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卵が先か鶏が先か。経済の「相互依存」を解くデータサイエンス

今回は、マクロ計量モデル(World EconoLink Engine)ver.1を踏まえ、反省点と改善点について整理し、
ver.2にむけ、改修する箇所を書きます。


Ver.1の振り返り

まず、このモデルがどんな構造になっているかを整理しておく。

名前は MacroEconoLink Engine、略してMELE
コンセプトはシンプルで、

「米国経済の変数を入口にして、
為替・物価・企業・雇用・家計・金融の各ブロックを連立方程式で逐次的に解き、日本の主要マクロ変数を一気通貫で予測する」

というものだ。

日本経済を予測するうえで一番の問題は、変数同士が複雑に絡み合っていることだ。

円安になれば輸入物価が上がり、インフレが進む。

インフレが進めば消費者心理が悪化し、消費が落ち込む。

消費が落ちれば企業の景況感が悪化し、採用を絞る。

採用を絞れば失業率が上がり、賃金が伸び悩む。

この連鎖を単発の回帰式で追いかけても、全体像はつかめない。

MELE-v1が採用したのは逐次推定型の連立方程式だ。

詳細は前回記事に記述している。



何がうまくいかなかったか

一方で、モデルを細分化して点検してみると深刻な問題がいくつかある。

残差自己相関問題──Durbin-Watson統計量


問題は残差の自己相関だ。
線形モデルが成立するための前提条件のひとつは「誤差項の無相関性」だが、MELE-v1では14方程式中10本でDurbin-Watson統計量が1.5を下回った。
つまり、残差に自己相関が残っている

最悪なのが雇用ブロックだ。
完全失業率(DW=0.117)、就業者数(DW=0.138)、新規求人数(DW=0.205)は、いずれもDW=2.0から大きく乖離している。

DW≒0というのは、「今期の残差と前期の残差がほぼ完全に相関している」ことを意味する。
これは係数の標準誤差が過小評価されており、t値が実際より大きく出ているということだ。

つまり、見かけ上は統計的に有意に見えても、実際には有意でない可能性が排除できない。


消費関数の壊滅的な当てはまり

家計消費支出モデル(R²=0.131) は全モデル中最低の説明力だった。景気ウォッチャーと実質賃金の2変数は有意だが、説明力が極めて限定的だ。

家計消費支出にはGDPの約55%が依存しており、この方程式の弱さはGDP推計全体のボトルネックになる。

消費税増税(2014年・2019年)による一時的な駆け込みと反動、コロナ給付金の特殊効果、そもそもデータの季節性が強いこと。
これらをダミー変数や季節調整なしに単純なOLSで推定しようとすること自体に無理があった。


内生性問題

OLSの単方程式推定では、内生性(同時決定バイアス)の問題が避けられない。

たとえばCPIモデルで「円安→物価上昇」という経路を推定しているが、同時に「物価上昇→利上げ→円高」という逆方向の経路も存在する。


Ver.2 への高度化:どこをどう直すか

これらの問題を踏まえ、次のバージョンでは方程式を手法ごとに大きく3グループに再編する。

簡単に言うと、部分的にVARモデル、SARIMAXモデルの活用を行う。
適応箇所は、現段階で以下だ。


・重回帰モデル → VARモデル


・重回帰モデル → SARIMAXモデル


① VARモデルへの切り替え──相互依存構造の正直な推定

最優先で切り替えるのが雇用3変数の多変量VARだ。

就業者数・完全失業率・新規求人数は、互いに強く相互依存している。

「求人が増えれば失業率が下がり、失業率が下がれば就業者数が増え、就業者数が増えれば求人競争が起きる」

この3変数は同時に決まっているのであって、どれかを「外生」として扱うこと自体に無理がある。

VARモデルはすべての変数を内生として扱い、互いの過去値で互いを説明する。
自己回帰の構造が明示的に組み込まれるため、DW問題も同時に解決できる。

実装上は、景気ウォッチャーや米国GDPギャップを「弱外生変数(VARX)」として条件付けることで、MELE-v1の逐次推定の設計思想を維持しながらVARの恩恵を受けられる。

