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[日本杉] スギ花粉に苦しむ私たちが知らない、アメリカの庭と中国の港で起きている「国産材フィーバー」の正体


こんにちは、葦原翔です。

春先になると、目を擦りながら「どうして日本にはこんなにスギの木があるんだろう」と恨めしく青空を仰ぐ人も多いのではないでしょうか。

私も漏れなくそのひとりです。真っ赤な目をしてティッシュの箱を抱えていると、山を埋め尽くす緑色の群生が、人類に対する静かな嫌がらせに思えてくる瞬間すらあります。

しかし、私たちが花粉の猛威に頭を抱え、マスクの隙間を気にしているその裏側で、太平洋の向こう側では極めて奇妙でドラマチックな現象が起きています。

日本のスギが今、海外の建設現場や住宅街で空前の大ブームを巻き起こしているのです。ニュースでは「木材輸出が過去最高を更新」と静かに報じられています。

財務省の貿易統計や林野庁のデータを紐解いてみると、日本の木材輸出額は近年右肩上がりを続けており、まさに「国産材グローバルフィーバー」と呼ぶにふさわしい熱を帯びています。

そして、その主役として海外へ次々と海を渡っているのが、何を隠そう、毎年私たちを絶望の淵に突き落とすあの「スギ(Cryptomeria japonica)」なのです。

一体なぜ、海外の人々は日本のスギをこれほどまでに欲しがっているのでしょうか。国内で「邪魔者」扱いされがちな木が、海を渡った途端に引く手あまたになるのはなぜでしょう。

その背景を深く掘り下げていくと、中国の巨大な物流港とアメリカの閑静な郊外住宅地という、全く異なるふたつの場所で巻き起こる経済ドラマが見えてきます。


太平洋を渡るスギ——中国のパレットと、アメリカの白いフェンス

まず、日本から輸出されるスギ丸太(原木)の圧倒的な爆買い顧客となっているのが中国です。上海や寧波、青島といった巨大港には、連日のように大量の丸太が届きます。

日本から船で運ばれてきた巨大なスギの丸太が、港のクレーンで豪快に引き揚げられていく光景は圧巻です。中国がこれほどスギを欲しがる最大の理由は、自国の環境政策にあります。

中国政府は急激な経済成長の裏で進行した森林破壊を防ぐため、天然林の商業的伐採を全面的に禁止する強力な保護政策を打ち出しました。これにより猛烈な「原木不足」が発生したのです。

広大な国土と膨大な工場群を抱える中国では、物流用の木製パレットや工事現場のコンクリート型枠など、日常的に消費される大量の「安価な木材」が喉から手が出るほど必要でした。

そこに彗星のごとく現れたのが、安価で供給が安定しており、品質も揃っている日本のスギ丸太でした。地理的にも近く、輸送コストを低く抑えられる点も完璧に噛み合ったのです。

中国へ渡った日本のスギは、現地の手頃な人件費を使って素早く加工され、世界中に輸出される工業製品を載せる台座や、ビルの基礎を支える土木資材へと姿を変えていきました。

一方、太平洋を挟んだ反対側のアメリカでは、中国とは全く異なる理由でスギが愛されています。アメリカの閑静な郊外を歩くと目にする、あのオシャレな住宅の庭のフェンスやデッキです。

もともとアメリカでは、「ベイスギ(ウエスタンレッドシダー)」という北米産の木材が、外構用の定番素材として絶大な人気を誇っていました。油分が多く水に強いためです。

しかし、北米での森林保護規制の強化や山火事の影響、さらには物流の混乱が重なり、ベイスギの供給量が激減。価格が恐ろしい勢いで高騰し、全米の工務店が悲鳴を上げました。

そこで代替品として白羽の矢が立ったのが、日本のスギ(Asian Cedar)でした。学術的には異なる種類ですが、水に強く、加工しやすく、見た目の美しさも非常に似通っていたのです。

しかも、日本国内の精密な製材所でミリ単位の正確さでカットされたスギフェンス材は、現場で組み立てやすいと全米のDIY市場や建設業者から大絶賛を受けることになりました。

中国では「安くて頑丈な物流・建築資材(丸太)」として、アメリカでは「オシャレで高品質な住宅建材(製材)」として。日本のスギは実に見事な二刀流を演じ分けているわけです。


「輸出好調」の裏に潜む、静かなパラドックス

ここまでの華々しい話を聞くと、多くの方は「なんだ、日本の林業は大復活じゃないか!」「スギが売れて山が潤うなら、花粉症の苦しみも少しは報われる」とお思いになるかもしれません。

