建造に挑むのか。
そこには、パリの知財企業が仕掛けた特許の罠、韓国を襲った泥沼の訴訟劇、そして米中対立の狭間で揺れる海の安全保障が交差していました。
今夜は、佐賀・伊万里の海から広がる「知られざる海の覇権戦争」へ、少し長めの知的な航海に出てみましょう。
第1章:なぜ日本は15年間、LNG船を「1隻も造れなかった」のか?
時計の針を少しだけ巻き戻してみましょう。かつて日本は、世界を席巻する圧倒的な「造船王国」でした。
高い溶接技術と狂いのない納期管理。日本の造船所が造る船は、世界の船主たちから絶大な信頼を集めていました。
特にLNG運搬船において、日本の象徴だったのが「モス(Moss)型」と呼ばれる球体タンクの船です。
甲板の上に、巨大な恐竜の卵のような丸いタンクが4つも5つも並んでいる姿を、写真や映像で見たことがある方も多いはずです。
このモス型は、まさに日本の職人技の結晶でした。厚いアルミ合金の板を寸分の狂いもなく曲げ、完璧に溶接して球体に仕上げる。
マイナス162℃という、触れた瞬間にあらゆるものが凍りつく超低温の液体を閉じ込めるため、強靭な球体構造で安全性を極限まで高めたのです。
しかし、ビジネスの世界は時に残酷です。技術的な完成度の高さが、そのまま商業的な勝利につながるとは限りません。
2000年代以降、世界の海運市場に「メンブレン(薄膜)型」と呼ばれる新しい方式が津波のように押し寄せてきました。
メンブレン型は、船体の内部空間そのものに断熱材を敷き詰め、薄い金属の膜を貼って直にLNGを流し込む「箱型」の構造です。
外から見ると、甲板が真っ平らで四角い巨大な箱に見えます。
このメンブレン型には、モス型を打ちのめす圧倒的な経済的メリットがありました。
同じ船の大きさなら、丸いタンクよりも四角い箱の方が、隙間なくたっぷり荷物を積むことができます。積載効率にして約10%から15%もの大差がついたのです。
さらに、甲板に突起物がないため風の抵抗を受けにくく、燃料代も劇的に浮きます。
船主たちにとって、どちらを選ぶかは火を見るより明らかでした。世界の需要は、瞬く間にメンブレン型へと一極集中していったのです。
ここで、日本の造船所は痛恨の立ち遅れを喫します。
職人気質の高い日本のヤードが「安全第一のモス型」に強いこだわりを持つ間に、隣国の韓国勢(現代重工、サムスン重工、ハンファオーシャン)がメンブレン型の連続大量建造ラインを猛スピードで構築したのです。
気がつけば、世界のLNG船建造シェアの8割以上を韓国が独占し、後を追う中国が残りを奪い取る構図が完成していました。
日本の造船所からLNG船の注文票は完全に消え去り、2019年を最後に、日本国内でのLNG船建造はぷっつりと途絶えてしまったのです。
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