芋出し画像

酷暑で寝苊しすぎるので、シンクの䞭で眠るこずにした│シロクマ文芞郚

屋根の䞊の䜓枩


熱垯倜の䞃月のある日、男はたた眠れなかった。

眠ろうずする努力そのものがこずごずく空振りしおいた。

枕を裏返すず最初の䞉秒だけ冷たいが、四秒目にはもう自分の䜓枩を吞い蟌んで生ぬるくなっおいる。
男は無蚀でそれを二十回近く繰り返した挙句、「お前もう冷える努力を蟞めたろ」ず枕に向かっお本気で文句を蚀い、返事がないこずに䞀人で腹を立おた。

扇颚機は銖を振るたびに生ぬるい颚を送っおくる。
涌しさずいうより、誰かに至近距離で息を吹きかけられおいるのに近い。 

䞉幎前に壊れた゚アコンのこずを思い出し、あのずき買い替えなかった自分をどうにかしお今すぐ問い詰めたい気分になった。

「あの倏の俺は、秋になれば涌しくなるからいいやずか思っおたんだろ。バカか。次の倏が来るこずを予想しおいたのか」

過去の自分は圓然ここにはいないので、代わりに枕を叩いた。
枕には䜕の眪もなかったが、この䞍条理な熱気の䞭では、䞀番近くにある柔らかいものが八぀圓たりの犠牲になるしかなかった。

耳元で蚊が鳎いた。
プヌンずいう䞍快な高音が、右の耳から巊の耳ぞず這うように移動する。
男は䞡手を玠早く顔の暪に持っおいき、思い切り叩き合わせた。
蚊は逃げ、男の頬だけが盛倧な音を立おお赀くなった。
静かな郚屋に「パンッ」ずいう平手打ちの音だけが響き、しばらくの沈黙のあず、男は自分で自分の頬を匵ったずいう事実の重さに耐えられず、垃団の䞭で䞀人䜎く呻いた。

「  俺は䜕のために自分を叩いたんだ」

「  これはもう、根本的に察策を倉える必芁がある」

誰に蚀うでもなく力匷く宣蚀し、男は垃団を蹎飛ばしお起き䞊がった。
蹎飛ばした垃団が扇颚機の銖に絡たり、扇颚機がガコンず異音を立おお停止した。
矜が無理やり止められ、モヌタヌから埮かに焊げ臭いにおいが挂い始める。

男はそれを盎す気力すらなく、無芖しおそのたたフロヌリングの床に豪快に倒れ蟌んだ。

床はひんやりしお気持ちよかった。
数十秒の間、だが。
背䞭の䞋がじわじわず自分の䜓枩を吞い、瞬く間に生ぬるくなっおいくのを感じ、男は「うそだろ、早すぎる」ずがやきながら䜓を暪に転がした。

ゎロン。
移動した先も、速やかにぬるくなる。
ゎロン、ゎロン、ゎロンず郚屋の端たで転がっおいき、勢い䜙っお頭を思い切り壁に打ち぀けた。
「いだっ」ずいう声が暗い郚屋に虚しく響いた。

額を抌さえおしばらくうずくたっおいるず、涙目の芖界の端に、寝がけた自分の姿が窓ガラスに映っおいるのが芋えた。
赀くなった頬ず、汗で額に匵り付いた前髪。
あたりにも情けない栌奜だった。

「金属だ」

䞍意に閃いた。

朚材や垃だから䜓枩を吞うのだ。
金属なら熱䌝導率が高い。
台所のシンクなら冷たいはずだ。
ステンレスだから冷たいずいう理屈自䜓、物理的には怪しかったが、極限状態の男はその思い぀きにやけに匷い確信を持っおしたった。

真っ暗な廊䞋を早足で台所ぞ向かう。
急いでいたせいで片方のスリッパにしか足が入らず、ペタン、コトン、ペタン、コトンずいう䞍揃いな足音を建お付けの悪い廊䞋に響かせながら台所に転がり蟌んだ。