次に輸出数量・生産財在庫率の2変量VARも切り替える。
両変数が互いを内生変数として参照し合う循環構造は、OLSの逐次推定と根本的に相性が悪い。

2変量VARにすることで双方向のダイナミクスを正しく識別でき、インパルス応答分析「輸出ショックが在庫にどう波及するか」の時系列追跡)も可能になる。


② SARIMAXへの切り替え──外生変数の経路を活かしながら自己相関を処理

OLSからの置き換えとして最も自然なのがSARIMAXだ。

「X」の部分に既存の外生変数(ラグ付き)をそのまま流用でき、ARIMA部分で残差の自己相関を吸収できる。

つまり、今まで積み上げてきた変数選択と経済的解釈を捨てずに、統計的な弱点だけを補強できる。

インフレ率・USD/JPYには、
外生変数(原油価格・金利差)を保持しつつAR残差処理を加えるSARIMAXが適している。
DW≒0.4という自己相関の問題を解消しながら、輸入インフレ・金利パリティという経済的解釈を維持できる。

景気ウォッチャー現状判断は、DW=0.293と自己相関が深刻なうえ、MELE-v1全体のハブ変数であるため、
ここの精度劣化が求人・短観・消費者態度という下流3方程式に連鎖する。」
SARIMAXへの切り替えは、エンジン全体への波及効果が大きい。

家計消費支出は、SARIMAXに加えて消費税増税ダミー季節項(S=12)の追加が必須だ。
R²=0.131という現状のスコアは、モデルが消費の変動のほとんどを「説明できていない」ことを意味しており、GDP推計の精度向上のためにも最優先の改善課題だ。


③ OLS維持・微調整──いじらなくていい方程式

短観全産業DI(R²=0.915、DW=0.790)と10年国債利回り(R²=0.811、DW=1.673)は、
MELE-v1の中では相対的に良好な推定結果を示している。
AR(1)項(被説明変数の1期ラグ)を追加するだけでDW問題を軽減できる見込みがあり、大掛かりな手法変更は不要だ。

賃金モデルと消費者態度指数モデルも同様で、AR(1)項の追加と、賃金については「春闘ダミー」の検討程度で対応できると見ている。


改善の優先順位

整理すると、次の4つが最優先の改善タスクになる。

① 雇用3変数のVAR化:モデル全体で最悪の自己相関を解消し、内生性問題も同時に対処

② 家計消費支出の再構築:消費税ダミー・季節調整・変数追加でGDP推計精度のボトルネックを解消

③ 景気ウォッチャーのSARIMAX化:ハブ変数の精度改善で下流方程式全体の連鎖改善を狙う

④ 輸出数量・生産財在庫の2変量VAR化:循環構造の同時決定バイアスを除去

その先の中長期課題としては、

  • 内生性への本格対処(2SLSやGMMの部分導入)

  • 構造変化の検定(Chow検定やRolling OLS)

  • そして確率的予測区間の実装(Bootstrap)

を想定している。


おわりに

Ver.1では、「外生のみで説明する」ことを目的としていたので、当然の反省点ではある。

しかし、やはり、雇用変数のような強いトレンドを持つ水準変数、輸出と在庫のような循環的に依存し合う変数ペアに対して、素朴なOLSは構造的に向いていない。

ただ、だからこそVer.1には価値があった。
「どこが壊れているか」「教科書に書いてある内容はほんとに起こっているのか」を把握するためには、まず動くモデルを作らなければならない。

Ver.2では手法の多様化を進める。

  • VARで雇用ブロックの相互依存を正直に推定し、

  • SARIMAXでインフレ・為替・景況感の自己相関を処理し、

  • 消費関数にはダミーと季節項を加える

14本の方程式をすべて均一なOLSで推定するという「一貫性」は捨てて、
変数の特性に合った手法を選ぶという「適材適所」に移行する。

目指しているのは、日本経済の変数間の因果構造をできるだけ正直に記述した、透明性の高いマクロ計量システムだ。

まだ道半ばだが、引き続き公開しながら改善を重ねていく。


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経済・金融の分析をプライベートで行っており、大規模なマクロ計量モデルを構築しています。

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