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回向院や国技館のある両国

1 犬や猫の供養で訪れた回向院

 先日、これまで私たち家族をいつも笑顔にしてくれた犬や猫が眠る回向院を訪れた。

 私はこれまで、回向院について「犬や猫の供養をしてくれるお寺」という程度の知識しかなく、今回訪れるまで、これほど長い歴史を持つお寺だとは知らなかった。

 回向院は、1657年に起きた「明暦の大火」の犠牲者を供養・埋葬するために創建された浄土宗のお寺である。さらに調べてみると、現在の両国国技館につながる大相撲の歴史とも深い関わりがあることが分かった。

 境内には、歴代の相撲年寄を慰霊するため1936年に建立された「力塚」がある。境内の隣には、かつて旧国技館が建っていたことを示す案内板や、土俵跡も残されている。

 犬や猫の供養のため、受付でお線香を購入した。料金について尋ねると、「お気持ちだけで結構です」とのことだった。

 こうしたところにも、回向院の温かさを感じた。大切な家族を亡くした人にとって、安心して手を合わせることのできる場所がここにあるのは、とてもありがたいことだと思う。

 今回、犬や猫の供養という目的で訪れた回向院だったが、境内を歩いているうちに、ここが単なるお寺ではなく、江戸の歴史を今に伝える場所でもあることに気づいた。

 静かな境内に立っていると、今から300年以上も前、この場所に多くの人々が集まり、江戸の街の復興を願ったことが想像される。

回向院
力塚
旧国技館跡の案内板
銀色丸の箇所が旧国技館の土俵のあった場所

2 江戸を焼き尽くした明暦の大火

 回向院の歴史を知るうえで欠かせないのが、1657年に起きた「明暦の大火」である。「振袖火事」とも呼ばれるこの火災は、江戸の大部分を焼き尽くした日本史上でも最大級の大火だった。

 火災は1657年1月18日に発生し、3日間にわたって燃え続けた。犠牲者は約10万人に及んだともいわれている。当時の江戸の人口は約30万人だったとされる。それを考えると、10万人という犠牲者数がいかに大きなものだったのかが分かる。

 この大火では江戸城の天守閣も焼失した。しかし、幕府は天守閣を再建するよりも、江戸の街の復興や防火対策を優先した。そのため、江戸城の天守閣は現在に至るまで再建されていない。

 なぜこれほど大きな火災になったのだろうか。

 当時の江戸は、乾燥した冬の時期で、強い風も吹いていた。また、防火対策も十分ではなかった。さらに、隅田川に架かる橋は千住大橋しかなく、火災から逃げる人々にとって川を渡ることが大きな問題となった。

 火災が発生する前には、江戸では80日間も雨が降っていなかったという記録もある。乾燥しきった街に冬の強風が吹けば、火が一気に燃え広がるのも無理はなかったのだろう。

 この大火をきっかけに、江戸幕府は街の防火対策を本格的に進めるようになった。道路を広げたり、橋を増やしたりするなど、江戸の街そのものが大きく変わっていった。

 そして、その対策の一環として架けられたのが両国橋である。

両国橋のたもと
墨田川に架かる両国橋
北斎の描いた両国橋 (「御厩川岸より両国橋夕陽見」1830年から1834年頃製作)

3 両国橋から国技館へ

 両国橋は1660年頃に架けられ、隅田川に架かる二本目の橋となった。

 当時の隅田川は、単なる川ではなく国境でもあった。川の西側が武蔵国、東側が下総国だったことから、両方の国を結ぶ橋として「両国橋」と呼ばれるようになった。

 現在の両国を歩いていると、両国橋をはじめ、回向院や国技館など、江戸から続く歴史を感じさせる場所がいくつもある。

 特に興味深いのは、現在の国技館から少し離れた回向院の境内の隣に、かつて大相撲の舞台となった旧国技館の痕跡が残っていることだ。

 今では多くの人が「両国といえば相撲」というイメージを持っているが、その背景には、この街が長い時間をかけて育んできた歴史がある。

現在の国技館
国技館内相撲博物館

4 葛飾北斎と両国

 両国の歴史を語るうえで一人忘れてはならない人物がいる。世界的に有名な浮世絵師、葛飾北斎である。

 北斎は現在の墨田区で生まれ、その生涯の大半をこの地域で過ごしたといわれている。そのため、両国橋や隅田川、そして相撲など、当時の両国周辺の風景や人々の暮らしを描いた作品を数多く残している。

 こうした北斎と墨田区との深い関わりから、2016年には「すみだ北斎美術館」が開館した。回向院からもそれほど遠くない場所にあり、北斎の作品や生涯について詳しく知ることができる。

 私が訪れた際も、平日にもかかわらず、日本人だけでなく外国人観光客の姿も見かけた。世界的な芸術家となった北斎を知ろうと、海外からも多くの人がこの地を訪れていることに驚かされた。

 また、国技館のすぐ近くには江戸東京博物館もあり、北斎をはじめ、江戸から東京へと続く歴史や文化に触れることができる。

 回向院で江戸の大火や大相撲の歴史を知り、両国橋の由来を知り、さらに北斎の作品を通して当時の人々の暮らしや街の風景を知る。

 そう考えると、両国は単に「国技館がある相撲の街」ではない。

 江戸時代の出来事や人々の暮らしが、寺院や橋、相撲、美術館、博物館などを通して現在までつながっている。実際に街を歩いてみると、それぞれの場所が点ではなく、歴史という一本の線でつながっているように感じられる。

両国駅
すみだ北斎美術館

5 おわりに

 今回は、回向院や国技館のある両国について、私が訪れた場所を中心に、その歴史のほんの一部をご紹介した。

 最初は犬や猫の供養を目的に訪れた回向院だった。しかし、そこから明暦の大火、両国橋、大相撲、そして葛飾北斎へと興味が広がり、改めて両国という街の奥深さを感じることができた。

 普段何気なく歩いている東京の街も、少し立ち止まって歴史を調べてみると、思いがけない発見がある。

 両国には、回向院や国技館だけでなく、博物館や美術館、歴史を伝える案内板や史跡など、江戸から現在までの東京を知ることができる場所が数多く残されている。

 この記事を読んで少しでも両国に興味を持っていただき、いつか実際にこの街を歩いていただければ、これほどうれしいことはない。

 特に外国人観光客のみなさんには、国技館で大相撲を楽しむだけでなく、回向院や両国橋、すみだ北斎美術館、博物館などにも足を運んでいただきたいと思う。

 そうすれば、現在の東京だけではなく、江戸から現在に至るまで、この街がどのように発展してきたのかをより深く感じてもらえるはずだ。

 高層ビルが立ち並ぶ東京の中にあっても、両国には江戸の面影や昔ながらの下町情緒が今も息づいている。歴史を知ってから歩いてみると、いつもの街並みも少し違って見えてくる。

 なお、東京で大相撲の本場所が開催されるのは、毎年1月、5月、9月である。両国を訪れる際には、こうした時期に合わせて国技館で大相撲を観戦してみるのも、両国の魅力を知る良い機会になるだろう。

 回向院で静かに手を合わせ、江戸の歴史に思いを馳せ、北斎の作品に触れ、そして国技館で大相撲を楽しむ。そんな一日を過ごしてみれば、両国という街が、きっと今までとは違って見えてくるのではないだろうか。

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