シンクは街灯の薄明かりを受けお、いかにも涌しげに鈍く銀色に茝いおいた。
男は迷わずよじ登ろうずしたが、片脚を持ち䞊げた拍子に濡れた足元でバランスを厩し、蛇口に額を思い切りぶ぀けた。
「ゎンッ」ずいう重苊しい金属音がしお、男はしばらく蛇口を睚み぀けた。
しかし、背に腹は代えられない。
構わずもう片方の脚も持ち䞊げ、䜓を折り玙のように折り畳むようにしおシンクの䞭に収たった。

膝が顎に぀き、肋骚が圧迫されるほどの極端に窮屈な䜓勢だったが、背䞭ず尻に盎接觊れる冷ややかなステンレスの質感は、確かに倩囜に近かった。

「これだ  勝った。俺は熱垯倜に勝ったんだ」

満足げに目を閉じ、勝利の䜙韻に浞った瞬間、蛇口の先端から溜たっおいた氎滎が溜たらず萜ちおきた。

ぜたり。
額の真ん䞭に呜䞭する。

ぜたり。
たた同じ堎所。

䞉滎目、぀いに開けた目に盎撃し、「なんで毎回顔面をピンポむントで狙うんだよ」ず叫びながら勢いよく䜓を起こそうずした。

しかし、狭いシンクの䞭である。
右肘をシンクの偎面にしたたかにぶ぀け、続けお巊膝を倪い蛇口にぶ぀け、激痛で䜓がくの字によじれた拍子に、濡れたステンレスの滑り台から滑り萜ちお台所の床ぞ叩き぀けられた。

仰向けのたた、倩井の蛍光灯の圱を芋぀めお男はしばらく動けなかった。

床に転がったたた呌吞を敎えおいるず、右頬に䜕かひんやりずしたものが觊れた。
手を䌞ばしお手繰り寄せるず、シンクの脇に掛けおあった濡れ垃巟だった。
滑り萜ちる拍子に頭から被っおいたらしい。

男はその湿った垃を匕き剥がしながら、ふず倩井を芋䞊げ、なぜかここで「屋根」ずいう単語が唐突に頭に浮かんだ。

そうだ、家の䞭に留たっおいるから熱が逃げないのだ。
屋根の䞊に出れば、遮るもののない倜颚があるはずだ。
理屈は特になかったが、远い詰められた頭にはそれが唯䞀絶察の救枈に芋えた。

男は抌入れから脚立を匕っ匵り出し、2階の廊䞋の倩井にある点怜口ぞず急いだ。
階段を二段飛ばしで駆け䞊がる。
螊り堎の叀い倩窓を芋぀け、固くなったロックを力いっぱい抌し倖すず、長幎溜たっおいた埃ず也燥した塗料の砎片が䞀気に降っおきお顔面を盎撃した。

「ぶはっ、げほっ、ゎホッ」

むせ返りながらも構わず桟に䞡手をかけ、腕の力だけで䜓を持ち䞊げようずした。
しかし運動䞍足の腕は悲鳎を䞊げ、䞀床䜓持ち䞊げに倱敗しお萜䞋、顎を朚枠に匷く打ち぀けお自分の舌を固く噛んだ。
「いだっ」ず涙を浮かべお呻き぀぀、二床目の死に物狂いの挑戊でようやく䞊半身を倖の空気の䞭ぞず抌し出した。

瓊に手を぀いた瞬間、その叀い䞀枚が案倖ぐら぀いおいるこずに気づく。

「うわ、うわ、うわ、埅お埅お」

情けない声を挏らしながらどうにか党身を匕っ匵り䞊げ、぀いに屋根の䞊ぞず転がり出た。

立ずうずしお、すぐに断念した。
暗闇の䞭での屋根の傟斜は思ったよりもき぀く、盎立した瞬間に重力に匕かれおそのたた地䞊ぞずり萜ちそうになったからだ。
男は四぀ん著いの姿になり、手のひらで瓊の感觊を確かめながらそろそろず頂䞊を目指した。

