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ドブネズミを素手でつかんで走った日



『彼』を見かけたのは大阪の梅田地下街、通称ホワイティの路上だった。
その種族の性質上、人一倍逃げ足早く人目につかぬよう心がけているはずのドブネズミが、かくも通行人たちの耳目を引いていたのはよんどころない事情があった。
『彼』は口から血を流し、死にかけていたのである。

その日、わたしはここ2年ほどハマっている大衆演劇を東京から観に行く途中だった。いわゆる押し活遠征である。
朝イチで東京から新幹線に乗り、あー開演まであと15分しかない、急げ急げ、と劇場に向かって大阪駅から梅田地下街をひたすらに急ぐ中、行く手に見える人だかりに持ち前の好奇心を刺激され(まあふつう覗きますよね)、なんとはなしに人だかりに分け入ったが運の尽き、気づくとその瀕死のドブネズミと目が合ってしまっていた。

『彼』は大変につぶらな瞳をしていた。
怪我をしているのか血を流し、全身をブルブル震わせている。なのにそれでも、どこかへ向かおうと力なくもがいている。

そのネズミの周りには他にもけっこうな見物客がいた。そりゃそうだろう、連休中の梅田地下街、そのなかなかな真ん中を、普段見かけない生き物がヨロヨロ歩いていたらそりゃ立ち止まって見るに決まってる。
だけど誰も何もしない。ただ数秒見て通り過ぎるだけだ。なぜならそれが可愛い子猫ちゃんではなく、「害獣」の、しかも死にかけのドブネズミだったから。
そしてわたしも、そのうちのひとりになる...はずだった。

ところが立ち去ろうとしたその瞬間、『彼』がわたしをふと見つめ、

「お前が私の死か」

みたいな表情になったのだ。

わたしはその場から動けなくなった。いつもこうだ。こういう場に出くわしたとき、私の脳内では決まって参考になりそうな映画が数本上映される。理由は簡単。それによってどう動くか、あるいは動かざるか、の壮絶な綱引きが脳内でとり行われるのだ。

そしてその日、わたしの脳内で上映された綱引きの赤組は『アウトブレイク』『コンテイジョン』(どちらもウイルスパニックもの)の2本、対する白組は『ベン』と『火垂るの墓』の2本だった。
ざっくり言うと、人情が勝つか、衛生観念が勝つか、の二択である。

『ベン』は説明すると人間に対し反乱を起こしたドブネズミのボスと心臓病の少年の友情を描いたヒューマンパニック映画で、若干13歳のマイケル・ジャクソンが高らかに歌い上げたエンディングテーマに、当時泣かされた映画ファンはとっても多いと思う(わたしもそのひとりだ)。

『火垂るの墓』は言わずと知れた日本の夏の風物詩。わたしは、はばかりながら、この映画をいちども観たことがない。というのは、むかし教科書で読んでしまった原作小説のインパクトがあまりにも強烈すぎて、今日までトラウマになってしまい、未だに見ることができないのだ。

こう見えてもわたしは衛生観念は人一倍発達している。昔、公衆便所は不衛生だから絶対に入れないという知人がいた。とてもよくわかる。彼は神田の医者の息子であった。知識は行動を制限するのだ。

どれくらいその場に立ち尽くしていただろうか、脳内でしばらく『アウトブレイク』のダスティン・ホフマンと『コンテイジョン』のマット・デイモンの赤組、対する『火垂るの墓』の清太と節子、ベンとダニーの白組がくんずほぐれつの攻防戦を繰り広げたあと、結局、軍杯があがったのは白組の方だった。
戦災孤児と病気の子供がジェイソンボーンに勝ったのだ。
たぶん、清太が亡くなったのも三ノ宮駅構内だというのが決め手のリンクとなったのだろう。

私はカバンの中から新幹線でもらったおしぼりを取り出し、それを広げて左手の上に乗せた。そして、夏の終わりに玄関先でひっくり返った8日目のセミをつかむ時の一千倍の勇気をもって、いっせーので死にかけたドブネズミをむんずとわしづかみにしたのである。

輪になっていた観衆が一斉にわたしを見た。
「ふつう」の輪からわたしがはみ出た、分かりやすくも決定的な瞬間だった。

なにこの人? みたいな好奇の視線に構っているひまはない。なにせ大衆演劇の開演時間まであと10分しかないのだ。わたしはそのまま立ち上がり、手の中でけっこうな余力を見せてばたつくドブネズミを聖火ランナーのごとく掲げ、その最期の地を求めて梅田地下街ホワイティを小走りで駆け出したのである。

頼むから今だけはわたしの手を噛んでくれるな、それをされたら脳内綱引きが赤組の優勝になってしまう。必死でそう念じたが、その思いが通じたのか、ネズミは多少ジタバタするものの、わたしの顔を不思議そうに見上げるばかりで暴れ出す気配もない。
そんな風に、まあまあな距離を人目をひきつつ、ネズミを掲げて走ったあと、ついにわたしが躍り出たのは曽根崎新地の路上だった。

この世のなごり 夜もなごり
死なねばならぬ品なるが
死ぬる覚悟が聞きたい

とんだ曽根崎心中の道行である。

地上の正面に運よく日陰になった植え込みが目に入った。やれやれ、ここなら誰にも踏みつけられず、静かに最期を迎えられるだろう。わたしはその植え込みの土の上にそっとドブネズミをおろした。

ネズミはそのまま横倒しになり、動こうともしなかった。

目は瞳孔が開いたまま、まだ息はあるのか、お腹だけが小刻みに上下している。この暑さだ、おそらくもう数時間も持たないだろう。開演まであと5分。これ以上わたしに何ができよう。もう十分じゃないか、いや、まだなんかモヤモヤする。わたしは酷暑の中で考えた。いまこの瞬間、わたしがもし『彼』の立場だったら最後に何して欲しいのか。

気づくとわたしは右手だけで背中のリュックを懸命に探り、中から麦茶の入った水筒を『彼』のために取り出していた。
左手はもう『彼』をつかんでしまったのでどこにも触れない。それでも、右手だけでどうにか水筒の蓋を開けることに成功したわたしは、中の麦茶を死にゆく『彼』の口元に流し込んだ。

そして手を合わせ、南無阿弥陀仏、次はもっとマシな生まれに、と神妙に念仏を唱え、心を残しつつその場を離れた途端、しまったうちは日蓮宗だった、唱えるなら念仏じゃなくお題目じゃないか、と後悔しながら近くのトイレに駆け込み、石鹸をつかって手のひらから肘の先まで何度も何度も洗ったのである。

狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり。
『徒然草』

「ふつう」から人間が転がり落ちるのは簡単だ。
なんのことはない、ただネズミを抱えて地下街を走るだけで人は簡単に「変な人」になれる。
でもいま考えればそういう、「ふつう」にしがみつく「空気」がどうしようもなくいやだったから、わたしはあのときドブネズミをつかんで全力疾走したのかもしれない。

芝居の開演にはぎりぎりで間に合ったけれども、左手のひらにはその後しばらく『彼』の温もりが残っていて、その日は芝居も舞踊もなかなか頭に入ってきてくれなかった。

『火垂るの墓』はあれからもまだみてません。


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