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『深夜特急』をバレンシアで読み返す。安定した公務員を辞めて海外へ飛び出した僕の人生のスイッチ

皆さんおはようございます。6月29日、月曜日を迎えました。
新しい1週間が、スタートしましたね。

そして今夜のスペイン時間19時には、いよいよ待ちに待ったワールドカップ決勝トーナメントの日本代表戦がキックオフを迎えます。ここ数日、この街の片隅で日本代表の躍進を追いかけてきた身としては、これ以上ないほど楽しみな月曜日の夜になりそうです。がんばれ、日本。

そんな熱い夜を前にした昨日の日曜日、僕は宣言通り、一歩も外に出ることなく家の中でゆっくりとした時間を過ごしていました。

部屋を掃除し、洗濯物を片付け、パソコンのなかの細々としたタスクを、ひとつずつ「丁寧に、ゆっくりと」片付けていく。 いつもなら、どこか効率やスピードを意識してガシガシと動かしていく部分を、昨日はあえてギアを極限まで落として、スローモーションのように扱ってみたのです。

そうして一日を終えてみて、僕はひとつ、とても面白い逆説に気がつきました。 「ゆっくり、丁寧にやろうと意識することによって、結果としてかえって物事が早く、スムーズに進んでしまうことがある」ということです。

スピードばかりを追い求めていると、僕たちの思考にはどうしても細かなノイズや目詰まりが生じてしまいます。それをあえて「ゆっくり動く」ことで、全体の導線がクリアになり、迷いが消え、結果として淀みなくタスクが片付いていく。部屋が物理的にすっきりと整っていくプロセスとも相まって、週が明けた今朝の僕の頭の中は、これ以上ないほど澄んでいます。たまには、あえてスピードを捨てる日を作るのも悪くないものです。

公務員の僕のスイッチを押した、あの深夜の長距離バス

そんな日曜日、手元のKindleのライブラリや本棚のデータを整理していたとき、ふと懐かしい本のタイトルに指が止まりました。 沢木幸太郎さんの『深夜特急』。言わずと知れた、すべての旅人たちの原点であり、バイブルのような小説です。

僕は引き寄せられるように、ヨーロッパ編の最終章、まさにバルセロナやバレンシア、そしてマドリードの街が登場するページを何年かぶりに読み返していました。

先日、僕たちが訪れたばかりのマドリードの空気や、いま毎日自転車で走り抜けているバレンシアの風が、数十年前の沢木さんの瑞々しい筆致を通して、目の前に鮮やかに蘇ってきます。

何より驚かされるのは、あの時代には当然、インターネットも、Googleマップも、AI翻訳アプリも存在しなかったという事実です。旅人はただ、不確かな紙の地図と、厚みのある辞書だけをバックパックに放り込み、生身の身体ひとつで異国の不条理なターミナルへと飛び込んでいった。

その圧倒的な身体性のタフさには、現代に生きる僕たちからすれば、ただただ畏敬の念を覚えるしかありません。

実は、僕がまだ日本で公務員として働いていた頃、自分の人生のレールを大きく踏み外して外の世界へ飛び出す決定的な「スイッチ」を押してくれたのが、まさにこの『深夜特急』という本でした。

実質的に、あの物語が僕を役所の椅子から立ち上がらせ、海外へと連れ出したと言ってもいい。

海外のゲストハウスや移動の途中で出会う日本人の旅人たちと話をすると、面白いほど高い確率で、みんなの胸の奥にはこの小説がバイブルとして深く沈んでいます。

数年前に出版された沢木さんの『天路の旅人』も凄まじい傑作でしたが、やはり彼の紡ぐ言葉には、人間の「移動したい」という原始的な本能を激しく刺激する、不思議な引力があるようです。

あの本に出会っていなければ、僕の人生のタイムラインは今とは全く違う、もっとずっと平坦なものになっていたはずです。

「終わらない旅」、そして生きた言葉の味

そうやって過去のバイブルを懐かしく読み返しながら、僕は「いまの時代の旅」のあり方について、少しだけ考えていました。

沢木さんの時代に比べれば、僕たちの旅は驚くほど快適なものに進化しました。 なにしろ僕たちは、世界中のどこに身を置いていようとも、PCひとつを開けば、地球の反対側にいるクライアントと同期し、仕事をしながら旅を続けることができるわけですから。

僕はいま、バレンシアという街に「生活」の基盤を作ってはいますが、自分の精神の本質的な部分においては、今でもずっと「旅の途中」であり、境界線のない場所を移動し続けているような感覚の中にいます。仕事と移動が、幸福に溶け合っている時代。これほどエキサイティングで、恵まれた時代はありません。

そして、Kindleの整理を続けているなかで、僕はもうひとつの嬉しいニュースを思い出していました。 来週の7月3日の金曜日、村上春樹さんの新しい長編小説が、いよいよ世に放たれるのです。

その新しい物語の予感に胸を膨らませながら、昨日は彼の過去の小説の、個人的にお気に入りのいくつかの断片を贅沢に読み返したりもしていました。

最近は、日々の実務において、AIから出される情報を精査するような時間が圧倒的に増えています。データを取り、ファクトを整理するだけであれば、AIはこれ以上なく完璧な仕事をしてくれます。

けれど、こうして久しぶりに沢木幸太郎さんや村上春樹さんのテキストに深く潜ってみると、そこにはAIには決して再現できない、「人間が書いた文章にしか宿らない、生きた味」が確かに存在していることに気づかされます。

言葉の選び方の歪み、論理の隙間から漏れ出す情緒、そして行間に漂う、その作家にしか出せない固有の匂い。 情報が瞬時に、かつ無料で手に入る時代だからこそ、僕たちはそうした「割り切れない人間の生きた言葉」を摂取する読書の時間を大切にしていきたいと、朝のクリアな光のなかで強く感じています。

新しい1週間が始まります。まずは今夜の日本代表の勝利を信じて、目の前の仕事を片付けていこうと思います。

皆さんも、どうぞ新しい1週間のスタート、時には「あえてゆっくり、丁寧に動く」という心の余白を持ちながら、素晴らしい月曜日の一日をお過ごしください。

がんばれ、日本。 それでは、また明日お会いしましょう。

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