しかし、物事はそう単純ではありません。経済の表面的なデータと、実際の山林の現場との間には、思わず首をかしげたくなるような「静かなパラドックス」が存在しています。

最大の課題は、日本から輸出されているスギの過半数が、加工度の低い「丸太(原木)のまま」海外へと出荷されているという決定的な事実にあります。

木材というビジネスにおいて、最も大きな利益(高い付加価値)が生まれるのは、丸太を綺麗に切り出し、乾燥させ、建材として使える状態にする「製材・加工」のプロセスです。

丸太のまま輸出するというのは、例えるなら「丹精込めて育てた極上のマグロを、一切捌かずに丸ごと格安で譲り、相手国で高級刺身にして儲けてもらう」ような状態と言えます。

結果として何が起きるかというと、海外でどれほど日本のスギが売れても、日本の山元(森林所有者やきこり達)の手元に残るお金はほんのわずか、という切ない構造が生まれます。

木を一本伐採して市場に売りに出しても、得られる収入だけでは、伐採した後の地に新しい苗木を植えて数十年育てる「再造林コスト」すら賄えないのが、現代の日本林業のリアルです。

このままでは、木を売れば売るほどハゲ山が増え、将来の森林資源が枯渇するという笑えない事態に陥りかねません。売れ行きが良いからこそ抱える、深刻なジレンマなのです。

戦後の復興期、私たちの先人たちは「未来の日本を建材で支えよう」という強い思いを抱き、汗を流して日本中にスギの苗木を植えました。拡大造林と呼ばれる壮大な国家プロジェクトです。

それから約半世紀。立派な成木へと育ったスギを前にして、私たちがやっているのは、それを単なる「安価な原材料」として海外へ流し出す作業なのかもしれません。


ゲームのルールを変える「クロス材(CLT)」という切り札

では、この「丸太の安売り」という長年の課題から脱却し、日本の森と地域経済を本当の意味で潤すためにはどうすればよいでしょうか。その鍵を握るのが「クロス材」という存在です。

クロス材の代表格が、「CLT(Cross Laminated Timber:直交統合板)」と呼ばれる次世代の大型木質パネルです。スギの板を繊維方向が交互に直交するよう重ねて強力接着したものです。

層を交差させることで、木材特有の「乾燥による反りや歪み」を劇的に抑え、コンクリートにも匹敵する極めて高い構造強度を持たせることに成功したハイテク建材です。

現在、欧米やアジアの都市部では、環境配慮(ESG投資)の観点から、鉄筋コンクリートの代わりに木材でビルを建てる「中高層木造建築(Mass Timber)ブーム」が巻き起こっています。

スギは本来、軽くて柔らかい扱いやすい木材ですが、このクロス構造へとテクノロジーで変身させることで、高層ビルの床や壁をしっかり支えられる最強の構造資材へと生まれ変わります。

生の丸太を安く売るのではなく、国内の工場で高精度な「CLTパネル」や「プレカット建材」へと昇華させて海外へ送り出すことができれば、国内に莫大な加工賃を残すことができます。

もちろん、この挑戦の先には高いハードルもそびえ立っています。アメリカやヨーロッパで建材として採用してもらうには、現地政府の極めて厳しい建築規格や防火認証のクリアが必要です。

また、巨大な板状のCLTパネルを、限られたサイズの海上コンテナにどう詰めて効率よく輸送するかといった、国際物流における物理的な課題も解決しなければなりません。

しかし、単なる「一次産品(素材)の安売り」から「高度な建築テクノロジーと規格の輸出」へ。ゲームのルールそのものを塗り替えようとする熱い挑戦が、既に全国で始まっています。


さて、私たちはこの「森のバトン」をどう未来につなぐべきか?

毎年春になると、私たちに容赦ないくしゃみと目のかゆみを浴びせかけてくる目の前のスギの木々。しかし、視点を少し広げて地球規模で眺めてみると、全く違う景色が見えてきます。

それは、戦後の日本人が昭和の時代に遺してくれた膨大な「緑の資産」であり、今や太平洋を越えて地球の裏側の街並みや住環境を作り替えている、力強いグローバル商品なのです。

この恵みを、単なる「円安頼みの爆買いフィーバー」として一瞬の消費で終わらせてしまうのか。それとも高度な技術で高い価値を与え、持続可能な「循環する森」を取り戻すのか。

次に街でスギ花粉のニュースを見かけたり、ポケットティッシュを手放せなくなったりした時は、ぜひ少しだけ太平洋の向こう側の景色に思いを馳せてみてください。

私たちが鼻をすすっているこの瞬間にも、日本の深い山々から切り出された一本の木が、遠く離れた誰かの家の美しい庭や、世界の物流を支える港で活躍しているという事実を。

私たちの足元に静かに広がる緑豊かな森と、めまぐるしいスピードで動く世界経済のダイナミズムは、私たちが思っているよりもずっと密接に、そして深くつながっているようです。

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