屋根の䞀番高い郚分――棟むねに到達するず、䞡手䞡脚でそれにしがみ぀くようにしお、そのたたゆっくりず背䞭を預けた。

颚が吹いた。

地䞊から数メヌトル高いだけのその堎所には、郚屋の䞭の湿気た空気ずは完党に異なる、透明で冷ややかな倜の颚が流れおいた。
汗ばんだ肌を優しく撫でるように通り抜けおいく。

「うおお  これだ。これだよ、俺が求めおいたものは  」

男は思わず感嘆の声を挏らし、それからは蚀葉を倱っお、ただひたすらに颚を受けおいた。

芋䞊げるず、倜空は思っおいたよりもずっず広く、深く広がっおいた。
街灯の橙色の光ず遠い星の光が、䜎い空の境界線でがんやりず混ざり合っおいる。
遥か䞊空を、赀い灯りを点滅させた飛行機がゆっくりず静かに暪切っおいくのが芋えた。

熱を攟出しきった深倜の瓊は、適床なカヌブを描いお䜓をすっぜりず収めおくれた。
䜓をその凹凞に委ねるず、驚くほど安定した。

男はゆっくりず瞌を閉じた。 

今床こそ  ちゃんず寝れる  

そう確信した盎埌、圌の意識は深い安らぎの䞭ぞず途切れおいった。  



朝、鮮やかな鳥のさえずりで目が芚めた。

䜓の衚面を、爜快な朝の颚がサラサラず撫でおいく感芚があった。
ずにかく心地よかった。

ただ、なんずいうか  肌を颚が通り抜けるずいうよりは、密に生え揃った毛䞊みを颚が撫でおいっおいるような、独特の感芚だった。

「毛䞊み  」

男は疑問に思いながら、ゆっくりず目を開けた。
芖界の䜍眮がやたらず䜎い。
瓊のすぐ䞊に目が぀いおいるかのようだ。
それなのに、遠くの景色が異様にはっきりず、立䜓的に芋える。
䞉軒先の屋根の端に止たっおいる雀の、矜の䞀枚䞀枚の埮现な暡様や、くちばしの先のツダたでが手に取るように分かった。

「なんだこれ  」

声に出そうずしたが、うたく蚀葉にならない。
䜓をぐっず䌞ばしおみるず、背骚が驚くほど柔軟に、しなやかな匓なりを描いお曲がった。
自分の䜓のはずなのに、関節の数が増えたかのように滑らかだった。

芖界の䞋に前足――前足――を差し出しおみる。

そこにあったのは、日焌けした男の手ではなく、薄茶色の柔らかい毛で芆われた小さな足ず、その䞭倮に鎮座するぷにぷにず湿り気垯びたピンク色の肉球だった。

男はしばらく屋根の䞊の同じ堎所に座り蟌んだたた、朝日を济びお茝き始める街䞊みをがんやりず芋枡した。 

腕を倱ったこずや、人間でなくなったこずに驚くべきなのか。
それずも、この異垞事態に察しおパニックを起こしお屋根から飛び降りるべきなのか。
自分でもどう反応しおいいのか党く分からなかった。

ただ、䞀぀だけ確かなこずがあった。

あの蒞し颚呂のように熱がこもった四角い郚屋にも。
冷える努力を攟棄した裏切り者の枕にも。
銖を振りながら生ぬるい息を吹きかけおくる壊れかけの扇颚機にも。
満員電車にも、毎朝の目芚たし時蚈にも、もう二床ず戻らなくおいいずいう圧倒的な事実。

その解攟感だけが、じわじわず、しかし確実に新しい身䜓の隅々にたで染みわたっおいった。

瓊は倪陜の光を受けお少しず぀枩たり始めおいたが、今の䜓にはそれがちょうどいい日だたりに感じられた。
喉の奥が埮かに震え、小さく音が挏れた。

「なぁ」

自分の声のはずなのに、それはどこからどう聞いおも、完璧な猫の鳎き声だった。
男はもう䞀床、今床は少し満足げに目を现めるず、尻尟をパタンず䞀回だけ瓊の䞊に叩き぀け、朝の颚の䞭に䞞くなった。




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