自分がどんな死に方をするか、ひそかに考えていることはありますか?
"誰とでも親密な関係になれる36の質問"について考えてみるの回です。
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自分がどんな死に方をするか、ひそかに考えていることはありますか?
さて。
自分は一度死んでいる。と思っている。
20歳のあの日、私は確かに1度人生を終えた。(はず、だ。)
私は長い長いエピローグを過ごしている。
自分の人生として生きている気がしない。
この物語の終わらせ方はまだわからない。
終わりにするには抱えた荷物が多すぎる。
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身近な者の死といえば、父だ。
私に最初に降りかかった「死」だった。
父とは1997年の冬から別居していた。
そして2000年の春に父を亡くした。
44歳だった。
実家で首をくくっていた。
第一発見者は母だった。
日常がいきなり慌ただしくなった。
その日のことは今も鮮明に覚えている。
私はまだ20歳になっていなかった。
そんな父から一度、電話でこういわれたことがある
「Saelだけでも、うちに帰ってくれば?」
父を嫌厭していた思春期の私は「いやだ」と答えた。
私は、父の死に加担してしまったのだろうか。
もしも、
人生を必ずやり直さなければならないと言われたならば、
あの、母についていくと決めた日に戻り、
父の元に残ることを選択するだろう。
そのようなことを考えても仕方がないことは、重々承知している。
だから「もし人生をやり直せるとしたらどうする?」などという滑稽な質問が、私はこの世で一番嫌いだ。
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母はその24年後に亡くなった。肝臓だった。
物心ついたころから、何らかの薬を飲み続けていた。
酒を飲み、たばこも吸い続けていた。
父の死以降、精神もさらに不安定になり、
伴って薬が増えた。
とても手のかかる母親だった。
67歳だった。
母が亡くなったとき、申し訳ないが「やっと肩の荷が下りた」と思った。
母に関するすべての面倒ごとが、長女である私のところに集まってくる。親戚からの母へのクレームも多かった。
父の葬式で言われた「あの言葉」が私の人生を変えた。
顔だけ知っている近所のおばさんだった。
ハンカチで目元をふきながらこう言った。
「お父さんの代わりに、お母さんのことを支えてあげてね。」
きっと悪気はなかったのだろう。
だが、その言葉は私にとって「呪い」になった。
私は「父の死に縛り付けられ、母を支え、妹と弟を守らなくてはならない。」という制約を与えられた。
そんな言葉を鵜吞みにした私は、父の死後24年間、
母を負ぶって、妹と弟と手を引き、生きることになった。
母が亡くなって今、私にかかった呪いはやっと解けた。
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20歳のあの日、私は一度死んだ。
その後の人生はエピローグだと思い込んでいた。
でも、エピローグのほうが長いお話なんて存在しない。
とっくの昔に別の物語になっていた。
なのに、私はそれに気づけずにいた。
今回の物語は無事に終わらせたい。
誰かの傷にも、重荷にもならない終わり方で。
私を想って、後悔の涙など流してくれるな。
最後までケラケラ笑って、跡を濁さず、自分のことはだいたい片付けて、スッキリさっぱり終わらせたい。
だからこそ、まだ死ねない。
新しいお話の続きは、まだまだあるから。
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